自治体との連携で「新しい福祉インフラ」の社会実装を加速する。スケッターと千正組の業務資本提携から学ぶ、行政を動かす視点
介護・福祉領域に特化した有償ボランティアのマッチングプラットフォーム「スケッター」を運営する株式会社プラスロボと、元厚生労働省の千正康裕氏が代表を務める株式会社千正組は2024年3月、資本業務提携を締結した。現在、スケッターを普及させるべく自治体との連携を強化している。 社会課題解決を目指す企業や起業家にとって、住民や地域の企業とのパイプを持つ自治体との連携は、事業拡大の可能性を広げる強力な手段の一つ。しかし、民間側からすると、どのようにアプローチをすべきかは不透明だ。 今回の資本業務提携は、千正組の持つ「自治体連携に必要な視点」とスケッターを掛け合わせることが一つの狙い。「新しい福祉のインフラを社会実装する」というゴールに向かって歩みを進める両者から、自治体との連携に必要な視点や、資本業務提携に至った経緯、行政を巻き込んだ社会課題解決の可能性についてじっくりと聞いた。 ※情報開示:プラスロボはtalikiファンドの出資先企業です。 ▼プロフィール 株式会社プラスロボ 代表取締役CEO 鈴木 亮平(すずき りょうへい) 写真左 2017年に株式会社プラスロボを創業。資格や経験を問わず、誰もが自分のできること、空いている時間で介護業界を支えられる仕組みを模索する中で、スケッター事業の構想にたどり着く。「介護業界の関係人口を増やし、人手不足を解決する」をミッションに、2018年にスケッター事業を企画し、2019年にサービスをリリース。 株式会社千正組 代表 千正 康裕(せんしょう やすひろ) 写真右 2001年に厚労省入省。医療、年金、子育て、働き方、女性活躍などの分野で8本の法律の立案に携わる。医療政策企画官として医師の働き方改革を担当した後、2019年9月に退職。2020年1月に株式会社千正組を設立。現在は国内外の大手企業やベンチャー企業、地方の中堅中小企業、業界団体、NPOなどに対して、政策提案、官民連携、企業とソーシャルセクターの連携支援、新規事業開発、研修・講演などを行う。著書に『ブラック霞が関』『官邸は今日も間違える』。 千正組と出会い、自治体との連携強化に踏み出したスケッター ーーまずは両者の取り組みについて伺います。鈴木さんには何度か取材をさせていただいていますが、改めてプラスロボの事業について教えてください。 鈴木亮平(以下、鈴木):プラスロボは2019年1月より、介護スキルシェアサービス「スケッター」を運営しています。スケッターのユーザーは有償ボランティアとして、介護資格や経験がなくても、スキマ時間で介護施設における周辺業務のサポートができるサービスです。お手伝いを求めている介護・福祉施設とのマッチングを通じて介護業界の人手不足を解消し、新たな福祉インフラの構築に向けて取り組んでいます。 スケッターはすでに多くの活用がなされており、介護施設は約500ヶ所、スケッターさん(働き手の呼称)は約5000人が登録してくれています。そして2023年には、初の自治体連携として茨城県の大子町でスケッターのトライアルがスタート。施設側の業務負担軽減や、定年退職したシニア世代の社会との接点創出につながっています。その事例を受けて、現在は東京都中野区、長野県社会福祉協議会、埼玉県川口市などの自治体とも連携の話が進んでいます。 ーーありがとうございます。では次に、千正組についてもお聞かせください。 千正康裕(以下、千正):厚労省で長く政策立案に従事した経験をもとに、2020年1月に設立したのが千正組です。行政・政策の知見、業界、企業、NPO、メディア、アカデミア等の幅広い知見やネットワークを活かして、企業や民間団体の政策提案、官民連携、企業とソーシャルセクターの連携、新規事業開発などのサポートを行っています。 ーー今回の資本業務提携は自治体との連携強化を見据えたものだと思います。スケッターが、自治体へアプローチし始めたのはなぜでしょうか? 鈴木:2023年の夏頃に千正さんと出会ったことが大きいですね。もともとスケッターは、介護施設に直接営業するアプローチをとっていました。自治体からも多くの問い合わせをいただいていたのですが、どう事業につながるのかわからず、目の前の施設開拓に集中していたんです。 そうしたなか、千正さんから「こちらから営業をしていないのに、メディアに取り上げられたスケッターを見た複数の自治体から問い合わせが来るなら、日本中の自治体が興味を持ってくれる可能性がある」と教えていただきました。それでなるほどな、と。施設に一通一通FAXを送るようなやり方ではなく、自治体と連携することがスケッターならではの戦い方ではないかと納得しました。 「自治体との連携こそ勝ち筋」という仮説の根拠 ーー千正さんは、スケッターのどのような部分に自治体連携の可能性を感じましたか? 千正:まずは、スケッターが介護施設だけでなく行政の課題も解決できるという点です。スケッターは「介護業界の人手不足解消」に加え、「地域ボランティアなど“担い手”の掘り起こし」や「アクティブシニアの活躍」、「働き手へのやりがい・生きがいの創出」などにもつながるサービスです。いずれも、行政にとって重要度の高い課題・困りごとなので、関心を持ってくれるのは間違いないと思いました。 また、実際に行政が協力しやすい取り組みだということもあります。「行政のニーズに合う」だけでは、自治体は動きません。それは行政が、株式会社と異なり自組織で独立して判断する組織ではないからです。行政にとってのお客様は、有権者であり納税者である住民全員。議会への説明も常に求められます。株式会社でいえば、日常的に株主総会を開いているようなものです。 そうした立場で仕事をしている行政官は、常に「この取り組みをやったら誰が喜ぶか、誰が反対するか」を考えています。だから、行政が協力してくれるかどうかのポイントは、「行政以外の誰が喜んでくれるか」ということ。多様な立場の人が喜ぶスケッターのような取り組みであれば、行政と連携しやすいと感じました。 ーー喜ばせることができるステークホルダーの広さに可能性を感じたんですね。 千正:そのとおりです。加えて、既存のスケッターと自治体の連携のなかに、予算を確保して連携を進めようとしている実例があったことも大きなポイントです。これはつまり、スケッターとの連携の意思決定のハードルを、自治体内で乗り越えられるロジックがあるということ。 行政のリソースは、補助金などの資金的援助だけでなく、信用力の付与や、場の提供、人を集める能力など思いのほか多様で、それぞれ意思決定のハードルが異なります。たとえば、よい取り組みだとしても、大きな予算やマンパワーが必要な連携は、他の予算や仕事を減らさないといけないし、議会の承認も必要なので、実現のハードルが一気に上がるのです。 そのハードルを乗り越えられるかどうかを判断するには、行政のニーズがどのような要素で構成されているのか、行政が意思決定するメカニズムはどうなっているかを理解する必要があります。官僚時代の経験と、独立後の行政と企業・NPOが連携する取り組みを支援してきた経験から、自分にはその想像がつきます。 思うに、予算を確保してまで連携したいということは、難しい意思決定プロセスを自力で突破したスーパー公務員みたいな方がいるのだと思います。それが珍しい事例だったとしても、少なくとも意思決定に至るロジックはある。だったら、説明の仕方や提案方法を整理しさえすれば、たまたまスーパー公務員がスケッターに注目したという珍しい自治体でなくても、多くの自治体に普及できるはずだと考えました。 ーー行政側の視点がよく理解できました。一方、連携によりスケッターの可能性はどのように広がると考えていますか? 千正:行政のお客様は全住民ですから、行政の困りごとは「住民の困りごとの巨大な集合」です。それを解決するサービスとなると、当然マーケットは非常に大きくなります。また、行政、施設、ユーザーなど多くの人が応援してくれるサービスは、企業経営における広告宣伝、営業、運営、サービス改善などの機能を、多くの人から無償又はそれに近い形で提供してもらえます。事業の伸びやすさは間違いなく高まります。 具体的にいえば、働き手を集める効果もありますが、特に介護施設へのスケッターの導入ハードルが下がるところがポイントと考えています。介護サービスは、普通のビジネスと違って“超”がつくほど官製市場(施設の開設、サービスの基準、値段、施設の収入を行政が決めている市場)なので、介護施設は常に行政とコミュニケーションをとっています。プラスロボから働きかけるよりも行政が働きかけたほうが確実に導入が進むんです。 また、自治体間や業界内の横のつながりを利用してサービスを広げることもできる。ある地域で成功事例が作れれば、自治体の介護担当者が集まる場で事例紹介をしてもらったり、介護の業界団体内のセミナーなどを通じて、他の地域にも広がっていきます。要は、口コミによって広まる土壌が大いにあるということです。 つまり、自治体が協力してくれることによって、スケッターがより早く広く普及するのです。そして、スケッター導入によって自治体の困りごとも解決してくれるのですから、協力してくれる可能性は十分ある。なので、自治体連携がスケッターの勝ち筋だという「ほぼ確からしい仮説」が浮かび上がりました。それを鈴木さんに伝えて、「ちょっといくつかの自治体に行ってみませんか?」と誘ってみたのです。 短期計画に縛られず、じっくりと大きく事業を育てていく ーーそこから資本業務提携に至る経緯を教えてください。 鈴木:今お話しした仮説を検証するために、千正さんのご紹介で、自治体の首長や市役所の福祉部長、厚労省関係者など、さまざまな行政関係者に会い、スケッターについてプレゼンしてまわりました。 千正:鈴木さんの説明を聞いたほとんどすべてのみなさんから、ポジティブな反応が返ってきたことで、仮説は確信に変わりました。これは自分でないと見えない道筋だし、他の人には支援できないような内容だからこそ、本格的にサポートしたいと考えるようになったんです。ただ、僕自身がボランティアとして関わる形だと、自分の時間を割きにくいですし、社員の力を借りることも難しい。だから、会社のリソースを使えるようにプラスロボとの資本業務提携を結びました。 また、実は鈴木さんに出会う前から、コンサルティングモデルの限界を感じていた部分もあるんです。自分が厚労省を辞めて独立した目的は「特技を活かして死ぬまでに社会貢献を最大化したい」ということ。なので、「これは絶対社会的に価値がある」「自分がサポートしたらインパクトが大きい」と思うものに取り組みたいのですが、資金力のないアーリーステージのスタートアップにはコンサルディングという手法では支援が難しい。 個人的な相談を超えて仕事として関わる手段を考えてたどり着いたのが、スタートアップ投資でした。投資は手段であって、サポートに主眼があるので、資本業務提携という形にしています。 ーー資本業務提携の出口はどのような形を描いているのでしょうか? 鈴木:出資いただいた身として企業価値を向上させてリターンを生み出すことは大前提ですが、千正組さんとの関わりは、そうした限定的なゴールを目指すものではないと捉えています。「新しい福祉のインフラの社会実装」が両者共通のゴールであり、そのために短期的な利益創出の考えに縛られることなく、「いかに自治体との関係を深め、着実に定着させていくか」に重きを置いています。 だからこそ、千正さんとの毎回の打ち合わせは、長期的かつ本質的な内容の議論が多いんです。たとえば、あるとき「シニア世代がスケッターで働くことの健康効果を研究したい」と相談したことがありました。営業の武器になるかもしれないと、1年くらいで研究成果をまとめることを考えていたのですが、千正さんは「中途半端な論文をつくるくらいなら、倍の時間と費用がかけてでも、しっかりとしたエビデンスをつくるべき」と諌めてくれたんです。 短期的に成果を出そうとしてあれこれ手をつけるのではなく、今はじっくりと一つひとつの施策に取り組むことが大事だと、改めて認識できました。 ーー千正さんがそうした進言をされたり、長期的なゴールを前提に提携を結ばれたのはなぜですか? 千正:スケッターは、鈴木さん自身が当初思っていたよりも、もっと多様な価値と大きなポテンシャルがあり、長期的に普及して社会に根付くサービスと感じているからです。もちろん、投資家の資金を集めて経営しているスタートアップなので、リターンをお返しすることを考えないといけません。しかし、社会を変えるすごく大きな可能性があるので短期的な収益の視点にとどまってほしくないのです。 こうした考えは、千正組の経営においても大切にしています。千正組は自分が100%株主で、社会貢献の最大化を本気で目的に置くちょっと変わった会社です。事業内容にこだわりはなく、お客様と社会に貢献できるならなんでもやればよいと思い、提供するコンサルの内容を広げ、社員も増やしてきました。 その経験から、会社の持つ本来の可能性が素直に開かれるためには、自分が立てた目標と計画に縛られすぎてはいけないと感じています。自分の計画よりも、お客様や社員など周りに求められることを信じて経営をしたほうが、社会に提供できる価値は大きくなると考えているんです。 ーー計画に縛られすぎず、周囲の人や社会と対応しながら事業を進めていくことで、スケッターの可能性は開かれると。それは、自治体との連携においても同じだと思いますか? 千正:そうですね。今はまだ連携する自治体の数をKPIに設定してもあまり意味がないと思っています。実際、自治体が企業と連携協定を結んでも、何も取り組みが進まないケースも多くありますから。重要なのは、「協定を結んだあとに何をするか」であって、協定はそのための手段に過ぎないのです。 今やるべきは、いたずらに連携自治体数を増やすのではなく、「こういう連携をすれば行政も介護施設も住民もスケッターもハッピーになる」という具体的な取り組みを実践して成果を上げること。それができれば、行政は横の連携が強いので、他の地域への展開は難しくありません。 地域の好事例の横展開は国の政策の出番でもあり、ここは自分の一番の専門分野です。成果の上がる自治体との連携事例が増えて、施設の加入数やアクティブユーザー数、双方の満足度も上がっていく。これが望ましい社会実装の流れだと考えています。 実務を担う人のことまで想像できなければ、行政連携は機能しない ーー出資をするうえで経営者の資質も大切な判断基準だと思います。千正さんから見て、鈴木さんはどのような経営者に見えましたか? 千正:思考に詰まりがない方だなと。多分、大金持ちになりたいわけでもないし、起業家として有名になって目立ちたいわけでもない。素直に、自分が生み出したサービスをみんなに使って色々な人に喜んでもらいたいと強く思っていると感じます。だから、芯がぶれないし、判断軸に邪念が入らないんです。それは経営者としてとても大事なことで、全幅の信頼を置いています。 また、能力と胆力のある経営者だとも感じています。どこに一緒に行っても、スケッターの価値を明確に分かりやすく説明しますし、色々な人の助言も取捨選択しながら的確に判断されていると思います。体育会系で礼儀はちゃんとしていますが、相手の社会的地位や年齢には惑わされません。逆に、若さを売りにしたり、甘えたりもしません。僕に対しても、意見が異なるときはハッキリ主張してくれます。僕と鈴木さんは20歳近く年齢が違いますが、それをまったく感じさせない頼もしいパートナーです。 ーー逆に、鈴木さんから見て千正さんはどんな方ですか? 鈴木:千正さんと一緒に事業を進めていくなかで、あらためて人間関係の大切さを学ばせていただいています。事業やサービスがどれだけ良くても、あらゆるステークホルダーや協力者を巻き込まなければ世の中は動かせない。当たり前のことですが「スケッターは社会にとって良いサービスだから協力してください」では意味がないんですよね。千正さんと一緒にいることで、世の中の仕組みや動かし方の解像度が高まったと感じます。 千正:自治体との協定の締結には、首長や幹部の判断が必要です。しかし、自治体の実務を担うのは幹部でなく担当の人たち。首長にとってのPRや幹部が関心のある政策の成果に加えて、担当の人が何に悩んでいて、どうアプローチすれば納得して行動してくれるかまで考えなければいけません。 つまり、「喜んでくれる相手をいかに広く捉え、たくさんつくるか」が大切なんです。全員が自分ごととして一生懸命にやってもらえる状況をつくれば、その取り組みは自然に伸びていきますからね。 「行政の困りごと=社会の困りごと」社会課題解決のモデルケースをつくる ーー自治体連携が順調に進んでいく姿が想像できました。その他の点で、現在スケッターが抱えている課題はありますか? 鈴木:スケッターと他の類似サービスの違いを、もっと言語化できるようにしたいと思っています。一般的なアルバイトとの違いとして一つあるのは、働き手に「地域で困っている人のお手伝いがしたい」という地域への関心があることです。施設でお手伝いしたスケッターさんに任意で書いていただいている体験レポートから、そうした姿勢をひしひしと感じます。 2年前から始まった体験レポートですが、2024年の夏には多分1000本を超えます。それを見て、施設の存在が地域に知られたり、「自分も手伝ってみたい」という人が来てくれたり、お手伝いの輪が広がっています。自分が提供したスキルやお手伝いが、一過性では終わらない「地域とのつながり」や「感謝」として返ってくる。その喜びはお金には代えられないものです。 ーー労働の対価としてお金を受け取って終わりではなく、人と人、人と地域のつながりが生まれるんですね。 鈴木:そうです。それに施設側からしても、有償ボランティアだから依頼できる部分もあると思うんですね。たとえば、入居者と将棋の相手をすることや、施設の季節行事をリクリエーションで盛り上げてもらうことなど。アルバイトは雇えないけれど、手を貸してほしいことは無数にあるんです。スケッターだからこそ、こうした小さくとも重要な困り事を解消できます。この独自の価値を、より多くの人にわかりやすく伝えていきたいです。 ーー最後に、今後の展望についてもお聞かせください。 鈴木:まずは、現在連携している自治体との関係性を大切に、取り組みを着実に進めていきます。そして1つの連携の質を高めたうえで、そのモデルを他の地域にも展開していき、新しい福祉のインフラの社会実装に近づけていきます。 千正:関わったすべての人に喜ばれる形でスケッターを伸ばしていきたいです。そのための支援は惜しまないですし、うまくいくと信じています。そのプロセスを鈴木さんと一緒に歩むなかで、自分自身や千正組も成長の機会をいただいています。この取り組みからの学びを、また他の社会起業家にも還元していきたいです。 「行政の困りごと=社会の困りごと」なので、社会起業家が解決しようとしていることは、行政や自治体が解決しようとしていることと重なる部分が多いと思います。私たちの取り組みが、社会課題解決の一つのモデルケースになれれば嬉しいです。 スケッターHP https://www.sketter.jp/ 千正組HP https://senshogumi.co.jp/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 おのまり ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。
高齢者・認知症の方がお買いものを楽しみ続けられる社会を。キャッシュレスサービス「KAERU」が超高齢社会に希望を見出す
超高齢社会が深刻化するいま、高齢者が抱える課題をテクノロジーの力で解決する「エイジテック」に注目が集まっている。KAERU株式会社が展開する、高齢者や認知症の方でも安心して使える“お買いものアシスタント機能付き”プリペイドカードサービス「KAERU(かえる)」も、その一つだ。 高齢者や認知症の方が抱える買いものや金銭管理に関する課題は、「周囲の人がサポートしなければ」という発想になりがちである。これが行き過ぎると「当事者を管理して、なにもさせない」という解決策になりかねないが、KAERUはそうではない。あくまでも「本人が買いものできる」ことを重視している。 なぜ、KAERUは「高齢者・認知症の方のお買いもの」に着目したのか。また、エイジテックの領域のサービスづくりにおいて、どのような試行錯誤をしてきたのか。高齢・認知症の方本人や周囲の方が抱えるリアルな課題と、KAERUが目指す社会について、代表の岡田知拓氏に聞いた。 ▼プロフィール KAERU株式会社 代表取締役CEO 岡田 知拓(おかだ ともひろ) 新卒で決済ベンチャーの法人営業・事業開発を担当。海外に拠点を移してからは、東南アジアのスタートアップにジョイン。その後、日本に戻りLINE株式会社に入社。LINE Payサービスの立ち上げ初期から、戦略立案から個別のプロダクト企画など、広範にグロースに携わる。利用者にとって、より付加価値のあるペイメントサービスを創りたいと考え、福田とKAERU株式会社を創業。 高齢者・認知症の方に加えて、サポートするご家族や行政の困りごとにもアプローチ ーーKAERUは「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中にする」をビジョンに掲げていますね。まずは、現在展開しているサービスについて教えてください。 KAERU株式会社は、チャージ式プリペイドカード「KAERU(かえる)」を開発しています。使いすぎ防止機能や紛失時の即時停止機能などを搭載したプリペイドカードを提供することで、高齢者や認知症の方にも安心してお買いものを楽しんでいただこうとしているんです。 また、ご家族や介護従事者の方など、いわゆる「みまもり」をする方は、カードと連動したアプリによって1日の上限金額の設定や、お金の遠隔チャージが可能です。KAERUは、高齢者や認知症の方をサポートすることに加え、支援者の金銭管理に対する負担軽減にもつながります。 ご利用いただく際は、月額利用料が発生しますが、今(2024年8月現在)はキャンペーン中のため無料でお試しいただけます。 ーーHPを拝見すると、自立支援を行う行政・自治体向けにもサービスを展開されているようですね。どのような課題を解消しているんでしょうか? 特に大きいのは、お金の受け渡しに関する課題です。自立支援の一環として、金銭管理が難しい当事者の方に対しては、行政職員が代わりに金融機関でお金を引き出し、手渡ししています。しかも、当事者による使いすぎや紛失のリスクを減らすために、必要な分だけ手渡しする作業が、月に何度も発生する場合もあるんです。 行政となると100人単位の方をサポートしています。お金の受け渡しだけでも膨大な工数となり、それ以外の困りごとの解消に時間が割けない状況です。 そこで、行政・自治体向けには、多人数の使用状況や使用額の設定を一度に管理できる金銭管理システムを提供しています。一人ひとりに合わせて行う金銭管理業務のコスト削減を支援しているんです。 「当事者を管理する」以外のソリューションが必要 ーー岡田さんが、高齢者および認知症の方のお買いものに着目した背景を教えてください。 もともと前職でキャッシュレスサービスに携わっていた際に、キャッシュレスの波が若い世代を中心に広まっていく一方で、高齢者層まで浸透していないことを感じていました。 ただ、キャッシュレスがより浸透している諸外国では、特定のユーザー層に向けた決済サービスがどんどん出てきています。もちろん、高齢者に特化したサービスもあります。高齢化先進国の日本こそ、高齢者が「安心・安全・簡単」に使える決済サービスが必要だろうと考え、2020年にサービスを構想し始めました。 ーー構想にあたって、まずはなにをされたんですか? 「高齢者向けの決済サービス」をつくろうとしていたので、まずは高齢者や認知症の方、そのご家族、障がいをお持ちの方、介護従事者、ヘルパーさんなど150名近くにインタビューをしました。そこで、お金にまつわるさまざまな課題が見えてきたんです。 たとえば、高齢者・認知症の方は、支払いの際に小銭の区別がつかなかったり、買うものを忘れてしまったりします。ご家族側は、財布を落とすことや高額商品の誤購入を防ぐために、管理せざるを得ない状況になっています。 また、ご家族の方だけでサポートするのが難しい場合は、介護従事者やヘルパーさんが、利用者の買いもの代行をしていますが、その現場にもさまざまな課題があります。たとえば、僕自身もヘルパーとして働いているなかで、買いものに必要なお金が用意されておらず代行ができないケースを体験しました。 ーー「買いものを代行する人がいれば解決する」と単純には考えられないわけですね。だからKAERUは、「当事者みずから買いものできること」にこだわっている、と。 当事者の方もサポートする方のなかにも、本来それを望んでいる人は多くいます。「高齢だから、認知症だから」と管理を強める考え方もありますが、僕自身が当事者の方と触れてみて感じたのは「思った以上に普通に生活されているな」ということでした。「認知症と診断されてから、周りからの扱われ方がいきなり変わった」と悲しまれている方もいることを考えると、「管理」ではない方法が必要だと思います。 また、友人とお茶をしたり、孫にプレゼントを買ったり、おしゃれをしたり……買いものは社会との接点でありながら、欲しいものを自分で選択するという意味で、人生を豊かにする重要な要素の一つです。実際、インタビューした当事者の方のなかにも、「認知症だけど買いものは普通にできるし、したい」という方はたくさんいました。 ーーサポートをされている方たちの意見はどうでしたか? ご家族や介護職の方に向けてアンケートをとったところ、8割以上の方が「買いものの不安が解消されたら、(本人に)買いものに出かけてほしい」と考えていることがわかりました。自分たちの負荷を軽減したいのもあると思いますが、なるべくその人らしい人生を歩んで欲しいという思いが強いのだと思います。 「当事者が買いものにいけず、周りの負荷も高い社会」よりも、周りの方の不安が解消されたうえで「当事者が自由にお買いものし続けられる社会」のほうが理想的なはず。だから、KAERUでは、ご本人がお買いものを楽しみ続けられることを大切にしています。 当事者・連携する行政への深い理解が、エイジテックの鍵 ーーKAERUは、高齢者の課題をテクノロジーで解消するいわゆる「エイジテック」ですね。この領域で事業を展開するうえで大切なポイントはなんだと思いますか? 大きく2つあって、1つ目は「高齢者」とペルソナを一括りにせず、そのなかでも「誰のどんな課題を解決するのか」を明確にすることです。一口に高齢者といっても生活スタイルや苦悩は一人ひとり違います。 KAERUがサービス構想段階で150名にインタビューしたのもそのためです。お話を聞いたうちの一人、若年性認知症の当事者で講演活動をされている丹野智文さんは、「当事者に意見を聞くことなく、サービスをつくらないでほしい」と伝えてくれました。今でもその考えは大切にしています。 ーー当事者不在のサービスが問題視されることもありますからね。直接お話を聞いたことで、具体的にサービスの構想が変わった部分はありましたか? まず、サービス名が変更になりました。初期のころは「みまもりペイ」という名前にしようと考えていましたが、「別に見守られたいわけではないんだよね……」という当事者の言葉にハッとしたんです。無意識のうちに、サポートする側の視点で考えていたことに気付かされました。当事者とサポートする側に上下が生まれるような名前は避けようと、今のサービス名になっています。 また、サービスの機能についても、当事者の気持ちを考慮した設計になっています。決済や入金の基本的な機能に加えて、買いものリストや、買いものした場所と時間がわかる機能など、状況に合わせてオプションを選べるんです。当事者がどこまでサポートして欲しいのかを、ご家族と話し合えるようになっています。 ーーKAERUはサービス名もプロダクトも、きちんとユーザーの気持ちに寄り添っている、と。エイジテックを展開するうえでの2つ目のポイントはなんでしょうか? 2つ目のポイントは、どのようにエンドユーザーにアプローチして、導入の意思決定をしてもらうかです。傾向として高齢者はITサービスにふれる機会が少ないので、ご自身でサービスを知るというよりは、周りの人に紹介してもらうケースが多いと思います。 ただ、周りの人が勧めるから絶対に使ってもらえるかというと、それも違います。あくまで傾向ですが、高齢者の方は現状維持を好む方も多くいます。つまり、周りの人にサービスの価値を感じていただきつつ、高齢者の方も自然と使いたくなるようなアプローチが大切です。 ーーKAERUの場合はどのような工夫をしていますか? 意思決定者がご家族のケースも多いのですが、親子間では「子どもに見守られる」「親を見守る」という、これまでの親子関係を逆転させることへの心理的ハードルがあります。そこで大切になってくるのは、行政や自治体の方など、当事者やご家族が信頼している方からのアプローチです。「行政が言っていることだから」「自分の親がいつもお世話になっているヘルパーさんがおすすめしているから」と、受け入れてもらえる可能性が高まりますからね。 ーー行政や自治体向けの金銭管理システムを導入されている背景には、そうした狙いもあるんですね。上手く連携するために意識していることはありますか? 行政や介護施設の職員の方々の日々の仕事をよく理解し、一緒に世の中を良くしていく仲間だと認識してもらうことです。 現場の動きや課題感を知らない人が、いくら「いいシステムがあるので導入してください」と言っても、耳を傾けてもらうのは難しい。そもそも、システムさえあれば解決するというのは、現場を知らない人の乱暴な考え方です。 ーー先ほど岡田さんがヘルパーとして働いていることは聞きましたが、行政のお仕事も体験されているんでしょうか? はい。以前、金銭管理支援をされている現場に1日同行させていただいたことがあります。そこで、外からは見えなかった運用面の大変さや、支援をする側の心理的負担について、よく理解できたんです。 たとえば、生活費を渡すために職員が金融機関でお金を引き出す場合。通帳やカードを金庫で保管しているので、安全に運用するために取り出す手続きも手間や労力がかかっています。 また、お金の管理能力によっては、月に一度まとめて渡したほうがいい人も、何度かに分けて渡したほうがいい人もいる。手数料や提携の関係で利用できる金融機関にも制限があります。想像していたよりもずっと複雑で、大変な運用をされていました。 そうした業務を一緒に経験したり、行政の仕組みを深く知ろうとしたりしてきたおかげで、徐々に行政のみなさんから信頼を得られたんです。今では、「金銭管理が苦手な認知症高齢者や、障がい者の日常的金銭管理を解決するサービス」と認識紹介してもらえるようにもなりました。 買える、帰る、変える。サービス名に込めた3つ目の想い ーー実際、行政との取り組みも増えているようですね。事業の進捗について教えてください。 行政との取り組みとしては、都道府県単位での連携協定が増えてきました。また、利用者さんも全国に広がってきています。利用された方やそのご家族からも、続々と嬉しい声が届いているんです。 たとえば、「以前は現金で買いものをしていましたが、KAERUに出会ってからはカードしか使っていません」という当事者の方からの声。最初はキャッシュレスに不安を感じたそうですが、一度経験したらすぐに慣れたそうです。初めてのお店で、KAERUが使えるかわからない場合も「店員さんに聞けば教えてくれる」とおっしゃっていました。 また、ご家族の方からも「現金主義だった母が毎日カードを使うようになった」「自由に買いものができることで、自信がついたようです」などの声もいただきました。KAERUを使ったタイミングで通知が届くことも、コミュニケーションのきっかけになっているとのことです。 ーー確実に目指す世界観は広がっているようですね。今後の展望を聞かせてください。 「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中」を実現するべく、介護事業所や訪問介護など、さまざまな業種、業態にもKAERUを広げていこうとしています。介護業界の人手不足や金銭管理における課題の解消にも貢献していきたいです。 また、ビジネスの広がりもつくっていければと思っています。KAERUは、どのような状況の方がどう意思決定をされるのか、買いものも含めてどんな生活を送っているのか、といった情報が蓄積されているんです。それをうまく活用すれば、保険や不動産などの高齢者向けサービスを適切にマッチングさせることもできるはず。新しい事業の展開を生み出していきたいですね。 最後に、一番大事にしたいのはサービス名に込めた想いです。「KAERU」という名前には、高齢者や認知症の方が自由にものを「買える」こと、買いもの後に本人やお金(カード)がきちんと家に「帰る」こと、そして、もう一つの意味があります。それは、「高齢者や認知症の方はなにもできないから、周りが支援しなければいけない」という認識を「変える」ことです。 テクノロジーのちょっとしたサポートがあれば、今まで通りの生活を送れる当事者の方はたくさんいます。その認識を広めていくことが、当事者や周りの人たち、そして高齢化が進む日本社会にとっての希望になると思っています。 KAERU株式会社:https://kaeru-inc.co.jp/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 おのまり ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。
異国の地マレーシアで起業して4年。女性ウェルネス業界の開拓者として歩むルミラスの道のり
「フェムテック?女性のためだけのサービスなんてずるい」 2020年12月、マレーシア初の妊活&女性のウェルネスプラットフォームLUMIROUS(以下、ルミラス)を立ち上げた際、代表の山内杏那氏のSNSにはこんな声が届いたという。女性の妊活やウェルネスに関する認知が一般的ではないマレーシアで、山内氏は新しい市場を切り開いてきた。今では不妊だけにとどまらず、女性のウェルネス全体のサポートにまで事業を広げている。 マレーシアの大手複合企業をはじめとする投資家から資金調達するなど、事業伸長の可能性を大いに感じさせるルミラス。その過程にはさまざまな苦悩とトライアンドエラーがあった。逆境に負けず、今日まで経営を続けてこれたわけとは。 ▶︎プロフィール:山内杏那(やまうち あんな) LUMIROUS Sdn Bhd. / Founder&CEO 英国の大学と大学院を卒業後、総合スーパーを手がける日系企業に就職。その後、海外のオプショナルツアーの予約サイトを運営する会社に転職する。2017年より同企業のマレーシア法人に勤務し、2019年には医療ツーリズムのビジネスを共同創業者と設立。2020年に独立し、同年9月に東南アジアで初となる妊活&女性のウェルネスプラットフォーム「LUMIROUS(ルミラス)」を創業。 https://www.lumirous.com/ 減少し続ける出生率。マレーシアの妊活・不妊治療の現状 ーーまずは、ルミラスの具体的な事業内容を教えてください。 「子どもが産めないから、子どもがいない人生を選ぶのではなく、自分で産む”選択”ができる世の中にしたい」というビジョンのもと、現在は教育・サポート・マッチングの3つの事業を展開しています。 具体的な事業内容としては、医師監修記事の発信や企業へのセミナーの実施を通じた教育コンテンツの提供、不妊治療を希望する方のオンラインカウンセリング、クリニックとドクターをつなぐマッチングなどを行っています。 主なユーザー層は、マレーシア含む東南アジアの方が中心です。最近では、医療水準が高いマレーシアでの不妊治療を希望される日本人の方のサポートも実施。その他、ウェルネスにまつわるイベントの企画もしています。妊娠に必要な栄養素を学ぶ「妊活お料理教室」は参加者の皆さまから大好評でした。 2024年は妊活だけにとどまらず、生理不順や更年期など女性のウェルネス全般を継続的にサポートするサブスクリプション型のサービスをローンチ予定です。また、妊活&女性のウェルネスに関する検査キットの販売も進めています。 ーーマレーシアの不妊問題はどれくらい深刻なのでしょうか? マレーシア統計局が発表した2023年版「人口動態統計」によると、過去50年間で、合計特殊出生率は「4.9」から「1.7」にまで減少しています。不妊の大きな原因の一つである、「PCOS(多嚢胞卵巣症候群)」を発症している人が多いことも問題になっています。PCOSとは、卵巣で男性ホルモンが多くつくられることで排卵しにくくなる疾患。日本の約3倍の発症率だと言われています。 増加の背景には、食生活の乱れによる肥満の増加が挙げられます。しかし、女性の身体や性にまつわる教育や研究が十分になされていないマレーシアでは、不妊につながる原因や対策についてあまり認知されていません。 また、日本では保険適用になった不妊治療ですが、マレーシアでは自費なんです。一般企業における新卒社員の平均給料が約8万円なのに対して、体外受精(IVF)は安くても約50万円から。そのために、積み立てた個人年金(EPF)を早期に引き出せる特別な制度もありますが、将来の貯蓄を考えると気軽に利用することはできません。 不妊症についての「正しい知識が普及していない」こと、仮に診断されても「金銭的な理由から治療が受けられない」ことがマレーシアの課題です。そこで、ルミラスは正しい知識をもとに生活習慣を見直したり、肥満を軽減したりと、まずはこの根本の原因を「未然に防ぐ」ところからアプローチをしています。 ーー正しい知識が普及していないマレーシアで、どのようにサービスのユーザーを増やしているのでしょうか? マレーシア初の女性ウェルネスに関するポップアップイベントや国際女性デーのイベントもルミラス主催で開催しました。お客さまと直接お会いしてお話しをしたり、認知度UPに繋げるアクションを行ってきたんです。また、クリニックで医師に相談するなどのアクションのハードルを下げる為に、毎週オンラインのセミナーも開催してきました。 いまは主に、医療機関や企業との提携を経て顧客にアプローチしています。たとえば医療機関であれば、PCOS患者のデータを保有するクリニックと提携。クリニックとしては、患者さんの通院率を高めたいニーズがあります。ルミラスで正しい情報の発信やサポートを提供しつつ、定期的な通院を促すことで、患者さんのウェルネス向上と医療機関のLTV向上の両方を実現したいと思っています。 また、社員500名以上の企業と提携し「セミナー」も実施しています。社員のみなさまに対して、女性特有の症状への理解増進、相談しやすい環境作り、積極的な受診勧奨などを通じて、従業員のパフォーマンス向上に貢献しています。 働きやすさを改善しようとされていたり、SDGsに注力されていたりする企業様が導入してくださるんです。これが現在のルミラスのコアなマネタイズポイントでもあります。 ーーB2Bの展開は創業時から視野に入れていたのですか? 最初はB2Cからスタートしました。創業当時のマレーシアは“フェムテック”という言葉自体まったく浸透していない状態だったので、オンラインやオフラインのイベントを通じてルミラスを認知してもらうことが最優先事項でした。 現在はB2B2Cで進めています。なぜなら、PCOSなどを発症しているのかがわからない人が多い状況で発信しても、なかなか届かないからです。それならば、企業を媒介として、ある程度の理解を促せる環境でより多くの人にアプローチしようと考えました。 また、マレーシア企業における女性管理職の割合が高いことも理由の一つです。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2020年時点で24.9%となっており、日本の13.2%を大幅に上回っています。管理職に女性が多いということは、福利厚生としてルミラスを提案するときもポジティブに受け入れてもらえる可能性も高いということです。今後さらに女性の社会進出が進むことも視野に入れて、法人向けのアプローチを強化してきました。 妊活コーチングからプラットフォームへの事業転換 ーー妊活&女性のウェルネスに関心を持ったきっかけを教えてください。 私自身がマレーシアに住んでいるときに流産を経験したことが原点にあります。当時はまったく情報がなく、染色体の異常なのか、食生活に問題があったのか、何が原因かわからずで……。 心の拠り所も見つからず、自分を責めてしまう日々が続いていたのですが、そのときに支えになったのがオンラインで相談できる占い師のおばあちゃんの存在でした(笑)。親しい人には心配をかけたくないから言えない。だからこそ、第三者がただ聞いてくれるだけで心が楽になったんですよね。 その原体験から「同じような悩みを持つ女性に伴走できる場をつくりたい」と考え、まずは妊活コーチング事業をスタートしました。医療に関することは答えられなくても「誰に話したらいいのかわからなかったの。聞いてくれてありがとう。」と感謝されたことが何度もありました。話を聞いてもらえるだけで心が救われる人がいること、そして、私と同じように孤独を感じている人がいることを確信したんです。 ーーそこから事業は変遷していますね。コーチング事業からプラットフォーム事業にシフトしたのはなぜですか? 当時のマレーシアを含む東南アジアでは、欧米と違って第三者にプライベートを打ち明けたり、カウンセリングを受けたりすることにまだハードルがあったからです。「Nice to Have」なサービスではあるけれど、「Must Have」まではいきませんでした。 そこで、コーチングやカウンセリングよりはハードルを下げたものができないかと考え、事業をシフトしました。教育コンテンツを視聴したり、チャットなどで気軽に話せたり、もちろん希望すれば1対1のカウンセリングが受けられたり、ユーザーの状況や性質に合わせて情報提供できる”コミュニティ”を作ろうと思ったんです。 ーーそういった経緯があったんですね。創業の地にマレーシアを選んだ理由はありますか? マレーシアでの原体験があったからこそ、東南アジアの課題を解決したいという気持ちが大きかったです。また、最初から医療機関との提携を視野に入れていたので、医療水準が高く外国人も積極的に誘致している国が良いと思いました。コミュニケーションの面においても英語が通じやすく、マレーシアの起業家ビザ(MTEP)が取得しやすいことも理由の一つです。 認知がないならとにかくアタック!山内さん流の営業方法 ーー東南アジア初の妊活プラットフォームとして、認知や人とのつながりも少ないなかでの起業は大変だったと思います。困難をどのようにどう乗り越えてきたのでしょうか? おっしゃる通りで、なにより資金調達にはかなり苦戦しましたね。人とも企業ともつながりがなかったので、マレーシアの中で「ルミラス=妊活&女性のウェルネスプラットフォームの企業」として認知を取るために、とにかくピッチイベントに登壇しました。 でも、ビジネスモデルがまだ確立しきっていない状態だったのでなかなか入賞は叶いません。そこで審査員に「ビジネスモデルのどこが改善できるか?」と直接フィードバックをもらいにいくことにしたんです。 ーーピッチイベントの結果に一喜一憂せず、その機会を最大限活かそうとしたと。 そうです。さらに、その審査員の方から、ピッチでルミラスを評価してくれていた企業や人を紹介してもらいました。一人ひとりにコンタクトをとって、そこでもまたフィードバックをもらいながら事業をブラッシュアップ。ネットでエゴサーチして、ルミラスや私のことを取り上げてくれた方々に、直接DMを送り話を聞かせていただくこともありました(笑)。 粘り強く行動し続けた結果、Women in Tech® Start-Up Awardの受賞やSunway iLabsアクセラレータープログラムの採択につながり、最終的にはエンジェル投資家とCVCから資金調達ができました。 ーーうまくいかなくても諦めずに改善点を聞きにいき、次のアクションにつなげていかれたんですね。他にはどんな難しさがありましたか? 今でこそマレーシアにパートナーやメンバーがいるからわかるのですが、当時は“ローカルの人だからわかるもの”が理解できずに苦戦しました。たとえばマレーシアは多民族国家なので、使うSNSプラットフォームも、妊活で悩んだときに頼る窓口も民族ごとに違うんですよ。 その暗黙の了解みたいなものは土地に住んでいる人だからこそわかること。東南アジアで展開している企業の多くが、現地在住の人との共同創業の形をとっているのも、うなずけます。 しかし、当初の私は一人で事業を作っていたので、ローカルルールのキャッチアップがなかなかできませんでした。東南アジアのフェムテックの事例も少ないので、すべてが手探り。「効果検証してみてダメだったら、すぐに次を試す」というスタンスで今日まで取り組んできました。 妊活コンシェルジュサービスを日本で展開する株式会社ファミワンの代表も、「10回ピボットして現在のサービスにたどり着いた」と語られているのを見たことがあります。新しくマーケットを開拓していくにはPDCAをまわして、一つずつ試してみるしか方法はないのかなと。 関連記事:株式会社ファミワン 石川代表の取材記事 ーー現在は13社のクリニックと提携されているとのことですが、どのようにクライアントとのつながりを強めてきたのですか? 資金調達のときと同じように、とにかくコンタクトをとって会いに行く。自ら足を運んで扉をノックするのが、私流の営業方法なんです(笑)。気合いで乗り切ってきた部分もありますが、認知が取れていない段階、特にコネクションがない海外で起業するときには「アクション数の多さ」が大切になってきますから。 その結果、会社を立ち上げてすぐにクリニック10社と提携するまでになり、マレーシアで企画したイベントも、ユニクロ株式会社様、味の素株式会社様やキューピー株式会社様に協賛いただきました。 ーー諦めずに地道に開拓してきて今があるんですね。フェムテックはどうしても男性からの理解が得にくい領域だと思います。その点において、資金調達やクリニックと提携するなかで難しさは感じませんでしたか? たしかに難しかったですね。今でこそ女性の投資家が増えていますが、創業当時ほとんどが男性でした。結婚やパートナーがいる経験のない方からは「妊活や生理に対するイメージがつきにくい」というフィードバックも多かったです。 でも、なかには、パートナーと不妊治療に取り組んでいる方もいて「気持ちがわかる」と共感してくれださる方もいました。いきなり多くの人に理解してもらおうとするのではなく、「ルミラスの想いに深く共感してくださる方々から、少しずつ理解と認知の輪を広げていく」ことを意識してきましたね。 この考え方は仲間集めのときにも役立ちました。自分自身も生理不順を抱えていたり、事業内容に共感していたり、パートナーがPCOS疾患を抱えていて女性のウェルネスに関心を持っていたりするメンバーたちが、一緒に働いてくれています。 「なぜ起業家になったのか」原点を思い出して前に進む ーー起業家にとってマーケットに参入するタイミングは重要かと思います。これまでを振り返って、ルミラスの参入タイミングについては、ご自身でどう評価されていますか? ルミラスはまだフェムテックの認知度がゼロに近い状態でマーケットに参入したので、需要を見出すまでにかなりの時間がかかりました。しかし、その時間のおかげで、マーケットをよく知ることができ、お客様の課題ともじっくり向き合えたのも事実。 また、早期参入するからこそ得られたものもあります。先日、シンガポールで同じフェムテック業界で活躍する女性起業家とお会いして、「これから業界をこんなふうに変えていけたらいいよね」とお互いの事業と未来について語り合いました。最後には、ライバルでありながらも「一緒にがんばろう」と熱い握手を交わしたんです。なんだかこのときに、あらためて社会起業家の本質を見た気がしました。 ーー社会起業家の本質とは? 社会課題の解決には、起業家としてビジネスを成長させて、しっかり資金を循環させていくことが大切。でも、それは決して「独り勝ちしなければならない」ということではありません。 向き合う課題やアプローチは違えど、起業家同士、より良い世界を目指す仲間として一緒に歩みを進める。個人の力は小さいかもしれませんが、集まれば社会に対して必ず変化を起こせるはずです。 マーケットに早期参入して大変なこともありましたが、周囲と切磋琢磨するなかで、社会課題に向き合う起業家として欠かせないマインドをあらためて認識できました。 ーー素敵なエピソードですね!ルミラスの展望についても聞かせてください。 「フェムテック領域はスケールが弱い」とよく言われますが、ルミラスは企業に対する福利厚生としての導入や、妊活&女性のウェルネス関連の検査キット販売の展開によって解決していきたいと考えています。また、政府や金融機関、保険会社と連携しながら、男性側のリテラシーを向上するプログラムも展開して、妊活だけにとどまらない女性ウェルネス全体のサポートに尽力していきます。 創業4年目を迎えた今、マレーシアでは国としても少しずつ少子化への対策を始めています。国の予算を割いて国立の不妊治療クリニックも設立していくとのアナウンスもされていますので、この追い風に乗って、ここからさらに事業を加速させたいです。 ーー最後に、これから海外での起業に挑みたいと思っている方に、アドバイスできることがあれば教えてください。 起業家に求められるのは、事業を最後までドライブし続ける「GRID(やり抜く力)」です。もうダメだと思って諦めてしまったらそこで試合終了ですから。 これまでビジネスをしてきて辛いことは山ほどありましたし、「自分は起業家に向いていないのかもしれない」と落ち込むこともありました。でもそんなときに支えになったのが、自分が起業家を志した理由や、東京都女性ベンチャー成長促進事業APT Womenで出会った起業家やこれまで起業を通じて出会った人たちの言葉だったんです。 原点を見失わず、課題に本気で向き合う覚悟さえあれば、きっと困難は乗り越えられるはずです。そしてその過程には、一生忘れられない人との出会いがあります。これから東南アジアで起業される際は、私にできることがあればいつでもお声かけください。みなさんと一緒に歩めることを楽しみにしています。 Lumirous Sdn Bhd. https://www.lumirous.com/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 おのまり ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。
ソーシャルビジネスとは?定義や多様な社会課題解決の事例をまとめて解説
ソーシャルビジネスとは、事業性を備えたアプローチで社会課題の解決に取り組むビジネスのことです。 社会起業家支援に取り組むtalikiが、ソーシャルビジネスの事例を多分野にわたって紹介し、網羅的に解説します。 ソーシャルビジネスの定義 ソーシャルビジネスの定義はなんでしょうか? 経済産業省が定義するところによると、ソーシャルビジネスは社会性・事業性・革新性の3点を備えている必要があります。 社会性とは、社会課題解決を事業のミッションとすることです。 事業性とは、ミッションをビジネスの形にし、事業を継続的に進めることです。 革新性とは、新しい商品・サービスや、新しい社会的価値を生み出すことです。 参照: ※ソーシャルビジネス研究会報告書(2008)(経済産業省) ※ソーシャルビジネス・トピックス 第1回 ソーシャルビジネスとは(日本政策金融公庫) ソーシャルビジネスが扱う社会課題とは? ソーシャルビジネスが解決すべき「社会課題」とはなんでしょう? talikiの定義を解説します。 現代では資本主義や技術発展によって社会の多数派のニーズが満たされ、社会発展や経済成長を支えてきました。ですが、多数派のニーズだけを満たす社会には歪みが生じます。 例えば、多数派の「もっと商品が欲しい」ニーズに応えて大量生産すれば、環境問題やごみ問題が発生します。 また、多数派に合わせたビジネスでは、少数派は取り残されて不利益を被ることになります。 資本主義社会で、多数派のニーズを満たすために発生する問題が「社会課題」です。社会課題をビジネスで解決するのがソーシャルビジネスです。社会課題解決のために起業する人たちを「社会起業家」とも言います。 詳しくはこちらもご覧ください。 「全てのビジネスは社会課題解決」は本当か?社会課題解決の定義を考える ソーシャルビジネスと他の社会貢献の違い NPOとの違い ソーシャルビジネスとNPOの違いはなんでしょうか? 第一の違いは、組織が営利目的かどうかです。 さらにtalikiの定義では、ソーシャルビジネスとNPOは購入者・出資者にとっての利己的なインセンティブ(動機づけ)があるかどうかで分けられます。 NPOは寄付がメインのモデルです。寄付モデルでは、寄付する人の「社会貢献したい」という意思にNPOの収入が左右されることになります。金銭的・物質的なリターンがあるわけではないため、多くの資本を集めづらく、持続可能性は相対的に低くなります。 ソーシャルビジネスでは、購入者は「素敵な商品だから買う」投資家は「儲かりそうだから投資する」と、出資者がメリットを感じて主体的に行動します。 個々人の利己的な動機づけによって資金を得られるのがソーシャルビジネスのモデルです。社会貢献の度合いに限らずwin-winの取引が成立する分、活動の拡大性や持続可能性が高くなりやすいのです。 一般のビジネスとの違い ソーシャルビジネスと一般のビジネスの違いはなんでしょうか? 各企業は様々な目的を持って事業を運営しています。「収益」「独自の技術の活用」「課題解決」のように、課題解決が目的に含まれる企業もあるでしょう。しかし、それだけではソーシャルビジネスとは言えません。 ソーシャルビジネスは「課題解決」を第一目的に事業を展開します。そしてソーシャルビジネスが解決しようとする課題は「多数派のニーズを満たすために生じる社会の歪み」なのです。 ソーシャルビジネスの事例を幅広く紹介 ソーシャルビジネスの具体例を幅広い分野からご紹介します。 国内の事例 【環境問題】株式会社ユーグレナ 「サステナビリティ・ファースト」をフィロソフィーに掲げるソーシャルビジネスです。ユーグレナ(ミドリムシ)の大量培養技術を持ち、バイオ燃料「サステオ」を開発。気候変動問題の解決に取り組んでいます。 参照: ※ユーグレナのコーポレート・アイデンティティ ※ユーグレナのバイオ燃料事業 日本のソーシャルビジネスの先駆けがユーグレナです。代表の出雲氏の発信は、後進の社会起業家を勇気づけています。 ソーシャルビジネスの先駆者ユーグレナ代表・出雲氏とtaliki代表・中村の対談はこちら 【児童福祉】株式会社AiCAN(読み:アイキャン) 子どもの虐待問題に取り組むソーシャルビジネスです。 教育学博士、臨床心理士、公認心理師、司法面接士としての豊富な臨床経験を元に設立されました。児童相談所や市区町村向けに子ども虐待対応の「スピード」と「判断の質」を向上させる、AIを活用した業務支援サービスを提供しています。 AiCANについて詳しくはこちら https://taliki.org/archives/6051 【地方創生】株式会社さとゆめ ソーシャルビジネスが地方に活力をもたらした事例です。 「沿線まるごとホテル」という地域全体をホテルに見立てるツーリズムプランを提供しています。「沿線まるごとホテル」は第7回ジャパン・ツーリズム・アワード(2023年)で「国土交通大臣賞」を受賞しました。 「沿線まるごとホテル」はJR東日本との協働プロジェクトです。山梨県小菅村の伴走支援や、滋賀県長浜市の公認事業提供など、自治体とも積極的に連携しています。 企業や自治体との協働で地方活性化に取り組んでいる事例です。 さとゆめについて詳しくはこちら https://taliki.org/archives/6698 国外の事例 【途上国の貧困】グラミン銀行 ソーシャルビジネスが広く知られたきっかけの1つが、グラミン銀行が2006年にノーベル平和賞を受賞したことです。 ※ノーベル財団公式サイトより グラミン銀行はバングラデシュの貧困層に無担保で融資し、独自のシステムで高い返済率を実現しました。 ※グラミン銀行公式サイトはこちら(英語) ※ソーシャルビジネスを世界に知らしめたグラミン銀行についてはこちら(JICA) 【途上国の医療】OUI Inc.(読み:ウイインク) 医療分野でソーシャルビジネスに取り組むのが、日本人の眼科医が設立したOUI Inc.です。 スマートフォンに装着して眼科検診ができるデバイスを開発し、眼科医療が途上国に行き届かない問題に取り組んでいます。 OUI Inc.について詳しくはこちら https://taliki.org/archives/3964 ソーシャルビジネスの幅広い領域の一部をご紹介しました。 ソーシャルビジネスに取り組む重要性 個人にとっての重要性 SDGsの取り組みが大切だと聞いたことがあるのではないでしょうか。 ソーシャルビジネスとSDGsには共通点があります。どちらも、多数派を優先して生じた歪みの解決を目標にしている点です。 SDGsの「誰一人取り残さない」というスローガンは、ソーシャルビジネスと共通の精神を持ちます。 SDGsでは、2030年までに17のゴールを達成すべきとされています。今の人間社会や地球環境は、それほど切迫した危機に直面しているのです。今すぐに行動を開始しなければならないフェーズに突入しています。 社会課題は個々人と無関係ではありません。 気候変動が分かりやすい例です。すでに猛暑日は増加傾向にあり、夏季は熱中症と隣り合わせの生活になるかもしれません。気候が変化すれば、農作物の生産にも影響が出ます。 ※気候変動適応とは?(国立環境研究所 気候変動適応情報プラットフォーム) 気候変動の例を挙げましたが、社会課題は根底で「資本主義社会で多数派のメリットを追求した」という社会の歪みで繋がっています。気候変動問題も最初は少数派だけの問題でした。それが今や地球規模の災害となっているように、「歪み」を放置すると長期的には多数派も含めた社会全体の問題になるのです。 取り残された少数派にアプローチするソーシャルビジネスは、社会の歪みにメスを入れる上で全員がキープレイヤーなのです。 ソーシャルビジネスの重要性をお分かりいただけたでしょうか。では、どうやって個人がソーシャルビジネスに関わればいいのでしょうか? ①購入して応援 ソーシャルビジネスのプロダクトやサービスを購入することが応援の仕方の1つです。 本サイトでは、国内でサービスを展開するソーシャルビジネスを多数紹介しています。応援したい企業を探すとき、参考にしてみてください。 ②プロボノでスキルを活かす ソーシャルビジネスに「プロボノ」という形で関わる方法もあります。プロボノはボランティアと似ていますが、自分のプロフェッショナルな知識を活かして社会課題解決に貢献する取り組みです。 一般企業にとっての重要性 ソーシャルビジネスは一般企業にとっても重要です。 地球環境問題や貧困の問題など、様々な社会課題が顕在化してきました。社会の一部として、民間企業も社会課題解決のプレーヤーだという考え方が広まってきています。 SDGsが国連によって制定されたのが2015年です。国連も、SDGs策定にあたり民間企業が社会課題解決のプレーヤーであるとしています。SDGsも民間企業のソーシャルビジネス参入を後押ししているのです。 ※ソーシャルビジネスとは?特徴や注目の理由、事例、取り組み方を紹介(朝日新聞デジタル SDGs ACTION!) 企業はどのようにソーシャルビジネスに取り組めるのでしょうか? 大きく4つの方法があります。 ①新規にソーシャルビジネスを立ち上げ 新規事業としてソーシャルビジネスを始める場合は、社会起業家にノウハウを学ぶといいかもしれません。本サイトでは、実際の知見を事例に即してご紹介しています。 ②オープンイノベーション オープンイノベーションでソーシャルビジネスと協働する方法があります。自社のアセットやリソースを活かして新たな価値を共創し、社会課題解決に寄与することができます。 ③インキュベーションを支援 ソーシャルビジネスを育成するインキュベーションを支援するのも方法の1つです。インキュベーションに取り組むには、インキュベーションプログラムに資金提供することが考えられます。 ESGの取り組みの一環として、自らインキュベーションプログラムを運用している企業もあります。 ④インパクト投資 ソーシャルビジネスや、社会起業家を支援するファンドに出資するのも企業ができる重要なESGの取り組みです。 talikiはソーシャルビジネス支援に取り組んでいます 株式会社talikiは、社会起業家育成(インキュベーション)とファンドからの出資、そしてオープンイノベーションの促進でソーシャルビジネスを支援しています。 talikiメディアでは様々な分野の事例をインタビュー形式でお届けしています。 X(旧Twitter)で最新記事を配信しています。ぜひフォローしてみてください。 talikiのX(旧Twitter)はこちら 編集 張沙英 ソーシャルビジネスの尊さ、難しさ、奥深さを日々感じて生きています。いろんな社会起業家に出会いたい。 執筆 泉田ひらく ソーシャルビジネスのプロダクトを少しずつ集めているエシカルライター。ごみ問題を解決するためビニール傘をアップサイクルした財布がお気に入り。
投資検討の裏側を公開。ユーザーの“真なる課題”に気づき事業方針を変えたgrow&partnersの軌跡と、talikiキャピタリストのこだわり
2024年2月、株式会社talikiは株式会社grow&partnersへの投資を実行した。grow&partnersは、子育ての課題を解決する一時保育検索&予約サービス「あすいく」を展開するソーシャルスタートアップだ。 代表取締役CEOの幸脇啓子氏と、talikiのファンドキャピタリスト 森開汰が初めて面談をしたのは、2023年4月。森いわく「そのときはゴールのイメージができず、投資は難しい印象を持った」という。しかし、そこから約1年にわたり議論を重ねるなかで、幸脇氏は顧客の真なる課題を掴み、それを解決するために事業方針を転換。ゴールへの道筋が見えた森は投資検討を加速させ、今回の投資に至った。 幸脇氏はどのようなインサイトを掴み、事業方針を転換していったのか。そして、1年間という長い議論のなかで、森はどのようにgrow&partnersへの投資を決定したのか。二人から、grow&partnersのサービス内容や出資が決まるまでの経緯、起業家と投資家の良い関わり方について聞いた。 ▼プロフィール 株式会社grow&partners 代表取締役CEO 幸脇啓子 東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。転職を経て、2017年に株式会社grow&partnersを設立した。 株式会社taliki ファンドキャピタリスト 森開汰 京都大学大学院農学研究科を修了後、2019年に外資系コンサルティングファームに入社。2022年4月、株式会社AaaS Bridgeを創業。2022年11月、株式会社AaaS Bridgeの代表取締役を務めながら、同時に株式会社talikiへ入社。経営者とベンチャーキャピタリストとして活動。 子育て中は世間から取り残されていた。「あすいく」のはじまり ーー幸脇さんがgrow&partnersを起業したきっかけから教えてください。 grow&partners・幸脇(以下、幸脇):私は起業する前から仕事が大好きで、妊娠するまではマスコミで昼夜を問わずと働いていました。でも、2015年に初めて出産を経験して、仕事を休むことに。当時は、まだ今ほど男性育休も普及していなくて、夫は普通に仕事を続けていて、なんだか世間からポツンと取り残されている気持ちになったんです。そこで初めて、女性のほうが不利というか、不公平だなって感じました。 復職してからも育児は大変ですし、突然の子どもの発熱などによって仕事に制約もかかる。子育ての負荷が高くて思うように働けない女性が多いことを実感しました。「これって私だけではなく、社会的な機会損失なのでは?」と思い、なにかできないか模索し始めたんです。 当時はまだ「あすいく」の構想はなく、課題に感じていることを周りに相談していたら「だったらとりあえず会社をつくってみたら」とアドバイスをもらいました。会社をつくるだけならお金はかからないし、箱があればやりたいことが見つかったときにすぐに始められると思って、起業したんです。 ーー「あすいく」はどのように生まれたのでしょうか? 幸脇:「あすいく」を思いついたのは、保育園に通い始めた子どもがインフルエンザで1週間ほど休んだときでした。子供が休んだ分、保育園には給食も席も余っています。それを「保育園に通いたくても通えていない子たちに使ってもらえたらいいのに」とひらめいたんです。ちょうど、Airbnbなどのシェアリングサービスが流行り出したころだったので「保育園もシェアできないか」と考えました。 ーー「保育園のシェア」という発想から生まれた「あすいく」は、どんな特徴を持つサービスですか? 幸脇:「あすいく」は、仕事や用事に合わせて一時保育をしたいと考える保護者と、子どもを受け入れる余裕がある保育施設をマッチングするサービスです。LINE上でやりとりでき、基本的には利用前の面談も不要。急に子どもを預けたい予定が入った場合でも、利用当日の朝までに予約を受け付けてくれる施設も掲載されています。施設側からしてみれば、空間や人の余剰を有効利用することが可能です。 普通の一時保育だと、利用日の1か月前から電話での申し込みや書類記入、子ども同席の面談などやることがとにかく多いんです。預けて自分の時間をつくりたいのに、手続きが煩雑で挫折し、自分の時間をあきらめてしまう人も多くいます。そのことでまたストレスが溜まって、子どもに対して優しくできなかったり、優しくできない自分をさらに責めてしまったり......そんなループを自分も経験したので、とにかく簡単に検索・予約ができるようにサービスを設計しました。 ーー「あすいく」の他にも、様々なサービスを展開されていますよね? 幸脇:そうですね。「駅いく」や「メトいく」、「山いく」などのように「◯◯いく」と称したさまざまな体験型保育を実施しています。たとえば「駅いく」はJR東日本、東急電鉄、小田急電鉄、西武鉄道とコラボしたサービスです。子どもたちは駅に“登園”し、駅員さんと交流したり、仕事の見学や鉄道マナーを学んだりできます。保育士が現場にいるので安心してお子さんを預けていただけます。 事業内容に深く共感したものの、出資を即断できず ーー保護者と子どもの両方にとって“嬉しい”一時保育を展開されているんですね。続いて、今回の資金調達について伺いたいと思います。どんな観点でVCを探していましたか? 幸脇:まず、プレシードのときはアクセラレータプログラムに入りました。そこでVCによって重視するポイントが違うことなどを知ったんです。そのうち「『あすいく』は社会課題に取り組んでるんだね」と言われることがあって、たしかにそうだな、と。 そこからは、社会課題を解決するために、単純にお金だけではなく、社会を変えるというリターンも一緒に追い求めてくれるようなファンドの方に協力してほしいと考えるようになりました。 ーーそれでtalikiと出会った、と。 taliki・森開汰(以下、森):幸脇さんとは一度別の機会でお会いしていたのですが、インパクト投資ファンド「KIBOW」の松井さん経由で改めてご紹介いただいたことをきっかけに、投資検討に進んだんですよね。 幸脇:そうですね。KIBOWさんはシードよりも後のフェーズを専門にされていたこともあり、「シードならtaliki」ということでご紹介いただきました。 ーー「あすいく」の事業に対する森さんの第一印象を教えてください。 森:talikiのファンドチームとしては、最初からとても良いサービスだと感じていて、ぜひ応援したいと話していました。私自身も、4人兄弟に生まれて、父親がものすごく忙しくほとんどの育児を母親がやる家庭で過ごしていたので、お母さんたちの抱える課題に共感したんです。一刻も早く「あすいく」とgrow&partnersが大きくなってみんなに届いてほしいと思いました。 しかし、すぐに出資の決断はできませんでした。私たちはVCなので、IPOやM&Aのゴールが見えないと出資ができません。「あすいく」のサービスは需要はあるけれど、ただでさえ厳しい財務状況の保育園からお金をもらう形では、規模をつくるのが難しいと考えました。「あすいく」以外で売上を立てることはできないかなど、検討に時間がかかったんです。 「子どもに申し訳ない」という罪悪感の解消を目指す事業転換 ーー投資検討が最初からスムーズにいったわけではなかったんですね。ただ、今回投資に至ったということは、ゴールへの道筋が見えたということですよね。何があったんでしょうか? 森:解決の糸口が見えてきたのは、2023年7月ぐらいだったと思います。幸脇さんから「一時保育に対する罪悪感」というキーワードが出てきたのがきっかけでした。 幸脇:当時、「あすいく」の登録者は増え続けていたのですが、実際にサービスを利用してくれていたのは5%前後。なかなかアクティブユーザーの割合が増えないことに悩んでいたんです。何が課題かを考えたときに、「一時保育に対する罪悪感を持つ人が多いのでは」という仮説が浮かびました。 以前、私自身が育児で追い詰められていたときに、実家に子どもを預かってもらって、カフェに行ったことがあるんです。本当に久しぶりに一人で過ごす時間で、好きなタイミングで好きな飲み物を頼める幸せを感じました。ただ、それと同時に「自分だけが楽しんで、子どもに申し訳ないな」という気持ちも感じたんです。同じように、自分がリフレッシュするために子どもを預けることに対して、罪悪感を感じる親は多いだろうなと思いました。 ーーその仮説をどのように検証していったんですか? 幸脇:「あすいく」のお客さんはもちろん、そこに限らず、小さな子どもを育児中の保護者を対象に広くアンケートを実施しました。「託児に罪悪感を感じますか」といった趣旨のことを聞いたら、7割近くの方が「罪悪感を感じる」もしくは「過去に感じたことがある」と回答。思っていたよりもずっと高い数値が出て、「ああ、これが真なる課題だったのかもしれない」と思ったんです。 それから、罪悪感を払拭する方法を考え、思いついたのが先ほど出てきた体験型保育「◯◯いく」でした。そこで初期検証として、東京メトロさんに協力いただき、駅の近くの保育施設で東京メトロ公認の路線図や地下鉄の模型で遊べる「メトいく」を実施。初めての体験型保育に不安もありましたが、いつもの「あすいく」より多くの申し込みがきました。 さらに、体験した方からは「『またメトロの保育園行きたい!』と子どもが言っています」や、「子どもが自分から『行きたい!』と言ってくれるので、託児に対する心理的なハードルが大きく下がった」などといった嬉しい声をいただきました。 ーートライアルは成功したんですね。 幸脇:はい。それから本格的に「◯◯いく」をつくろうと思い、今度はJR東日本スタートアップのプログラムの採択を受け、2023年6月からは実際に駅で子どもを預かってもらう「駅いく」を開始しました。参加費1万2000円という決して安くはない価格でしたが、なんと100名弱の方から申し込みがあったんです。 また、実施後の満足度調査でも10点満点中9〜10がほとんどで、「罪悪感がなく預けられた」という狙い通りのコメントをくださった方もいました。この結果を見て、grow&partnersの進む先はこれだと確信し、「体験型保育『◯◯いく』を展開していこうと思う」と森さんに伝えたんです。2023年の7月頃だったと思います。 森:幸脇さんから連絡をいただいたときは、課題の真因も解決策も腑に落ちました。たしかに、私の母親も罪悪感によって苦しんでいたなと思い出したんです。 住んでいたのが田舎だったので、母は何をするにしても車で送り迎えをしてくれて、自分たちが「もっと休んでいいよ」といくら言っても聞いてくれませんでした。でも、頑張りすぎたことによる過労から、運転中に居眠りをしてしまい、小さな事故を起こしてしまったんです。その姿を見ていたから「罪悪感が人を苦しめる」ということに深く納得しました。 加えて、「◯◯いく」という形で企業などと組み、体験型保育を展開していくモデルであれば、スケールも望めるなと思ったんです。サービス自体への需要が明確であるし、関東近辺や地方にも十分広げていけます。幸脇さんが諦めずに仮説検証をしてくださったおかげで、投資に向けた検討を前進させることができました。 ーー懸念だったポイントが解消されたあとは、投資に至るまでにどのように議論を進めてきたんですか? 森:ビジネスモデル的にはうまくいくと思ったので、後半はそれを実現するうえでのリスクなど裏側の話を詰めていきました。 幸脇:たとえば「保育士が数百人になったら、どのような体制で保育の質を担保するか?」とかですよね。森さんから問われるまで想像していなかったのですが、たしかに、保育士さんが急増したら保育の質をコントロールするのが難しくなります。「保育士を育てられる保育士」を育てないといけないことに気づきました。 それからは、コアとなる保育士の方にもなるべく早く事業目線を持ってもらえるよう、事業戦略に関する打ち合わせに出ていただくようにもなりました。まだ完全に未来のリスクを潰しきれているわけではないですが、一度想定しておけたので余裕を持って対応していけると思います。 包み隠さず悩みや進捗を共有することが、起業家と投資家の良い関係性を育む ーー投資検討の期間は一般的に3か月〜半年ほどとされています。幸脇さんが約1年間もtalikiからの出資を待たれていたのはなぜですか? 幸脇:やっぱり、最初にVCを探していたときの基準の通り、社会課題の解決に特化したファンドの方に出資していただきたかったんです。talikiさんから出資いただくことで「社会課題を解決している会社」だと認識してもらえることにも期待していました。 あとは、森さんの人柄ですね。森さんはいつも「私も考えてみますね」と言ってミーティングを終えるんです。「考えてきてください」ではなくて一緒に考えてくださる姿勢がとても心地よく、励まされました。 森:そう言っていただけて嬉しいです。投資検討の窓口に立つキャピタリストにとって大事なのは、起業家のビジョンに共感し「ビジョンを実現するためにこの資金が必要なんだ」と信じることだと思っています。その上で、その資金がどう使われるか、価値を最大化できるか、という部分をシビアに見極めるために、時にはこちらで手を動かすことも必要です。 逆に、一番良くないのは、起業家のことを信じきれていないのにとりあえず話を進め、「投資委員会で否決されました」で終わってしまうこと。今回の投資検討は、最初から「絶対に中村(talikiファンド代表パートナー)に『うん』と言わせるぞ」という気持ちを持って取り組んでいたので、時間はかかってしまいましたが良い結論に辿り着けたのだと思います。 幸脇:最初にバリュエーションやリターンの話から入っていたら、今回のような結論には至っていないのかもしれませんね。まず世界観の話ができて、そこがずれていないという信頼を持った上で、事業をどう進めていくか、どのようなリスクがあるのかなど具体の議論に入れたのがありがたかったです。 ーー「お金の話からではなく、ビジョンの話から」というのが大事だったんですね。今回の経験を踏まえて、投資面談に臨む経営者にとって意識すべきことはなんだと思いますか? 幸脇:包み隠さずなんでも相談してみることです。私も過去はそうでしたが、周りの起業家を見ていると、事業に対する責任感が強いあまり、良くも悪くもまず自分で解決しようと頑張ってしまう方も多いと感じます。でも、VCの方々は様々なスタートアップと関わって、たくさんのナレッジやつながりを持っています。VC側が用意している質問に答えるだけではなく、自分たちから悩みや進捗を共有して協力を仰ぐといいと思います。 森:幸脇さんのおっしゃる通り、ガンガン相談して欲しいです。私たちVCにできるのは複数の事例をインプットし、リスクや対策案などを議論する壁打ち相手になること。「こういう事例はありませんか?」と言っていただければ何かしら探してくるので、うまく活用していただけると嬉しいです。 また、一度の面談でうまくいかなかったとしても、諦める必要はないと思っています。そのとき駄目でも、半年後に進捗を聞いたら評価が変わることもざらにありますから。前回よりも事業が伸びているとか、grow&partnersのように顧客の解像度が高まっているとか、VCはそうした「差分」が好きな生き物なんです。 ーー最後に、今後の両者の関わりとgrow&partnersの展望について教えてください。 幸脇:grow&partnersとしては、それぞれの人が主体的に選択ができて、育児のために何かを諦めるようなことがない世の中にしたいです。そのために、「あすいく」や体験型保育イベントを全国に広げていきたいと考えています。体験していただければ、一時保育の良さをわかっていただけるはずなので、預けやすいシステムと「預けてもいいんだよ」という雰囲気、ハードとソフトの両方をつくっていきたいと思います。 また、事業を広げていく過程では、目の前の数字ばかりに目がいってしまったり、スタートアップらしいハードシングスに見舞われたりすることがあると思います。そんなときに、私たちが登ろうとしている山のどの辺にいるのかを客観的に見てもらえたり、「こうやって乗り切った企業があるよ」と事例を教えてもらえたりしたら嬉しいです。 森:もちろんです。後続の投資家やパートナー、お客さんの紹介も含めて、grow&partnersさんが信頼できる仲間を増やすお手伝いもしていきますね。また、これからステークホルダーが増えたり、事業が成長したりしてビジョンが見えづらくなることもあるかもしれません。そんなときは、シード期の純粋な想いに共感させてもらった身として、いつでも相談に乗れるパートナーでありたいです。 grow&partners(あすいく):https://ad.asuiku.net/ talikiファンド:https://taliki.vc/ 企画・編集 佐藤史紹 フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。 取材・執筆 白鳥菜都 ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
大手企業が社会課題解決型の新規事業にこだわるわけ。西部ガスホールディングスがtalikiとのパートナーシップを通して目指すものとは
2023年12月、九州のガスエネルギー会社・西部(さいぶ)ガスホールディングスと、talikiはパートナーシップを結んだことを発表した。西部ガスグループは2030年に創立100年を迎える老舗大手企業だ。社名の通り、事業の主軸はガスエネルギー事業。しかし、近年は新規事業開発に力を入れている。 今回のパートナーシップ締結は、社会課題解決型の新規事業の創出と、西部ガスグループのアセットと社会起業家のマッチングなどが大きな目的として掲げられている。 なぜ、西部ガスグループが新規事業を重視するのか、さらには社会課題解決型の事業にこだわっているのか。西部ガスホールディングス事業開発部所属で、今回のパートナーシップ締結の立役者となった小川周太郎氏と、taliki代表の中村多伽氏・取締役の原田岳氏に話を伺った。 【プロフィール】 ・小川 周太郎(おがわ しゅうたろう) 新卒で西部ガス株式会社(現西部ガスホールディングス株式会社)に入社し、長崎地区でガス機器のセールスプロモーション業務に従事した後、本社人事部門にて主に若手育成やキャリア開発施策、グループ初の社内大学立ち上げを担当。2023年4月からは事業開発部で新規事業開発を担当。1995年生まれ。福岡県出身。 ・中村 多伽(なかむら たか) 2017年に京都で起業家を支援する仕組みを作るため、talikiを立ち上げる。創業当時から実施している、U30の社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラム提供に止まらず、現在は上場企業のオープンイノベーション案件や、ベンチャーキャピタルである「talikiファンド」の運用も行っている。 ・原田 岳(はらだ がく) 株式会社talikiのインキュベーション事業部にて、社会起業家育成プログラムの運営責任者を務める。シェアハウス事業の立ち上げから展開、海外でのプロジェクトマネジメント経験を生かして、250を超える社会的起業家の事業構築や伴走支援を実施。また、地方創生事業にも積極的に取り組んでおり、35歳以下の多様なプレイヤーが対話しU35の視点で京都の未来を描く「U35-KYOTO」のプロジェクトマネージャー等を兼任。 ガス屋が新規事業開発に取り組むわけ ――まずはじめに西部ガスグループについてお聞かせください。西部ガスグループはどんな歴史を持っていて、どんな事業に取り組まれている会社なのでしょうか? 小川 周太郎(以下、小川):西部ガスグループは九州北部地区を中心に都市ガスや電力などのエネルギー供給をしている会社です。これまではガス屋さんだったのですが、最近では電力や不動産、飲食、介護福祉など幅広い事業にも取り組む「エネルギーとくらしの総合サービス企業グループ」になりました。 もともと西部ガス株式会社という会社で、2021年にホールディングス体制に変え、西部ガスグループとして再出発しました。2030年には創立100周年を迎えます。 ――最近はガス以外の事業も展開されているんですね。ガス事業から始まった会社が新規事業に力を入れているのはなぜなのでしょうか? 小川:理由は大きく2つあります。1つ目は、私たちを取り巻く環境の変化に伴い、変革が必要だからです。たとえば、国内外で、2050年までにカーボンニュートラルを目指そうとする動きがあります。また、人口減少や少子高齢化も進んでいます。そんな状況では当然、ガス事業は縮小していきます。だから我々はガス屋さんから「ガス“も”売っている会社」になる必要があるので、新規事業が重要なのです。 もう1つは、組織の文化作りのためです。新規事業の取り組み自体が、西部ガスグループの挑戦する文化を作り上げると私は考えています。チャレンジングなことに前向きに取り組む風土ができれば、より優秀な人材を惹きつけたり、既存事業のアップデートにもつながると思います。 この2つの理由から新規事業開発には力を入れていて、2030年にはガス事業とそれ以外の事業構成比を同程度にすることを目指しています。 ――具体的に、これまでどんな新規事業に取り組まれてきましたか? 小川:たとえば温浴施設の設立があります。既存のエネルギー事業とのシナジーを活かした取り組みです。その他にも、ガス事業との親和性の高い食関連事業の推進として食のフランチャイズ事業の取り組みなどもあります。 また、2019年には九州初のCVCとして、SGインキュベートという投資子会社を作って、スタートアップへの投資も始めました。たとえばドローンのスタートアップや、フードロスに取り組むスタートアップに投資をしています。 中村 多伽(以下、中村):ガス会社から変革をするために新規事業が必要だという点はとても納得しました。一方で、新規事業のためにはチャレンジに積極的な文化が必要だという点は、人事のご経験がある小川さんならではのアイデアでしょうか? 小川:そうですね。実は私は6年ぐらい人事の経験があって、2023年4月に事業開発部に異動したんです。それまで新入社員や若手と話す中で、「もっと新しいことをしたいが、職場ではなかなかできない」という声をよく聞いていました。もちろん、自ら手を挙げて勝手にやる人もいるとは思います。でも、会社として「挑戦しよう・失敗してもいいんだ」ということを文化にしていかないと、この先新しいものを生み出していくのは難しいだろうと考えています。そのため、建前ではなく文化作りにもしっかり力を入れていきたいですね。 西部ガスグループとtalikiの出会い ――今回、talikiとパートナーシップ契約を結んでいただくことになりましたが、そもそも最初はどうやってtalikiを知られたのでしょうか? 小川:昨年6月に開催されたスタートアップカンファレンス「IVS」が出会いでした。人事から新規事業の部署に来て、興味はあるけれど知識も足りないし、コネクションも全くない。そんな状況の中、SNSでIVSの情報を見かけて、ちょうどオープンエリア(チケットを購入すれば誰でも入場できるエリア)が新設された年だったので行ってみることにしました。 当時の私は、新規事業って収益を追い求めるだけでいいのだろうか?他にも重要な軸があるのではないか?とモヤモヤ考えていました。そんな中でたまたまソーシャルイノベーションエリアに足を踏み入れると、talikiの多伽さんがいらっしゃったんですよ。セッションを聞いて、これだと思いました。 ▼中村が参加したIVSの裏側はこちら https://taliki.org/archives/6273 中村:私の目の前で話を聞いてくださって、質問までしてくださりましたよね。 小川:多伽さんの熱量と社会課題に対する解像度の高さに圧倒されて、思わず質問してしまいました。それまで私は社会課題を解決するのはNPOとかボランティア、あるいは企業でもCSRの文脈でやるものだと思っていたんですよ。けれど、収益性を追い求めながらも社会課題の解決に取り組む方法があるのかと目から鱗でした。talikiさんとの出会いは大きなターニングポイントでしたね。 ――それから実際のパートナーシップ締結に至った経緯は何だったのでしょうか? 小川:九州にもスタートアップや起業家はたくさんいるのですが、社会起業家という存在はあまり知られていません。セッションを聞いてtalikiさんや社会起業家の存在に刺激をもらいました。「新規事業は収益以外にも重要な軸があるんじゃないか」というモヤモヤが晴れて、この人たちと組んだら面白い新規事業ができそうだとワクワクしたんです。後日、情報交換のために多伽さんと話をしているうちに意気投合し、パートナーシップという形で一緒にできないかとオファーさせてもらいました。 中村:私は小川さんと話していても感じたのですが、ガス会社さんも含めインフラ系の企業に勤めている方々って、公共性への意識が高いですよね。talikiと組んでいただいた背景にはそういった会社全体としてある、人の生活に寄り添うマインドセットも影響があるのかなと思いました。 小川:そうですね。会社の経営理念の中にも地域貢献という言葉が入っていて、社員にもすごく根付いているんです。入社するほぼ全員が「地元に貢献したい」とか「地元を元気にしたい」とかって言うんですよね。それは、自分の仕事が地域貢献に直結しやすい、インフラ企業ならではの特徴かもしれませんね。 しかも、ガス会社だと特に、お客さんのところに直接行って話す場面もまだまだ多い。その場所に住んでいる人との距離が近いので、地域の人々の苦労が身に染みてわかるんです。だから、社会課題解決という部分もピンときたのかもしれません。 原田 岳(以下、原田):そういうことなんですね。西部ガスグループの皆さんと話していると、現場の方々から上層部の方々まで、社会課題の理解がものすごく早いなと感じていました。その分、社内で稟議の上がるスピード感もあって、ぐんぐんとプロジェクトが進んでいった印象です。 小川:そう言っていただけると嬉しいです。大企業とスタートアップや社会起業家が協業していく上で、スピード感を持ってきちんと互いに理解しながらプロジェクトを進めて行くことは大事なポイントだと思っています。 今回は、私が大企業側の窓口に当たるわけですが、自社のメンバーに対して社会起業家の方々がやっていることやそれが自社にとってどんな風に影響を与えるのかということを“翻訳”して伝えることを意識していました。社会起業家の方々の言葉をそのまま社内に伝えても上手く伝わらない場合もあるので、窓口担当者が橋渡し役になるのはとても大切だなと今回の取り組みを通して実感しました。 自社内でも社外の起業家ともコラボして事業を社会を前進させる ――これから、西部ガスホールディングスとtalikiは、具体的にどんなことに取り組んでいくのでしょうか? 小川:大きく分けて次の4つのことを想定しています。 ①社会課題解決に寄与する新規事業共創 ②西部ガスグループが持つ技術や資産、ニーズと社会起業家のマッチング ③社会課題を解決する西部ガスグループ内の社内起業家の育成 ④福岡を中心とした九州の社会起業家育成プログラムの立ち上げ たとえば、②に関しては、talikiさんのプログラム卒業生であるオトギボックスとの取り組みが良い事例ですね。オトギボックスの「0歳から楽しめる絵本の読み聞かせコンサート」というコンテンツが非常に面白いと思い、我々が持っているホールを会場として使ってもらうことにしました。しかも、我々としてもこれから特に子育て世代にアプローチしたいと考えていたので、ピッタリだったんです。 初めての取り組みでしたが、400人以上の参加者が来場してくださり、アンケートを見ても非常に満足度が高いものでした。こういったコラボ事例をこれからも生み出せたらいいなと考えています。 ▼オトギボックスの紹介はこちら https://taliki.org/archives/6789 中村:でも今回は、小川さんの中にあるデータベースがたまたまオトギボックスにフィットしたということですよね。小川さんが西部ガスグループ全体の未活用アセットを覚えるわけにはいきませんよね……。 小川:そうなんですよね。私は人事をしていたこともあって、研修などでいろいろな会場を知っていたり、いろいろな人とつながりがあったのでたまたま知っていただけなんです。個人の力によらずとも、きちんと西部ガスグループのアセットをデータベース化できると、社会起業家の方々とのマッチングも増やせそうだなと思っています。 ――確かに、大企業が持ってるアセットのデータベース化はオープンイノベーションを進める上で大事なポイントかもしれませんね。今後、このパートナーシップを通してどんなことを目指していきたいと考えていますか? 原田:私は九州の過疎地域が地元で、もともと地方創生と地域課題解決をしたいという思いがずっとあったんですよね。だから今回のパートナーシップは一つの夢が叶うような取り組みです。 これまでも大手インフラ系の企業さんとお話することがたくさんありましたが、社会課題解決にがっつり取り組んだり、実際に新規事業を立ち上げてアプローチできることはあまりなかった。今回の取り組みを通してそんな事例を増やしていくことが、社会を前進させるためにまず必要だと考えています。 それに、地方の行政ってもうだいぶギリギリなんですよね。そういった中でインフラ系の企業が、行政ができないことをやっていくのはすごく価値のあることだと思います。街の連携も強いので、行政も巻き込んで持続可能な街づくりができるのではないかとも思います。 小川:確かに、地域の危機感が強い分、官民の連携は強くなっているんですよね。そういったつながりも活かしたいですね。 原田:官民の連携は本当に大事ですよね。日本の大部分が「地方」と言われる場所なのに、リソースが全然なくて今までの方法では社会課題に対応できない状態ですよね。だから新しい解決策を生み出すことは地方にとってとても重要です。ただ、新たな解決策を生み出すノウハウは行政には溜まっていないし、システム的にもすぐには動きづらい。そんな中で、事業会社がスピード感を持って取り組んでいくことで大きな前進が期待できるように思います。 中村:私はよく、オープンイノベーションと言いつつも、実際に社会課題解決のためにそれぞれのアセットを持ち寄れている事例ってあんまりないなと感じています。でも私達は社会起業家を支援する会社なので、彼らの成長を支援する上で、時には大きな力を借りてともに課題解決をする場をつくる必要があります。 そんなことを考えていた中で、小川さんが持ってきてくださった案はまさに、「私たちがやりたいのはそういうことです!」というぴったりのものだったんです。これから、西部ガスグループが持っているアセットと社会起業家の力を掛け合わせて地域に還元すると同時に、お互いの事業が成長する状態を目指したいですね。 小川:まさにお二人に言っていただいたことを目指していきたいです。加えて西部ガスグループの視点からお話しすると、やはり自社グループの中でも続々と社会課題解決の取り組みやビジネスが生まれてくるようになればいいなと思っています。 地域で1番社会課題解決に取り組む企業を目指して ――素敵な事業がたくさん生まれそうですが、事業としてやるからにはやはり利益の追求がつきものです。利益の追求と社会課題解決の両立について、西部ガスグループではどう捉えていますか? 小川:私たちにとってもまさに課題で難しいのですが、本気で挑みたいと思っています。一方で、最近は利益ってお金だけじゃないなとも思っているんです。もちろんお金は持続可能性を高めるために必要ですが、利益というものはたとえば株価が上がるとか、優秀な人材が来るとか、副次的なものもあると思うんですよ。そういった部分にもきちんと目を向けることが大切だと考えます。 ――社内でもそういった副次的な効果についてお話しされることもあると思います。実際のところ、どんな反応がありますか? 小川:反応は悪くないです。新規事業開発をやるにあたって上長や部長などと話して決めた取り組みの分野が3つあります。1つ目はこれまでもやってきたエネルギー周辺の分野。2つ目がドローンなどのチャレンジ分野。そして3つ目がローカル&ソーシャルという分野です。 この3つ目に関しては特に、お金と同じくらいソーシャルインパクトを重視していきます。たとえば、どれだけフードロスが減ったのかなどの指標から考えることをしています。こういった価値観はまだあまり社内でも形成されていないので、きちんと言語化して根付かせていきたいと思います。 ――最後に、西部ガスグループとして、今後の目標を教えてください。 小川:先ほどの岳さんのお話とも少し重なりますが、当社のようなインフラ企業や地方の企業がやることにも意味があると思うんですよね。だから我々は「地域で1番社会課題解決に取り組む企業」を目指したいです。 おそらく、現代の企業はどこも多かれ少なかれ社会課題解決につながる活動はしていると思います。でも、「社会課題をビジネスで解決する・ソーシャルインパクトを創出する」を掲げて新規事業に取り組んでいる企業は、特に地場では少ない。だからこそ私たちが先駆者になることで、どんどんと取り組みが増えていったら嬉しいです。今回のパートナーシップはその決意表明の一つでもあります。 中村:確かに地場企業だからこその取り組みの価値はありそうですね。私は東京生まれ東京育ちなのですが、たまに地方の話を聞いたり、実際に現場に行くと、やっぱり地方には本当にすごく重くて難しい社会課題があるんだなと度々感じます。そこに住んでる人たちがどんどんといなくなって、とはいえまだ住んでいる人もいるからその人たちはすごく大変な生活をされていて……。そういったフィールドで真正面から取り組もうとされている西部ガスグループも、もう社会起業家ですね。こんなチャレンジを応援できること、ありがたい機会です。 小川:過疎化と高齢化は深刻です。特に長崎、佐世保、北九州などは人口減少が目立って、エリアによっては本当に年々空き家が増えている箇所もあります。最近営業部にいる同期から聞いた話だと、とある市では人が少ないがために竹の放置がひどい状況にあり、土砂崩れのリスクになっているという問題が起きているそうです。そんな問題がリアルに起こってしまっているので、地方には危機感があります。 だからこそ、ガスというサービスから形を変えても、今まで自分たちが理念として掲げてきた「地域貢献」を絶やさずに活動していければと思います。私たちが先頭を走って持続可能な形で社会課題解決に取り組むことでいずれ仲間も増えてくると信じています。そのためにも、talikiさんの力を借りて活動を加速させていきたいです。 西部ガスホールディングス株式会社 https://hd.saibugas.co.jp/index.htm 企画・取材・編集 張沙英 餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。 執筆 白鳥菜都 ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
社会課題を解決する
すべての人を
エンパワーする
社会課題は、複雑で難解。
「こうすれば解決する」と言える正解はありません。
そんな課題にビジネスで立ち向かい、未来の当たり前を創っていく社会起業家。
彼らの強さと優しさの両面にスポットを当て、事業のこだわりや根底にある想いを届けます。