高齢者・認知症の方がお買いものを楽しみ続けられる社会を。キャッシュレスサービス「KAERU」が超高齢社会に希望を見出す
インタビュー

高齢者・認知症の方がお買いものを楽しみ続けられる社会を。キャッシュレスサービス「KAERU」が超高齢社会に希望を見出す

2024-08-30
#福祉・介護 #テクノロジー #ファイナンス

超高齢社会が深刻化するいま、高齢者が抱える課題をテクノロジーの力で解決する「エイジテック」に注目が集まっている。KAERU株式会社が展開する、高齢者や認知症の方でも安心して使える“お買いものアシスタント機能付き”プリペイドカードサービス「KAERU(かえる)」も、その一つだ。

高齢者や認知症の方が抱える買いものや金銭管理に関する課題は、「周囲の人がサポートしなければ」という発想になりがちである。これが行き過ぎると「当事者を管理して、なにもさせない」という解決策になりかねないが、KAERUはそうではない。あくまでも「本人が買いものできる」ことを重視している。

なぜ、KAERUは「高齢者・認知症の方のお買いもの」に着目したのか。また、エイジテックの領域のサービスづくりにおいて、どのような試行錯誤をしてきたのか。高齢・認知症の方本人や周囲の方が抱えるリアルな課題と、KAERUが目指す社会について、代表の岡田知拓氏に聞いた。

▼プロフィール

KAERU株式会社 代表取締役CEO 岡田 知拓(おかだ ともひろ)

新卒で決済ベンチャーの法人営業・事業開発を担当。海外に拠点を移してからは、東南アジアのスタートアップにジョイン。その後、日本に戻りLINE株式会社に入社。LINE Payサービスの立ち上げ初期から、戦略立案から個別のプロダクト企画など、広範にグロースに携わる。利用者にとって、より付加価値のあるペイメントサービスを創りたいと考え、福田とKAERU株式会社を創業。

 

高齢者・認知症の方に加えて、サポートするご家族や行政の困りごとにもアプローチ

ーーKAERUは「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中にする」をビジョンに掲げていますね。まずは、現在展開しているサービスについて教えてください。

KAERU株式会社は、チャージ式プリペイドカード「KAERU(かえる)」を開発しています。使いすぎ防止機能や紛失時の即時停止機能などを搭載したプリペイドカードを提供することで、高齢者や認知症の方にも安心してお買いものを楽しんでいただこうとしているんです。

写真提供:KAERU

 

また、ご家族や介護従事者の方など、いわゆる「みまもり」をする方は、カードと連動したアプリによって1日の上限金額の設定や、お金の遠隔チャージが可能です。KAERUは、高齢者や認知症の方をサポートすることに加え、支援者の金銭管理に対する負担軽減にもつながります。

ご利用いただく際は、月額利用料が発生しますが、今(2024年8月現在)はキャンペーン中のため無料でお試しいただけます。

 

ーーHPを拝見すると、自立支援を行う行政・自治体向けにもサービスを展開されているようですね。どのような課題を解消しているんでしょうか?

特に大きいのは、お金の受け渡しに関する課題です。自立支援の一環として、金銭管理が難しい当事者の方に対しては、行政職員が代わりに金融機関でお金を引き出し、手渡ししています。しかも、当事者による使いすぎや紛失のリスクを減らすために、必要な分だけ手渡しする作業が、月に何度も発生する場合もあるんです。

行政となると100人単位の方をサポートしています。お金の受け渡しだけでも膨大な工数となり、それ以外の困りごとの解消に時間が割けない状況です。

そこで、行政・自治体向けには、多人数の使用状況や使用額の設定を一度に管理できる金銭管理システムを提供しています。一人ひとりに合わせて行う金銭管理業務のコスト削減を支援しているんです。

 

「当事者を管理する」以外のソリューションが必要

ーー岡田さんが、高齢者および認知症の方のお買いものに着目した背景を教えてください。

もともと前職でキャッシュレスサービスに携わっていた際に、キャッシュレスの波が若い世代を中心に広まっていく一方で、高齢者層まで浸透していないことを感じていました。

ただ、キャッシュレスがより浸透している諸外国では、特定のユーザー層に向けた決済サービスがどんどん出てきています。もちろん、高齢者に特化したサービスもあります。高齢化先進国の日本こそ、高齢者が「安心・安全・簡単」に使える決済サービスが必要だろうと考え、2020年にサービスを構想し始めました。

 

ーー構想にあたって、まずはなにをされたんですか?

「高齢者向けの決済サービス」をつくろうとしていたので、まずは高齢者や認知症の方、そのご家族、障がいをお持ちの方、介護従事者、ヘルパーさんなど150名近くにインタビューをしました。そこで、お金にまつわるさまざまな課題が見えてきたんです。

たとえば、高齢者・認知症の方は、支払いの際に小銭の区別がつかなかったり、買うものを忘れてしまったりします。ご家族側は、財布を落とすことや高額商品の誤購入を防ぐために、管理せざるを得ない状況になっています。

また、ご家族の方だけでサポートするのが難しい場合は、介護従事者やヘルパーさんが、利用者の買いもの代行をしていますが、その現場にもさまざまな課題があります。たとえば、僕自身もヘルパーとして働いているなかで、買いものに必要なお金が用意されておらず代行ができないケースを体験しました。

 

ーー「買いものを代行する人がいれば解決する」と単純には考えられないわけですね。だからKAERUは、「当事者みずから買いものできること」にこだわっている、と。

当事者の方もサポートする方のなかにも、本来それを望んでいる人は多くいます。「高齢だから、認知症だから」と管理を強める考え方もありますが、僕自身が当事者の方と触れてみて感じたのは「思った以上に普通に生活されているな」ということでした。「認知症と診断されてから、周りからの扱われ方がいきなり変わった」と悲しまれている方もいることを考えると、「管理」ではない方法が必要だと思います。

また、友人とお茶をしたり、孫にプレゼントを買ったり、おしゃれをしたり……買いものは社会との接点でありながら、欲しいものを自分で選択するという意味で、人生を豊かにする重要な要素の一つです。実際、インタビューした当事者の方のなかにも、「認知症だけど買いものは普通にできるし、したい」という方はたくさんいました。

 

ーーサポートをされている方たちの意見はどうでしたか?

ご家族や介護職の方に向けてアンケートをとったところ、8割以上の方が「買いものの不安が解消されたら、(本人に)買いものに出かけてほしい」と考えていることがわかりました。自分たちの負荷を軽減したいのもあると思いますが、なるべくその人らしい人生を歩んで欲しいという思いが強いのだと思います。

 

 

「当事者が買いものにいけず、周りの負荷も高い社会」よりも、周りの方の不安が解消されたうえで「当事者が自由にお買いものし続けられる社会」のほうが理想的なはず。だから、KAERUでは、ご本人がお買いものを楽しみ続けられることを大切にしています。

 

当事者・連携する行政への深い理解が、エイジテックの鍵

ーーKAERUは、高齢者の課題をテクノロジーで解消するいわゆる「エイジテック」ですね。この領域で事業を展開するうえで大切なポイントはなんだと思いますか?

大きく2つあって、1つ目は「高齢者」とペルソナを一括りにせず、そのなかでも「誰のどんな課題を解決するのか」を明確にすることです。一口に高齢者といっても生活スタイルや苦悩は一人ひとり違います。

KAERUがサービス構想段階で150名にインタビューしたのもそのためです。お話を聞いたうちの一人、若年性認知症の当事者で講演活動をされている丹野智文さんは、「当事者に意見を聞くことなく、サービスをつくらないでほしい」と伝えてくれました。今でもその考えは大切にしています。

 

ーー当事者不在のサービスが問題視されることもありますからね。直接お話を聞いたことで、具体的にサービスの構想が変わった部分はありましたか?

まず、サービス名が変更になりました。初期のころは「みまもりペイ」という名前にしようと考えていましたが、「別に見守られたいわけではないんだよね……」という当事者の言葉にハッとしたんです。無意識のうちに、サポートする側の視点で考えていたことに気付かされました。当事者とサポートする側に上下が生まれるような名前は避けようと、今のサービス名になっています。

また、サービスの機能についても、当事者の気持ちを考慮した設計になっています。決済や入金の基本的な機能に加えて、買いものリストや、買いものした場所と時間がわかる機能など、状況に合わせてオプションを選べるんです。当事者がどこまでサポートして欲しいのかを、ご家族と話し合えるようになっています。

 

ーーKAERUはサービス名もプロダクトも、きちんとユーザーの気持ちに寄り添っている、と。エイジテックを展開するうえでの2つ目のポイントはなんでしょうか?

2つ目のポイントは、どのようにエンドユーザーにアプローチして、導入の意思決定をしてもらうかです。傾向として高齢者はITサービスにふれる機会が少ないので、ご自身でサービスを知るというよりは、周りの人に紹介してもらうケースが多いと思います。

ただ、周りの人が勧めるから絶対に使ってもらえるかというと、それも違います。あくまで傾向ですが、高齢者の方は現状維持を好む方も多くいます。つまり、周りの人にサービスの価値を感じていただきつつ、高齢者の方も自然と使いたくなるようなアプローチが大切です。

 

ーーKAERUの場合はどのような工夫をしていますか?

意思決定者がご家族のケースも多いのですが、親子間では「子どもに見守られる」「親を見守る」という、これまでの親子関係を逆転させることへの心理的ハードルがあります。そこで大切になってくるのは、行政や自治体の方など、当事者やご家族が信頼している方からのアプローチです。「行政が言っていることだから」「自分の親がいつもお世話になっているヘルパーさんがおすすめしているから」と、受け入れてもらえる可能性が高まりますからね。

 

ーー行政や自治体向けの金銭管理システムを導入されている背景には、そうした狙いもあるんですね。上手く連携するために意識していることはありますか?

行政や介護施設の職員の方々の日々の仕事をよく理解し、一緒に世の中を良くしていく仲間だと認識してもらうことです。

現場の動きや課題感を知らない人が、いくら「いいシステムがあるので導入してください」と言っても、耳を傾けてもらうのは難しい。そもそも、システムさえあれば解決するというのは、現場を知らない人の乱暴な考え方です。

 

ーー先ほど岡田さんがヘルパーとして働いていることは聞きましたが、行政のお仕事も体験されているんでしょうか?

はい。以前、金銭管理支援をされている現場に1日同行させていただいたことがあります。そこで、外からは見えなかった運用面の大変さや、支援をする側の心理的負担について、よく理解できたんです。

たとえば、生活費を渡すために職員が金融機関でお金を引き出す場合。通帳やカードを金庫で保管しているので、安全に運用するために取り出す手続きも手間や労力がかかっています。

また、お金の管理能力によっては、月に一度まとめて渡したほうがいい人も、何度かに分けて渡したほうがいい人もいる。手数料や提携の関係で利用できる金融機関にも制限があります。想像していたよりもずっと複雑で、大変な運用をされていました。

そうした業務を一緒に経験したり、行政の仕組みを深く知ろうとしたりしてきたおかげで、徐々に行政のみなさんから信頼を得られたんです。今では、「金銭管理が苦手な認知症高齢者や、障がい者の日常的金銭管理を解決するサービス」と認識紹介してもらえるようにもなりました。

 

買える、帰る、変える。サービス名に込めた3つ目の想い

ーー実際、行政との取り組みも増えているようですね。事業の進捗について教えてください。

行政との取り組みとしては、都道府県単位での連携協定が増えてきました。また、利用者さんも全国に広がってきています。利用された方やそのご家族からも、続々と嬉しい声が届いているんです。

たとえば、「以前は現金で買いものをしていましたが、KAERUに出会ってからはカードしか使っていません」という当事者の方からの声。最初はキャッシュレスに不安を感じたそうですが、一度経験したらすぐに慣れたそうです。初めてのお店で、KAERUが使えるかわからない場合も「店員さんに聞けば教えてくれる」とおっしゃっていました。

 

また、ご家族の方からも「現金主義だった母が毎日カードを使うようになった」「自由に買いものができることで、自信がついたようです」などの声もいただきました。KAERUを使ったタイミングで通知が届くことも、コミュニケーションのきっかけになっているとのことです。

 

ーー確実に目指す世界観は広がっているようですね。今後の展望を聞かせてください。

「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中」を実現するべく、介護事業所や訪問介護など、さまざまな業種、業態にもKAERUを広げていこうとしています。介護業界の人手不足や金銭管理における課題の解消にも貢献していきたいです。

また、ビジネスの広がりもつくっていければと思っています。KAERUは、どのような状況の方がどう意思決定をされるのか、買いものも含めてどんな生活を送っているのか、といった情報が蓄積されているんです。それをうまく活用すれば、保険や不動産などの高齢者向けサービスを適切にマッチングさせることもできるはず。新しい事業の展開を生み出していきたいですね。

 

最後に、一番大事にしたいのはサービス名に込めた想いです。「KAERU」という名前には、高齢者や認知症の方が自由にものを「買える」こと、買いもの後に本人やお金(カード)がきちんと家に「帰る」こと、そして、もう一つの意味があります。それは、「高齢者や認知症の方はなにもできないから、周りが支援しなければいけない」という認識を「変える」ことです。

テクノロジーのちょっとしたサポートがあれば、今まで通りの生活を送れる当事者の方はたくさんいます。その認識を広めていくことが、当事者や周りの人たち、そして高齢化が進む日本社会にとっての希望になると思っています。

 

KAERU株式会社:https://kaeru-inc.co.jp/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆

    おのまり

    ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。

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