高齢者・認知症の方がお買いものを楽しみ続けられる社会を。キャッシュレスサービス「KAERU」が超高齢社会に希望を見出す
超高齢社会が深刻化するいま、高齢者が抱える課題をテクノロジーの力で解決する「エイジテック」に注目が集まっている。KAERU株式会社が展開する、高齢者や認知症の方でも安心して使える“お買いものアシスタント機能付き”プリペイドカードサービス「KAERU(かえる)」も、その一つだ。 高齢者や認知症の方が抱える買いものや金銭管理に関する課題は、「周囲の人がサポートしなければ」という発想になりがちである。これが行き過ぎると「当事者を管理して、なにもさせない」という解決策になりかねないが、KAERUはそうではない。あくまでも「本人が買いものできる」ことを重視している。 なぜ、KAERUは「高齢者・認知症の方のお買いもの」に着目したのか。また、エイジテックの領域のサービスづくりにおいて、どのような試行錯誤をしてきたのか。高齢・認知症の方本人や周囲の方が抱えるリアルな課題と、KAERUが目指す社会について、代表の岡田知拓氏に聞いた。 ▼プロフィール KAERU株式会社 代表取締役CEO 岡田 知拓(おかだ ともひろ) 新卒で決済ベンチャーの法人営業・事業開発を担当。海外に拠点を移してからは、東南アジアのスタートアップにジョイン。その後、日本に戻りLINE株式会社に入社。LINE Payサービスの立ち上げ初期から、戦略立案から個別のプロダクト企画など、広範にグロースに携わる。利用者にとって、より付加価値のあるペイメントサービスを創りたいと考え、福田とKAERU株式会社を創業。 高齢者・認知症の方に加えて、サポートするご家族や行政の困りごとにもアプローチ ーーKAERUは「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中にする」をビジョンに掲げていますね。まずは、現在展開しているサービスについて教えてください。 KAERU株式会社は、チャージ式プリペイドカード「KAERU(かえる)」を開発しています。使いすぎ防止機能や紛失時の即時停止機能などを搭載したプリペイドカードを提供することで、高齢者や認知症の方にも安心してお買いものを楽しんでいただこうとしているんです。 また、ご家族や介護従事者の方など、いわゆる「みまもり」をする方は、カードと連動したアプリによって1日の上限金額の設定や、お金の遠隔チャージが可能です。KAERUは、高齢者や認知症の方をサポートすることに加え、支援者の金銭管理に対する負担軽減にもつながります。 ご利用いただく際は、月額利用料が発生しますが、今(2024年8月現在)はキャンペーン中のため無料でお試しいただけます。 ーーHPを拝見すると、自立支援を行う行政・自治体向けにもサービスを展開されているようですね。どのような課題を解消しているんでしょうか? 特に大きいのは、お金の受け渡しに関する課題です。自立支援の一環として、金銭管理が難しい当事者の方に対しては、行政職員が代わりに金融機関でお金を引き出し、手渡ししています。しかも、当事者による使いすぎや紛失のリスクを減らすために、必要な分だけ手渡しする作業が、月に何度も発生する場合もあるんです。 行政となると100人単位の方をサポートしています。お金の受け渡しだけでも膨大な工数となり、それ以外の困りごとの解消に時間が割けない状況です。 そこで、行政・自治体向けには、多人数の使用状況や使用額の設定を一度に管理できる金銭管理システムを提供しています。一人ひとりに合わせて行う金銭管理業務のコスト削減を支援しているんです。 「当事者を管理する」以外のソリューションが必要 ーー岡田さんが、高齢者および認知症の方のお買いものに着目した背景を教えてください。 もともと前職でキャッシュレスサービスに携わっていた際に、キャッシュレスの波が若い世代を中心に広まっていく一方で、高齢者層まで浸透していないことを感じていました。 ただ、キャッシュレスがより浸透している諸外国では、特定のユーザー層に向けた決済サービスがどんどん出てきています。もちろん、高齢者に特化したサービスもあります。高齢化先進国の日本こそ、高齢者が「安心・安全・簡単」に使える決済サービスが必要だろうと考え、2020年にサービスを構想し始めました。 ーー構想にあたって、まずはなにをされたんですか? 「高齢者向けの決済サービス」をつくろうとしていたので、まずは高齢者や認知症の方、そのご家族、障がいをお持ちの方、介護従事者、ヘルパーさんなど150名近くにインタビューをしました。そこで、お金にまつわるさまざまな課題が見えてきたんです。 たとえば、高齢者・認知症の方は、支払いの際に小銭の区別がつかなかったり、買うものを忘れてしまったりします。ご家族側は、財布を落とすことや高額商品の誤購入を防ぐために、管理せざるを得ない状況になっています。 また、ご家族の方だけでサポートするのが難しい場合は、介護従事者やヘルパーさんが、利用者の買いもの代行をしていますが、その現場にもさまざまな課題があります。たとえば、僕自身もヘルパーとして働いているなかで、買いものに必要なお金が用意されておらず代行ができないケースを体験しました。 ーー「買いものを代行する人がいれば解決する」と単純には考えられないわけですね。だからKAERUは、「当事者みずから買いものできること」にこだわっている、と。 当事者の方もサポートする方のなかにも、本来それを望んでいる人は多くいます。「高齢だから、認知症だから」と管理を強める考え方もありますが、僕自身が当事者の方と触れてみて感じたのは「思った以上に普通に生活されているな」ということでした。「認知症と診断されてから、周りからの扱われ方がいきなり変わった」と悲しまれている方もいることを考えると、「管理」ではない方法が必要だと思います。 また、友人とお茶をしたり、孫にプレゼントを買ったり、おしゃれをしたり……買いものは社会との接点でありながら、欲しいものを自分で選択するという意味で、人生を豊かにする重要な要素の一つです。実際、インタビューした当事者の方のなかにも、「認知症だけど買いものは普通にできるし、したい」という方はたくさんいました。 ーーサポートをされている方たちの意見はどうでしたか? ご家族や介護職の方に向けてアンケートをとったところ、8割以上の方が「買いものの不安が解消されたら、(本人に)買いものに出かけてほしい」と考えていることがわかりました。自分たちの負荷を軽減したいのもあると思いますが、なるべくその人らしい人生を歩んで欲しいという思いが強いのだと思います。 「当事者が買いものにいけず、周りの負荷も高い社会」よりも、周りの方の不安が解消されたうえで「当事者が自由にお買いものし続けられる社会」のほうが理想的なはず。だから、KAERUでは、ご本人がお買いものを楽しみ続けられることを大切にしています。 当事者・連携する行政への深い理解が、エイジテックの鍵 ーーKAERUは、高齢者の課題をテクノロジーで解消するいわゆる「エイジテック」ですね。この領域で事業を展開するうえで大切なポイントはなんだと思いますか? 大きく2つあって、1つ目は「高齢者」とペルソナを一括りにせず、そのなかでも「誰のどんな課題を解決するのか」を明確にすることです。一口に高齢者といっても生活スタイルや苦悩は一人ひとり違います。 KAERUがサービス構想段階で150名にインタビューしたのもそのためです。お話を聞いたうちの一人、若年性認知症の当事者で講演活動をされている丹野智文さんは、「当事者に意見を聞くことなく、サービスをつくらないでほしい」と伝えてくれました。今でもその考えは大切にしています。 ーー当事者不在のサービスが問題視されることもありますからね。直接お話を聞いたことで、具体的にサービスの構想が変わった部分はありましたか? まず、サービス名が変更になりました。初期のころは「みまもりペイ」という名前にしようと考えていましたが、「別に見守られたいわけではないんだよね……」という当事者の言葉にハッとしたんです。無意識のうちに、サポートする側の視点で考えていたことに気付かされました。当事者とサポートする側に上下が生まれるような名前は避けようと、今のサービス名になっています。 また、サービスの機能についても、当事者の気持ちを考慮した設計になっています。決済や入金の基本的な機能に加えて、買いものリストや、買いものした場所と時間がわかる機能など、状況に合わせてオプションを選べるんです。当事者がどこまでサポートして欲しいのかを、ご家族と話し合えるようになっています。 ーーKAERUはサービス名もプロダクトも、きちんとユーザーの気持ちに寄り添っている、と。エイジテックを展開するうえでの2つ目のポイントはなんでしょうか? 2つ目のポイントは、どのようにエンドユーザーにアプローチして、導入の意思決定をしてもらうかです。傾向として高齢者はITサービスにふれる機会が少ないので、ご自身でサービスを知るというよりは、周りの人に紹介してもらうケースが多いと思います。 ただ、周りの人が勧めるから絶対に使ってもらえるかというと、それも違います。あくまで傾向ですが、高齢者の方は現状維持を好む方も多くいます。つまり、周りの人にサービスの価値を感じていただきつつ、高齢者の方も自然と使いたくなるようなアプローチが大切です。 ーーKAERUの場合はどのような工夫をしていますか? 意思決定者がご家族のケースも多いのですが、親子間では「子どもに見守られる」「親を見守る」という、これまでの親子関係を逆転させることへの心理的ハードルがあります。そこで大切になってくるのは、行政や自治体の方など、当事者やご家族が信頼している方からのアプローチです。「行政が言っていることだから」「自分の親がいつもお世話になっているヘルパーさんがおすすめしているから」と、受け入れてもらえる可能性が高まりますからね。 ーー行政や自治体向けの金銭管理システムを導入されている背景には、そうした狙いもあるんですね。上手く連携するために意識していることはありますか? 行政や介護施設の職員の方々の日々の仕事をよく理解し、一緒に世の中を良くしていく仲間だと認識してもらうことです。 現場の動きや課題感を知らない人が、いくら「いいシステムがあるので導入してください」と言っても、耳を傾けてもらうのは難しい。そもそも、システムさえあれば解決するというのは、現場を知らない人の乱暴な考え方です。 ーー先ほど岡田さんがヘルパーとして働いていることは聞きましたが、行政のお仕事も体験されているんでしょうか? はい。以前、金銭管理支援をされている現場に1日同行させていただいたことがあります。そこで、外からは見えなかった運用面の大変さや、支援をする側の心理的負担について、よく理解できたんです。 たとえば、生活費を渡すために職員が金融機関でお金を引き出す場合。通帳やカードを金庫で保管しているので、安全に運用するために取り出す手続きも手間や労力がかかっています。 また、お金の管理能力によっては、月に一度まとめて渡したほうがいい人も、何度かに分けて渡したほうがいい人もいる。手数料や提携の関係で利用できる金融機関にも制限があります。想像していたよりもずっと複雑で、大変な運用をされていました。 そうした業務を一緒に経験したり、行政の仕組みを深く知ろうとしたりしてきたおかげで、徐々に行政のみなさんから信頼を得られたんです。今では、「金銭管理が苦手な認知症高齢者や、障がい者の日常的金銭管理を解決するサービス」と認識紹介してもらえるようにもなりました。 買える、帰る、変える。サービス名に込めた3つ目の想い ーー実際、行政との取り組みも増えているようですね。事業の進捗について教えてください。 行政との取り組みとしては、都道府県単位での連携協定が増えてきました。また、利用者さんも全国に広がってきています。利用された方やそのご家族からも、続々と嬉しい声が届いているんです。 たとえば、「以前は現金で買いものをしていましたが、KAERUに出会ってからはカードしか使っていません」という当事者の方からの声。最初はキャッシュレスに不安を感じたそうですが、一度経験したらすぐに慣れたそうです。初めてのお店で、KAERUが使えるかわからない場合も「店員さんに聞けば教えてくれる」とおっしゃっていました。 また、ご家族の方からも「現金主義だった母が毎日カードを使うようになった」「自由に買いものができることで、自信がついたようです」などの声もいただきました。KAERUを使ったタイミングで通知が届くことも、コミュニケーションのきっかけになっているとのことです。 ーー確実に目指す世界観は広がっているようですね。今後の展望を聞かせてください。 「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中」を実現するべく、介護事業所や訪問介護など、さまざまな業種、業態にもKAERUを広げていこうとしています。介護業界の人手不足や金銭管理における課題の解消にも貢献していきたいです。 また、ビジネスの広がりもつくっていければと思っています。KAERUは、どのような状況の方がどう意思決定をされるのか、買いものも含めてどんな生活を送っているのか、といった情報が蓄積されているんです。それをうまく活用すれば、保険や不動産などの高齢者向けサービスを適切にマッチングさせることもできるはず。新しい事業の展開を生み出していきたいですね。 最後に、一番大事にしたいのはサービス名に込めた想いです。「KAERU」という名前には、高齢者や認知症の方が自由にものを「買える」こと、買いもの後に本人やお金(カード)がきちんと家に「帰る」こと、そして、もう一つの意味があります。それは、「高齢者や認知症の方はなにもできないから、周りが支援しなければいけない」という認識を「変える」ことです。 テクノロジーのちょっとしたサポートがあれば、今まで通りの生活を送れる当事者の方はたくさんいます。その認識を広めていくことが、当事者や周りの人たち、そして高齢化が進む日本社会にとっての希望になると思っています。 KAERU株式会社:https://kaeru-inc.co.jp/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 おのまり ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。
大手企業が社会課題解決型の新規事業にこだわるわけ。西部ガスホールディングスがtalikiとのパートナーシップを通して目指すものとは
2023年12月、九州のガスエネルギー会社・西部(さいぶ)ガスホールディングスと、talikiはパートナーシップを結んだことを発表した。西部ガスグループは2030年に創立100年を迎える老舗大手企業だ。社名の通り、事業の主軸はガスエネルギー事業。しかし、近年は新規事業開発に力を入れている。 今回のパートナーシップ締結は、社会課題解決型の新規事業の創出と、西部ガスグループのアセットと社会起業家のマッチングなどが大きな目的として掲げられている。 なぜ、西部ガスグループが新規事業を重視するのか、さらには社会課題解決型の事業にこだわっているのか。西部ガスホールディングス事業開発部所属で、今回のパートナーシップ締結の立役者となった小川周太郎氏と、taliki代表の中村多伽氏・取締役の原田岳氏に話を伺った。 【プロフィール】 ・小川 周太郎(おがわ しゅうたろう) 新卒で西部ガス株式会社(現西部ガスホールディングス株式会社)に入社し、長崎地区でガス機器のセールスプロモーション業務に従事した後、本社人事部門にて主に若手育成やキャリア開発施策、グループ初の社内大学立ち上げを担当。2023年4月からは事業開発部で新規事業開発を担当。1995年生まれ。福岡県出身。 ・中村 多伽(なかむら たか) 2017年に京都で起業家を支援する仕組みを作るため、talikiを立ち上げる。創業当時から実施している、U30の社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラム提供に止まらず、現在は上場企業のオープンイノベーション案件や、ベンチャーキャピタルである「talikiファンド」の運用も行っている。 ・原田 岳(はらだ がく) 株式会社talikiのインキュベーション事業部にて、社会起業家育成プログラムの運営責任者を務める。シェアハウス事業の立ち上げから展開、海外でのプロジェクトマネジメント経験を生かして、250を超える社会的起業家の事業構築や伴走支援を実施。また、地方創生事業にも積極的に取り組んでおり、35歳以下の多様なプレイヤーが対話しU35の視点で京都の未来を描く「U35-KYOTO」のプロジェクトマネージャー等を兼任。 ガス屋が新規事業開発に取り組むわけ ――まずはじめに西部ガスグループについてお聞かせください。西部ガスグループはどんな歴史を持っていて、どんな事業に取り組まれている会社なのでしょうか? 小川 周太郎(以下、小川):西部ガスグループは九州北部地区を中心に都市ガスや電力などのエネルギー供給をしている会社です。これまではガス屋さんだったのですが、最近では電力や不動産、飲食、介護福祉など幅広い事業にも取り組む「エネルギーとくらしの総合サービス企業グループ」になりました。 もともと西部ガス株式会社という会社で、2021年にホールディングス体制に変え、西部ガスグループとして再出発しました。2030年には創立100周年を迎えます。 ――最近はガス以外の事業も展開されているんですね。ガス事業から始まった会社が新規事業に力を入れているのはなぜなのでしょうか? 小川:理由は大きく2つあります。1つ目は、私たちを取り巻く環境の変化に伴い、変革が必要だからです。たとえば、国内外で、2050年までにカーボンニュートラルを目指そうとする動きがあります。また、人口減少や少子高齢化も進んでいます。そんな状況では当然、ガス事業は縮小していきます。だから我々はガス屋さんから「ガス“も”売っている会社」になる必要があるので、新規事業が重要なのです。 もう1つは、組織の文化作りのためです。新規事業の取り組み自体が、西部ガスグループの挑戦する文化を作り上げると私は考えています。チャレンジングなことに前向きに取り組む風土ができれば、より優秀な人材を惹きつけたり、既存事業のアップデートにもつながると思います。 この2つの理由から新規事業開発には力を入れていて、2030年にはガス事業とそれ以外の事業構成比を同程度にすることを目指しています。 ――具体的に、これまでどんな新規事業に取り組まれてきましたか? 小川:たとえば温浴施設の設立があります。既存のエネルギー事業とのシナジーを活かした取り組みです。その他にも、ガス事業との親和性の高い食関連事業の推進として食のフランチャイズ事業の取り組みなどもあります。 また、2019年には九州初のCVCとして、SGインキュベートという投資子会社を作って、スタートアップへの投資も始めました。たとえばドローンのスタートアップや、フードロスに取り組むスタートアップに投資をしています。 中村 多伽(以下、中村):ガス会社から変革をするために新規事業が必要だという点はとても納得しました。一方で、新規事業のためにはチャレンジに積極的な文化が必要だという点は、人事のご経験がある小川さんならではのアイデアでしょうか? 小川:そうですね。実は私は6年ぐらい人事の経験があって、2023年4月に事業開発部に異動したんです。それまで新入社員や若手と話す中で、「もっと新しいことをしたいが、職場ではなかなかできない」という声をよく聞いていました。もちろん、自ら手を挙げて勝手にやる人もいるとは思います。でも、会社として「挑戦しよう・失敗してもいいんだ」ということを文化にしていかないと、この先新しいものを生み出していくのは難しいだろうと考えています。そのため、建前ではなく文化作りにもしっかり力を入れていきたいですね。 西部ガスグループとtalikiの出会い ――今回、talikiとパートナーシップ契約を結んでいただくことになりましたが、そもそも最初はどうやってtalikiを知られたのでしょうか? 小川:昨年6月に開催されたスタートアップカンファレンス「IVS」が出会いでした。人事から新規事業の部署に来て、興味はあるけれど知識も足りないし、コネクションも全くない。そんな状況の中、SNSでIVSの情報を見かけて、ちょうどオープンエリア(チケットを購入すれば誰でも入場できるエリア)が新設された年だったので行ってみることにしました。 当時の私は、新規事業って収益を追い求めるだけでいいのだろうか?他にも重要な軸があるのではないか?とモヤモヤ考えていました。そんな中でたまたまソーシャルイノベーションエリアに足を踏み入れると、talikiの多伽さんがいらっしゃったんですよ。セッションを聞いて、これだと思いました。 ▼中村が参加したIVSの裏側はこちら https://taliki.org/archives/6273 中村:私の目の前で話を聞いてくださって、質問までしてくださりましたよね。 小川:多伽さんの熱量と社会課題に対する解像度の高さに圧倒されて、思わず質問してしまいました。それまで私は社会課題を解決するのはNPOとかボランティア、あるいは企業でもCSRの文脈でやるものだと思っていたんですよ。けれど、収益性を追い求めながらも社会課題の解決に取り組む方法があるのかと目から鱗でした。talikiさんとの出会いは大きなターニングポイントでしたね。 ――それから実際のパートナーシップ締結に至った経緯は何だったのでしょうか? 小川:九州にもスタートアップや起業家はたくさんいるのですが、社会起業家という存在はあまり知られていません。セッションを聞いてtalikiさんや社会起業家の存在に刺激をもらいました。「新規事業は収益以外にも重要な軸があるんじゃないか」というモヤモヤが晴れて、この人たちと組んだら面白い新規事業ができそうだとワクワクしたんです。後日、情報交換のために多伽さんと話をしているうちに意気投合し、パートナーシップという形で一緒にできないかとオファーさせてもらいました。 中村:私は小川さんと話していても感じたのですが、ガス会社さんも含めインフラ系の企業に勤めている方々って、公共性への意識が高いですよね。talikiと組んでいただいた背景にはそういった会社全体としてある、人の生活に寄り添うマインドセットも影響があるのかなと思いました。 小川:そうですね。会社の経営理念の中にも地域貢献という言葉が入っていて、社員にもすごく根付いているんです。入社するほぼ全員が「地元に貢献したい」とか「地元を元気にしたい」とかって言うんですよね。それは、自分の仕事が地域貢献に直結しやすい、インフラ企業ならではの特徴かもしれませんね。 しかも、ガス会社だと特に、お客さんのところに直接行って話す場面もまだまだ多い。その場所に住んでいる人との距離が近いので、地域の人々の苦労が身に染みてわかるんです。だから、社会課題解決という部分もピンときたのかもしれません。 原田 岳(以下、原田):そういうことなんですね。西部ガスグループの皆さんと話していると、現場の方々から上層部の方々まで、社会課題の理解がものすごく早いなと感じていました。その分、社内で稟議の上がるスピード感もあって、ぐんぐんとプロジェクトが進んでいった印象です。 小川:そう言っていただけると嬉しいです。大企業とスタートアップや社会起業家が協業していく上で、スピード感を持ってきちんと互いに理解しながらプロジェクトを進めて行くことは大事なポイントだと思っています。 今回は、私が大企業側の窓口に当たるわけですが、自社のメンバーに対して社会起業家の方々がやっていることやそれが自社にとってどんな風に影響を与えるのかということを“翻訳”して伝えることを意識していました。社会起業家の方々の言葉をそのまま社内に伝えても上手く伝わらない場合もあるので、窓口担当者が橋渡し役になるのはとても大切だなと今回の取り組みを通して実感しました。 自社内でも社外の起業家ともコラボして事業を社会を前進させる ――これから、西部ガスホールディングスとtalikiは、具体的にどんなことに取り組んでいくのでしょうか? 小川:大きく分けて次の4つのことを想定しています。 ①社会課題解決に寄与する新規事業共創 ②西部ガスグループが持つ技術や資産、ニーズと社会起業家のマッチング ③社会課題を解決する西部ガスグループ内の社内起業家の育成 ④福岡を中心とした九州の社会起業家育成プログラムの立ち上げ たとえば、②に関しては、talikiさんのプログラム卒業生であるオトギボックスとの取り組みが良い事例ですね。オトギボックスの「0歳から楽しめる絵本の読み聞かせコンサート」というコンテンツが非常に面白いと思い、我々が持っているホールを会場として使ってもらうことにしました。しかも、我々としてもこれから特に子育て世代にアプローチしたいと考えていたので、ピッタリだったんです。 初めての取り組みでしたが、400人以上の参加者が来場してくださり、アンケートを見ても非常に満足度が高いものでした。こういったコラボ事例をこれからも生み出せたらいいなと考えています。 ▼オトギボックスの紹介はこちら https://taliki.org/archives/6789 中村:でも今回は、小川さんの中にあるデータベースがたまたまオトギボックスにフィットしたということですよね。小川さんが西部ガスグループ全体の未活用アセットを覚えるわけにはいきませんよね……。 小川:そうなんですよね。私は人事をしていたこともあって、研修などでいろいろな会場を知っていたり、いろいろな人とつながりがあったのでたまたま知っていただけなんです。個人の力によらずとも、きちんと西部ガスグループのアセットをデータベース化できると、社会起業家の方々とのマッチングも増やせそうだなと思っています。 ――確かに、大企業が持ってるアセットのデータベース化はオープンイノベーションを進める上で大事なポイントかもしれませんね。今後、このパートナーシップを通してどんなことを目指していきたいと考えていますか? 原田:私は九州の過疎地域が地元で、もともと地方創生と地域課題解決をしたいという思いがずっとあったんですよね。だから今回のパートナーシップは一つの夢が叶うような取り組みです。 これまでも大手インフラ系の企業さんとお話することがたくさんありましたが、社会課題解決にがっつり取り組んだり、実際に新規事業を立ち上げてアプローチできることはあまりなかった。今回の取り組みを通してそんな事例を増やしていくことが、社会を前進させるためにまず必要だと考えています。 それに、地方の行政ってもうだいぶギリギリなんですよね。そういった中でインフラ系の企業が、行政ができないことをやっていくのはすごく価値のあることだと思います。街の連携も強いので、行政も巻き込んで持続可能な街づくりができるのではないかとも思います。 小川:確かに、地域の危機感が強い分、官民の連携は強くなっているんですよね。そういったつながりも活かしたいですね。 原田:官民の連携は本当に大事ですよね。日本の大部分が「地方」と言われる場所なのに、リソースが全然なくて今までの方法では社会課題に対応できない状態ですよね。だから新しい解決策を生み出すことは地方にとってとても重要です。ただ、新たな解決策を生み出すノウハウは行政には溜まっていないし、システム的にもすぐには動きづらい。そんな中で、事業会社がスピード感を持って取り組んでいくことで大きな前進が期待できるように思います。 中村:私はよく、オープンイノベーションと言いつつも、実際に社会課題解決のためにそれぞれのアセットを持ち寄れている事例ってあんまりないなと感じています。でも私達は社会起業家を支援する会社なので、彼らの成長を支援する上で、時には大きな力を借りてともに課題解決をする場をつくる必要があります。 そんなことを考えていた中で、小川さんが持ってきてくださった案はまさに、「私たちがやりたいのはそういうことです!」というぴったりのものだったんです。これから、西部ガスグループが持っているアセットと社会起業家の力を掛け合わせて地域に還元すると同時に、お互いの事業が成長する状態を目指したいですね。 小川:まさにお二人に言っていただいたことを目指していきたいです。加えて西部ガスグループの視点からお話しすると、やはり自社グループの中でも続々と社会課題解決の取り組みやビジネスが生まれてくるようになればいいなと思っています。 地域で1番社会課題解決に取り組む企業を目指して ――素敵な事業がたくさん生まれそうですが、事業としてやるからにはやはり利益の追求がつきものです。利益の追求と社会課題解決の両立について、西部ガスグループではどう捉えていますか? 小川:私たちにとってもまさに課題で難しいのですが、本気で挑みたいと思っています。一方で、最近は利益ってお金だけじゃないなとも思っているんです。もちろんお金は持続可能性を高めるために必要ですが、利益というものはたとえば株価が上がるとか、優秀な人材が来るとか、副次的なものもあると思うんですよ。そういった部分にもきちんと目を向けることが大切だと考えます。 ――社内でもそういった副次的な効果についてお話しされることもあると思います。実際のところ、どんな反応がありますか? 小川:反応は悪くないです。新規事業開発をやるにあたって上長や部長などと話して決めた取り組みの分野が3つあります。1つ目はこれまでもやってきたエネルギー周辺の分野。2つ目がドローンなどのチャレンジ分野。そして3つ目がローカル&ソーシャルという分野です。 この3つ目に関しては特に、お金と同じくらいソーシャルインパクトを重視していきます。たとえば、どれだけフードロスが減ったのかなどの指標から考えることをしています。こういった価値観はまだあまり社内でも形成されていないので、きちんと言語化して根付かせていきたいと思います。 ――最後に、西部ガスグループとして、今後の目標を教えてください。 小川:先ほどの岳さんのお話とも少し重なりますが、当社のようなインフラ企業や地方の企業がやることにも意味があると思うんですよね。だから我々は「地域で1番社会課題解決に取り組む企業」を目指したいです。 おそらく、現代の企業はどこも多かれ少なかれ社会課題解決につながる活動はしていると思います。でも、「社会課題をビジネスで解決する・ソーシャルインパクトを創出する」を掲げて新規事業に取り組んでいる企業は、特に地場では少ない。だからこそ私たちが先駆者になることで、どんどんと取り組みが増えていったら嬉しいです。今回のパートナーシップはその決意表明の一つでもあります。 中村:確かに地場企業だからこその取り組みの価値はありそうですね。私は東京生まれ東京育ちなのですが、たまに地方の話を聞いたり、実際に現場に行くと、やっぱり地方には本当にすごく重くて難しい社会課題があるんだなと度々感じます。そこに住んでる人たちがどんどんといなくなって、とはいえまだ住んでいる人もいるからその人たちはすごく大変な生活をされていて……。そういったフィールドで真正面から取り組もうとされている西部ガスグループも、もう社会起業家ですね。こんなチャレンジを応援できること、ありがたい機会です。 小川:過疎化と高齢化は深刻です。特に長崎、佐世保、北九州などは人口減少が目立って、エリアによっては本当に年々空き家が増えている箇所もあります。最近営業部にいる同期から聞いた話だと、とある市では人が少ないがために竹の放置がひどい状況にあり、土砂崩れのリスクになっているという問題が起きているそうです。そんな問題がリアルに起こってしまっているので、地方には危機感があります。 だからこそ、ガスというサービスから形を変えても、今まで自分たちが理念として掲げてきた「地域貢献」を絶やさずに活動していければと思います。私たちが先頭を走って持続可能な形で社会課題解決に取り組むことでいずれ仲間も増えてくると信じています。そのためにも、talikiさんの力を借りて活動を加速させていきたいです。 西部ガスホールディングス株式会社 https://hd.saibugas.co.jp/index.htm 企画・取材・編集 張沙英 餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。 執筆 白鳥菜都 ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
投資検討の裏側を公開。ユーザーの“真なる課題”に気づき事業方針を変えたgrow&partnersの軌跡と、talikiキャピタリストのこだわり
2024年2月、株式会社talikiは株式会社grow&partnersへの投資を実行した。grow&partnersは、子育ての課題を解決する一時保育検索&予約サービス「あすいく」を展開するソーシャルスタートアップだ。 代表取締役CEOの幸脇啓子氏と、talikiのファンドキャピタリスト 森開汰が初めて面談をしたのは、2023年4月。森いわく「そのときはゴールのイメージができず、投資は難しい印象を持った」という。しかし、そこから約1年にわたり議論を重ねるなかで、幸脇氏は顧客の真なる課題を掴み、それを解決するために事業方針を転換。ゴールへの道筋が見えた森は投資検討を加速させ、今回の投資に至った。 幸脇氏はどのようなインサイトを掴み、事業方針を転換していったのか。そして、1年間という長い議論のなかで、森はどのようにgrow&partnersへの投資を決定したのか。二人から、grow&partnersのサービス内容や出資が決まるまでの経緯、起業家と投資家の良い関わり方について聞いた。 ▼プロフィール 株式会社grow&partners 代表取締役CEO 幸脇啓子 東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。転職を経て、2017年に株式会社grow&partnersを設立した。 株式会社taliki ファンドキャピタリスト 森開汰 京都大学大学院農学研究科を修了後、2019年に外資系コンサルティングファームに入社。2022年4月、株式会社AaaS Bridgeを創業。2022年11月、株式会社AaaS Bridgeの代表取締役を務めながら、同時に株式会社talikiへ入社。経営者とベンチャーキャピタリストとして活動。 子育て中は世間から取り残されていた。「あすいく」のはじまり ーー幸脇さんがgrow&partnersを起業したきっかけから教えてください。 grow&partners・幸脇(以下、幸脇):私は起業する前から仕事が大好きで、妊娠するまではマスコミで昼夜を問わずと働いていました。でも、2015年に初めて出産を経験して、仕事を休むことに。当時は、まだ今ほど男性育休も普及していなくて、夫は普通に仕事を続けていて、なんだか世間からポツンと取り残されている気持ちになったんです。そこで初めて、女性のほうが不利というか、不公平だなって感じました。 復職してからも育児は大変ですし、突然の子どもの発熱などによって仕事に制約もかかる。子育ての負荷が高くて思うように働けない女性が多いことを実感しました。「これって私だけではなく、社会的な機会損失なのでは?」と思い、なにかできないか模索し始めたんです。 当時はまだ「あすいく」の構想はなく、課題に感じていることを周りに相談していたら「だったらとりあえず会社をつくってみたら」とアドバイスをもらいました。会社をつくるだけならお金はかからないし、箱があればやりたいことが見つかったときにすぐに始められると思って、起業したんです。 ーー「あすいく」はどのように生まれたのでしょうか? 幸脇:「あすいく」を思いついたのは、保育園に通い始めた子どもがインフルエンザで1週間ほど休んだときでした。子供が休んだ分、保育園には給食も席も余っています。それを「保育園に通いたくても通えていない子たちに使ってもらえたらいいのに」とひらめいたんです。ちょうど、Airbnbなどのシェアリングサービスが流行り出したころだったので「保育園もシェアできないか」と考えました。 ーー「保育園のシェア」という発想から生まれた「あすいく」は、どんな特徴を持つサービスですか? 幸脇:「あすいく」は、仕事や用事に合わせて一時保育をしたいと考える保護者と、子どもを受け入れる余裕がある保育施設をマッチングするサービスです。LINE上でやりとりでき、基本的には利用前の面談も不要。急に子どもを預けたい予定が入った場合でも、利用当日の朝までに予約を受け付けてくれる施設も掲載されています。施設側からしてみれば、空間や人の余剰を有効利用することが可能です。 普通の一時保育だと、利用日の1か月前から電話での申し込みや書類記入、子ども同席の面談などやることがとにかく多いんです。預けて自分の時間をつくりたいのに、手続きが煩雑で挫折し、自分の時間をあきらめてしまう人も多くいます。そのことでまたストレスが溜まって、子どもに対して優しくできなかったり、優しくできない自分をさらに責めてしまったり......そんなループを自分も経験したので、とにかく簡単に検索・予約ができるようにサービスを設計しました。 ーー「あすいく」の他にも、様々なサービスを展開されていますよね? 幸脇:そうですね。「駅いく」や「メトいく」、「山いく」などのように「◯◯いく」と称したさまざまな体験型保育を実施しています。たとえば「駅いく」はJR東日本、東急電鉄、小田急電鉄、西武鉄道とコラボしたサービスです。子どもたちは駅に“登園”し、駅員さんと交流したり、仕事の見学や鉄道マナーを学んだりできます。保育士が現場にいるので安心してお子さんを預けていただけます。 事業内容に深く共感したものの、出資を即断できず ーー保護者と子どもの両方にとって“嬉しい”一時保育を展開されているんですね。続いて、今回の資金調達について伺いたいと思います。どんな観点でVCを探していましたか? 幸脇:まず、プレシードのときはアクセラレータプログラムに入りました。そこでVCによって重視するポイントが違うことなどを知ったんです。そのうち「『あすいく』は社会課題に取り組んでるんだね」と言われることがあって、たしかにそうだな、と。 そこからは、社会課題を解決するために、単純にお金だけではなく、社会を変えるというリターンも一緒に追い求めてくれるようなファンドの方に協力してほしいと考えるようになりました。 ーーそれでtalikiと出会った、と。 taliki・森開汰(以下、森):幸脇さんとは一度別の機会でお会いしていたのですが、インパクト投資ファンド「KIBOW」の松井さん経由で改めてご紹介いただいたことをきっかけに、投資検討に進んだんですよね。 幸脇:そうですね。KIBOWさんはシードよりも後のフェーズを専門にされていたこともあり、「シードならtaliki」ということでご紹介いただきました。 ーー「あすいく」の事業に対する森さんの第一印象を教えてください。 森:talikiのファンドチームとしては、最初からとても良いサービスだと感じていて、ぜひ応援したいと話していました。私自身も、4人兄弟に生まれて、父親がものすごく忙しくほとんどの育児を母親がやる家庭で過ごしていたので、お母さんたちの抱える課題に共感したんです。一刻も早く「あすいく」とgrow&partnersが大きくなってみんなに届いてほしいと思いました。 しかし、すぐに出資の決断はできませんでした。私たちはVCなので、IPOやM&Aのゴールが見えないと出資ができません。「あすいく」のサービスは需要はあるけれど、ただでさえ厳しい財務状況の保育園からお金をもらう形では、規模をつくるのが難しいと考えました。「あすいく」以外で売上を立てることはできないかなど、検討に時間がかかったんです。 「子どもに申し訳ない」という罪悪感の解消を目指す事業転換 ーー投資検討が最初からスムーズにいったわけではなかったんですね。ただ、今回投資に至ったということは、ゴールへの道筋が見えたということですよね。何があったんでしょうか? 森:解決の糸口が見えてきたのは、2023年7月ぐらいだったと思います。幸脇さんから「一時保育に対する罪悪感」というキーワードが出てきたのがきっかけでした。 幸脇:当時、「あすいく」の登録者は増え続けていたのですが、実際にサービスを利用してくれていたのは5%前後。なかなかアクティブユーザーの割合が増えないことに悩んでいたんです。何が課題かを考えたときに、「一時保育に対する罪悪感を持つ人が多いのでは」という仮説が浮かびました。 以前、私自身が育児で追い詰められていたときに、実家に子どもを預かってもらって、カフェに行ったことがあるんです。本当に久しぶりに一人で過ごす時間で、好きなタイミングで好きな飲み物を頼める幸せを感じました。ただ、それと同時に「自分だけが楽しんで、子どもに申し訳ないな」という気持ちも感じたんです。同じように、自分がリフレッシュするために子どもを預けることに対して、罪悪感を感じる親は多いだろうなと思いました。 ーーその仮説をどのように検証していったんですか? 幸脇:「あすいく」のお客さんはもちろん、そこに限らず、小さな子どもを育児中の保護者を対象に広くアンケートを実施しました。「託児に罪悪感を感じますか」といった趣旨のことを聞いたら、7割近くの方が「罪悪感を感じる」もしくは「過去に感じたことがある」と回答。思っていたよりもずっと高い数値が出て、「ああ、これが真なる課題だったのかもしれない」と思ったんです。 それから、罪悪感を払拭する方法を考え、思いついたのが先ほど出てきた体験型保育「◯◯いく」でした。そこで初期検証として、東京メトロさんに協力いただき、駅の近くの保育施設で東京メトロ公認の路線図や地下鉄の模型で遊べる「メトいく」を実施。初めての体験型保育に不安もありましたが、いつもの「あすいく」より多くの申し込みがきました。 さらに、体験した方からは「『またメトロの保育園行きたい!』と子どもが言っています」や、「子どもが自分から『行きたい!』と言ってくれるので、託児に対する心理的なハードルが大きく下がった」などといった嬉しい声をいただきました。 ーートライアルは成功したんですね。 幸脇:はい。それから本格的に「◯◯いく」をつくろうと思い、今度はJR東日本スタートアップのプログラムの採択を受け、2023年6月からは実際に駅で子どもを預かってもらう「駅いく」を開始しました。参加費1万2000円という決して安くはない価格でしたが、なんと100名弱の方から申し込みがあったんです。 また、実施後の満足度調査でも10点満点中9〜10がほとんどで、「罪悪感がなく預けられた」という狙い通りのコメントをくださった方もいました。この結果を見て、grow&partnersの進む先はこれだと確信し、「体験型保育『◯◯いく』を展開していこうと思う」と森さんに伝えたんです。2023年の7月頃だったと思います。 森:幸脇さんから連絡をいただいたときは、課題の真因も解決策も腑に落ちました。たしかに、私の母親も罪悪感によって苦しんでいたなと思い出したんです。 住んでいたのが田舎だったので、母は何をするにしても車で送り迎えをしてくれて、自分たちが「もっと休んでいいよ」といくら言っても聞いてくれませんでした。でも、頑張りすぎたことによる過労から、運転中に居眠りをしてしまい、小さな事故を起こしてしまったんです。その姿を見ていたから「罪悪感が人を苦しめる」ということに深く納得しました。 加えて、「◯◯いく」という形で企業などと組み、体験型保育を展開していくモデルであれば、スケールも望めるなと思ったんです。サービス自体への需要が明確であるし、関東近辺や地方にも十分広げていけます。幸脇さんが諦めずに仮説検証をしてくださったおかげで、投資に向けた検討を前進させることができました。 ーー懸念だったポイントが解消されたあとは、投資に至るまでにどのように議論を進めてきたんですか? 森:ビジネスモデル的にはうまくいくと思ったので、後半はそれを実現するうえでのリスクなど裏側の話を詰めていきました。 幸脇:たとえば「保育士が数百人になったら、どのような体制で保育の質を担保するか?」とかですよね。森さんから問われるまで想像していなかったのですが、たしかに、保育士さんが急増したら保育の質をコントロールするのが難しくなります。「保育士を育てられる保育士」を育てないといけないことに気づきました。 それからは、コアとなる保育士の方にもなるべく早く事業目線を持ってもらえるよう、事業戦略に関する打ち合わせに出ていただくようにもなりました。まだ完全に未来のリスクを潰しきれているわけではないですが、一度想定しておけたので余裕を持って対応していけると思います。 包み隠さず悩みや進捗を共有することが、起業家と投資家の良い関係性を育む ーー投資検討の期間は一般的に3か月〜半年ほどとされています。幸脇さんが約1年間もtalikiからの出資を待たれていたのはなぜですか? 幸脇:やっぱり、最初にVCを探していたときの基準の通り、社会課題の解決に特化したファンドの方に出資していただきたかったんです。talikiさんから出資いただくことで「社会課題を解決している会社」だと認識してもらえることにも期待していました。 あとは、森さんの人柄ですね。森さんはいつも「私も考えてみますね」と言ってミーティングを終えるんです。「考えてきてください」ではなくて一緒に考えてくださる姿勢がとても心地よく、励まされました。 森:そう言っていただけて嬉しいです。投資検討の窓口に立つキャピタリストにとって大事なのは、起業家のビジョンに共感し「ビジョンを実現するためにこの資金が必要なんだ」と信じることだと思っています。その上で、その資金がどう使われるか、価値を最大化できるか、という部分をシビアに見極めるために、時にはこちらで手を動かすことも必要です。 逆に、一番良くないのは、起業家のことを信じきれていないのにとりあえず話を進め、「投資委員会で否決されました」で終わってしまうこと。今回の投資検討は、最初から「絶対に中村(talikiファンド代表パートナー)に『うん』と言わせるぞ」という気持ちを持って取り組んでいたので、時間はかかってしまいましたが良い結論に辿り着けたのだと思います。 幸脇:最初にバリュエーションやリターンの話から入っていたら、今回のような結論には至っていないのかもしれませんね。まず世界観の話ができて、そこがずれていないという信頼を持った上で、事業をどう進めていくか、どのようなリスクがあるのかなど具体の議論に入れたのがありがたかったです。 ーー「お金の話からではなく、ビジョンの話から」というのが大事だったんですね。今回の経験を踏まえて、投資面談に臨む経営者にとって意識すべきことはなんだと思いますか? 幸脇:包み隠さずなんでも相談してみることです。私も過去はそうでしたが、周りの起業家を見ていると、事業に対する責任感が強いあまり、良くも悪くもまず自分で解決しようと頑張ってしまう方も多いと感じます。でも、VCの方々は様々なスタートアップと関わって、たくさんのナレッジやつながりを持っています。VC側が用意している質問に答えるだけではなく、自分たちから悩みや進捗を共有して協力を仰ぐといいと思います。 森:幸脇さんのおっしゃる通り、ガンガン相談して欲しいです。私たちVCにできるのは複数の事例をインプットし、リスクや対策案などを議論する壁打ち相手になること。「こういう事例はありませんか?」と言っていただければ何かしら探してくるので、うまく活用していただけると嬉しいです。 また、一度の面談でうまくいかなかったとしても、諦める必要はないと思っています。そのとき駄目でも、半年後に進捗を聞いたら評価が変わることもざらにありますから。前回よりも事業が伸びているとか、grow&partnersのように顧客の解像度が高まっているとか、VCはそうした「差分」が好きな生き物なんです。 ーー最後に、今後の両者の関わりとgrow&partnersの展望について教えてください。 幸脇:grow&partnersとしては、それぞれの人が主体的に選択ができて、育児のために何かを諦めるようなことがない世の中にしたいです。そのために、「あすいく」や体験型保育イベントを全国に広げていきたいと考えています。体験していただければ、一時保育の良さをわかっていただけるはずなので、預けやすいシステムと「預けてもいいんだよ」という雰囲気、ハードとソフトの両方をつくっていきたいと思います。 また、事業を広げていく過程では、目の前の数字ばかりに目がいってしまったり、スタートアップらしいハードシングスに見舞われたりすることがあると思います。そんなときに、私たちが登ろうとしている山のどの辺にいるのかを客観的に見てもらえたり、「こうやって乗り切った企業があるよ」と事例を教えてもらえたりしたら嬉しいです。 森:もちろんです。後続の投資家やパートナー、お客さんの紹介も含めて、grow&partnersさんが信頼できる仲間を増やすお手伝いもしていきますね。また、これからステークホルダーが増えたり、事業が成長したりしてビジョンが見えづらくなることもあるかもしれません。そんなときは、シード期の純粋な想いに共感させてもらった身として、いつでも相談に乗れるパートナーでありたいです。 grow&partners(あすいく):https://ad.asuiku.net/ talikiファンド:https://taliki.vc/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 白鳥菜都 ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
社会課題を解決する
すべての人を
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社会課題は、複雑で難解。
「こうすれば解決する」と言える正解はありません。
そんな課題にビジネスで立ち向かい、未来の当たり前を創っていく社会起業家。
彼らの強さと優しさの両面にスポットを当て、事業のこだわりや根底にある想いを届けます。