国も企業も震災に備える予算は捻出しづらい。「お金がない」で諦めず、防災DXプラットフォームを展開するVisnuの考え方
インタビュー

国も企業も震災に備える予算は捻出しづらい。「お金がない」で諦めず、防災DXプラットフォームを展開するVisnuの考え方

2024-06-06
#テクノロジー #人命救助 #防災

年2,000回以上の地震が発生する国、日本。気象庁によると、世界で起こるマグニチュード6以上の地震のうち1割以上が日本で発生している。それにもかかわらず、日本の防災・災害対応は十分に進んでいるとは言えないのが現状だ。年初(2024年1月)の能登半島地震では、救助活動や復旧の遅れが指摘され、いまだ多くの人が避難所生活を送っている。

防災対策の遅れの根本的な原因について、「起きるかわからない将来の災害に対して、国も企業も個人もお金を払いづらい」と指摘するのは、防災DXプラットフォーム「Visnu™︎」を開発中のVisnu株式会社 代表取締役CEOの千葉涼介氏だ。千葉氏はどのように事業展開しようとしているのか。サービスの現在地と、今後の戦略を聞いた。

▼プロフィール
Visnu株式会社 共同創業者兼代表取締役CEO 千葉涼介

1992年生まれ。岩手県出身。高崎市立高崎経済大学地域政策学部卒業。幼少期から少年消防クラブ(B.F.C)で活動し消防庁長官賞を受賞。大学在学時はスマートコミュニティ構築による経済波及効果等を研究し、大学4年次にプログラマーとして独立。2017年にERAS株式会社を設立。2020年にVisnu株式会社を創業。

 

災害時に使える情報がまとまっていない日本の現場

ーーVisnuは2020年に創業されたそうですね。起業の背景を教えてください。

私は岩手県北上市の出身です。2011年に東日本大震災で被災したことや、大学時代に街づくりについて学び防災に関する話題に多く触れたことで、10代の頃から防災に強く関心がありました。

Visnu創業の直接的なきっかけは、2019年の令和元年東日本台風です。当時、4月から9月にかけて大きな台風が連続的に来て、河川氾濫が起こったり電力が途絶えたりしました。特に電力供給がなくなったことで、当初の予定より復旧が1〜2か月ほど遅れてしまったんです。

その様子を見て、東日本大震災から8年経っているにもかかわらず、まだ災害対応に課題があることを知り、自分も何かしなければと思いました。命掛けかつ人力中心でリスクを負いながら対応している現場のために、エンジニアとして培ってきたAIやIoT技術を活用して防災領域で事業ができるのでは、と立ち上げたのがVisnuです。

 

ーー千葉さんから見て、現在の日本における防災や災害対応の課題はどんなところにあると感じますか。

ハード面とソフト面の課題があると思います。まず、ハード面では、道路や橋、 トンネル、水道などの「社会インフラの老朽化」という課題があります。高度経済成長期に整備された社会インフラのなかには、50年が一つの目安と言われる「耐用年数」を過ぎているものが多くあり、補修や修繕が急がれます。

しかし、「防災のために積極的に修繕しましょう」といってもなかなか国の予算は下りません。起きるかどうかわからない災害のための予算確保は、後回しになりやすいのです。また、国に限らず企業や個人が防災用のカメラを設置することすらも、なかなか進みません。直接的な利益につながる投資とは違うので、手元の資金を使うことがためらわれるのです。

 

ーー防災対策の遅れにはお金の問題が深く絡んでくるんですね。ソフト面ではどんな課題があるのでしょうか?

大きく3つあって、1つは災害が起こる前の教育です。災害が起きた時にどう行動すべきかを普段から学んでいない人は、いざというときスムーズに動けません。たとえば東北三陸地方では、「津波てんでんこ」という言葉があります。これは、津波の際に家族や知人を助けるよりも前に「自分の身を守って逃げましょう」という意味。この方法が、1番多くの人の命を救うと言われています。こういった意識付けや教育を幼い頃からしっかりとしていくことが大切です。

2つ目は、避難所に関する問題です。日本は災害が多いにも関わらず、衛生面・プライバシー面で避難所の整備が進んでいません。実際に避難所に行ってみると、床で寝なければいけなかったり、更衣室や仕切りがない状況で着替えがしにくかったりと、防災先進国とは言えない環境だと思います。

3つ目に、災害発生時の情報収集や発信における課題です。2024年1月の能登半島地震の際にも、電話がつながらずSNS上で数多くの救助要請の投稿が見られました。ただ、SNSは課金システムなどの影響もあり、最新の情報が正しく表示されなかったり、フェイクニュースが投稿されたりすることが問題になっています。災害時に正確な情報を素早く集約し、発信できるような仕組みが求められているんです。

 

「普段利用できるプロダクト」を作り、防災予算に頼らない

ーー「Visnu™」はまさに「災害発生時の情報収集や発信における課題」の解決につながるサービスかと思います。具体的にどんなサービスを提供しているのでしょうか?

研究開発中のVisnu™は、自治体や企業において災害時の避難指示・備蓄管理を行う人が、土砂崩れや津波の被害状況、避難所の受け入れ可能人数、備蓄がある場所やその量といった情報を素早く正確に手に入れるためのプラットフォームです。

データ収集のために街中に設置するAIカメラ、収集した情報を貯めておく情報管理システム、それらを必要な人に必要な形で表示するダッシュボードまで、避難時の意思決定をする方が利用するツールを一気通貫で開発しています。

 

ーー現在は研究開発中とのことですが、どのようなフェーズにありますか?

完全屋外設置型カメラの実現に向けて、1年前から岩手県で実証実験を始めました。実験の内容は、AIカメラを搭載したエッジデバイスを屋外に設置し、長期間安定的に街中の様子を撮影できるかというもの。

天候が悪化したり、災害が発生したりしても安定的に稼働するカメラを設置できている事例は、日本に多くはありません。現状、私たちが岩手県で設置したカメラは1年以上安定稼働させられているので、一つの実績を作れたと考えています。

岩手県釜石市、株式会社青紀土木と共同で防災まちづくりの推進に関する連携協定を締結

 

その他には、大手コンビニチェーンの店舗にも私たちのカメラを設置しています。屋外でも安定稼働できるカメラなので、屋内ならなおさらデータの欠損なく、精度が高い情報が取れると評価いただいています。

 

ーー先ほど、防災にかける予算は取りにくいというお話がありましたが、なぜコンビニには導入できたのでしょうか?

コンビニでは「防災用のカメラ」としてではなくて、さまざまな場面で使えるコンパクトで高性能なAIカメラとして購入いただいているんです。普段そのカメラは、店内の人流の分析や、商品や掲示物がどのくらい見られているのかの計測などに使われています。

ただし、災害時にはその店舗内を避難エリアにできるかどうか、備蓄があるかどうかなどの情報を自治体に共有することになっています。普段の使用目的は何であれ、カメラの導入数が増えれば増えるほど、災害時に見守れる範囲が広がるというわけです。

普段は別の用途で使っているものを、災害時には対策として用いる考え方を「フェーズフリー」と言います。普通に食べても美味しいし、保存食としても使える保存食などもフェーズフリーですね。

 

ーーなるほど、普段は違うメリットを提供することで「防災にお金を出しづらい」を解決しているのですね。

そうですね。また、この枠組みのいいところは、価値を享受する人と、お金を支払う人が別々な点です。災害時に助かるのは住民のみなさんですが、普段費用を支払っていただくのはコンビニ。

福祉領域などもそうだと思いますが、社会課題のなかには価値を受け取る人からお金をもらいづらいケースもある。そうした領域で事業展開するためには、周りのプレイヤーをうまく巻き込む形でモデルを作ることが大事ではないかと思います。

 

多面的に防災を進めるため、啓蒙イベントや支援活動にも取り組む

ーーVisnu™の他にはどんなサービスを提供されていますか?

VisnuBCP」という法人向けの災害備蓄の自動管理システムを提供しています。面倒な使用期限の管理などもアラート通知され、常に安心を提供します。また、これはVisnu™のプラットフォームと連携して、災害備蓄がどこにどれくらいあるのかなどを把握し、非常時には自治体や消防に情報を伝えることもできます。

こちらのサービスは、備蓄管理業務の効率化のニーズを持つ企業様からの要望をもとにリリースしました。先ほど「防災分野は予算が割かれづらい」と話しましたが、備蓄管理業務の効率化という見えやすい効果があるので、導入の敷居が低くなっているのかなと思っています。

 

加えて、「VisnuEC」という法人向けの災害備蓄品の販売サイトも展開しています。元陸上自衛隊幹部の方に監修していただいて、東京消防庁のガイドラインなどに準拠した災害備蓄品を購入できるサイトです。

また、2023年からは防災×スポーツのイベントも実施しています。子どもたちが防災について学ぶ機会を作りたいと思い、スポーツと掛け合わせて発信する機会を作りました。今の小学生は3.11を経験していません。3.11が「教科書の中の出来事」になっていく世代に対して、きちんとアプローチする場が必要だと思っています。

他にも、能登半島地震の際には緊急で「孤立地域情報Map」を作成しました。地震に際して、さまざまな研究者の先生が孤立地域や給水地の情報をまとめていたのですが、一元管理ができていなかったので「見やすくまとめられないか」というご相談をいただき、マップ化することにしました。相談をいただいてから6時間くらいで各先生方に許諾をとって、それから6時間後くらいにはマップが出来上がりました。こういった支援は、今後もできる限りやっていきたいと思っています。

 

ーー幅広いサービスや支援活動を、かなりのスピード感を持って運営されてるんですね……!なぜそれが実現できるのでしょうか?

メンバーに恵まれている部分が大きいと思います。Visnuは、これまで一緒に仕事をしてきた先輩や同僚、大学時代にご縁のあった方々からつながりが広がった組織です。全体の6割を占めるエンジニアは、それぞれの専門性を持った優秀なメンバーで構成されています。彼らのおかげで、幅広い技術が必要なサービスや活動にも対応できています。

また、残り4割のビジネスサイドのメンバーも、さまざまなバックグランドと知見を持っています。たとえば、防災の領域は自治体や大学などとの連携も必要ですが、実績のないスタートアップが信用を得るのは難しい。県庁での仕事経験があったり、各セクターとの関係性や知見のある方々がいるおかげで、スムーズな連携が実現しているんです。

もちろん、スポーツイベントなどを含め、社内のメンバーだけではできないものもあるので、外部のボランティアの方々に助けられていることもたくさんあります。

 

防災領域のプレイヤーは「競合」ではなく「同志」

ーー素晴らしいメンバーに囲まれている、と。そのなかで、千葉さんが経営者として大切にされている心構えはありますか?

昔、先輩から言われて本当に大切だと思っているのが、「ユーザーさんが喜んでくれている姿を鮮やかにイメージしながらサービスを作る」ことです。事業が拡大し考えることが増えていくと、つい目の前のユーザーさんのことがぼやけてしまいます。

防災においては、地域の特性や住んでいる人によって持っている課題は少しずつ変わるんです。それぞれの地域、住民が助かる姿をイメージしながら本当に必要なものを作ることを意識しています。

また、防災は人命に関わることなので、一歩踏み出すのにハードルがある領域です。でも、自分たちにできること・やるべきことがあると思うのであれば、勇気を持って進むべきだと考えています。

何かにチャレンジする際に失敗はつきものです。しかし、それを恐れてなにもしなければ、南海トラフ地震をはじめとした災害が発生したときに後悔すると思います。いま以上の防災対策を実現するためにも、チャレンジし続けるべきだし、私たちもそうありたいです。

 

ーーVisnu社として、今後の目標を教えてください。

まずは、3年を目処に岩手県での実証実験を終え、「Visnu™︎」をサービスとして形にしていきます。その後、東北の周りの地域や、南海トラフ地震による被害が想定されるエリアに対して、少なくとも1県に1箇所での実証実験やトライアル導入ができたらと思います。

最終的にはビジョンとして掲げている「すべての人が、いつも通りに暮らせる世界」を目指しています。地震や災害の発生は防げませんが、「Visnu™︎」が普及することで人々が不安を抱えなくてもいい社会にしていきたいです。

 

ーー最後に、防災領域にチャレンジしたいと考えている人に伝えたいことはありますか?

防災領域は責任重大かつ「儲からない」とよく言われます。実際、大変なのは間違いないありません。それでもこの領域でチャレンジしようという方がいるのなら、とても嬉しいことです。防災領域においては、協業はあれど競合はありません。私たちもまだまだですが、ぜひ同志として一緒に頑張りましょう。

 

Visnu公式ページ https://visnu.jp/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都

    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

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