投資検討の裏側を公開。ユーザーの“真なる課題”に気づき事業方針を変えたgrow&partnersの軌跡と、talikiキャピタリストのこだわり
2024年2月、株式会社talikiは株式会社grow&partnersへの投資を実行した。grow&partnersは、子育ての課題を解決する一時保育検索&予約サービス「あすいく」を展開するソーシャルスタートアップだ。
代表取締役CEOの幸脇啓子氏と、talikiのファンドキャピタリスト 森開汰が初めて面談をしたのは、2023年4月。森いわく「そのときはゴールのイメージができず、投資は難しい印象を持った」という。しかし、そこから約1年にわたり議論を重ねるなかで、幸脇氏は顧客の真なる課題を掴み、それを解決するために事業方針を転換。ゴールへの道筋が見えた森は投資検討を加速させ、今回の投資に至った。
幸脇氏はどのようなインサイトを掴み、事業方針を転換していったのか。そして、1年間という長い議論のなかで、森はどのようにgrow&partnersへの投資を決定したのか。二人から、grow&partnersのサービス内容や出資が決まるまでの経緯、起業家と投資家の良い関わり方について聞いた。
▼プロフィール
株式会社grow&partners 代表取締役CEO 幸脇啓子
東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。転職を経て、2017年に株式会社grow&partnersを設立した。
株式会社taliki ファンドキャピタリスト 森開汰
京都大学大学院農学研究科を修了後、2019年に外資系コンサルティングファームに入社。2022年4月、株式会社AaaS Bridgeを創業。2022年11月、株式会社AaaS Bridgeの代表取締役を務めながら、同時に株式会社talikiへ入社。経営者とベンチャーキャピタリストとして活動。
もくじ
子育て中は世間から取り残されていた。「あすいく」のはじまり
ーー幸脇さんがgrow&partnersを起業したきっかけから教えてください。
grow&partners・幸脇(以下、幸脇):私は起業する前から仕事が大好きで、妊娠するまではマスコミで昼夜を問わずと働いていました。でも、2015年に初めて出産を経験して、仕事を休むことに。当時は、まだ今ほど男性育休も普及していなくて、夫は普通に仕事を続けていて、なんだか世間からポツンと取り残されている気持ちになったんです。そこで初めて、女性のほうが不利というか、不公平だなって感じました。
復職してからも育児は大変ですし、突然の子どもの発熱などによって仕事に制約もかかる。子育ての負荷が高くて思うように働けない女性が多いことを実感しました。「これって私だけではなく、社会的な機会損失なのでは?」と思い、なにかできないか模索し始めたんです。
当時はまだ「あすいく」の構想はなく、課題に感じていることを周りに相談していたら「だったらとりあえず会社をつくってみたら」とアドバイスをもらいました。会社をつくるだけならお金はかからないし、箱があればやりたいことが見つかったときにすぐに始められると思って、起業したんです。
ーー「あすいく」はどのように生まれたのでしょうか?
幸脇:「あすいく」を思いついたのは、保育園に通い始めた子どもがインフルエンザで1週間ほど休んだときでした。子供が休んだ分、保育園には給食も席も余っています。それを「保育園に通いたくても通えていない子たちに使ってもらえたらいいのに」とひらめいたんです。ちょうど、Airbnbなどのシェアリングサービスが流行り出したころだったので「保育園もシェアできないか」と考えました。
ーー「保育園のシェア」という発想から生まれた「あすいく」は、どんな特徴を持つサービスですか?
幸脇:「あすいく」は、仕事や用事に合わせて一時保育をしたいと考える保護者と、子どもを受け入れる余裕がある保育施設をマッチングするサービスです。LINE上でやりとりでき、基本的には利用前の面談も不要。急に子どもを預けたい予定が入った場合でも、利用当日の朝までに予約を受け付けてくれる施設も掲載されています。施設側からしてみれば、空間や人の余剰を有効利用することが可能です。
普通の一時保育だと、利用日の1か月前から電話での申し込みや書類記入、子ども同席の面談などやることがとにかく多いんです。預けて自分の時間をつくりたいのに、手続きが煩雑で挫折し、自分の時間をあきらめてしまう人も多くいます。そのことでまたストレスが溜まって、子どもに対して優しくできなかったり、優しくできない自分をさらに責めてしまったり……そんなループを自分も経験したので、とにかく簡単に検索・予約ができるようにサービスを設計しました。
ーー「あすいく」の他にも、様々なサービスを展開されていますよね?
幸脇:そうですね。「駅いく」や「メトいく」、「山いく」などのように「◯◯いく」と称したさまざまな体験型保育を実施しています。たとえば「駅いく」はJR東日本、東急電鉄、小田急電鉄、西武鉄道とコラボしたサービスです。子どもたちは駅に“登園”し、駅員さんと交流したり、仕事の見学や鉄道マナーを学んだりできます。保育士が現場にいるので安心してお子さんを預けていただけます。
事業内容に深く共感したものの、出資を即断できず
ーー保護者と子どもの両方にとって“嬉しい”一時保育を展開されているんですね。続いて、今回の資金調達について伺いたいと思います。どんな観点でVCを探していましたか?
幸脇:まず、プレシードのときはアクセラレータプログラムに入りました。そこでVCによって重視するポイントが違うことなどを知ったんです。そのうち「『あすいく』は社会課題に取り組んでるんだね」と言われることがあって、たしかにそうだな、と。
そこからは、社会課題を解決するために、単純にお金だけではなく、社会を変えるというリターンも一緒に追い求めてくれるようなファンドの方に協力してほしいと考えるようになりました。
ーーそれでtalikiと出会った、と。
taliki・森開汰(以下、森):幸脇さんとは一度別の機会でお会いしていたのですが、インパクト投資ファンド「KIBOW」の松井さん経由で改めてご紹介いただいたことをきっかけに、投資検討に進んだんですよね。
幸脇:そうですね。KIBOWさんはシードよりも後のフェーズを専門にされていたこともあり、「シードならtaliki」ということでご紹介いただきました。
ーー「あすいく」の事業に対する森さんの第一印象を教えてください。
森:talikiのファンドチームとしては、最初からとても良いサービスだと感じていて、ぜひ応援したいと話していました。私自身も、4人兄弟に生まれて、父親がものすごく忙しくほとんどの育児を母親がやる家庭で過ごしていたので、お母さんたちの抱える課題に共感したんです。一刻も早く「あすいく」とgrow&partnersが大きくなってみんなに届いてほしいと思いました。
しかし、すぐに出資の決断はできませんでした。私たちはVCなので、IPOやM&Aのゴールが見えないと出資ができません。「あすいく」のサービスは需要はあるけれど、ただでさえ厳しい財務状況の保育園からお金をもらう形では、規模をつくるのが難しいと考えました。「あすいく」以外で売上を立てることはできないかなど、検討に時間がかかったんです。
「子どもに申し訳ない」という罪悪感の解消を目指す事業転換
ーー投資検討が最初からスムーズにいったわけではなかったんですね。ただ、今回投資に至ったということは、ゴールへの道筋が見えたということですよね。何があったんでしょうか?
森:解決の糸口が見えてきたのは、2023年7月ぐらいだったと思います。幸脇さんから「一時保育に対する罪悪感」というキーワードが出てきたのがきっかけでした。
幸脇:当時、「あすいく」の登録者は増え続けていたのですが、実際にサービスを利用してくれていたのは5%前後。なかなかアクティブユーザーの割合が増えないことに悩んでいたんです。何が課題かを考えたときに、「一時保育に対する罪悪感を持つ人が多いのでは」という仮説が浮かびました。
以前、私自身が育児で追い詰められていたときに、実家に子どもを預かってもらって、カフェに行ったことがあるんです。本当に久しぶりに一人で過ごす時間で、好きなタイミングで好きな飲み物を頼める幸せを感じました。ただ、それと同時に「自分だけが楽しんで、子どもに申し訳ないな」という気持ちも感じたんです。同じように、自分がリフレッシュするために子どもを預けることに対して、罪悪感を感じる親は多いだろうなと思いました。
ーーその仮説をどのように検証していったんですか?
幸脇:「あすいく」のお客さんはもちろん、そこに限らず、小さな子どもを育児中の保護者を対象に広くアンケートを実施しました。「託児に罪悪感を感じますか」といった趣旨のことを聞いたら、7割近くの方が「罪悪感を感じる」もしくは「過去に感じたことがある」と回答。思っていたよりもずっと高い数値が出て、「ああ、これが真なる課題だったのかもしれない」と思ったんです。
それから、罪悪感を払拭する方法を考え、思いついたのが先ほど出てきた体験型保育「◯◯いく」でした。そこで初期検証として、東京メトロさんに協力いただき、駅の近くの保育施設で東京メトロ公認の路線図や地下鉄の模型で遊べる「メトいく」を実施。初めての体験型保育に不安もありましたが、いつもの「あすいく」より多くの申し込みがきました。
さらに、体験した方からは「『またメトロの保育園行きたい!』と子どもが言っています」や、「子どもが自分から『行きたい!』と言ってくれるので、託児に対する心理的なハードルが大きく下がった」などといった嬉しい声をいただきました。
ーートライアルは成功したんですね。
幸脇:はい。それから本格的に「◯◯いく」をつくろうと思い、今度はJR東日本スタートアップのプログラムの採択を受け、2023年6月からは実際に駅で子どもを預かってもらう「駅いく」を開始しました。参加費1万2000円という決して安くはない価格でしたが、なんと100名弱の方から申し込みがあったんです。
また、実施後の満足度調査でも10点満点中9〜10がほとんどで、「罪悪感がなく預けられた」という狙い通りのコメントをくださった方もいました。この結果を見て、grow&partnersの進む先はこれだと確信し、「体験型保育『◯◯いく』を展開していこうと思う」と森さんに伝えたんです。2023年の7月頃だったと思います。
森:幸脇さんから連絡をいただいたときは、課題の真因も解決策も腑に落ちました。たしかに、私の母親も罪悪感によって苦しんでいたなと思い出したんです。
住んでいたのが田舎だったので、母は何をするにしても車で送り迎えをしてくれて、自分たちが「もっと休んでいいよ」といくら言っても聞いてくれませんでした。でも、頑張りすぎたことによる過労から、運転中に居眠りをしてしまい、小さな事故を起こしてしまったんです。その姿を見ていたから「罪悪感が人を苦しめる」ということに深く納得しました。
加えて、「◯◯いく」という形で企業などと組み、体験型保育を展開していくモデルであれば、スケールも望めるなと思ったんです。サービス自体への需要が明確であるし、関東近辺や地方にも十分広げていけます。幸脇さんが諦めずに仮説検証をしてくださったおかげで、投資に向けた検討を前進させることができました。
ーー懸念だったポイントが解消されたあとは、投資に至るまでにどのように議論を進めてきたんですか?
森:ビジネスモデル的にはうまくいくと思ったので、後半はそれを実現するうえでのリスクなど裏側の話を詰めていきました。
幸脇:たとえば「保育士が数百人になったら、どのような体制で保育の質を担保するか?」とかですよね。森さんから問われるまで想像していなかったのですが、たしかに、保育士さんが急増したら保育の質をコントロールするのが難しくなります。「保育士を育てられる保育士」を育てないといけないことに気づきました。
それからは、コアとなる保育士の方にもなるべく早く事業目線を持ってもらえるよう、事業戦略に関する打ち合わせに出ていただくようにもなりました。まだ完全に未来のリスクを潰しきれているわけではないですが、一度想定しておけたので余裕を持って対応していけると思います。
包み隠さず悩みや進捗を共有することが、起業家と投資家の良い関係性を育む
ーー投資検討の期間は一般的に3か月〜半年ほどとされています。幸脇さんが約1年間もtalikiからの出資を待たれていたのはなぜですか?
幸脇:やっぱり、最初にVCを探していたときの基準の通り、社会課題の解決に特化したファンドの方に出資していただきたかったんです。talikiさんから出資いただくことで「社会課題を解決している会社」だと認識してもらえることにも期待していました。
あとは、森さんの人柄ですね。森さんはいつも「私も考えてみますね」と言ってミーティングを終えるんです。「考えてきてください」ではなくて一緒に考えてくださる姿勢がとても心地よく、励まされました。
森:そう言っていただけて嬉しいです。投資検討の窓口に立つキャピタリストにとって大事なのは、起業家のビジョンに共感し「ビジョンを実現するためにこの資金が必要なんだ」と信じることだと思っています。その上で、その資金がどう使われるか、価値を最大化できるか、という部分をシビアに見極めるために、時にはこちらで手を動かすことも必要です。
逆に、一番良くないのは、起業家のことを信じきれていないのにとりあえず話を進め、「投資委員会で否決されました」で終わってしまうこと。今回の投資検討は、最初から「絶対に中村(talikiファンド代表パートナー)に『うん』と言わせるぞ」という気持ちを持って取り組んでいたので、時間はかかってしまいましたが良い結論に辿り着けたのだと思います。
幸脇:最初にバリュエーションやリターンの話から入っていたら、今回のような結論には至っていないのかもしれませんね。まず世界観の話ができて、そこがずれていないという信頼を持った上で、事業をどう進めていくか、どのようなリスクがあるのかなど具体の議論に入れたのがありがたかったです。
ーー「お金の話からではなく、ビジョンの話から」というのが大事だったんですね。今回の経験を踏まえて、投資面談に臨む経営者にとって意識すべきことはなんだと思いますか?
幸脇:包み隠さずなんでも相談してみることです。私も過去はそうでしたが、周りの起業家を見ていると、事業に対する責任感が強いあまり、良くも悪くもまず自分で解決しようと頑張ってしまう方も多いと感じます。でも、VCの方々は様々なスタートアップと関わって、たくさんのナレッジやつながりを持っています。VC側が用意している質問に答えるだけではなく、自分たちから悩みや進捗を共有して協力を仰ぐといいと思います。
森:幸脇さんのおっしゃる通り、ガンガン相談して欲しいです。私たちVCにできるのは複数の事例をインプットし、リスクや対策案などを議論する壁打ち相手になること。「こういう事例はありませんか?」と言っていただければ何かしら探してくるので、うまく活用していただけると嬉しいです。
また、一度の面談でうまくいかなかったとしても、諦める必要はないと思っています。そのとき駄目でも、半年後に進捗を聞いたら評価が変わることもざらにありますから。前回よりも事業が伸びているとか、grow&partnersのように顧客の解像度が高まっているとか、VCはそうした「差分」が好きな生き物なんです。
ーー最後に、今後の両者の関わりとgrow&partnersの展望について教えてください。
幸脇:grow&partnersとしては、それぞれの人が主体的に選択ができて、育児のために何かを諦めるようなことがない世の中にしたいです。そのために、「あすいく」や体験型保育イベントを全国に広げていきたいと考えています。体験していただければ、一時保育の良さをわかっていただけるはずなので、預けやすいシステムと「預けてもいいんだよ」という雰囲気、ハードとソフトの両方をつくっていきたいと思います。
また、事業を広げていく過程では、目の前の数字ばかりに目がいってしまったり、スタートアップらしいハードシングスに見舞われたりすることがあると思います。そんなときに、私たちが登ろうとしている山のどの辺にいるのかを客観的に見てもらえたり、「こうやって乗り切った企業があるよ」と事例を教えてもらえたりしたら嬉しいです。
森:もちろんです。後続の投資家やパートナー、お客さんの紹介も含めて、grow&partnersさんが信頼できる仲間を増やすお手伝いもしていきますね。また、これからステークホルダーが増えたり、事業が成長したりしてビジョンが見えづらくなることもあるかもしれません。そんなときは、シード期の純粋な想いに共感させてもらった身として、いつでも相談に乗れるパートナーでありたいです。
grow&partners(あすいく):https://ad.asuiku.net/
talikiファンド:https://taliki.vc/
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
白鳥菜都
ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
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