防犯ブザーを携帯する人はわずか0.7%。肌身離さず持ち歩きたいスマートお守り「omamolink」が防犯グッズの“いま”を変える

「日本では、女性の約14人に1人は性暴力などの被害に遭った経験がある *」

これを見て、想像よりも多いと感じる人もいるのではないだろうか。かつてよりも性教育やハラスメント対策への意識が高まったいまでさえ、問題は深刻。そんな現状を変えて少しでも悲しい思いをする若者や女性を減らしたいと考え、スマートお守り「omamolink」を開発したのが株式会社grigryだ。

代表の石川 加奈子氏は、自身も性暴力被害に遭った経験を持つ。しかし、そんな石川氏でさえ防犯グッズを日常的に持ち歩くことはなかったという。「防犯グッズを買っても持たない人が多いのでは?」——そんな仮説を起点に生まれたomamolinkは、一体どんな工夫が凝らされたアイテムなのか、裏側に迫った。

* 内閣府男女共同参画局ホームのリリースより

▼プロフィール
株式会社grigry 代表取締役CEO 石川 加奈子(いしかわ かなこ)
大学卒業後、内閣官房内閣情報調査室にて情報収集・分析業務に従事。2013年に渡米し、International Institute of Global Resilience(IIGR)にて総務開発部長を務める。その後帰国しコンサルタントとして独立。2019年春にMBAを取得、同年7月株式会社grigryを設立。

 

「まさか自分が被害に遭うとは……」日本の性暴力防止・対策の課題

ーーいまの日本における性暴力の防止・対策にはどんな課題がありますか?

さまざまありますが、性暴力被害に遭った際に自分の身を守る具体的な手段を持っていない人が多いことは、大きな課題だと感じています。「不同意性交等罪」ができたり、性交同意年齢が引き上げられたりと、啓蒙活動や厳罰化は進む一方、個々人が実際に性暴力に遭遇したときの対処法が、すっぽりと抜けてしまっているように思うんです。

 

ーーなぜ性暴力への具体的な対処法を持っていない人が多いのでしょうか?

交通事故と同じで、まさか自分や大切な人が被害に遭うと思っていない人が多く、備えも不足しています。対処法が、「ただ、気を付ける」だけになってしまっているんです。

加えて、既存の防犯グッズにも問題があります。たとえば、防犯ブザーやスタンガンなどはこの20年間ほとんど、デザイン面でも機能面でも進化がない。その結果、手に取ってもらうことすらできていません。

一般的な防犯ブザーはデザイン・機能ともに進化していない

 

ーーせっかく防犯ブザーやスタンガンが売られていても、うまく購入、活用されていないのですね。

そうなんです。実は、私自身も過去に性暴力被害に遭ったことがあって、二度と同じ目に遭わないように防犯ブザーや催涙スプレー、スタンガンなどを購入しました。でも、被害に遭ったことのある自分でさえ、時間が経つと持ち歩かなくなったんです。

周りを見渡しても、防犯グッズを持ち歩いている人は少なくて、大阪府警察が10〜50代の女性を対象に実施した調査では、カバンの外側に防犯ブザーを付けて携帯している人はわずか0.7%でした。

 

ーー防犯グッズを持ち歩かない人にはなにか共通した理由があるのでしょうか?

防犯グッズを見ると、自分が危険な目に遭うシーンをイメージしてしまい、それ自体がストレスになってしまうんです。人は無意識のうちに、ストレスを感じるものから目を背けようとします。だから、いかにも「防犯グッズです」という感じの無骨なデザインのものであれば、なおさら持ち歩かなくなってしまうと考えられます。

 

ーーomamolinkはそんな背景から生まれた、まさに「毎日持ち歩きたくなる」ものなのですね。

非常時にしか使えなくて、かつ持っていても気分の上がらないものは誰だって持ち歩きたくないですよね。だから、もっと楽しい気分で、自然に毎日持ち歩きたくなるようなセキュリティアイテムがあればと思い、omamolinkを作りました。

 

持てば安心・見るたびときめくお守り「omamolink」

ーーomamolinkはその名の通り、お守り型のセキュリティアイテムです。どのようにこのコンセプトにたどり着きましたか?

毎日持ち歩いても苦にならない方法を考えるなかで、ふと「お守りだ!」と思いついたんです。それで、自分のバッグをひっくり返してみたらやっぱりお守りが出てきました。思い返してみると、お守りは10代のころからいつもカバンに入っていた。なにかしてくれるわけではありませんが、守ってくれそうな気がして、なんとなく持っている方も多いのではと考えました。

 

omamolinkを作る際に1番大事にしたことは、自然に肌身離さず持ち歩いてもらうことです。だから、ユーザーさんには単なる防犯グッズではなく「お守り」として認識してもらい、持ち歩くことで安心感やときめきを感じられるアイテムにしました。

omamolinkは蓋を開くと、本物のお守りやご家族からの手紙、お気に入りのチャームなどを入れられるようになっています。ユーザーさんそれぞれの思いを込められるようになっているんです。

 

ーーそのほかにも仕様面で、持ち歩きのハードルを下げるために工夫されているところはありますか?

小ささと軽さにこだわり、ボディはたったの36gに。女性は持ち物が多くなりがちなので、かさばらないように調整しています。サイズはAirPodsの充電器と同じなので、ケースも市販のAirPodsケースを使用できます。当社でもケースを販売していますが、ユーザーさんの好みに合わせて自由にカスタマイズできるようにしました。

 

ーー細部までこだわり抜いたデザインなんですね!

そうなんです。特に色味については、中国の生産工場と何度もやりとりしました。たとえばシャンパンゴールドとオーダーしても、金ピカのサンプルや黄土色のサンプルが来て、なかなか伝わらないなと苦戦して……(笑)。自分が思い描いているシャンパンゴールドに近い雑貨を買い集めて工場に送り、なんとか最終的には求めていた色になりました。

色味や持ちやすさや、使いやすさにこだわった結果、2022年にはグッドデザイン賞を受賞。目標にしていたので嬉しかったです。

 

ーー機能面のこだわりも教えてください。

omamolinkのメイン機能はSOS発信です。ボタンを押すか本体を振るだけで、事前に登録しておいた連絡先(みまもりびと)にSOSが届き、危険な状況を知らせるとともに現在地が伝わるようになっています。パニックになったとき、カバンの奥底にある防犯グッズを探している余裕はありませんから、早く簡単に起動できる設計になっているんです。

また、防犯ブザー機能も備えていて、もしものときに大きな声が出なくても、代わりにブザーが周囲に危険を知らせてくれます。

そして、もう一つこだわったのが録音機能。動作した瞬間から録音を開始し、時間・場所・録音データが紐づくようになっています。悲しいことに、女性への性暴力の約7割は顔見知りによる犯行で、かつ密室で行われている。そうした被害のシーンでは、自分が嫌がっている証拠を録音することで、後々泣き寝入りしなければならなくなる事態を防げます。

提供:grigry

 

これらの機能は、独自開発して特許を出願中の「振動検知機能」により、日常生活では誤作動しないように設計されています。また、アプリでモードを切り替えることもでき、たとえばスポーツをするときは振動起動しない、といったユーザー側での設定も可能です。

 

「これなら持ちたい」苦しいときに支えてくれたお客様の声

ーープロダクト開発において、初期の資金調達は難所の一つだと思いますが、どのように突破したのでしょうか?

​​初期開発費用として最低3,000万円が必要で、最初はVCにアプローチしたのですが、ことごとく断られてしまいました。「せめてプロトタイプがないと出資できない」という理由がほとんど。それを作るために資金が必要だったんですけどね……。

そこで、個人投資家の方に想いとビジョンを伝えて共感してもらうしかないと考えました。以前から付き合いがあった投資家の方に相談したところ、「1,000万円までなら出せるから、残りの2,000万円を他から集めてくることができたら出資します」と言っていただけたんです。

しかし、ほかの個人投資家からはなかなか良い返事がもらえません。そんなときにチームメンバーからYouTubeチャンネル「令和の虎」の存在を教えてもらいました。令和の虎は起業家が投資家相手に事業計画をプレゼンテーションし、その場で出資可否を判断してもらう番組。

https://www.youtube.com/watch?v=0BgSQ5M9F3w

視聴者数も多いですし失敗したらどうしようとかなり悩みましたが、やらずに後悔するよりはと出演を申し込み、なんとか残り2,000万円を出資していただけることになりました。このときの動画はYouTubeに残っています。2回目の資金調達の際には動画を見てくださる投資家の方々も多く助けられました。

 

ーー番組内でも石川さんのプレゼンテーションはとても評価されていました。なにか特別な練習などされていたのでしょうか?

起業前に内閣情報調査室で働いていた経験のおかげですかね。総理大臣など閣僚を相手に、国内情勢や国際情勢についてブリーフィングをするための資料作成および資料作成と分析が、私の仕事でした。限られた時間で必要な情報を的確に伝えることが求められるので、視覚的にも言語的にも伝わりやすい表現を選ぶクセがついたのだと思います。

ただ、プレゼンの話で言うと、実は当初のようにはビジョンを語れなくなっていた時期もありました。事業が進むなかで、より目の前の現実的な数値に意識を持っていかれてしまっていたんです。でも、そんなときこそ経営者は前を向いて未来を描かなければと、最近ようやくふっきれました。いまは、「令和の虎」で話したときのように、ビジョンを力強く語ることを改めて意識できています。

 

ーー事業を進めるなかでさまざまな困難があると思いますが、壁に直面したときに石川さんを支えてくれるものはなんでしょうか?

究極的には、自分のしていることに意義があると信じることだと思います。じゃあ、どう自分を信じるのかというと、やはりお客様からの声に支えられることが多いです。プロダクトやサービスが誰かの安心や安全に貢献していると実感できると、「ああ、私がやっていることは間違ってなかった」と、力が湧き上がってきます。

ある男性が、彼女さんへのプレゼントとしてomamolinkを選んでくださったエピソードが素敵でした。そのカップルは2人とも静岡出身の研修医で、研修で初めて県外に出て東京で暮らすことに。不安がる彼女さんに対して、彼氏さんが「なにかあったら自分が守るからね」と思いを込めてomamolinkをプレゼントしたところ、涙を流して喜んでくれたそうなんです。

 

他にも、ある高校生の女の子は、過去に怖い思いをしたことがきっかけで、防犯グッズを探していました。お店でomamolinkを見つけて「これなら持ちたい」と親御さんにおねだりをして買ってもらったそうなんです。こうしたエピソードのおかげで、苦しいことがあっても頑張ってこれました。

 

ホテルや訪問看護の現場にも。広がるomamolinkの活用シーン

ーー持ち歩きたい、そして大切な人に持ってほしいアイテムになっているんですね。では、omamolinkの今後の挑戦はどのようなものがありますか?

現在、omamolinkは公式サイトのほか、二子玉川の蔦屋家電+や一部のドコモショップ、護身グッズ専門店などでも購入できますが、もっと多くの人に利用していただくためのタッチポイントの作り方はずっと試行錯誤しています。

当初は高校や大学などを通じて、ユース世代に届けようと考えていたのですが、企業が学校に入るのは想像以上に難しくて。なんとか今年の春から京都大学や早稲田大学など一部の大学の入学案内冊子などに、omamolinkの情報を載せていただけるようになりましたが、すぐに購入数につながらない可能性もあります。

というのも、冒頭で話した通り、そもそも自分が被害に遭うとは思っていない人が多いからです。そこで現在は啓蒙活動の一環として、「守活」と名付けてYouTubeやハンドブックで防犯に関する情報発信にも力を入れています。日常に潜む危険を知ってもらったうえで、omamolinkの認知向上にもつなげられればと思っています。

 

ーー課題の啓蒙とセットで取り組もうとされているんですね。

また、最近は法人販売も開始しました。あるホテルから、ルームサービスで従業員がお客様の部屋に行く際のセキュリティ強化として導入できないか、と問い合わせいただいたことがきっかけです。私も予想していなかった活用シーンでした。

他にも訪問看護の現場で導入いただいた例もあります。訪問看護の現場では、利用者や家族から身体的暴力を受けたことがある看護師が45%もいます。omamolinkはこうした潜在的なリスクを含む職場でもお役に立つことができるはず。今後は法人展開もさらに広めていきたいです。



ーーそれらの取り組みの先に実現しようとしている未来について教えてください。

目指しているのは、人と人が見守り合うことで、より優しく安心安全な社会を作ることです。現状のomamolinkは事前登録された連絡先にのみSOS通知が届く仕組みですが、加えて各地域で緊急連絡先となってくれる人たちを、「みまもリーダーズ(仮名称)」として登録できるようにしたいと考えています。

たとえば、旅行先でなにかあったとき、「子ども110番の家」みたいなイメージで、知り合いではなくても助けを求められたほうがいいですよね。多くの人が互いに見守り合えるような緩やかなつながりを、omamolinkを通じて醸成していきたいです。

また、将来的には世界展開も視野に入れています。性暴力に限らず日常のリスクから自らや大切な人を守るという課題は世界共通のもの。“日本発の優しいセキュリティアイテム”として世界に広げていきたいです。

 

omamolink公式ページ https://www.omamolink.net/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都

    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

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