最大の力にして難関である『民衆』を動かす仕掛けとは
調査レポート

最大の力にして難関である『民衆』を動かす仕掛けとは

2026-03-23

本レポートは、「再分配のはじまり」をテーマに開催されたソーシャルカンファレンス『BEYOND2025』を起点として編纂されたものである。
『BEYOND2025』は、経済成長が必ずしも富の再分配をもたらさない現代社会を前提に、「いかにしてリソースを必要な場所へと届け直すことができるのか」という根源的な問いから構想された。
なお、本章に通底する思想的背景および全体像については、以下のレポートを参照されたい。

▶︎https://taliki.org/archives/8756

1. はじめに

本章では、BEYOND2025の1日目のトークセッション「最大の力にして難関である『民衆』を動かす仕掛けとは」の議論を分析・整理する。民衆すなわち一般の人々は社会変革の鍵を握る最大の存在である一方で、その意識と行動を変容させることは容易ではない。

本セッションでは、多様なセクターから集まった登壇者たちがこの難題に挑むための具体的戦略や実践知見を共有し、「社会は本当に動くのか」を問い直した[2]

登壇者は、広告業界から社会課題の発信に携わるコピーライターの有田絢音氏(The Breakthrough Company GO)、食品ロス削減サービス「TABETE」を展開する川越一磨氏(株式会社コークッキング代表取締役CEO)、環境問題をゲームやメディアで解決に導く山内萌斗氏(株式会社Gab代表取締役CEO)、そしてアートやエンタメの力で社会課題への行動変容を仕掛けるコミンズ・リオ氏(株式会社SEAMES代表取締役)である。それぞれの立場から「民衆」を動かすための工夫や課題が提示され、活発な議論が行われた。

以下、セッションで交わされた主要な議論内容、提起された論点、および各発言者の示唆に富む視点をまとめる。

2. 民衆を動かすことの難しさと必要性

まず議論の前提となったのは、「民衆」を動かすことの難しさと、その必要性である。

一般市民は社会課題解決において最大のパワーになり得る存在だが、同時に従来から社会課題は「難しい」「意識が高い人がやるもの」と捉えられがちで、当事者意識を持たせるのが難しいという指摘があった。[1]
コミンズ氏は、「日本では社会課題への対応が特別視されすぎている」と述べ、社会課題への参加ハードルを下げるには、堅苦しさを取り払い「楽しいから参加したくなる」動機付けが重要だと強調する。[2]実際、SEAMESの取り組みでは環境問題や人権問題といったテーマであっても、人々が直感的に「面白い」「可愛い」「かっこいい」と感じられるようなアプローチを意識して発信している。[3]

社会課題を特別扱いせず日常の延長線上に位置づけることで、より多くの市民を巻き込みやすくする狙いである。このように、民衆の心を動かすにはまず民衆側の視点に立った共感醸成が不可欠であり、課題の伝え方次第で参加意欲は大きく左右されるという点で登壇者たちの認識は一致していた。

しかし、一般の人々の意識を変え行動を促すことには幾つもの構造的な困難が伴うという現実も、セッションを通じて浮き彫りになった。

その一つが利他的な行動へのモチベーションの低さである。議論では「残酷な事実だが、人は『人の幸せのため』にはお金を使わない」との指摘がなされた。自分自身の幸福に直接つながらない事柄には、人はなかなか心を動かされない傾向があるという。

そのため、社会課題への支援や参加を募るには、いかにそれを自分事化(自分の幸せや利益に結びつくと感じられる状態)できるかが鍵となる。言い換えれば、社会課題と個人の幸福をブリッジ(橋渡し)してあげることが重要だという指摘があり、これが本セッション全体を通した重要な論点の一つであった。

また、情報発信や合意形成の観点からは、「人は聞きたいことしか聞かない」というコミュニケーション上の課題も提起された。つまり、人々は自分の関心や先入観にマッチしないメッセージには耳を貸さない傾向があるため、届けたい内容があっても伝え方を工夫しなければ届かない場合が多い。

伝える内容そのものだけでなく伝え方やフレーミングを変えることで、初めて人々の心に響くことがあるというのは、有田氏をはじめ登壇者たちの共通認識であった。以上のように、「民衆」を動かす上で乗り越えるべき心理的・社会的ハードル -利他的行動のインセンティブ設計や、メッセージの伝達手法の工夫 -がまず議論の土台として共有された。

 

3.民衆を巻き込むための戦略と仕掛け

こうした課題認識を踏まえ、各登壇者はそれぞれの実践経験に基づく戦略や仕掛けを紹介した。本セッションが白熱した理由の一つは、具体的な成功事例が次々と提示された点にある。

以下では、主な事例と戦略を発言者ごとに整理する。

遊び心とエンターテイメントによる行動変容:
山内氏とコミンズ氏は、ともに「楽しさ」を軸に据えたアプローチで社会課題への参加を促している。山内氏が率いるGab社は「社会課題をユニークに解く」をモットーとし、自社の評価基準として「地元の友達に紹介したときに面白いと思ってもらえるかどうか」を重視しているという。

これは、身近な人が面白がるアイデアなら世間にも受け入れられるだろうという発想であり、社会課題の解決策にも大衆性(マス認識)を訴えることの重要性を示唆している。この理念を体現する事例として、Gab社が展開する地域参加型イベント「清走中(せいそうちゅう)」が紹介された。清走中は、子どもたちに人気テレビ番組「逃走中」の要素を取り入れたゲーム感覚のゴミ拾いイベントである[8]

子どもたちはこれを単なる清掃活動ではなく「逃走中ごっこ」のような遊びとして捉えて参加し、保護者も子どもにねだられれば断る理由がない。実際に参加した子どもからは満足度100%という反応を得ており、リピート率の低い従来型の清掃イベントとは一線を画す成功を収めている。この事例は、社会貢献活動にゲーム性とエンターテイメント性を融合させることで、従来は関心を持たなかった層(この場合は子どもとその保護者)を巻き込むことに成功した好例と言える。

コミンズ氏の取り組みも方向性は類似しており、たとえば企業と連携して行った環境アクションのプロジェクトでは、社員が楽しみながらマイボトル利用を習慣化できる仕掛けを用意し大きな成果を上げている。具体的には、社員が自発的にマイボトル使用を宣言し実践するとコーヒー無料サービスなどの特典が得られる制度や、オフィスにマイボトル洗浄機を設置するといった工夫である。

その結果、マイボトルを週4日以上使う社員の割合がプロジェクト前の45%から68%に増加するとともに、全く使っていなかった社員の割合は30%から8.5%へと激減したという。[4]
このように遊び心や報酬を取り入れた仕掛けによって、楽しみながら社会的に望ましい行動を促進できることが示された。山内氏とコミンズ氏の事例から導かれるのは、人々は「正しさ」だけでは動かないが、「楽しさ」や「得する感覚」があれば自発的に行動するという現実である。それゆえ社会課題の発信者・実践者は、道徳的訴えかけ一辺倒ではなく、いかに楽しさや利得を感じられる要素を組み込むかに知恵を絞る必要がある。これが民衆参加の裾野を広げる有効な戦略である。

身近な利益と社会貢献を両立させる仕組み:
川越氏は、日常生活の延長で社会課題解決に参加できるプラットフォームとして開発したフードシェアリングサービス「TABETE(タベテ)」の経験から、個人のメリットと社会全体のメリットを両立させる仕組みづくりの重要性を語った。TABETEは飲食店で売れ残りそうな食品をスマートフォンアプリ上で安価に提供し、近隣のユーザーが購入して「レスキュー」することで食品ロスを減らすサービスである。[5]

この仕組みにより、店側は廃棄を減らせる上に多少なりとも収益を得られ、ユーザー側も安く美味しい料理を手に入れられるという双方に利点が生まれる。[6]川越氏によれば、利用者は「安く食事を買える」という身近で具体的な利益に動機づけられてサービスを利用しているうちに、結果的に社会全体のフードロス削減に貢献している状況が作り出せるという。まさに「気づけば社会課題の解決に加わっていた」という形であり、これもまた「人は自分のためになることなら行動しやすい」という人間心理を巧みに捉えた戦略と言えるだろう。
川越氏はさらに、サービスを単にマッチングアプリとして完結させるのではなく、コミュニティ形成へと発展させたいとの展望も示した。具体的には、TABETEをきっかけに食品ロス問題に関心を持つ消費者や店舗オーナー同士がつながり、地域ぐるみ・社会ぐるみで問題解決に取り組む文化を醸成したいという。

これにより一過性の消費行動に留まらず、継続的で自発的な市民参加のムーブメントへ昇華させることを目指している。このようなビジョンには、「民衆」を動かすには個人の利得と社会貢献を二律背反に捉えず統合すべきとの川越氏の信念が表れていた。

共感を生むメッセージと物語:
有田氏は広告・コピーライターの立場から、言葉の力やストーリーテリングによって人々の心を動かす視点を提供した。前述のように、社会的メッセージは伝え方次第で受け手の反応が大きく変わる。[5]

有田氏は自身が手がけたキャンペーンなどの経験を踏まえ、ターゲット(伝えたい相手)の視点に立った言葉選びや物語性のある訴求の重要性を指摘する。例えば、固定観念を揺さぶるコピーや、課題の中に潜む人間ドラマを伝えることで、人々の心に刺さる共感を生み出せるという。実際、有田氏が関わった大学のプロジェクトでは、「奨学ナプキン」という斬新なコンセプトで経済的困難を抱える学生への生理用品支援を訴え、大きな反響を呼んだケースもあるという。
こうした事例に示されるのは、メッセージングの工夫が人々の認知や行動を変える起爆剤になり得るという点である。

また有田氏は、「伝える側」が一方的に正論を掲げるだけでは人は動かず、受け手が自分ごととして想像できる物語に落とし込むことが必要だと強調した。これは前節の議論とも呼応するもので、単なる情報提供ではなく心を揺さぶる物語を提示することが、結果的に民衆の合意形成や仲間集めにつながるという洞察である。

社会課題を解決に導くには専門家や当事者だけでなく人々の共感と参加が不可欠であり、そのためには「伝え方」にこそ戦略が求められる――有田氏の示唆するこの視点は、他の登壇者の戦略とも共通する点である。

4. 議論から浮かび上がった論点と課題

上述した各発言者のディスカッションを通じて、いくつかの共通する論点が浮かび上がった。

第一に、改めて確認されたのは「人々を動かすには損得勘定や楽しさといった要素が欠かせない」という現実である。これは裏を返せば、社会課題への参加機会を設計する際に道徳的動機付けだけに頼っても限界があり、如何にして個人の欲求や利益と社会的価値を両立させるかが問われるということだ。山内氏・川越氏・コミンズ氏の各事例はいずれも、この点をクリアする工夫が施されていた。清走中では子どもにとっての「遊びたい」という欲求、TABETEでは消費者の「お得に食事をしたい」という欲求、企業のマイボトル促進プロジェクトでは働く人の「楽しみながら環境に貢献したい」という潜在的欲求をそれぞれ満たす形で社会貢献を成り立たせている。つまり、個人の動機と社会の利益の接点を見出すことが、民衆参加型の再分配を始動する上での重要な論点であった。

第二に浮き彫りになった論点は、スケールと持続性の問題である。セッション内では「100億円規模の事業を1つ生み出すより、1億円規模の事業を100個生み出す方が社会は良くなるのではないか」との考え方も提示された。これは一企業や一組織による大規模な社会貢献事業を目指すより、小規模でも多種多様な取り組みを数多く展開する方が、社会全体としてはより多くの課題解決につながり、かつ参加の裾野も広がるのではないかという指摘である。実際、社会起業家の世界では「問題が解決して組織の存在意義がなくなることこそ理想」というパラドクスがあるように、一つの組織が事業を「続ける」こと自体よりも、解決策を社会に「広げる」「一般化する」ことの方が大事ではないかという視点が語られた。この指摘は、民衆を巻き込む再分配を考える上でも重要な示唆を含んでいる。すなわち、社会課題解決のエコシステムを構築するには、単発の大きな成功体験に固執するより、再現可能なモデルを多数生み出し共有することが望ましいという方向性である。このようにスモールスタート×多数展開の戦略は、民衆参加型プロジェクトのスケールアップと持続性を両立させる有力な方向性として議論された。もっとも、多様な小規模プロジェクトの乱立によるリソース分散や、インパクトの評価が難しくなる可能性などの課題も指摘されうるため、この点は今後さらなる検討が必要といえる。セッションでは具体的な反論は出なかったものの、大規模事業と小規模分散型のどちらを志向すべきかは状況によって異なるため、両者のバランスを如何に取るかが実務上の課題として残されている。

第三に、発信者側の価値観の偏りと受け手側の多様性という論点も示唆された。これは直接的には本セッションというより第1セッション「成長か分配か」を超え、新しい再分配を考える」での議論に近いが、本テーマにも関連するため触れておく。資金提供者や発信者は、どうしても自らの経験や価値観に基づいて「実現したい社会像」を描きがちであり、それが再分配の方向性を左右してしまう可能性がある。一方で社会課題に取り組む現場の担い手(受け手側)は各人各様の原体験や課題認識から活動を始めており、多様性が高い。この非対称性ゆえに、再分配の意思決定が偏るリスクがあるという指摘である。本セッションに即して言えば、民衆を動かすためのメッセージや仕掛けも、多様な価値観や背景を持つ人々それぞれに響く形でデザインする必要があるという課題意識につながる。例えば、都市部と地方、若者と高齢者では響くアプローチが異なる可能性が高い。実際、第3セッションでは地方における女性のキャリア支援について、「課題解決」より「新しい暮らし方の提案」として語る方が受け入れられやすいといった指摘もあった。これは本セッションの文脈とも通じるもので、メッセージや仕掛けをターゲットの文化的・社会的文脈に合わせて最適化する必要性を示唆している。総じて、民衆を巻き込む再分配の実現には、送り手側の思い込みを排し受け手の多様性を織り込んだ戦略設計が不可欠であり、この点も暗にセッション全体から浮かび上がった重要課題と言える。

5. おわりに

本セッション「民衆を動かす仕掛け」では、各分野の第一線で活躍する登壇者たちが、自らの経験を通じて得た洞察を持ち寄りながら市民参加型の社会変革の可能性を探った。その議論から得られた示唆は多岐にわたるが、中心にあるメッセージは明快である。すなわち、持続可能な社会を実現するためには、一人ひとりの市民が当事者として参加できる仕組みを意識的にデザインし、実装していくことが肝要だということである。トップダウンの支援や一部有志だけによる取り組みだけでは、社会全体の構造転換には限界がある。だからこそ、「民衆」という最大のリソースを動員するために、楽しさや共感、身近な利益といったキーワードを巧みに織り交ぜながら、新しい連帯のかたちを創り出す必要がある。今回のセッションで紹介された事例は、その実践的なモデルケースと言えるだろう。ゲームやエンタメの力で子どもから大人まで巻き込む手法、日常の消費行動を変えることで社会貢献につなげる仕組み、心を揺さぶる物語によって人々の意識を変革する技術――いずれも「意志を持って届ける」再分配の一端を示すものだということである。

最後に、「再分配のはじまり」というテーマが示唆するように、本カンファレンス全体の目指すところは、単なる施しや支援の話ではなく社会のルールそのものを組み替えていく壮大な試みである。それは一部の専門家やリーダーだけで成し遂げられるものではなく、誰もが当事者として参加しうる新たな物語を紡ぐことによって初めて実現するものだ。本セッションは、その物語の序章として、民衆の力を引き出す具体策と課題を浮き彫りにした。今後、この議論を踏まえて各地で実践と対話が積み重ねられ、多くの人々の“意志ある再分配”が動き出すことを期待したい。それこそが真の意味での「BEYOND(その先へ)」――資本主義の先を見据えた新しい社会モデルへの一歩となる可能性を秘めている。

参考文献

1.社会課題を「特別扱い」しない。いかに“楽しくやるか”がカギ〖SEAMES/コミンズ・リオ〗 | Business Insider Japan https://www.businessinsider.jp/article/2502-tackling-social-issues-through-art-and-entertainment/

2.PC-Webzine – ~コークッキング 川越一磨さんに聞いた~ フードロスを削減し持続可能な食の未来を創るには?https://www.pc-webzine.com/article/2300

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    執筆
    中澤 舟
    taliki シンクタンク事業部リサーチャー

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