Z世代の社会起業家が語る、起業のハードルと課題への向き合い方【ブイクック×Yoki×むじょう】
デジタル機器を使いこなし、社会課題に関心が強いと言われるZ世代。将来の選択肢が増えた一方、不確実性が高まっていく時代の中で、学生のうちから自分ができることを模索する人が増えた。若くして起業を選択した人たちはどんなことを考え、どのように課題に向き合っているのか。学生起業をしたZ世代の社会起業家3名が集まり、社会課題をどう捉えているか、起業のハードルやリスクをどう感じているか、それぞれの考えを話した。
【プロフィール】
・工藤 柊(くどう しゅう)写真左
株式会社ブイクックCEO。高校3年生で環境問題・動物倫理の観点からヴィーガンを実践開始。大学2年生でNPO法人を起業し、ヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」の提供開始。2020年に株式会社ブイクックを起業し、ヴィーガン商品専門EC「ブイクックスーパー」やヴィーガン惣菜定期便「ブイクックデリ」を運営する。
工藤さんの過去のインタビュー記事はこちら:
ヴィーガンに関わるすべての課題に挑戦するブイクック。プロダクト作りに強い組織を目指す
・東出風馬(ひがしで ふうま)写真中央
株式会社Yoki代表取締役。2017年、高校在学時に同社を起業し、コンパニオンロボットの開発から事業を開始。2019年より教育領域での事業展開を始め、現在は4~8歳向けバイリンガル開発のおうち英語教材「eduo(エデュオ)」を運営している。
慶応義塾大学総合政策学部在学中。孫正義育英財団1期生。
・前田 陽汰(まえだ ひなた)写真右
株式会社むじょうCEO。島根県隠岐郡海士町で過ごした経験から、経済成長や人口増加といった右肩上がりが前提とされ、終わりゆくものがタブー視される社会に違和感を持つようになる。2019年に慶應義塾大学総合政策学部に進学。2020年、株式会社むじょうを設立。思い出が集まる追悼サイト「葬想式」や自宅葬専門葬儀ブランド「自宅葬のここ」を運営する。
前田さんの過去のインタビュー記事はこちら:人の死という語られてこなかった領域へ、ビジネスで挑戦する。
もくじ
Z世代の社会起業家は、社会課題をどう考えるか
ーー本日はお集まりいただきありがとうございます。まず、皆さんが取り組まれている課題と事業について改めて教えてください。
工藤柊(以下、工藤):株式会社ブイクックの工藤です。誰もがヴィーガンを選択できる“Hello Vegan!”な社会を実現するため、ヴィーガン生活を支えるサービスを提供しています。現在は、ヴィーガン商品専門EC「ブイクックスーパー」、ヴィーガン惣菜サブスク「ブイクックデリ」、ヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」を運営しています。
僕たちはこれらの事業を通して動物倫理と環境問題にアプローチしています。人間が肉を食べる営みの裏では畜産動物などが犠牲になっている事実があります。また、畜産動物を育てる過程でCO2が大量に排出され、地球温暖化などの環境破壊につながっています。
ヴィーガンはこれらの問題を解決する手段の1つですが、今の日本はスーパーで買える商品や対応メニューのある飲食店は少なく、ヴィーガンに取り組みやすい環境ではありません。僕たちはヴィーガンを始めたい人、続けたい人のさまざまなハードルを取り除く活動をしています。
前田陽汰(以下、前田):株式会社むじょうの前田です。僕たちは「自宅葬のここ」という葬儀ブランドで自宅でのお葬式を専門に提供しています。また、3年半ほど前からやっているのが、追悼サイトを無料で作成できる「葬想式」というサービスです。故人の追悼サイトを作成して思い出の写真やメッセージをシェアすることができます。
事業を通じて死との出会い方をリデザインしたいと思っています。現代は「死」をできるだけ日常から排除していると思うんです。例えば、病院で最期を迎えることが多かったり、路上に落ちている動物の死骸は役場が回収してくれたりなど。「死」を日常から排除することに成功した結果、喪失体験に直面したときのダメージが大きくなっています。だから、死との出会い方をリデザインすることで現代に「死」への免疫を取り戻したいと思っています。
東出風馬(以下、東出):株式会社Yokiの東出といいます。僕たちは4〜8歳のお子様向けに、紙教材とアプリで学べる英語の通信教育事業をやっています。かわいい動物のキャラクター絵本やアニメ動画の教材に加え、ゲーミフィケーションを取り入れて学ぶことが楽しいと思える仕掛けを作っています。今は英語のみの展開ですが、これからあらゆる学びに広げていきたいと考えています。
なぜこの事業をやっているかと言うと、純粋に「楽しい」という欲求をもとに学べる教育コンテンツを作りたかったからです。そう思ったきっかけは起業したときの体験です。当時は別の事業をやっていたのですが、自分で作ったものを誰かに使ってもらいたいという気持ちが強くて、自主的に調べながらいろんなものを作っていました。それが自分の学びにつながった実感があったんです。
でも、今の世の中は短期的に何かを達成するためにスキルを身につけるという側面が強い。そこに課題を感じ、この事業を始めました。
ーーありがとうございます。皆さんはいわゆるZ世代と呼ばれる年代で、10代の頃から社会課題やSDGsといった言葉が身近にあったかと思いますが、そんな皆さんが社会課題をどのように定義されているのかお聞きしたいです。
工藤:社会全体の理想状態と現状の差分が社会課題なのかなと思います。また、困っている人の多さで社会課題かどうか決まるとは思っていなくて、社会の理想状態からこぼれ落ちる人が1人でもいるなら社会課題として捉えるべきだと思います。
前田:社会課題を何と定義するかは難しいですね。そもそも、一方的に社会課題とラベリングすることは暴力的なことだと考えています。なぜなら、課題とされている主体にも合理性があるはずだからです。例えば、空き家問題はよく社会課題とされていますが、空き家の所有者は「自分の代で絶やすのは後ろめたい」「仏壇があるから残さないと」といった家を放置しておく合理性があるんですよね。社会課題とラベリングして解決を推し進めることは、その合理性を無視することとなり、課題の再発生につながりかねません。必ずしも良いとは言い切れないなと思っています。
また、社会課題解決を推し進める側も、そこにアイデンティティを置きすぎるのは危険だと思います。1930年にイギリスの哲学者であるバートランド・ラッセルが書いた『幸福論』という著書の中に、「解決しなければならない課題がある人々は幸福である。課題が解決された状態にある人々は生きがいがなく不幸である」といったようなことが書いてあります。
要は課題を解決した先に待っている豊かな社会とは、やることがない不幸な社会でもあると言っているんです。課題を主語に置くとこのような「課題がないと頑張れない、生きがいがない」というような構図が生まれかねません。
このように、課題とされる側、解決をする側どちらにも危惧されることがあるため、一方的に社会課題だとラベリングするべきではないと思っています。
東出:社会課題の定義からは話がずれてしまうかもしれませんが、僕は課題解決だけにフォーカスするのではなく、「新しい価値を生む」ことにも意識を向けたいと思っています。そのためには危機感ではなく、あくまで個人の理想や学びたいという欲求が大事。だから、事業をしているなかでも、英語を学ぶことを強要したり、危機感を煽ったりするようなことは一切しません。
個人の欲求や理想から価値を生み出す営みが、結果的に将来的な誰かの課題解決にもつながると思っています。
工藤:わかります。今言われている社会課題は表面化しているから注目されているだけで、もっと自分にしか見えていない課題はあると思っていて。起業家や社会課題解決のために活動している人は、同時に10年後、20年後の理想の姿を思い描いて取り組んでいる人も多いんじゃないかなと思いました。
起業のハードルはひとつずつ超えればいい
ーー皆さんが起業してよかったと思うことはありますか?「社会やステークホルダーに対してよかったこと」、「個人でよかったこと」それぞれ教えてください。
工藤:社会に対してよかったことは、ヴィーガン生活に必要なサービスを提供できていることです。実際に、「ヴィーガンを始めたときに、ブイクックスーパーがあって助かった」と感謝していただくことも多く、ご自身で開催している食育セミナーでブイクックスーパーを紹介して広げてくださるユーザーさんもいます。僕自身がヴィーガン生活の不便さを感じて起業したので、ヴィーガンの方の生活を支えられているのは起業してよかったことの一つです。
また、個人としては、信頼できるメンバーたちと出会えて、一緒に夜中まで話し合ったり、時には衝突したりしながら、楽しく仕事できていることが一番の幸せだと思います。会社をつくると、組織を最初にデザインするのは起業家です。ミッション達成に向けて一緒に走ってくれる自分以外の人がいることは、「生まれてきてよかった」と思えるほどに嬉しいことです。
前田:僕たちが運営する「葬想式」は、ご遺族がお持ちでないお写真や、これまでご縁を結んできた方々からのメッセージをシェアできる追悼サイトです。「葬想式」によって、故人様の生き様がみんなの記憶に刻まれるのを見ると、起業してよかったと感じます。
個人としてよかったことは、素敵な仲間やお客さん、取引先の方々に恵まれたことですね。
東出:僕は個人としても、社会やステークホルダーに対しても、「起業してよかったと思えるまで進捗させたい」というのが本音です。
しかし、嬉しいと感じる点や、経験に対して感じるメリットはあります。嬉しい点は、自分たちの考えた商品やビジネスモデルがその通りに機能し、顧客から一定の良い評価を受け、売上につながり始めていることです。
また、「経営者」という誰にも責任転嫁しようがない環境に身を置いている経験は貴重だと思います。意思決定に対する責任感や経営的な財務感覚は、今後環境を変えたとしても活きてくる考え方だと思います。
ーー社会や個人でよかったこと、嬉しいことがそれぞれあるんですね。一方で、起業は会社と自己との結びつきが強くなりすぎてしまう側面もあるのではないかと思っています。皆さんは「社会起業家の自分」と「一個人の自分」のアイデンティティをどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?
工藤:僕はあくまで「工藤柊という人生の中でやりたいことのひとつとして起業を選んでいる」という捉え方をしています。でも以前は「会社の業績=自分の価値」と捉えてしまっていた時期がありました。会社がうまくいかなくなったら自分の価値もなくなると感じていて、全然ヘルシーじゃなかった。
そんな中、自分が人生でやりたいことについて考える機会*があって。事業で社会貢献する以外にもやりたいことがたくさんあることに改めて気づいたんです。それ以来、捉え方を変えることができるようになりました。自分で選んだ道だし、大変なことも含めて面白いと思えるようになり、だいぶ楽になりましたね。
*アイデンティティの変化について綴った工藤さんのブログ
前田:僕は事業をやる中で一個人の自分、つまり「我」を可能な限りコントロールしています。大切な人を亡くして悲しみの最中にいる方がお客さんになるので、必要以上に感情移入したり自我意識を持ったりしていたら何も手につかなくなってしまう。一方で、人の気持ちを「わかろうとしない」ことや、「わかると言ってしまう」ことは暴力的なことですが、「わかろうとする」ことは不可欠です。だから、そこでは「我」が働いています。
東出:僕も起業と自己の結びつきをそこまで意識したことはないですが、仕事と関係ないことをやるのは大切にしています。自分が長くやっている事業だと、間違った選択でも正当化してしまうことはあり得ると思っていて。もともと多趣味なのですが、事業活動を客観視してきちんと正しい選択をするために、事業から一歩引いた活動を日常に取り入れています。
ーー皆さんそれぞれのご回答がお聞きできておもしろいですね。起業するにあたって、ハードルの高さやリスクの大きさが気になったことはありますか?
工藤:僕の場合は、大学を休学して活動していました。たとえ失敗しても復学して就職すれば良いので、リスクはゼロだったと今でも思います。むしろ就活するなら有利になっていたかもしれない。
ただ、知識も経験もない大学生が起業する大きなハードルは「良いプロダクトを作る能力不足」でした。僕はデザインやプログラミングの知識も経験もなければかったし、そのための十分なスキルを持つ知り合いもいませんでした。自分でデザインを勉強したり、エンジニアのメンバーを集めるために奮闘したりして乗り越えていました。
東出:具体的なシーンとして思いつくものは、何度も資金が底をつきかけたことですね。その度にVCや投資家からの出資など、何かしらの巡り合わせで命拾いしてきました。
資金が尽きず気持ちが落ちなければやり続けられるので、そこだけ担保できればいつか乗り越えられるという気持ちでやっています。例えば、商品開発や顧客獲得、人材採用など、事業におけるハードルは探せばいくらでもあります。しかしそれらは「〇〇日までに解決しなければ絶体絶命」というような喫緊の問題ではないので、淡々とやり続けるのみと思っています。
ただ、1つ思うことがあって。一般的に起業というとハードルが0から100までいきなり上がるようなイメージをしている人が多いと思うんですけど、実際にはひとつずつ積み重ねているだけなんですよね。一つひとつは大した問題ではないので、目の前のステージをクリアしていたら随分進んでいたような感覚です。
工藤:世間的にハードルが高く感じるのは、注目度の高い大々的なリリースをみんなが出しているからだろうなと思いました。会社設立やプロダクトリリース、資金調達など、インパクトのあるリリースを発信するので“100”の部分ばかり注目されがちですが、そこに至るまでに本当に一つずつ積み重ねているんですよね。
前田:会社をつくるタイプの起業だと法人格という“人格”を作ることなので、確かに大変な話に聞こえます。でも「生業(なりわい)を起こす」、生きていくために必要な営みという意味合いでの起業は、自分が持っているスキルを売るだけでもかなうので多分そんなに難しいことではないのかなと思います。
一方で「業(ごう)を起こす」となると話は変わってきます。「業」は、行為が未来に与える影響のことです。例えば、思い出が集まる追悼サイト「葬想式」は現在「3日で消える」という仕様です。もし「永久に残る」という仕様にしたら、ご遺族の足枷になるかもしれない一方で、故人との思い出を記録する場として、毎年命日に訪れる追悼サイトになる可能性もある。
自分の行為が未来に与える影響を想像し、その影響を踏まえた上で決断を下す(業を起こす)ことは、誰に何を言われようと我が道を行くという一定の覚悟やメンタリティがないと難しいのではないでしょうか。
僕はお金を稼ぐための起業よりも、業を起こすほうが自分にとって面白いことだったので、そっちに自分のエネルギーを使おうと決めました。でもそれも、生業としての起業からひとつずつ階段を上がっていく中で気づいたことだったなと思います。
起業に踏み出す意思決定のコツ
ーー特にスタートアップは華やかな情報が目に入ってきやすいですが、実際はひとつずつハードルを超えていくという地道な努力の結果なんですね。最後に、起業に興味があるけど一歩踏み出せない……というZ世代の方々に向けて、メッセージをお願いします。
東出:僕は高校生のときに起業してるので就活でキャリアに悩むことはありませんでした。気づけば退路が断たれていたのがよかったんだと思います。選択肢がありすぎるのも大変だと思うんですよね。悩んでいることがあれば思い切って退路を断つのもひとつの手だと思います。
工藤:僕も同じです。大学2年生からNPO法人として始動し、影響範囲を大きくするために株式会社にして出資まで受けたので、もう就活の道がなくなっていました。でもそれは、どこかに就職するよりも、自分で決めてやってみたい性格だったのが大きいと思います。結局、自分の目的や性格に合う、納得いく道を選ぶのが一番だと感じますね。
前田:起業するかどうかやキャリアを考えるうえで、「どんな時間を過ごしたいか」を考えることも大事だと思います。國分功一郎さんの著書『暇と退屈の倫理学』(2022年、新潮文庫)という本で面白いことが書いてありました。暇とは「何もすることがない時間」のことである。一方、退屈とは「何かしたいのにできないという感情や気分」のことを指している、すなわち暇と退屈は別物であると。
ここからは個人の解釈も入りますが、僕は「暇だけど退屈じゃない」状態が理想だと思うんですよね。時間的な余裕はあるけど退屈はしない日々が続くと、時間を有意義に使えている実感が持てて「生きそびれない」状態になる。起業か就職かの二項対立ではなく、生きそびれないかどうかを物差しにして意思決定してみるといいかもしれないなと思いました。
工藤:映画『かぐや姫の物語』の中でも、「生きている手応えさえあれば、きっと幸せになれた」というセリフが出てきます。何もしてなかった頃の退屈さに比べたら、起業をしている今は大変だけど生きている手応えを感じられる。すごく楽しい時間を過ごせていると思いますね。
株式会社ブイクック https://vcook.co.jp/
株式会社Yoki https://yoki-jp.com/
株式会社むじょう https://www.mujo.page/
interviewer
梅田郁美
和を以って貴しと爲し忤ふこと無きを宗と爲す。
猫になりたい。
writer
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。