『エシカル』という言葉だけでは売れない ー価格プレミアムの壁を乗り越える社会起業家の実践ー
もくじ
序章 エシカル消費の理想と現実
近年、地球環境に関わる諸問題や労働者の人権問題などの社会課題に対する関心が高まっている。また、こうした社会課題は人間の消費活動に起因するという考えを背景に、人や社会、環境に配慮した消費行動であるエシカル消費が注目されている。消費者庁が2019年度に実施した調査によると、エシカル商品・サービスについて「購入意向あり」と回答した割合は、2016年度調査から19.4ポイント増の81.2%となった(消費者庁 2020)。しかし、エシカル商品の積極的な採用を表明しながらも、消費者が実際にその行動をすることはまれであると指摘されている(加藤拓巳・潮崎真惟子・伊熊結以・池田亮介・小泉昌紀 2024)。
エシカル商品に対する態度と行動の乖離は、しばしば社会起業家に持続可能性の困難をもたらす。例えば、2026年5月、オンラインファストファッション大手のSheinがサステナビリティを理念に掲げるアパレルブランドEverlaneを買収する見通しであることが明らかになった。Forbes Japan(2026)は、Everlaneが2010年代後半に高い人気を誇っていたものの、コロナ禍以降はコスト上昇や競争激化に直面し、消費者の倫理的消費への関心が語られるほどには購買行動に反映されなかったことなどを背景に、業績・人気とも緩やかに後退していったと分析している。
一方で、社会課題の低減に主体的に関与すべく、起業という選択をとる人の数は増加しているように思われる。その中には、消費者調査での購入意向をもってニーズがあると考えていたものの、実際の購入にはつながらず、事業の継続が困難であったケースも少なくない。本稿では、社会起業家に向けて行動と態度の乖離の実態を伝えるとともに、その乖離を前提としたうえで持続可能性を高めるための方策を考える。
本稿は2章で構成される。第1章では、消費者庁の調査データおよび先行研究のレビューを通じて、エシカル消費における意識と行動の乖離の実態と要因、そして社会起業家が直面する構造的な課題について整理する。第2章では、エシカル商品の製造・販売を行う社会起業家5社の事例分析を通じて、顧客の納得感を醸成しながら持続的に事業を展開するための工夫を検討する。本稿がエシカル商品を製造・販売する社会起業家の消費者理解を促進するとともに、マーケティング戦略を検討する一助となれば幸いである。
第1章 「エシカルだから売れる」という前提の再検討
1. 消費者庁調査にみる意識と行動の乖離
エシカル商品を取り扱う社会起業家の間では、「エシカル消費の意義に対する理解が進めば、消費者はエシカル商品を優先的に購入するはずである」というシナリオが暗黙の前提とされてきた。そのため、従来のコミュニケーション戦略では、製造過程における環境負荷や人権侵害の有無など、商品のエシカル度を判断する材料を提供し、消費者の意志決定に反映させることが目標であった。しかしながら、意義の理解がそのまま購買行動に結びつくというシナリオは必ずしも実態を反映していないことが明らかになり、価値訴求のアプローチは再検討する必要があると指摘されている(河口 2023, 加藤ほか 2024)。
まずは、消費者庁(2020)による「倫理的消費(エシカル消費)」に関する消費者意識調査の結果から実態を確認しよう。同調査によると、エシカル消費が「これからの時代に必要」と回答した人の割合は51.8%と、前回調査である2016年度から22.5ポイント増加しており、意義の理解は進んできたと捉えられる。また、エシカル商品・サービスについて「購入意向あり」と回答した割合は、19.4ポイント増の81.2%であり、意義の理解だけでなく購入意向も高まっていることがわかる。
一方で着目すべきは、実際の購入経験は6.7ポイント増の39.7%にとどまっている点である。すなわち、エシカル消費の意義の理解や好意的な態度は着実に浸透しつつあるものの、そのことが実際の購買行動には結びついていない。また、購買行動の伸び悩みという動態的な観点だけでなく、現在の一時点に焦点を当てても、購入意向と購入行動の間には大きな乖離が存在する。
2. 乖離の要因:社会的望ましさバイアスと利己的動機
エシカル商品で事業を展開するにあたって、市場の需要を楽観視することなく消費者の実態を正確に捉えるためには、加藤ら(2024)が提示した2つの実践的示唆が有益である。加藤らは、「エシカル消費に関しては、消費者の調査での回答をそのまま受け取ってはいけない」「結局のところ、消費者は具体的な価値にお金を払うことを実務家は意識すべきである」と指摘する。
前者の指摘は、調査環境と実環境の違いによるものである。調査環境では、調査項目の内容が社会的に望ましいか否かの判断による影響を受け、回答が社会的に望ましい方向に歪められる「社会的望ましさバイアス」が生じる。エシカル消費に関しては、人や社会・環境に配慮することは是とされるため、実態とは異なる回答が得られやすいのである。
後者について加藤らは、いかに社会的な要請であっても直接的な便益が見えにくい商品に魅力を感じることは難しいと述べている。また、河口(2023)も、消費者は社会全体より家計と家族の持続可能性を優先するため、エシカル商品が高価格である理由が環境・社会への正当な支払いであっても、家計からの損失の痛みの方が強いと分析している。
家計の痛みへの敏感さは、前述した消費者庁調査の価格プレミアムに関するデータからも裏付けられる。同調査において、エシカルな食品に対する価格プレミアムの許容度を尋ねた設問では、通常品と「同額」を求める層が25.4%、割高であっても「1〜10%の範囲内」とする層が72.5%を占めた。その一方で、「11%以上の割高」を許容する消費者は、わずか2.1%にすぎない。つまり、1割以上のプレミアムは受け入れられず、いかに社会的によい商品であったとしても購買行動の選択肢から除外されてしまうのが実態である。
3. 社会起業家が直面する構造的な課題:価格プレミアム許容度と高コストのミスマッチ
ここで社会起業家にとって障壁となるのが、エシカル商品はサプライチェーンの性質上、構造的に高価格になりやすいという点である(清野・稲葉 2019)。商品の製造・販売では川上の売り手に正当な対価を支払うため、一般的な商品に比べて原材料費や人件費が必然的に高くなってしまう。また、エシカル商品は生産量が多くなく、大量生産による規模の経済が働かないため、初期段階の社会起業家ほど製造・物流の両面で高い単価を余儀なくされる。結果として、消費者が受け入れられる限界である1割以内の価格プレミアムと、エシカル商品が成立するために必要な構造的高価格との間でミスマッチが発生するのである。
ここまで確認してきたとおり、社会起業家がエシカルという社会的価値の訴求だけで、高価格になってしまう商品を購入してもらうことは容易ではない。では、社会的価値を維持しながら、消費者が対価を支払うに値する価値を構築し、持続的に事業を行うためにはどうしたらよいのだろうか。次章では、社会起業家の事例分析を通じて、持続的な事業展開を可能にする方策を検討する。
第2章 事例分析:価格プレミアムへの納得感の設計
1. 分析の視点
エシカル製品が市場に浸透する上では、構造的なコスト高に伴う通常品との価格差が課題になる。本章では、社会起業家の事例分析を行い、高単価に対する顧客の納得感をどのように醸成しているかを分析する。この高コスト・高価格構造を維持したまま事業を持続させる戦略について、先行研究は大きく2つの方向性を提示している。
第一の方向性は、製品そのものが持つエシカル以外のベネフィットを高めるアプローチである。フェアトレードを行う2社のマーケティング戦略を分析した清野・稲葉(2019)は、味やデザイン性といった、エシカル以外の次元での商品価値を高めることによって初めて、消費者の価格に対する納得感を高められると指摘している。すなわち、社会貢献という利他性だけに頼るのではなく、利己的な動機での購買を実現する必要がある。
第二の方向性は、高い単価を構造的に受け入れてくれる別の市場やカテゴリーへシフトするアプローチである。河口(2023)は、購買行動における支出の性質に着目し、例えばバレンタインのチョコレートのような贈り物の場面においては、消費者は日常の生活費ではなく、交際費や予備費、あるいは個人の小遣いの枠から支出を行う可能性が高いと分析している。こうした特別な支出機会においては価格の高さに対する抵抗感が薄れ、割高なエシカル製品であっても切り替えが比較的容易に起こり得ると考えられる。
このように先行研究において、高単価を維持したまま事業を持続させる方策が示されているが、実際の社会起業家がどのような方策をとっているかについての知見は十分に蓄積されていない。そこで本章では、持続的に事業を展開している社会起業家の事例分析を行い、どのようにして価格プレミアムが許容される設計をしているのかを分析する。
2. 分析対象
本章の分析には、各社が公開しているインタビュー記事や公式サイト、プレスリリース等の一次情報を用いる。事例として選定したのは、KAPOK KNOT、One Nova、LOVST TOKYO、andew、TerrUPの5社である。これら5社を取り上げるのは、いずれもエシカル商品・サービスの販売を継続的に行っており、事業の拡大や商品ラインナップの更新、受賞歴や投資実績が確認できるなど、一定の売上が確保されていると考えられるためである。
第1章で確認したとおり、エシカル商品は消費者が許容できる価格プレミアムと構造的な高コストとの間にミスマッチを抱えやすく、事業として継続すること自体が容易ではない。本稿は、このミスマッチを乗り越え、高単価であっても顧客の納得感を醸成しながら事業を継続している企業の工夫を明らかにすることを目的とするため、既に販売を停止した企業や、継続的な売上確保に至っていないと考えられる企業、低価格での販売が可能である企業は分析の対象から除外している。
3. 事例分析
3-1. KAPOK KNOT
KAPOK KNOTは、カポックという植物由来の新素材を用いたダウンコートブランドとして2019年に立ち上がった。創業の背景にあるのは、アパレル産業が大量生産・大量廃棄を前提として成り立っている現状への問題意識である。カポックは、鳥の羽を使わずに済み、木を伐採する必要もない植物性素材であり、1着購入することで約30羽分の水鳥の羽の使用と、年間約400gのCO2排出を削減できるという。
こうした社会課題への意識を持ちながらも、KAPOK KNOTはそれを商品コピーの前面には出していない。同社が明言するマーケティング上のこだわりは、機能性→デザイン→サステナブルという訴求の優先順位である。まず機能性として、5mmという薄さながら高い保温性を持つカポックシートの特性を訴求する。次にクラシックで長く愛されるデザイン性を訴求し、ここまでの2段階で「買いたい」と思ってもらうことを目指す。そして最後にサステナブルという価値を、「サステナブルなら尚更欲しい」と思ってもらうための加点要素として位置づけている。
最も重視している機能性というベネフィットについて、その実現は決して容易ではなかったという語りも確認された。従来の素材・製法から離れてカポックという新素材を実用化するには、適切な品種の選定や加工条件の検証が必要であり、商品化には約2年を要したという。
こうして実現された機能性は、実際の顧客に高く評価されている。購入者からは「軽くて暖かい」という機能面の評価が最も多く寄せられ、これに加えてデザインへの評価が続く。さらに、機能・デザインを評価している顧客ほど、サステナブルである点についても高く評価する傾向があるという。地球に優しいという利他的な訴求ではなく、自分のための消費という利己的な動機を訴求の中心に据えたことが功を奏したと、代表の深井氏自身も振り返っている。
3-2. One Nova
One Novaは、穿き心地に加えて臭わない・ムレないといった機能性を追求してきたアンダーウェアブランドである。2017年の創業当初は「透明なパンツ」、その後「冒険する人のひみつ道具」というコンセプトを掲げてブランドを展開し、現在は「気持ちいい」という概念を包括的に追求するブランドへとリニューアルを行っている。
同社の歩みで特筆すべきは、エシカル訴求を前面に出す戦略から、商品の本質的な価値を前面に出す戦略へと、明確な転換を経験している点である。創業当初、サステナビリティやSDGsへの注目の高まりを受け、製造過程における環境負荷の低さをストーリーとして押し出して販売していたが、顧客がついてこず、事業としても疲弊してしまったという。そこで、環境負荷の少ないものづくりという姿勢自体は維持しつつ、商品自体の本質的な良さ、すなわち、身につけていてどれだけ気持ちいいかを磨くことに軸足を移す決断をしている。
この転換の実行には、細部にわたる試行錯誤が伴った。ジェンダーレスアイテムの開発では、従来の男性向けボクサーパンツの立体的なデザインが女性の身体的特徴に合わないという課題があり、男女双方の体型にフィットする設計を新たに作り上げる必要があった。他にも、サイズ表記の基準を男女どちらに合わせるか、ブラジャーのサイズをどう表記すれば購入者に心理的抵抗を感じさせないかなど、一つひとつの意思決定にこだわっている。
こうした転換の結果、想定していた顧客層と実際の購入層のズレも明らかになり、好意的な顧客が再び増えていった。当初は自分たちと接点の多い20代後半〜30代を想定していたが、実際に購入していたのは30代後半〜50代の、会社役員や大学教授、医師など経済的に自立した層だった。1枚5,000円という、業界的に見ても高い価格帯の商品が受け入れられている背景には、エシカルというストーリーではなく、機能性そのものへの評価があったことがうかがえる。
3-3. LOVST TOKYO
LOVST TOKYOは、廃棄されるりんごを原料としたヴィーガンレザーを用いたバッグブランドとして、2021年に立ち上げられたブランドである。動物性のものを一切使わず、ファッションという入口からヴィーガンをはじめとする新しいライフスタイルの選択肢を届けることを目指している。
代表の唐沢氏が重視しているのは、機能面だけでなく情緒的な価値やブランドの世界観への共感であり、そこに至って初めて本質的なメッセージが届くという考え方である。実際にユーザーヒアリングを行った結果、環境への取り組みは購入の入口にはなっておらず、商品そのものを見て選んでくれる顧客が多いことが分かったという。プロダクトのデザインに強いこだわりを持つのは、この裏付けに基づいた判断でもある。
もっとも、このブランド全体の一貫したデザインを作り上げることには苦労も伴っている。デザインについて周囲やメンバーに相談すると、それぞれの好みが出てしまう一方、代表一人だけで作っていくこともできない。多くのデザイナーズブランドが持つような「このブランドといえばこれ」という一貫性をLOVST TOKYOでも作りたいと考えているが、これは試行錯誤を続けている部分だという。
こうした模索を経ながらも、コンパクトながら洗練されたデザインのバッグとして雑誌に取り上げられるなど、デザイン起点で高く評価されていることが確認できる。また、ショールームではカップルや夫婦で来店し、プレゼントとして購入されるパターンも多いといい、ホワイトデーなど贈答機会における需要も見込まれている。このように、LOVST TOKYOはデザイン性という非エシカル価値を高めつつ、高い単価を構造的に受け入れてくれる別のカテゴリーでの購買を促進している事例だといえる。
3-4. andew
andewは、わずかな摩擦でも全身に水疱や剥離が生じてしまう難病「表皮水疱症」の患者との出会いをきっかけとして、2020年に開発されたチョコレートブランドである。27種類以上の栄養素をバランス良く摂取できる完全食チョコレートとして、動物性食品・乳化剤・保存料・香料を使わないヴィーガン対応の商品設計を特徴とする。
andewが行っているのは、社会課題そのものを訴求の入口に据えることではなく、購買機会そのものを日常の消費とは切り離して設計することである。公式オンラインショップでは、訪問直後に「この夏、やさしいチョコを届けたいのは?」という問いとともに、「大切なあの人へ」と「いつも頑張ってる自分へ」という2つの選択肢を提示するポップアップが表示される(2026年8月時点)。また、代表の中村氏は「贈り物にしてもらうためにデザインやパッケージにこだわった」とも語っている。
これは、商品の購入を、河口(2023)が指摘する「日常の生活費ではなく、交際費や小遣いの枠から支出される」という特別な支出機会に位置付ける方策だといえるが、この設計を支える機能性の実現には、固有の技術的な難しさが伴ったという。皮膚疾患の患者が痛みなく食べられるよう、食感や素材の硬さ、質感について患者本人に試食してもらいながら開発を重ねており、栄養価を高めようとすると味が崩れてしまうというトレードオフの調整にも時間をかけている。また、代表自らが患者とのコミュニケーションを重ね、機能性と美味しさのバランスを慎重に見極めてきた。
こうした開発を経た商品に対して、家族への贈り物として購入した顧客からは、闘病中の祖父に孫がチョコレートを贈り、共に食べることで自尊心の回復につながったという声が寄せられている。単なる嗜好品としての消費ではなく、「贈る相手への想い」そのものが購買の動機として機能しており、価格の高さよりも、その商品を介して生まれるコミュニケーションに価値が見出されている。
3-5. TerrUP
TerrUPは、飲食店で大量に廃棄される竹割り箸に着目し、2023年にワークテーブル「TAKEZEN TABLE」の販売を開始したアップサイクル家具ブランドである。日本国内で消費される割り箸は年間約150億膳にのぼり、うち竹割り箸は43億膳。木製の割り箸はコピー用紙などにリサイクルされる一方、繊維の強い竹はリサイクルが難しく、その大半がわずか数時間の使用で廃棄されている。代表・村上氏はこの現状に着目し、2,800本の竹割り箸から1台のテーブルを作り出す商品開発に約1年半をかけて取り組んできた。
TerrUPの戦略は、贈答機会へのシフトではなく、市場そのものの切り替えという形を取っている。当初、箸置きや一輪挿し、豆皿などを製造・販売していた同社は、現在「京都発の割り箸を再利用したオフィス家具メーカー」としてtoB展開へと軸足を移した。掲げるコピーは「働く人と環境を思いやる空間づくり」であり、環境への企業姿勢を体現化する商品として購入されている。
この市場転換は、事業の持続可能性という成果にも結びついている。オフィス家具は個人向けの製品と比べて単価が高く、繰り返し大量生産をせずとも、まとまった売上を確保しやすい。実際、TerrUPは2026年に「京信・地域の起業家アワード」で優秀賞を受賞し、資源循環社会を作るサステナブルなオフィス家具を展開する企業として評価されている。個人向け市場でリピーターを積み重ねる方向ではなく、法人という一件あたりの単価が大きい市場へと展開先を広げたことが、持続可能なビジネスモデルと社会的インパクトの拡大につながっている。
4. 小括:価格プレミアムへの納得感の設計
以上5事例は、いずれも第1章で確認した「エシカルであることの意義理解だけでは購買行動に結びつかない」という課題に対し、非エシカル価値の向上、別の市場・カテゴリーへのシフトという2つの方向性を通じて応答している。前者については、KAPOK KNOT、One Nova、LOVST TOKYOが、この戦略が一過性の工夫ではなく、業種やアクターの立場を超えて繰り返し現れるパターンであることを示している。後者では、andewが贈答と自分へのご褒美という2つの特別な支出機会を、TerrUPが個人向け市場から法人調達市場への転換を体現しており、河口(2023)が示した枠組みが、贈答という一例にとどまらない広がりを持つことが確認できる。
同時に、5事例に共通して見えてきたのは、いずれの戦略も、単なる訴求やコミュニケーションの工夫では完結しないという点である。KAPOK KNOTのカポック実用化、One Novaのジェンダーレス設計、LOVST TOKYOのブランド一貫性の模索、andewの食感・栄養バランスの調整、TerrUPの樹脂加工技術の確立など、いずれの企業も顧客のベネフィットを高めるために、相応の時間と試行錯誤を伴う技術的な努力を払っている。エシカルであることをただ押し出すのではなく、それ以外の価値を地道に高めた上で、その価値をどう伝えるかというコミュニケーションを工夫する。この順序を欠かさないことこそが、価格プレミアムへの納得感を醸成する鍵だといえよう。
終章 価格プレミアムを乗り越えるために
本稿は、エシカル消費における意識と行動の乖離、および価格プレミアムの許容度と構造的高コストとの間のミスマッチという課題に対し、社会起業家5社の事例分析を通じて、非エシカル価値の向上、別の市場・カテゴリーへのシフト、という2つの方策を明らかにした。
前者では、機能性やデザイン性といったエシカル以外のベネフィットを訴求の起点に据えることで、消費者の利己的な購買動機に働きかける工夫が確認された。後者では、贈答や自分へのご褒美といった特別な支出機会、あるいは法人調達市場への転換を通じて、日常の生活費とは異なる予算枠から支出を引き出す工夫が確認された。両者に共通していたのは、これらの方策が単なる訴求やコミュニケーションの工夫にとどまらず、素材開発やデザインの見直しといった、相応の時間とコストを伴う技術的な努力によって支えられているという点である。
この知見は、エシカル商品の販売に取り組む社会起業家に対して、次の示唆を与える。第一に、エシカルであることの意義を訴えるだけでは、価格プレミアムに対する消費者の納得感は醸成されない。むしろ、機能性やデザイン性といった、エシカルとは独立した価値を作り込むこと、あるいは日常の消費とは異なる支出文脈を見出すことに、限られたリソースを振り向ける必要がある。第二に、そのいずれの方策も一朝一夕には実現できず、地道な商品開発への投資が必要である。これら2点に留意することで、社会課題の解決に主体的に取り組む一人でも多くの起業家が、その想いを一過性で終わらせることなく、事業として続けていけることを願う。
本稿にはいくつかの限界もある。第一に、分析対象とした5社は、いずれも事業を継続的に展開している企業に限定して選定しており、同様の方策を試みながら事業継続に至らなかった企業は分析の対象に含まれていない。そのため、2つの方策が高単価への納得感醸成に有効であるという本稿の結論には、生存者バイアスが含まれている可能性がある。第二に、本稿における顧客の反応や戦略の効果に関する記述は、いずれも各社代表者へのインタビューという自己申告データに基づいており、独立した顧客調査や販売データによる裏付けを伴っていない。
こうした限界を踏まえてもなお、非エシカル価値の向上、別の市場・カテゴリーへのシフトという2つの方策が、複数の業種・アクターにまたがって語られていたという事実は示唆的であろう。定量的な因果関係の証明には至らないものの、規模の経済が働きにくい創業初期段階の社会起業家が、エシカルという社会的価値の訴求だけに頼らず、いかにして高単価への納得感を醸成しようとしているか、その実践知の一端を描き出せたことに、本稿の意義があると考える。
編集後記
本稿を書くきっかけになったのは、「エシカルだから売れるはずだ」と思って事業を始めたものの、思うように売上が伸びずに苦しんでいる社会起業家の存在を見聞きしてきたことだった。消費者庁の調査を見れば、購入意向は8割を超えている。この数字だけを信じてしまえば、エシカルであることそのものが強力な訴求になると考えてしまうのも無理はない。しかし実際には、購入経験は4割に届かない。この乖離を知らないまま走り出してしまうと、事業として立ち行かなくなってから、ようやく現実を突きつけられることになる。本稿で明らかにした方策が、そうした事態を未然に防ぐための一助になったら嬉しい。
また、本稿では扱わなかったが、個々の企業努力とは別に、ルールメイキングという手段でエシカル商品の購買促進を実現できないかという疑問もある。本稿が示した2つの方策は、あくまで一社一社が自らの商品開発やマーケティングを通じて、消費者の納得感を勝ち取っていくアプローチだった。しかし、海外に目を向けると、企業ではなく消費者側に直接メリットを与えることで、選択そのものを後押しする制度の先例がある。
フランスでは2023年から、衣類や靴を廃棄して買い替えるのではなく修理して使い続けた消費者に対し、修理費用の一部をその場で還元する「修理ボーナス」制度が導入されている。フランス政府の廃棄物政策「循環経済法」に基づいたものであり、恩恵が直接届く先が企業ではなく消費者である点が特徴的だ。日本でもかつて、省エネ家電の購入者にポイントを還元する「家電エコポイント制度」があったが、これも同じ発想に立つ。すなわち、「エシカルな企業努力に、消費者が納得してお金を払う」のを待つのではなく、「エシカルな選択をした消費者に、社会の側からお金を返す」という順序の逆転である。
このような制度が整えば、本稿で扱った2つの企業努力は、消費者の納得感を醸成するための最後の一押しとしての役割に集中でき、価格プレミアムそのものを乗り越える負担を企業だけが背負わずに済むようになるかもしれない。この問いには本稿でまだ十分に答えられていないが、今後、事業ではなく政策や制度設計という角度から改めて模索してみたい。
そして最後に記しておきたいのが、そもそも「商品を売る」ということが、社会課題の解決策として最善なのだろうか、という問いである。寝具のリサイクル事業を手がける株式会社yuniは、サステナブルに関心の高い消費者の投資に依存したビジネスモデルをあえて避け、既存の寝具メーカーや量販店と連携しながら、下取り割引という消費者への直接的なメリットを提供する仕組みを作っていた。
エシカルな新商品を生み出して売るのではなく、既存の産業構造の中に回収や再生の仕組みを埋め込むというこのアプローチは、消費者の価格受容という不確実な変数に左右されにくい。本稿は「エシカル商品をどう売るか」を問い続けてきたが、その手前には「その社会課題は、そもそも商品という形で解決すべきものなのか」という、より根本的な問いがある。この問いに、読んでくださった方にも一緒に向き合ってもらえたら、筆者としてこれほど嬉しいことはない。
参考文献
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Forbes JAPAN,2023,「フランス、服の修理やお直しをする人に『ボーナス』支給。その理由は?」,Forbes JAPAN,(2026年8月15日取得,https://forbesjapan.com/articles/detail/65613).
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環境省,n.d.,「家電エコポイント制度とは」,環境省ホームページ,(2026年8月15日取得,https://www.env.go.jp/policy/ep_kaden/whats/index.html).
KAPOK KNOT,KAPOK KNOTホームページ,(2026年8月15日取得,https://kapok-knot.com/).
加藤拓巳・潮崎真惟子・伊熊結以・池田亮介・小泉昌紀,2024,「エシカル消費における態度――行動の乖離メカニズムとエシカル要因を価値に転換するコンセプトの検討」『マーケティングレビュー』5(1): 3-10.
河口真理子,2023,「改めて「消費」を問う。エシカル消費をいかに推進すべきか?」『21 世紀社会デザイン研究』22: 23-43.
清野友紀・稲葉祐之,2019,「エシカル商品のマーケティング――商品開発とエシカル商品固有のデメリット解消の戦略」『社会科学ジャーナル』86: 25-53.
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taliki org,2022,「完全食チョコレートを難病患者に。商品開発に込めたぶれない想い」,taliki org,(2026年8月15日取得,https://taliki.org/archives/2191).
taliki org,2022,「【中村恒星×田口愛】チョコブランドがコラボを発表。それぞれの特徴を活かした商品が誕生」,taliki org,(2026年8月15日取得,https://taliki.org/archives/4507).
taliki org,2022,「アンダーウェアブランドone novaがリニューアル。包括的な気持ちよさを追求」,taliki org,(2026年8月15日取得,https://taliki.org/archives/5345).
taliki org,2024,「2,800本の竹割り箸が美しいアップサイクル家具へ。TerrUPが目指す「気がついたら社会に良いことをしていた」と思われるブランド作り」,taliki org,(2026年8月15日取得,https://taliki.org/archives/6826).
TerrUP,TerrUPホームページ,(2026年8月15日取得,https://terrup.jp/).
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▼執筆者紹介
執筆
taliki シンクタンク事業部 リサーチャー 六笠雄登
2025年東京大学大学院修了、専門は社会学。現在は、インパクト投資・社会起業家に関するリサーチを行う傍ら、島根県の隠岐ジオパークにて観光地域づくり・環境保全に関わる。
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