「子どもが泣いてもいい場所」は世の中にどれくらいある?オトギボックスが親子向けコンサート「ようこそ絵本の音楽会へ」を作る理由

「日本は子育てがしにくい国だ」、そんな声をよく聞く。電車内で隅っこの方でベビーカーを押す保護者や、店内で泣きわめく子どもをあやしながら周囲に謝る保護者に遭遇することは少なくない。子を持つ親がこんなに申し訳なさそうに過ごさなければならないのを見ると、確かに日本は子育てがしやすい国とはいえないのかもしれない。

そんな子育て家庭の救世主が、株式会社オトギボックスが運営するコンサート「ようこそ絵本の音楽会へ」だ。プロによる絵本の読み聞かせとクラシック演奏を掛け合わせた音楽会で、「子どもが泣いてもいいコンサート」として人気を集めている。今回は、このコンサートの誕生秘話やその背景にある課題、そして現在クラウドファンディング挑戦中でもある「障がい者にも開かれたコンサートブランド」の構想について、オトギボックス代表の梶本大雅氏に伺った。

株式会社オトギボックス 代表取締役 梶本大雅(かじもと たいが)
大阪音楽大学 音楽学部 音楽学科 コミュニケーション専攻を卒業。卒業時に音楽・社会活動賞を授与された。在学時にオトギボックスを立ち上げ、親子向けコンサート「ようこそ絵本の音楽会へ」の制作を始める。コンサートの制作やアーティストマネジメントを通して音楽家と地域の場づくりを手がけている。

 

読み聞かせに号泣する一人のお母さんの姿を見て

ーーオトギボックスの主力サービス「ようこそ絵本の音楽会」はどんなコンサートですか?

絵本の読み聞かせと生演奏がセットになったコンサートです。1時間前後の公演で、オリジナル楽曲をBGMにした絵本の読み聞かせや、クラシック音楽、季節の童謡の演奏などをします。

©︎宮西達也

 

他のコンサートと大きく違うのは、0歳から来場可能な点です。一般的な音楽コンサートの多くは、親子向けだとしても「子どもが泣いたらホールから出てください」なんて言われることもあるのですが、「ようこそ絵本の音楽会」は静かに聞かなくても大丈夫です。コンサート中に赤ちゃんが泣いてもいいですし、保護者の方がコンサート中にお子さんに話しかけるのも問題ありません。また、会場にもよりますが、できる限り授乳室やおむつ替えスペースを用意して、幼いお子さんが来ても安心して楽しめるようにしています。

 

ーーたしかに、意外とこういったコンサートは少なそうですね。そもそも、どんなきっかけで「ようこそ絵本の音楽会」を立ち上げたのでしょうか。

大学時代、僕は音大でアートマネジメントという領域を専門にして、音楽が社会課題にどうやってインパクトを与えられるのかを学んでいました。大学1年生の時に西野亮廣さんが授業の講師としていらっしゃって、絵本の話を聞いたんですよね。すぐに絵本の魅力に引き込まれて、地元の同級生3人と一緒に絵本読み聞かせのボランティアをやろうとなりました。それが、一番最初のきっかけです。

地元の商店街の一角にブルーシートを敷いて、最初の読み聞かせイベントをしました。そうしたら、お客さんとしていらっしゃった1人のお母さんが、理由はわからないけれど、僕らの読み聞かせを聞いて大号泣したんです。それを見て、このイベントはやる意味があると思いました。


その後、音大の友人・知人でこの活動に興味のあるメンバーを集めて、継続することにしました。せっかく音大生のメンバーが集まるからということで、曲付きで読み聞かせをやることにしました。大きなホールでやる前から、曲を作れる人や演奏してくれる人が集まっていたので、オリジナル曲での読み聞かせもやっていました。

 

子どもの感情を育てる「親子のコミュニケーションの場」を作りたい

ーー「ようこそ絵本の音楽会」は、親子のコミュニケーションを増やすことを一つの目標に掲げられているそうですね。

はい、そうなんです。背景としては僕個人の体験があります。高校生のとき、僕は鬱を経験して急性難聴になったり、円形脱毛症になったりといったことがありました。なんとか乗り越えて大学に入学した後、高校のときの担任の先生と会ったら「当時、お前の親は泣きながらよく電話してきていた」というような話をしてくれて。

改めて思い出してみると、お母さんは帰宅の遅い僕を待って温かいご飯を作ってくれていたし、父も何とは言わずとも起きて僕を待っていてくれた。当時は気づかなかったけれど、僕のことを愛してくれていたんだなと思います。そこから親とよく話すようになりました。同時に、もっと早く気づいていたら、親との時間が豊かなものになったり、一生大切にできるような思い出を増やせたりしたんじゃないかなと思いました。そういう経験があって、親子のコミュニケーションの種になるようなコンサートを作りたいと考えるようになりました。

 

ーー思い出という観点はもちろんのこと、「ようこそ絵本の音楽会」は教育的観点からも子どもに良い影響がありそうですよね。

そうですね。まず、楽器の音を生で聞くのは、子どもの耳を育てるのにとても役立ちます。特に0〜2歳くらいの子どもはリズムやメロディーを認識し始める年頃なので、生演奏で空間中の音を聞ける機会があるのは大切なことです。3歳以降は、さらにリズム感や音感が育まれていく時期で、スキップや走るといった身体能力の向上にも役立ちます。

それから、絵本によって成長する面もたくさんあります。幼い子どもは絵本の中の言葉によって感情の種類の豊富さや、それぞれの感情をどう表現するのかといったことを学びます。選定する本も、子どもの感情表現を豊かにしたり、親子のコミュニケーションを活性化するメッセージ性のあるものを選んでいます。

 

ーーすでに50公演以上を実施されているそうですが、来場されたお客様はどんな様子ですか?

やはり親子が多いですね。膝の上に子どもを乗せて一緒にリズムをとりながら聞いてくださったり、絵本や楽器を指差しながら会話したりしている方々がたくさんいらっしゃいます。

参加者の方向けにアンケートをとってみると、「子どもが泣いてもいいと言ってくれるのがありがたい」という意見がとても多いです。一番最初は割と思いつきで始めた活動だったのですが、このコンサートは親子で外出することのハードルを下げることにもつながるんだと気づきました。

電車でも飲食店でも子どもの癇癪に対して、拒否反応を示す人は多いじゃないですか。親子連れ歓迎とお店や会場が許可していても、結局周りのお客さんが受け入れてくれなければ幼い子どもを連れて出かけるのって難しいんですよね。それに対して、「ようこそ絵本の音楽会」は親子連れではないお客様も、子どもに対して寛容で、親子にとって安心できる場になっているのかなと思います。

 

ーー親子連れではないお客様もいらっしゃるんですね。

保育士さんや、年配の女性が友人同士でいらっしゃることはたまにありますね。

あと実は最近、『仮面ライダーゼロワン』で天津咳・ 仮面ライダーサウザー役を演じていた俳優の桜木那智さんが、公式アンバサダーに就任したんです。その影響もあり、一般のお客さまからのチケット購入も増えています。

正直、今までできていた安全な空間が損なわれるのではないかという心配もあります。でも、だからこそオトギボックスとしては、このイベントには0歳児から来ますと説明したり、当日の空間作りをしっかりしたりして、子どもがいるいないに関わらずみんなが子どもに優しい社会の第一歩につなげていきたいと考えています。

桜木さんは、仮面ライダーをやっていた当時、学校に行けない子どもから「勇気をもらった」というメッセージをもらうことが多かったそうです。引き続き子どもたちのために何かしたいと言って、アンバサダーになってくださいました。僕らと同じ思いを持ってやってくれているので、一緒に頑張っていきたいですね。

公式アンバサダーの桜木那智さん

 

コンサートが開かれない地域・コンサートに行けない家庭を減らしたい

ーー親子のコミュニケーション増加や、親子連れの外出先の増加の他にも、「ようこそ絵本の音楽会へ」が解決を目指している課題はありますか?

「子どもの芸術体験機会格差」にアプローチしたいと考えています。まず、場所の問題があって、東京・大阪・京都は芸術体験の機会がかなり多いのですが、それ以外の場所はとても少ないです。これは音楽に限ったことではなくて、地方には映画館が全くない街が多いのに対し、都市部なら区内・市内に複数の映画館があったりしますよね。

それから、お金の問題もあります。やはり世帯年収の低い家庭ではなかなか芸術にお金を割くことはできません。物価高騰の影響もあり、今後さらに芸術体験の機会は減ってしまうのではないでしょうか。

でも、僕は子どもが芸術を体験することは非常に大切だと思っています。芸術は勉強や運動とは異なり、明確な正解があったり誰かと比較されたりするものではありません。自分の発想や自分の気持ちと向き合う時間が必要なので、子どものときにそういった時間の使い方ができると、その後の人生に大きな影響を与えると思います。

 

ーーオトギボックスとしては、「子どもの芸術体験格差」の問題にどうやって取り組んでいこうと考えていますか?

すでに少しずつやっていますが、地方での公演は今後たくさん増やしていきたいです。ちょうど今年、島根県の益田市というところでコンサートをやりました。100キロメートルくらい信号がない道があるような面白い街です。でも、やはり芸術を体験できる場所はかなり少なくて、僕らが行ったら「まさかここまできてくれるとは思わなかった」という声が多くありました。

来年以降はこういった活動をさらに活性化していきたいですね。その延長線上で、コンサートをもっと地域のものにしてもらえるようにしたいとも考えています。僕らが毎年行ってやるのもいいのですが、5年10年とかけて、だんだん地域の人たちだけでもコンサートを作れるようになったら理想だなと思います。その方が、より持続的に子どもたちが文化芸術に触れる機会を増やせそうですよね。

 

ーー自治体や地域に根付いた企業との連携も大切そうですね。すでに地域の企業と連携してコンサートをやられていることもあると思うのですが、外部との連携はどのようにアプローチしているのでしょうか?

ファミリー層の集客をしたい企業や、地域貢献を強化したいという企業と協業させていただくことがあります。ファミリー層の集客に関しては、僕たちの強みでもあります。コンサートは基本的に定員の8割を割らず、その多くが家族連れです。回によっては倍率3倍ほどになるコンサートもあります。

幼い子どものいるファミリー層は、土日は子どもに時間を割くと思うのですが、そういったお客様も僕らと協業することで集められます

地域貢献としては、1月に福岡のエネルギー企業である西部ガスホールディングスとの協業で公演を行いました。福岡県では初開催でしたが、本当に多くの方にご来場いただき、お客様からもとてもいいコメントを頂けて嬉しかったです。いつも以上に乳児のお子様のいるご家族が多く、乳幼児と一緒に過ごせる場所を求めている人が多いんだなと感じました。これからも継続開催をして、福岡市内だけでなく、九州のさまざまな場所に届けていきたいと考えています。

 

ーー芸術体験格差の中には、お金の問題もあるとのことでしたが、ここに対してはオトギボックスは何ができると考えていますか?

これは正直、とても悩んでいるところです。ただチケットを安くすればいいとか無料にすればいいということではないんですよ。実は過去に入場無料でやったことがあるのですが、すごくキャンセル率が高かったんですよね。お金を払って入るよりも貴重さが欠けるのか、「まあいいか」とキャンセルしてしまう人が多いようです。人気のあるコンサートなので、無料にして倍率を上げて、本当に来たいお客様がこれなくなってしまうのはよくないなと思っています。

あとは、働き手の観点としても金額を下げすぎるのはよくないと思います。せっかく子どもたちのためにやっていても、安すぎるが故に作り手の方が疲弊してしまって継続できないのはもったいないですよね。持続可能な活動にしていくことも考えて、今のような値段設定にしています。

物価の上昇もあり、家庭を持っている方たちも作り手側も厳しい状況にあります。ご家庭にできるだけ負担をかけずに持続可能な活動をしていくためには、やはり地域や企業の皆さんなどと一緒に活動に取り組んでいく必要があると思っています。

 

本当の意味で誰もに開かれたコンサートを目指して

ーー今後は、「ようこそ絵本の音楽会へ」をどのような場にしていきたいですか。

まずは、先ほどお話ししたように、どの地域でも子どもたちに開かれたコンサートができるようにしていきたいです。そして、ファミリー向けのイベントといえば「ようこそ絵本の音楽会へ」だよねと言われるくらい、サービスの質を高めていきたいです。その上で最近は、ファミリー層だけではなく、障がい者にも開かれたコンサートを作りたいと考えています。

 

ーー障がい者にも開かれたコンサートとはどういうことでしょうか?

過去に僕らがやったコンサートにも、目が見えない方や耳が聞こえない方、全身麻痺の方が来られたことがありました。驚いたのが、そういった方々が全員、事前にメールで「行っても大丈夫ですか?」と連絡をくださったことです。

たとえ車椅子席があったとしても一番奥で全然よく見えないなんてことも多いんですよね。環境設計をバリアフリーにしたり、障がいのある方が参加しても大丈夫な場作りをしたりと、工夫していきたいです。

 

ーー子どもだけではなく、さらに開かれたコンサートになっていくんですね。楽しみです。

2024年1月からは、障がい者のためのコンサートブランドを立ち上げるクラウドファンディングも実施予定です。障がいのある方たちがきやすいコンサートを作っていくためにリサーチを重ねたり、実際のコンサート設計を進めていきたいので、興味のある方はぜひ、ご支援いただけると嬉しいです。

※音が出ます。ご注意ください。


株式会社オトギボックス https://otogibox.com/

 

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    企画・編集
    張沙英
    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都
    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

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