自治体との連携で「新しい福祉インフラ」の社会実装を加速する。スケッターと千正組の業務資本提携から学ぶ、行政を動かす視点
介護・福祉領域に特化した有償ボランティアのマッチングプラットフォーム「スケッター」を運営する株式会社プラスロボと、元厚生労働省の千正康裕氏が代表を務める株式会社千正組は2024年3月、資本業務提携を締結した。現在、スケッターを普及させるべく自治体との連携を強化している。
社会課題解決を目指す企業や起業家にとって、住民や地域の企業とのパイプを持つ自治体との連携は、事業拡大の可能性を広げる強力な手段の一つ。しかし、民間側からすると、どのようにアプローチをすべきかは不透明だ。
今回の資本業務提携は、千正組の持つ「自治体連携に必要な視点」とスケッターを掛け合わせることが一つの狙い。「新しい福祉のインフラを社会実装する」というゴールに向かって歩みを進める両者から、自治体との連携に必要な視点や、資本業務提携に至った経緯、行政を巻き込んだ社会課題解決の可能性についてじっくりと聞いた。
※情報開示:プラスロボはtalikiファンドの出資先企業です。
▼プロフィール
株式会社プラスロボ 代表取締役CEO 鈴木 亮平(すずき りょうへい) 写真左
2017年に株式会社プラスロボを創業。資格や経験を問わず、誰もが自分のできること、空いている時間で介護業界を支えられる仕組みを模索する中で、スケッター事業の構想にたどり着く。「介護業界の関係人口を増やし、人手不足を解決する」をミッションに、2018年にスケッター事業を企画し、2019年にサービスをリリース。
株式会社千正組 代表 千正 康裕(せんしょう やすひろ) 写真右
2001年に厚労省入省。医療、年金、子育て、働き方、女性活躍などの分野で8本の法律の立案に携わる。医療政策企画官として医師の働き方改革を担当した後、2019年9月に退職。2020年1月に株式会社千正組を設立。現在は国内外の大手企業やベンチャー企業、地方の中堅中小企業、業界団体、NPOなどに対して、政策提案、官民連携、企業とソーシャルセクターの連携支援、新規事業開発、研修・講演などを行う。著書に『ブラック霞が関』『官邸は今日も間違える』。
もくじ
千正組と出会い、自治体との連携強化に踏み出したスケッター
ーーまずは両者の取り組みについて伺います。鈴木さんには何度か取材をさせていただいていますが、改めてプラスロボの事業について教えてください。
鈴木亮平(以下、鈴木):プラスロボは2019年1月より、介護スキルシェアサービス「スケッター」を運営しています。スケッターのユーザーは有償ボランティアとして、介護資格や経験がなくても、スキマ時間で介護施設における周辺業務のサポートができるサービスです。お手伝いを求めている介護・福祉施設とのマッチングを通じて介護業界の人手不足を解消し、新たな福祉インフラの構築に向けて取り組んでいます。
スケッターはすでに多くの活用がなされており、介護施設は約500ヶ所、スケッターさん(働き手の呼称)は約5000人が登録してくれています。そして2023年には、初の自治体連携として茨城県の大子町でスケッターのトライアルがスタート。施設側の業務負担軽減や、定年退職したシニア世代の社会との接点創出につながっています。その事例を受けて、現在は東京都中野区、長野県社会福祉協議会、埼玉県川口市などの自治体とも連携の話が進んでいます。
ーーありがとうございます。では次に、千正組についてもお聞かせください。
千正康裕(以下、千正):厚労省で長く政策立案に従事した経験をもとに、2020年1月に設立したのが千正組です。行政・政策の知見、業界、企業、NPO、メディア、アカデミア等の幅広い知見やネットワークを活かして、企業や民間団体の政策提案、官民連携、企業とソーシャルセクターの連携、新規事業開発などのサポートを行っています。
ーー今回の資本業務提携は自治体との連携強化を見据えたものだと思います。スケッターが、自治体へアプローチし始めたのはなぜでしょうか?
鈴木:2023年の夏頃に千正さんと出会ったことが大きいですね。もともとスケッターは、介護施設に直接営業するアプローチをとっていました。自治体からも多くの問い合わせをいただいていたのですが、どう事業につながるのかわからず、目の前の施設開拓に集中していたんです。
そうしたなか、千正さんから「こちらから営業をしていないのに、メディアに取り上げられたスケッターを見た複数の自治体から問い合わせが来るなら、日本中の自治体が興味を持ってくれる可能性がある」と教えていただきました。それでなるほどな、と。施設に一通一通FAXを送るようなやり方ではなく、自治体と連携することがスケッターならではの戦い方ではないかと納得しました。
「自治体との連携こそ勝ち筋」という仮説の根拠
ーー千正さんは、スケッターのどのような部分に自治体連携の可能性を感じましたか?
千正:まずは、スケッターが介護施設だけでなく行政の課題も解決できるという点です。スケッターは「介護業界の人手不足解消」に加え、「地域ボランティアなど“担い手”の掘り起こし」や「アクティブシニアの活躍」、「働き手へのやりがい・生きがいの創出」などにもつながるサービスです。いずれも、行政にとって重要度の高い課題・困りごとなので、関心を持ってくれるのは間違いないと思いました。
また、実際に行政が協力しやすい取り組みだということもあります。「行政のニーズに合う」だけでは、自治体は動きません。それは行政が、株式会社と異なり自組織で独立して判断する組織ではないからです。行政にとってのお客様は、有権者であり納税者である住民全員。議会への説明も常に求められます。株式会社でいえば、日常的に株主総会を開いているようなものです。
そうした立場で仕事をしている行政官は、常に「この取り組みをやったら誰が喜ぶか、誰が反対するか」を考えています。だから、行政が協力してくれるかどうかのポイントは、「行政以外の誰が喜んでくれるか」ということ。多様な立場の人が喜ぶスケッターのような取り組みであれば、行政と連携しやすいと感じました。
ーー喜ばせることができるステークホルダーの広さに可能性を感じたんですね。
千正:そのとおりです。加えて、既存のスケッターと自治体の連携のなかに、予算を確保して連携を進めようとしている実例があったことも大きなポイントです。これはつまり、スケッターとの連携の意思決定のハードルを、自治体内で乗り越えられるロジックがあるということ。
行政のリソースは、補助金などの資金的援助だけでなく、信用力の付与や、場の提供、人を集める能力など思いのほか多様で、それぞれ意思決定のハードルが異なります。たとえば、よい取り組みだとしても、大きな予算やマンパワーが必要な連携は、他の予算や仕事を減らさないといけないし、議会の承認も必要なので、実現のハードルが一気に上がるのです。
そのハードルを乗り越えられるかどうかを判断するには、行政のニーズがどのような要素で構成されているのか、行政が意思決定するメカニズムはどうなっているかを理解する必要があります。官僚時代の経験と、独立後の行政と企業・NPOが連携する取り組みを支援してきた経験から、自分にはその想像がつきます。
思うに、予算を確保してまで連携したいということは、難しい意思決定プロセスを自力で突破したスーパー公務員みたいな方がいるのだと思います。それが珍しい事例だったとしても、少なくとも意思決定に至るロジックはある。だったら、説明の仕方や提案方法を整理しさえすれば、たまたまスーパー公務員がスケッターに注目したという珍しい自治体でなくても、多くの自治体に普及できるはずだと考えました。
ーー行政側の視点がよく理解できました。一方、連携によりスケッターの可能性はどのように広がると考えていますか?
千正:行政のお客様は全住民ですから、行政の困りごとは「住民の困りごとの巨大な集合」です。それを解決するサービスとなると、当然マーケットは非常に大きくなります。また、行政、施設、ユーザーなど多くの人が応援してくれるサービスは、企業経営における広告宣伝、営業、運営、サービス改善などの機能を、多くの人から無償又はそれに近い形で提供してもらえます。事業の伸びやすさは間違いなく高まります。
具体的にいえば、働き手を集める効果もありますが、特に介護施設へのスケッターの導入ハードルが下がるところがポイントと考えています。介護サービスは、普通のビジネスと違って“超”がつくほど官製市場(施設の開設、サービスの基準、値段、施設の収入を行政が決めている市場)なので、介護施設は常に行政とコミュニケーションをとっています。プラスロボから働きかけるよりも行政が働きかけたほうが確実に導入が進むんです。
また、自治体間や業界内の横のつながりを利用してサービスを広げることもできる。ある地域で成功事例が作れれば、自治体の介護担当者が集まる場で事例紹介をしてもらったり、介護の業界団体内のセミナーなどを通じて、他の地域にも広がっていきます。要は、口コミによって広まる土壌が大いにあるということです。
つまり、自治体が協力してくれることによって、スケッターがより早く広く普及するのです。そして、スケッター導入によって自治体の困りごとも解決してくれるのですから、協力してくれる可能性は十分ある。なので、自治体連携がスケッターの勝ち筋だという「ほぼ確からしい仮説」が浮かび上がりました。それを鈴木さんに伝えて、「ちょっといくつかの自治体に行ってみませんか?」と誘ってみたのです。
短期計画に縛られず、じっくりと大きく事業を育てていく
ーーそこから資本業務提携に至る経緯を教えてください。
鈴木:今お話しした仮説を検証するために、千正さんのご紹介で、自治体の首長や市役所の福祉部長、厚労省関係者など、さまざまな行政関係者に会い、スケッターについてプレゼンしてまわりました。
千正:鈴木さんの説明を聞いたほとんどすべてのみなさんから、ポジティブな反応が返ってきたことで、仮説は確信に変わりました。これは自分でないと見えない道筋だし、他の人には支援できないような内容だからこそ、本格的にサポートしたいと考えるようになったんです。ただ、僕自身がボランティアとして関わる形だと、自分の時間を割きにくいですし、社員の力を借りることも難しい。だから、会社のリソースを使えるようにプラスロボとの資本業務提携を結びました。
また、実は鈴木さんに出会う前から、コンサルティングモデルの限界を感じていた部分もあるんです。自分が厚労省を辞めて独立した目的は「特技を活かして死ぬまでに社会貢献を最大化したい」ということ。なので、「これは絶対社会的に価値がある」「自分がサポートしたらインパクトが大きい」と思うものに取り組みたいのですが、資金力のないアーリーステージのスタートアップにはコンサルディングという手法では支援が難しい。
個人的な相談を超えて仕事として関わる手段を考えてたどり着いたのが、スタートアップ投資でした。投資は手段であって、サポートに主眼があるので、資本業務提携という形にしています。
ーー資本業務提携の出口はどのような形を描いているのでしょうか?
鈴木:出資いただいた身として企業価値を向上させてリターンを生み出すことは大前提ですが、千正組さんとの関わりは、そうした限定的なゴールを目指すものではないと捉えています。「新しい福祉のインフラの社会実装」が両者共通のゴールであり、そのために短期的な利益創出の考えに縛られることなく、「いかに自治体との関係を深め、着実に定着させていくか」に重きを置いています。
だからこそ、千正さんとの毎回の打ち合わせは、長期的かつ本質的な内容の議論が多いんです。たとえば、あるとき「シニア世代がスケッターで働くことの健康効果を研究したい」と相談したことがありました。営業の武器になるかもしれないと、1年くらいで研究成果をまとめることを考えていたのですが、千正さんは「中途半端な論文をつくるくらいなら、倍の時間と費用がかけてでも、しっかりとしたエビデンスをつくるべき」と諌めてくれたんです。
短期的に成果を出そうとしてあれこれ手をつけるのではなく、今はじっくりと一つひとつの施策に取り組むことが大事だと、改めて認識できました。
ーー千正さんがそうした進言をされたり、長期的なゴールを前提に提携を結ばれたのはなぜですか?
千正:スケッターは、鈴木さん自身が当初思っていたよりも、もっと多様な価値と大きなポテンシャルがあり、長期的に普及して社会に根付くサービスと感じているからです。もちろん、投資家の資金を集めて経営しているスタートアップなので、リターンをお返しすることを考えないといけません。しかし、社会を変えるすごく大きな可能性があるので短期的な収益の視点にとどまってほしくないのです。
こうした考えは、千正組の経営においても大切にしています。千正組は自分が100%株主で、社会貢献の最大化を本気で目的に置くちょっと変わった会社です。事業内容にこだわりはなく、お客様と社会に貢献できるならなんでもやればよいと思い、提供するコンサルの内容を広げ、社員も増やしてきました。
その経験から、会社の持つ本来の可能性が素直に開かれるためには、自分が立てた目標と計画に縛られすぎてはいけないと感じています。自分の計画よりも、お客様や社員など周りに求められることを信じて経営をしたほうが、社会に提供できる価値は大きくなると考えているんです。
ーー計画に縛られすぎず、周囲の人や社会と対応しながら事業を進めていくことで、スケッターの可能性は開かれると。それは、自治体との連携においても同じだと思いますか?
千正:そうですね。今はまだ連携する自治体の数をKPIに設定してもあまり意味がないと思っています。実際、自治体が企業と連携協定を結んでも、何も取り組みが進まないケースも多くありますから。重要なのは、「協定を結んだあとに何をするか」であって、協定はそのための手段に過ぎないのです。
今やるべきは、いたずらに連携自治体数を増やすのではなく、「こういう連携をすれば行政も介護施設も住民もスケッターもハッピーになる」という具体的な取り組みを実践して成果を上げること。それができれば、行政は横の連携が強いので、他の地域への展開は難しくありません。
地域の好事例の横展開は国の政策の出番でもあり、ここは自分の一番の専門分野です。成果の上がる自治体との連携事例が増えて、施設の加入数やアクティブユーザー数、双方の満足度も上がっていく。これが望ましい社会実装の流れだと考えています。
実務を担う人のことまで想像できなければ、行政連携は機能しない
ーー出資をするうえで経営者の資質も大切な判断基準だと思います。千正さんから見て、鈴木さんはどのような経営者に見えましたか?
千正:思考に詰まりがない方だなと。多分、大金持ちになりたいわけでもないし、起業家として有名になって目立ちたいわけでもない。素直に、自分が生み出したサービスをみんなに使って色々な人に喜んでもらいたいと強く思っていると感じます。だから、芯がぶれないし、判断軸に邪念が入らないんです。それは経営者としてとても大事なことで、全幅の信頼を置いています。
また、能力と胆力のある経営者だとも感じています。どこに一緒に行っても、スケッターの価値を明確に分かりやすく説明しますし、色々な人の助言も取捨選択しながら的確に判断されていると思います。体育会系で礼儀はちゃんとしていますが、相手の社会的地位や年齢には惑わされません。逆に、若さを売りにしたり、甘えたりもしません。僕に対しても、意見が異なるときはハッキリ主張してくれます。僕と鈴木さんは20歳近く年齢が違いますが、それをまったく感じさせない頼もしいパートナーです。
ーー逆に、鈴木さんから見て千正さんはどんな方ですか?
鈴木:千正さんと一緒に事業を進めていくなかで、あらためて人間関係の大切さを学ばせていただいています。事業やサービスがどれだけ良くても、あらゆるステークホルダーや協力者を巻き込まなければ世の中は動かせない。当たり前のことですが「スケッターは社会にとって良いサービスだから協力してください」では意味がないんですよね。千正さんと一緒にいることで、世の中の仕組みや動かし方の解像度が高まったと感じます。
千正:自治体との協定の締結には、首長や幹部の判断が必要です。しかし、自治体の実務を担うのは幹部でなく担当の人たち。首長にとってのPRや幹部が関心のある政策の成果に加えて、担当の人が何に悩んでいて、どうアプローチすれば納得して行動してくれるかまで考えなければいけません。
つまり、「喜んでくれる相手をいかに広く捉え、たくさんつくるか」が大切なんです。全員が自分ごととして一生懸命にやってもらえる状況をつくれば、その取り組みは自然に伸びていきますからね。
「行政の困りごと=社会の困りごと」社会課題解決のモデルケースをつくる
ーー自治体連携が順調に進んでいく姿が想像できました。その他の点で、現在スケッターが抱えている課題はありますか?
鈴木:スケッターと他の類似サービスの違いを、もっと言語化できるようにしたいと思っています。一般的なアルバイトとの違いとして一つあるのは、働き手に「地域で困っている人のお手伝いがしたい」という地域への関心があることです。施設でお手伝いしたスケッターさんに任意で書いていただいている体験レポートから、そうした姿勢をひしひしと感じます。
2年前から始まった体験レポートですが、2024年の夏には多分1000本を超えます。それを見て、施設の存在が地域に知られたり、「自分も手伝ってみたい」という人が来てくれたり、お手伝いの輪が広がっています。自分が提供したスキルやお手伝いが、一過性では終わらない「地域とのつながり」や「感謝」として返ってくる。その喜びはお金には代えられないものです。
ーー労働の対価としてお金を受け取って終わりではなく、人と人、人と地域のつながりが生まれるんですね。
鈴木:そうです。それに施設側からしても、有償ボランティアだから依頼できる部分もあると思うんですね。たとえば、入居者と将棋の相手をすることや、施設の季節行事をリクリエーションで盛り上げてもらうことなど。アルバイトは雇えないけれど、手を貸してほしいことは無数にあるんです。スケッターだからこそ、こうした小さくとも重要な困り事を解消できます。この独自の価値を、より多くの人にわかりやすく伝えていきたいです。
ーー最後に、今後の展望についてもお聞かせください。
鈴木:まずは、現在連携している自治体との関係性を大切に、取り組みを着実に進めていきます。そして1つの連携の質を高めたうえで、そのモデルを他の地域にも展開していき、新しい福祉のインフラの社会実装に近づけていきます。
千正:関わったすべての人に喜ばれる形でスケッターを伸ばしていきたいです。そのための支援は惜しまないですし、うまくいくと信じています。そのプロセスを鈴木さんと一緒に歩むなかで、自分自身や千正組も成長の機会をいただいています。この取り組みからの学びを、また他の社会起業家にも還元していきたいです。
「行政の困りごと=社会の困りごと」なので、社会起業家が解決しようとしていることは、行政や自治体が解決しようとしていることと重なる部分が多いと思います。私たちの取り組みが、社会課題解決の一つのモデルケースになれれば嬉しいです。
スケッターHP https://www.sketter.jp/
千正組HP https://senshogumi.co.jp/
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
おのまり
ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。