大手企業が社会課題解決型の新規事業にこだわるわけ。西部ガスホールディングスがtalikiとのパートナーシップを通して目指すものとは
2023年12月、九州のガスエネルギー会社・西部(さいぶ)ガスホールディングスと、talikiはパートナーシップを結んだことを発表した。西部ガスグループは2030年に創立100年を迎える老舗大手企業だ。社名の通り、事業の主軸はガスエネルギー事業。しかし、近年は新規事業開発に力を入れている。
今回のパートナーシップ締結は、社会課題解決型の新規事業の創出と、西部ガスグループのアセットと社会起業家のマッチングなどが大きな目的として掲げられている。
なぜ、西部ガスグループが新規事業を重視するのか、さらには社会課題解決型の事業にこだわっているのか。西部ガスホールディングス事業開発部所属で、今回のパートナーシップ締結の立役者となった小川周太郎氏と、taliki代表の中村多伽氏・取締役の原田岳氏に話を伺った。
【プロフィール】
・小川 周太郎(おがわ しゅうたろう)
新卒で西部ガス株式会社(現西部ガスホールディングス株式会社)に入社し、長崎地区でガス機器のセールスプロモーション業務に従事した後、本社人事部門にて主に若手育成やキャリア開発施策、グループ初の社内大学立ち上げを担当。2023年4月からは事業開発部で新規事業開発を担当。1995年生まれ。福岡県出身。
・中村 多伽(なかむら たか)
2017年に京都で起業家を支援する仕組みを作るため、talikiを立ち上げる。創業当時から実施している、U30の社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラム提供に止まらず、現在は上場企業のオープンイノベーション案件や、ベンチャーキャピタルである「talikiファンド」の運用も行っている。
・原田 岳(はらだ がく)
株式会社talikiのインキュベーション事業部にて、社会起業家育成プログラムの運営責任者を務める。シェアハウス事業の立ち上げから展開、海外でのプロジェクトマネジメント経験を生かして、250を超える社会的起業家の事業構築や伴走支援を実施。また、地方創生事業にも積極的に取り組んでおり、35歳以下の多様なプレイヤーが対話しU35の視点で京都の未来を描く「U35-KYOTO」のプロジェクトマネージャー等を兼任。
もくじ
ガス屋が新規事業開発に取り組むわけ
――まずはじめに西部ガスグループについてお聞かせください。西部ガスグループはどんな歴史を持っていて、どんな事業に取り組まれている会社なのでしょうか?
小川 周太郎(以下、小川):西部ガスグループは九州北部地区を中心に都市ガスや電力などのエネルギー供給をしている会社です。これまではガス屋さんだったのですが、最近では電力や不動産、飲食、介護福祉など幅広い事業にも取り組む「エネルギーとくらしの総合サービス企業グループ」になりました。
もともと西部ガス株式会社という会社で、2021年にホールディングス体制に変え、西部ガスグループとして再出発しました。2030年には創立100周年を迎えます。
――最近はガス以外の事業も展開されているんですね。ガス事業から始まった会社が新規事業に力を入れているのはなぜなのでしょうか?
小川:理由は大きく2つあります。1つ目は、私たちを取り巻く環境の変化に伴い、変革が必要だからです。たとえば、国内外で、2050年までにカーボンニュートラルを目指そうとする動きがあります。また、人口減少や少子高齢化も進んでいます。そんな状況では当然、ガス事業は縮小していきます。だから我々はガス屋さんから「ガス“も”売っている会社」になる必要があるので、新規事業が重要なのです。
もう1つは、組織の文化作りのためです。新規事業の取り組み自体が、西部ガスグループの挑戦する文化を作り上げると私は考えています。チャレンジングなことに前向きに取り組む風土ができれば、より優秀な人材を惹きつけたり、既存事業のアップデートにもつながると思います。
この2つの理由から新規事業開発には力を入れていて、2030年にはガス事業とそれ以外の事業構成比を同程度にすることを目指しています。
――具体的に、これまでどんな新規事業に取り組まれてきましたか?
小川:たとえば温浴施設の設立があります。既存のエネルギー事業とのシナジーを活かした取り組みです。その他にも、ガス事業との親和性の高い食関連事業の推進として食のフランチャイズ事業の取り組みなどもあります。
また、2019年には九州初のCVCとして、SGインキュベートという投資子会社を作って、スタートアップへの投資も始めました。たとえばドローンのスタートアップや、フードロスに取り組むスタートアップに投資をしています。
中村 多伽(以下、中村):ガス会社から変革をするために新規事業が必要だという点はとても納得しました。一方で、新規事業のためにはチャレンジに積極的な文化が必要だという点は、人事のご経験がある小川さんならではのアイデアでしょうか?
小川:そうですね。実は私は6年ぐらい人事の経験があって、2023年4月に事業開発部に異動したんです。それまで新入社員や若手と話す中で、「もっと新しいことをしたいが、職場ではなかなかできない」という声をよく聞いていました。もちろん、自ら手を挙げて勝手にやる人もいるとは思います。でも、会社として「挑戦しよう・失敗してもいいんだ」ということを文化にしていかないと、この先新しいものを生み出していくのは難しいだろうと考えています。そのため、建前ではなく文化作りにもしっかり力を入れていきたいですね。
西部ガスグループとtalikiの出会い
――今回、talikiとパートナーシップ契約を結んでいただくことになりましたが、そもそも最初はどうやってtalikiを知られたのでしょうか?
小川:昨年6月に開催されたスタートアップカンファレンス「IVS」が出会いでした。人事から新規事業の部署に来て、興味はあるけれど知識も足りないし、コネクションも全くない。そんな状況の中、SNSでIVSの情報を見かけて、ちょうどオープンエリア(チケットを購入すれば誰でも入場できるエリア)が新設された年だったので行ってみることにしました。
当時の私は、新規事業って収益を追い求めるだけでいいのだろうか?他にも重要な軸があるのではないか?とモヤモヤ考えていました。そんな中でたまたまソーシャルイノベーションエリアに足を踏み入れると、talikiの多伽さんがいらっしゃったんですよ。セッションを聞いて、これだと思いました。
▼中村が参加したIVSの裏側はこちら
https://taliki.org/archives/6273
中村:私の目の前で話を聞いてくださって、質問までしてくださりましたよね。
小川:多伽さんの熱量と社会課題に対する解像度の高さに圧倒されて、思わず質問してしまいました。それまで私は社会課題を解決するのはNPOとかボランティア、あるいは企業でもCSRの文脈でやるものだと思っていたんですよ。けれど、収益性を追い求めながらも社会課題の解決に取り組む方法があるのかと目から鱗でした。talikiさんとの出会いは大きなターニングポイントでしたね。
――それから実際のパートナーシップ締結に至った経緯は何だったのでしょうか?
小川:九州にもスタートアップや起業家はたくさんいるのですが、社会起業家という存在はあまり知られていません。セッションを聞いてtalikiさんや社会起業家の存在に刺激をもらいました。「新規事業は収益以外にも重要な軸があるんじゃないか」というモヤモヤが晴れて、この人たちと組んだら面白い新規事業ができそうだとワクワクしたんです。後日、情報交換のために多伽さんと話をしているうちに意気投合し、パートナーシップという形で一緒にできないかとオファーさせてもらいました。
中村:私は小川さんと話していても感じたのですが、ガス会社さんも含めインフラ系の企業に勤めている方々って、公共性への意識が高いですよね。talikiと組んでいただいた背景にはそういった会社全体としてある、人の生活に寄り添うマインドセットも影響があるのかなと思いました。
小川:そうですね。会社の経営理念の中にも地域貢献という言葉が入っていて、社員にもすごく根付いているんです。入社するほぼ全員が「地元に貢献したい」とか「地元を元気にしたい」とかって言うんですよね。それは、自分の仕事が地域貢献に直結しやすい、インフラ企業ならではの特徴かもしれませんね。
しかも、ガス会社だと特に、お客さんのところに直接行って話す場面もまだまだ多い。その場所に住んでいる人との距離が近いので、地域の人々の苦労が身に染みてわかるんです。だから、社会課題解決という部分もピンときたのかもしれません。
原田 岳(以下、原田):そういうことなんですね。西部ガスグループの皆さんと話していると、現場の方々から上層部の方々まで、社会課題の理解がものすごく早いなと感じていました。その分、社内で稟議の上がるスピード感もあって、ぐんぐんとプロジェクトが進んでいった印象です。
小川:そう言っていただけると嬉しいです。大企業とスタートアップや社会起業家が協業していく上で、スピード感を持ってきちんと互いに理解しながらプロジェクトを進めて行くことは大事なポイントだと思っています。
今回は、私が大企業側の窓口に当たるわけですが、自社のメンバーに対して社会起業家の方々がやっていることやそれが自社にとってどんな風に影響を与えるのかということを“翻訳”して伝えることを意識していました。社会起業家の方々の言葉をそのまま社内に伝えても上手く伝わらない場合もあるので、窓口担当者が橋渡し役になるのはとても大切だなと今回の取り組みを通して実感しました。
自社内でも社外の起業家ともコラボして事業を社会を前進させる
――これから、西部ガスホールディングスとtalikiは、具体的にどんなことに取り組んでいくのでしょうか?
小川:大きく分けて次の4つのことを想定しています。
①社会課題解決に寄与する新規事業共創
②西部ガスグループが持つ技術や資産、ニーズと社会起業家のマッチング
③社会課題を解決する西部ガスグループ内の社内起業家の育成
④福岡を中心とした九州の社会起業家育成プログラムの立ち上げ
たとえば、②に関しては、talikiさんのプログラム卒業生であるオトギボックスとの取り組みが良い事例ですね。オトギボックスの「0歳から楽しめる絵本の読み聞かせコンサート」というコンテンツが非常に面白いと思い、我々が持っているホールを会場として使ってもらうことにしました。しかも、我々としてもこれから特に子育て世代にアプローチしたいと考えていたので、ピッタリだったんです。
初めての取り組みでしたが、400人以上の参加者が来場してくださり、アンケートを見ても非常に満足度が高いものでした。こういったコラボ事例をこれからも生み出せたらいいなと考えています。
▼オトギボックスの紹介はこちら
https://taliki.org/archives/6789
中村:でも今回は、小川さんの中にあるデータベースがたまたまオトギボックスにフィットしたということですよね。小川さんが西部ガスグループ全体の未活用アセットを覚えるわけにはいきませんよね……。
小川:そうなんですよね。私は人事をしていたこともあって、研修などでいろいろな会場を知っていたり、いろいろな人とつながりがあったのでたまたま知っていただけなんです。個人の力によらずとも、きちんと西部ガスグループのアセットをデータベース化できると、社会起業家の方々とのマッチングも増やせそうだなと思っています。
――確かに、大企業が持ってるアセットのデータベース化はオープンイノベーションを進める上で大事なポイントかもしれませんね。今後、このパートナーシップを通してどんなことを目指していきたいと考えていますか?
原田:私は九州の過疎地域が地元で、もともと地方創生と地域課題解決をしたいという思いがずっとあったんですよね。だから今回のパートナーシップは一つの夢が叶うような取り組みです。
これまでも大手インフラ系の企業さんとお話することがたくさんありましたが、社会課題解決にがっつり取り組んだり、実際に新規事業を立ち上げてアプローチできることはあまりなかった。今回の取り組みを通してそんな事例を増やしていくことが、社会を前進させるためにまず必要だと考えています。
それに、地方の行政ってもうだいぶギリギリなんですよね。そういった中でインフラ系の企業が、行政ができないことをやっていくのはすごく価値のあることだと思います。街の連携も強いので、行政も巻き込んで持続可能な街づくりができるのではないかとも思います。
小川:確かに、地域の危機感が強い分、官民の連携は強くなっているんですよね。そういったつながりも活かしたいですね。
原田:官民の連携は本当に大事ですよね。日本の大部分が「地方」と言われる場所なのに、リソースが全然なくて今までの方法では社会課題に対応できない状態ですよね。だから新しい解決策を生み出すことは地方にとってとても重要です。ただ、新たな解決策を生み出すノウハウは行政には溜まっていないし、システム的にもすぐには動きづらい。そんな中で、事業会社がスピード感を持って取り組んでいくことで大きな前進が期待できるように思います。
中村:私はよく、オープンイノベーションと言いつつも、実際に社会課題解決のためにそれぞれのアセットを持ち寄れている事例ってあんまりないなと感じています。でも私達は社会起業家を支援する会社なので、彼らの成長を支援する上で、時には大きな力を借りてともに課題解決をする場をつくる必要があります。
そんなことを考えていた中で、小川さんが持ってきてくださった案はまさに、「私たちがやりたいのはそういうことです!」というぴったりのものだったんです。これから、西部ガスグループが持っているアセットと社会起業家の力を掛け合わせて地域に還元すると同時に、お互いの事業が成長する状態を目指したいですね。
小川:まさにお二人に言っていただいたことを目指していきたいです。加えて西部ガスグループの視点からお話しすると、やはり自社グループの中でも続々と社会課題解決の取り組みやビジネスが生まれてくるようになればいいなと思っています。
地域で1番社会課題解決に取り組む企業を目指して
――素敵な事業がたくさん生まれそうですが、事業としてやるからにはやはり利益の追求がつきものです。利益の追求と社会課題解決の両立について、西部ガスグループではどう捉えていますか?
小川:私たちにとってもまさに課題で難しいのですが、本気で挑みたいと思っています。一方で、最近は利益ってお金だけじゃないなとも思っているんです。もちろんお金は持続可能性を高めるために必要ですが、利益というものはたとえば株価が上がるとか、優秀な人材が来るとか、副次的なものもあると思うんですよ。そういった部分にもきちんと目を向けることが大切だと考えます。
――社内でもそういった副次的な効果についてお話しされることもあると思います。実際のところ、どんな反応がありますか?
小川:反応は悪くないです。新規事業開発をやるにあたって上長や部長などと話して決めた取り組みの分野が3つあります。1つ目はこれまでもやってきたエネルギー周辺の分野。2つ目がドローンなどのチャレンジ分野。そして3つ目がローカル&ソーシャルという分野です。
この3つ目に関しては特に、お金と同じくらいソーシャルインパクトを重視していきます。たとえば、どれだけフードロスが減ったのかなどの指標から考えることをしています。こういった価値観はまだあまり社内でも形成されていないので、きちんと言語化して根付かせていきたいと思います。
――最後に、西部ガスグループとして、今後の目標を教えてください。
小川:先ほどの岳さんのお話とも少し重なりますが、当社のようなインフラ企業や地方の企業がやることにも意味があると思うんですよね。だから我々は「地域で1番社会課題解決に取り組む企業」を目指したいです。
おそらく、現代の企業はどこも多かれ少なかれ社会課題解決につながる活動はしていると思います。でも、「社会課題をビジネスで解決する・ソーシャルインパクトを創出する」を掲げて新規事業に取り組んでいる企業は、特に地場では少ない。だからこそ私たちが先駆者になることで、どんどんと取り組みが増えていったら嬉しいです。今回のパートナーシップはその決意表明の一つでもあります。
中村:確かに地場企業だからこその取り組みの価値はありそうですね。私は東京生まれ東京育ちなのですが、たまに地方の話を聞いたり、実際に現場に行くと、やっぱり地方には本当にすごく重くて難しい社会課題があるんだなと度々感じます。そこに住んでる人たちがどんどんといなくなって、とはいえまだ住んでいる人もいるからその人たちはすごく大変な生活をされていて……。そういったフィールドで真正面から取り組もうとされている西部ガスグループも、もう社会起業家ですね。こんなチャレンジを応援できること、ありがたい機会です。
小川:過疎化と高齢化は深刻です。特に長崎、佐世保、北九州などは人口減少が目立って、エリアによっては本当に年々空き家が増えている箇所もあります。最近営業部にいる同期から聞いた話だと、とある市では人が少ないがために竹の放置がひどい状況にあり、土砂崩れのリスクになっているという問題が起きているそうです。そんな問題がリアルに起こってしまっているので、地方には危機感があります。
だからこそ、ガスというサービスから形を変えても、今まで自分たちが理念として掲げてきた「地域貢献」を絶やさずに活動していければと思います。私たちが先頭を走って持続可能な形で社会課題解決に取り組むことでいずれ仲間も増えてくると信じています。そのためにも、talikiさんの力を借りて活動を加速させていきたいです。
西部ガスホールディングス株式会社 https://hd.saibugas.co.jp/index.htm
企画・取材・編集
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。
執筆
白鳥菜都
ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。
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