使われない、儲からない、時間がかかる……。課題山積みの林業改革に取り組む木材情報プラットフォーム「eTREE」
インタビュー

使われない、儲からない、時間がかかる……。課題山積みの林業改革に取り組む木材情報プラットフォーム「eTREE」

2024-09-09
#環境 #エコシステム

世界中で気候変動や森林減少の深刻さが叫ばれるなか、依然として日本は世界有数の森林大国として知られている。しかし、そんな日本においても、林業が置かれている状況は苦しい。森林資源が豊富にある一方で国産材の利用率は低く、売っても儲からないため、次世代の森林が育てられていなかったり、林業に携わる人材が不足している……。

こんな状況を打破すべく、ミッションに「Sustainable Forest 私たちは、持続可能な森林をつくり、次の世代へ繋いでいきます。」を掲げ、木材事業者と木材を使用したい設計者やデザイナーをつなぐ木材情報プラットフォーム「eTREE」を開発したのが、株式会社森未来(しんみらい)だ。今回は、森未来代表の浅野純平さんに、日本の林業が抱える課題や、「eTREE」の特徴、森未来の目指す未来について話を聞いた。

▼プロフィール
浅野純平(あさのじゅんぺい)
株式会社森未来 代表取締役社長

1981年千葉県生まれ。

IT企業で営業、マネジメントを経験。

社会的な事業で起業をする為、3年間社会課題を勉強していく中で、林業の課題に出会い、林業での起業を決意。2015年東京都秋川木材協同組合の事務局長として就任後、翌年2016年 「Sustainable Forest」をミッションに株式会社森未来設立。2021年より木材情報プラットフォーム「eTREE」を提供している。

 

森林大国なのに木材自給率40%。日本の林業が抱える課題

ーーはじめに、日本の森林や林業にまつわる課題について教えてください。

日本は国土の約7割が森林という世界でもトップクラスの森林国家にもかかわらず、将来的に木材不足におちいることが危惧されています。原因は大きく2つあり、1つは「国産材の木材自給率」の低さです。

現在、日本における木材自給率は40%程度で、半分以上は外国からの輸入材に頼っています。しかし、昨今の為替の影響や、南米・東南アジアの国々の木材需要の上昇、戦争などの影響によって、価格は高騰、輸入できる木材が減っています。安定した木材調達のためには国産材の自給率を高めていく必要があります。

また、国産材は輸入材と比較してウッドマイレージ(※1)を抑えられ、建築物の運用中以外の炭素排出量である「エンボディドカーボン」を削減することができます。ウッドマイレレージが抑えられた国産材を活用し、木材自給率を高めていくことは、2050年のカーボンニュートラル達成に寄与します。

 

ーーそもそも、木材自給率が低いのはなぜですか?

戦後、輸入商社を介したサプライチェーンが定着した結果、それ以前に築いてきた国産材のサプライチェーンが断絶されてしまったからです。国産材を利用する人は、素材生産者や木材市場、製材工場と、1社1社個別に連絡をとって発注しなければなりません。なかには情報がブラックボックス化しているところもあり、相見積もりなどをしようにも、非常に手間がかかります。

資料はすべて森未来提供

 

ーー国産材を使いたくても使えない状況にあるわけですね。日本が木材不足になってしまうかもしれないもう1つの理由を教えてください。

もう1つの理由は、若い森林が育っていないことです。木材に利用される人工林は、伐採した場所に新たな苗木を植える「再造林」を必要とします。これは森林法によって定められているのですが、実際には再造林されていないケースが多く見受けられております。令和5年の林野庁の調査によると、再造林率は約40%。(※2)その為、若年性の植生が非常に多い齢級構成となっております。

ーーなぜ、再造林をしないのでしょうか?

端的に言うと儲からないからです。木材に使える森林が育つまでには50年近くかかりますが、その間の管理は山主が担う必要があります。かなりの時間とコストがかかる一方、一度の伐採によって得られる利益は20〜30万円という微々たるものです。再造林して森林を維持し続けること自体が、山主にとって大きな負担となっています。

また、もはや誰が持ち主なのかがわからなくなっている森林も多くあります。所有者が亡くなった際に、相続登記が適切に行われないことなどが大きな原因です。

 

ーー持ち主がわからず、管理もされていない森林を有効利用する方法はないのでしょうか?

民間は手が出せないので、行政による介入が必要だと思います。たとえば、申し出があれば返還する前提で、一定期間持ち主が不明な森林を国が保有する制度などが考えられます。しかし、脱炭素やSDGsの文脈で注目されてはいるものの国民の関心はまだまだ高くないので、行政による介入は時間がかかります。なかなか動かないでしょうね。

※1 木材の輸送量と輸送距離を乗じ、輸送時の環境負荷を数値化したもの。適切なサプライチェーンが組まれていない場合、国産材のほうが輸入材よりも輸送時のCO2の排出量が高まる可能性もある。

※2 林野庁の再造林の促進施策について|林野庁整備課造林間伐対策室 より

 

木材の売り手と買い手をつなぐプラットフォーム「eTREE」

ーー今の国産材の使われ方、将来の国産材の育て方の両方に課題があることがわかりました。続いて、森未来が展開する「eTREE」について教えていただけますか?

「eTREE」は、木材を使いたい人がいつでも木材に関する情報にアクセスできる“木材情報プラットフォーム”です。断絶されてしまった国産材のサプライチェーンを構築しなおすことで、国産材の利用を促進します。

 

eTREEを使えば、設計者はサイズや構造、産地などを検索するだけで木材を探すことができます。また、ユーザーからは「設計したいものは決まっているけれど、どの木材が良いのかわからない」といったご相談をいただくことが多く、ニーズに合わせた木材をご提案させていただくことも可能です。

 

さらに、eTREEには、木材関連の補助金情報やイベント情報なども掲載。より幅広く木材関連のお悩みに対応できるプラットフォームを目指しています。現状、木材市場に対してITソリューションを提案できる唯一のプレーヤーだと自負しています。

 

ーーなぜ、他社には真似できず、森未来がそのような独自のポジションを築けているのだと思いますか?

近いサービスを構想しているという方のお話を聞いたことはあります。ただ、リソース的な問題で、山主や林業家などの売り手側のデータベース作りが難しいために他社ではなかなか成立しないのだと思います。

森未来では、データベース作りの専門チームがいて、提携先の木材事業者を一軒ずつ回ってリレーションを構築してきました。かなり苦労したのですが、この先行投資が当社の強み。木材の売り手と買い手の両方の情報を持っているので、マッチングの精度を高めることができます。

 

ーーユーザーにはどのような方が多いんでしょうか?

メインは建築物の設計者や内装デザイナーです。100名単位でユーザー登録してくださっている大手のデザイン会社もあります。全体では約2000名の会員数がいますが、これは国内に20万人ほどいる建築家や内装デザイナーの「1%」にあたります。

 

ーーメインはBtoBなんですね。

創業当初は家のDIYで木材を必要とされている方など、BtoC向けにも力を入れていました。ただ、ヒアリングのなかで、BtoCのお客様は自分自身でその素材を加工することに満足を感じ、素材の品質にそこまでこだわっていない方が多いとわかりました。

一方で、建築家の方々からは「こういう木ないか?」と相談をいただくことが多かったのです。また、オフィスや商業施設など非住宅の建築物において凝った内装デザインをしたいという方もたくさんいました。そこで、BtoBの非住宅内装をメインにサービスを展開するようになりました。

 

『竜馬がゆく』に影響を受け、社会を変えるビジネスを志す

ーー改めて、浅野さんがこの領域で起業された経緯についても教えていただきたいです。

若い頃からいつかは起業したいと思っていました。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』で、幕末の若者たちが10代〜20代前半で明治維新を目指す様子を読んで、「こういう情熱を持って仕事がしたい」と漠然と考えていたんです。社会人になってからはしばらく会社に勤めていましたが、『竜馬がゆく』を読んだときの志を思い出して、起業を決意しました。

ーー森林の課題に向き合うようになったのはなぜですか?

事業を選ぶ際に大事にしたのは、まず第一に、自分が好きなことをやることです。会社員時代はITサービスのセールスをしていて、売り上げ第一な会社にいました。それはとても経験にはなったのですが、売上だけではモチベーションを保つことが難しかった。せっかく起業してエネルギーを注ぐのであれば、社会貢献できる分野でやろう、そして長い期間やることになるので、自分が好きな分野でやろうと思いました。

また、「スケーラビリティ」も重視していました。『竜馬がゆく』のように大きな社会変革にチャレンジするために、日本全体、さらにグローバルに影響を与えられるビジネスをしたかったからです。

そういった観点から事業を検討するため、日々図書館に通いつめ、毎週10冊程度本を借りる生活を数年間送りました。そうしたなかで、大工の棟梁の方の本に出会い、そこに日本林業の課題が書いてあり「これだ」とピンときたんです。

創業時秋川木材協同組合の総会にて

 

ーー国内外問わず環境問題や森林保全への意識が高まっているので、「スケーラビリティ」の観点から林業にたどり着いたというのは納得です。

最近では、法改正など私たちの事業にとってもポジティブな動きが多くなっています。たとえば、国内では2021年に「木材利用促進法」が改正され、公共建築物だけではなく、住宅を含む建築物全般に、森林資源を活用することが推進されています。その他にも、2013年から始まった「J-クレジット制度」(※3)や、2025年4月に改正予定の「クリーンウッド法」(※4)など、林業を盛り上げる追い風があります。

また、世界的には2015年にSDGsの採択があり、2022年には国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で「2030年までに地球上の陸域・水域の30%を保護する」という内容が合意されました。森林の課題に取り組むということはグローバルイシューに取り組むということになります。

このような動向を踏まえ、今後はeTREEでも、販売している木材が森林破壊や生物多様性の棄損につながっていないかを証明する仕組みとして、木材デューデリジェンスシステムの開発や、トレーサビリティの構築に取り組んでいきたいと思っています。世界的な課題解決につながるようなサービスに育てていきたいです。

※3 省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。

※4 木材を取り扱う事業者に、対象となる木材が「我が国又は原産国の法令に適合して伐採された樹木を材料とする木材」かどうかを確認することを求める法律。2017年の条文では「努力義務」だったが、2025年より「義務」となり、違反者への罰則も加わる。

 

「eTREE」は持続可能な森林作りの第一歩

ーー直近はどのようなことに注力されていますか?

おかげさまで、ご相談いただくことが多くなってきたので、より効率的に価値提供できるビジネスモデルへ変革していきたいと思っています。そのうえでまず取り組みたいのは、現在の売上構成の核を担う、大型案件の一部自動化です。現在は、1件1件、自社の木材コーディネーターがすべて対応していますが、自動化してもいい部分を見極めてコストを削減できればと思っています。

さらに、もう少し小規模な案件や個人のお客様にも活用いただけるように、「eTREEのEC化」も進めています。住宅のリフォームやDIYなどをする方に、森未来の木材コーディネートを介さず、自由にプラットフォーム上で木材を買っていただく。1件の単価は高くないですが、ターゲットのボリュームは非常に大きい部分です。その領域までカバーすることで、売上構成比のロングテール化を目指します。

 

ーーターゲットに合わせて価値提供の形を最適化していくのですね。「Sustainable Forest私たちは、持続可能な森林をつくり、次の世代へ繋いでいきます。」というミッション達成のためには、どのような取り組みが必要だと考えていますか?

 

4つのテーマがあって、1つは「木材流通の改革」です。現在「eTREE」で取り組んでいる部分ですね。国産材のサプライチェーンを整えていくことで、利用を促進していきたいと思います。

2つ目は「木材以外の林業収入」です。林業従事者が木材を売る以外にも収入を得られるようにすることを指しています。たとえばカーボンクレジット(※5)のような、森林を保全すること自体が収益になるような仕組みの普及を考えていきたいです。

3つ目は「林業生産性の向上」です。木材の価格にはグローバルな基準があるため、むやみに上げることはできません。林業を成り立たせるには生産性を高めていくしかないのです。その方法として機械化が挙げられますが、実は、国内にある高性能林業機械はほとんど使われていません。大規模林業をする業者がいないことや、機械が日本の急で狭い山に合っていないことが要因です。今後はより日本に合う機械を導入していくことや、そのほかの解決策も模索していかねばなりません。

最後の「未来志向の林業政策」は森林や林業の課題全般に関係するところです。先ほどお話しした山の所有権の問題なども含まれますが、行政の介入が必要な部分がたくさんあります。政策提言等を通し、行政とも一緒に変化を起こしていきたいと考えています。

 

ーー森林の課題に対して、林業に直接携わっていない人たちにもできることはありますか?

現状は「林業を応援したいのですが…」と聞かれても、「国産材を購入してください」としか言えませんし、なかなか購入する機会もないと思います。もっと、都会で生活する方々も含め、多くの方が林業や森林保全の活動に参加しやすい仕組みをつくる必要性を感じています。

たとえば農業では、有機野菜が一定のブランドになっていますし、ファッションではエシカルな商品を買おうという流れもあります。それと同じように、広く人々に関心を持っていただき、林業に関わってもらえる機会を増やしていきたいです。

※5 企業などの間で温室効果ガスの排出削減量を売買できる仕組み。温室効果ガス排出量が見通しを下回った自治体や企業などが、目標と実際の排出量の差分をクレジットとして販売。目標値を上回っている自治体や企業などは、そのクレジットを購入することで排出量を相殺できる。

 

株式会社森未来:https://shin-mirai.co.jp/

木材情報プラットフォーム「eTREE」:https://www.etree.jp/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都

    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

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