【後編】続けることが一番の価値。教育の現場に入り込み、行政と学校の課題を顕在化させる

成功事例の少ない学校事業領域において、現場の先生たちが抱える課題の解決に取り組む株式会社ARROWS代表取締役社長の浅谷治希。現場の先生たちに寄り添いながら、行政にも働きかけ、現場で働く先生たちの負担軽減で成果を上げている。後編では、学校現場で働く先生たちの業務改善における工夫、事業全体を通じた起業家としての信念を聞いた。

【プロフィール】浅谷 治希(あさたに はるき)
2011年ベネッセコーポレーションに入社。女性向け大型ポータルサイトの集客業務に従事。2013年2月に株式会社ARROWSを設立。World Econimic Forum運営のGlobal Shapersに2015年選出。2014年公開の小中高の先生向けプラットフォーム「SENSEI ノート」は日本最大規模へ成長。Google・大塚製薬・集英社等の大企業の若年層向けブランディング案件を多数手掛ける一方、省庁や自治体の仕事も手掛ける。「先生から、教育を変えていく」をビジョンに掲げ、日本最大の先生向けプラットフォーム「SENSEI ノート」を開発・運営。Googleや行政など幅広い領域も手掛ける。

前編記事はこちら 【前編】続けることが一番の価値。教育の現場に入り込み、行政と学校の課題を顕在化させる

先生たちの声をデータとして「見える化」する

―続いて、地方自治体の教育委員会と連携して、学校の先生の業務改善を目指す「SENSEI 多忙解消委員会」について伺っていきます。教育委員会の内部に入ってプロジェクトを進めていったそうですね。

一口に「業務改善」と言っても、学校現場の場合は全ての学校に通用するソリューションはありません。1校1校抱えている課題が異なるため、同じ施策を打っても効果は様々です。
一般的な業務改善のやり方は、「このシステムを入れたら業務が改善できる」といったソリューションベースです。しかし、学校の場合は、地域によって世帯年収も違えば、学校の規模も違うし、小学校と中学校でも抱える課題が異なります。現在「SENSEI 多忙解消委員会」で実証実験を行っている千葉県柏市の小中学校79校に対して、そもそも「79校全てに対して同じソリューションで解決する」というセオリーが間違ってない?と気づくまでに時間がかかりました。

その前提に気づくまでに、学校現場には頻繁に通って「何が課題なのか」を模索し続けました。ARROWSの担当者は、小学校から10分のところに引っ越して、半年間学校の中にデスクを設けてもらいました。その後1年間は、教育委員会に席を設けて仕事をしましたね。
教育委員会の中で仕事ができたことは非常に大きかったです。学校は教育委員会の管轄なので、学校と教育委員会が今どんな関係なのか、行政内部の事情を知ることができました。現場で徹底的にヒアリングを重ねることで、民間企業として行政の内部を知り始めています。

 

―「SENSEI 多忙解消委員会」のモデル校である千葉県柏市の公立小学校では、過労死ラインの先生の割合が43%から0%になったそうですね。成功の要因は何だと考えていますか?

先生たちの声をデータで定量的に示し、見える化したことだと思います。人間関係が固定化しやすい職場では、お互いに意見を言いにくくなってきます。学校もそうした環境で、先生たちが本音で語りにくいという現状があります。
そこで、先生たちの声をデータとして示すことで、誰か個人の意見ではなく、職員全員の総意として認識してもらうことが重要になります。全体の傾向が見えることで、管理職の先生も「この業務を削ろう」と意思決定しやすくなります。
例えば、柏市のモデル校の小学校では部活動が盛んで、朝と夕方の練習があるような学校でした。担当の先生たちも熱心にやられていて、管理職の先生たちから見ても担当の先生はすごくやる気があると思われていたんです。でも、実際に調査してみると「他の先生たちが頑張っているから、自分も頑張らないといけない」と思っている先生がかなり多いことがわかりました。「それなら部活の時間を見直そう」ということで、今は削減傾向にあります。このように、人間関係を摩擦することなく、業務改善を達成したという点がブレイクスルーですね。

 

行政の課題を整理し、顕在化していない課題を見つけ出す

―民間企業として教育委員会に関わる意義は、どのように考えていますか?

顕在化していない課題を見つけることと、課題の優先順位を付けて行政に提示し、実行までを担保することだと思います。
一般的な民間企業と行政の関わり方は、行政が企業を公募して、企業はお金をもらって事業を始める、というものです。僕らは、「お金は要らないので席を作ってください」と始めるようにしていて、内部に入ってみるといろいろな課題を発見できるので、徐々に頼られるようになっていきます。

行政は、顕在化していない課題に対してお金を払えません。だからこそ、まずは自分たちで現場に行って課題を見つけ、「本当の課題は何なのか」リサーチをする必要があると思います。
何十万人の人口を持つ行政が、全ての課題を自力でさばくことはかなり難しいです。優先度を付けないとやっていけません。その前提に立った上で、僕たちが果たす役割は「今こういうことに困っているんじゃないですか」「これは必要で、これは不要です」と示すこと。行政の後をついていくのではなく、僕らが行政を引っ張るぐらいの立ち位置が理想的だと思っています。
行政の職員は、大体3年で部署異動があるので、各分野のスペシャリストは育ちにくいです。だからこそ僕たちがスペシャリストとして行政をサポートしていく必要があると思います。

 

解くべき課題は何か、谷底でも踏ん張れる理由

―学校事業領域という前例のない分野で事業を拡大されていますが、マネタイズの難しさはどう克服されましたか?

「SENSEI ノート」では、先生たちから一切お金を取っていません。最初は企業広告の掲載を受けていましたが、2017年に全てやめました。広告収入を期待すると、良質な企業の広告だけでなく、グレーゾーンの企業の広告も受け入れることにつながるので、思い切って全て廃止にしました。
新たな事業展開を考える上で、広告の掲載を受けないという選択をしたことは大きかったと思います。「ではどのような方法でマネタイズするのか」「ARROWSとして何ができるのか」と、新しい発想に向かうことができ、企業と連携する「SENSEI よのなか学」の新規事業の立ち上げつながりました。何か新しいものを生み出すには、完全に自由な環境よりも、適切な制約が必要だと思います。

 

―今までを振り返って、一番苦しかった時期をどのように乗り越えましたか?

学校事業領域は、グローバルに見ても上手くいった事例がほとんどありません。そもそも事業モデルから作らなければならない点は非常に苦労しましたね。ロジックで考えて上手くいったというよりも、考えたことを全て実行に移してみて、その中で上手くいったものが今も残っています。
事業を運営していく中で、資金面で苦しい時期がありました。創業後5年間は給料10万円、結婚式に3回呼ばれると終了、みたいな時期もありましたね。
そのときに3つ選択肢があったんです。1つ目は会社を売却すること、2つ目は廃業、3つ目は続ける、という選択肢です。もともとは続ける選択肢しか考えていませんでしたが、あるとき買収の申し出がありました。その金額があまりに安くて。「僕の5年間の努力はこんなに安くない」と思い、潰すぐらいならもう少し頑張ろうと思えました。辞めるという選択肢があるからこそ、続ける価値がわかるときもあると思います。

 

―ここまで事業を続けられた理由は何だと思いますか?

とにかく執念深いことです。みんな辞めちゃいますからね。
世の中のグローバルエリートと呼ばれる人たちって、問題を速く正確に解く人たちです。でも、そういう人って世界中に大勢いるんですよ。彼らは、速く正確に解けない問題にはチャレンジしません。解かない方が合理的なので。
そうではなくて、僕は「解けるかどうかわからないけれど、これは解くべき価値がある」と判断した問題を解き続けています。
人間の本質が出るのは、一番苦しいときです。上手くいっているときは、人もお金も集まって放っておいても上手くいく。上手くいかないときに、その人の底、本質が見えます。辛いときでも続けられる事業かどうか、続けるべき価値があるかどうかが僕は一番大事だと思います。その価値について考え抜き、今後も先生と向き合って答え合わせをしていきたいと考えています。

 

株式会社ARROWS https://arrowsinc.com/about-us/

 

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    interviewer
    河嶋可歩
    インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。

     

    writer
    田坂日菜子
    島根を愛する大学生。幼い頃から書くことと読むことが好き。最近のマイテーマは愛されるコミュニティづくりです。

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