介護大手&スタートアップの連携で目指す、持続可能な互助インフラの構築とは

2023年2月、重度訪問介護事業を全国で展開する株式会社土屋(以下、土屋)と、介護福祉特化のスキルシェアサービス「スケッター」を運営する株式会社プラスロボ(以下、プラスロボ)が資本業務提携を発表した。両社の連携によって生み出すインパクト、そして未来の介護福祉はどう在るべきか──。土屋代表の高浜敏之氏、杉隆司氏と、プラスロボ代表の鈴木亮平氏に聞いた。

※情報開示:プラスロボはtalikiファンドの出資先企業です。

【プロフィール】
・株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者 高浜 敏之(たかはま としゆき)
慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。
自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。

高浜さんの過去のインタビュー記事はこちら:重度訪問介護のリーディングカンパニー。「大変なのに儲からない」と言われる介護業界で成長し続けるワケ

 

・株式会社土屋  顧客創造部 部長 杉 隆司(すぎ たかし)
1977年生まれ。福井県出身。大阪体育大学卒業後、教職員の道から金融業界へ方針転換。約17年間の営業職を経る中で、長年実父が患っていたパーキンソン症状の悪化とともに様々な介護問題に直面する。その時に支援対応に当たってくれた介護士の方々に感銘を受け、2018年より介護業界に従事。2020年11月に株式会社土屋に入社。大阪事業所管理者、関西ブロック統括、営業推進部を担当し、株式会社プラスロボとの連携窓口を担当。2023年4月より顧客創造部部長に就任。

 

・株式会社プラスロボ 代表取締役CEO 鈴木 亮平(すずき りょうへい)
1992年生まれ。宮城県仙台市出身。元仙台育英学園高校の硬式野球部。大学卒業後、アイティメディア株式会社に入社。3年間の記者生活を経て、学生時代から関心を持っていた介護分野で起業を決意し、2017年に株式会社プラスロボを創業。資格や経験を問わず、誰もが自分のできること、空いている時間で介護業界を支えられる仕組みを模索する中で、スケッター事業の構想にたどり着く。「介護業界の関係人口を増やし、人手不足を解決する」をミッションに、2018年にスケッター事業を企画し、2019年にサービスをリリースした。

鈴木さんの過去のインタビュー記事はこちら:介護業界の人手不足を解決する。スキルと施設がマッチングされるサービスとは

 

介護業界は圧倒的な担い手不足。事業を通して地域包括ケアシステムの実現を目指す

ーーはじめに両社が取り組む事業と、事業における社会課題についてお聞きします。まずは土屋の事業について教えていただけますでしょうか?

高浜敏之(以下、高浜):私たち土屋は、重度訪問介護をメインに障害福祉サービスを展開する会社です。重度の障害があり、常時支援を必要とする方のご自宅にヘルパーを派遣し、身体ケアや生活の介助、見守りや医療的ケアを行っています。2023年1月には全国47都道府県にサービス提供体制を確立し、今後は障害がある方のみならず、高齢者や子どもへの支援を広げる「トータルケアカンパニー」を目指しています。

事業に携わる中で感じる社会課題は、重度訪問介護の体制整備の必要性です。国連では、障害のある人の基本的人権を促進・保護し、固有の尊厳の尊重を促進することを目的に「障害者の権利条約」が2006年12月に採択され、日本も2014年に批准しています。しかし昨年夏、スイスのジュネーブで開催された国際会議で、日本政府へ改善勧告がなされました。つまり条約には批准しているものの、守られていない状況だということです。

総括では高評価も多かったものの、2つの問題点が指摘されました。一つは第24条の「教育」です。条約では健常者と障害者が共に過ごせる「インクルーシブ教育」が必要だとされていますが、日本では一般学級で学べない障害児がいることが問題視されています。もう一点は第19条「自立した生活および地域生活への包容」です。これは障害者が施設から地域に出て自立した生活を送ることを定めていますが、まだまだ地域で暮らす権利が保障されておらず、パーソナルケアの体制が不十分であることが理由です。

 

ーーこれらの問題にはどのような要因があるとお考えですか?

さまざまな要因がありますが、介護を担う事業所と人員の不足が挙げられます。サービスを受けたい人がいても応える体制が整っておらず、結果的に“介護難民”を生み出しているのです。問題解決のためにも私たちは全国に事業所を広げましたが、相変わらず人手不足は続いており、「介護の仕事に携わりたい」と思う人を増やすことで解決したいと思っています。

高齢者福祉の分野に関しても「地域包括ケアシステム」体制の構築が急務です。これは高齢者が住み慣れた地域で最期まで暮らせるよう、医療・介護の専門家と地域住民が助け合う体制のことで、国も推進しています。

地域包括ケアシステムの実現には「自助」「互助」「共助」「公助」の4つの考え方が必要だと言われています。我々は事業体として「公助」「共助」の役割を担っていますが、自らが健康管理に留意しセルフケアできる「自助」や地域の繋がりを深める「互助」までは手が回っていません。高齢者の地域生活実現につなげるためにも、この4要素の充実に向けて協力体制を広げていきたいと考えています。

 

ーーありがとうございます。では鈴木さんにプラスロボの事業についてお聞きできればと思います。

鈴木亮平(以下、鈴木):私たちは無資格・未経験・スキマ時間でも介護施設のお手伝いができるスキルシェアサービス「Sketter(スケッター)」を運営しています。

サービスの特徴は、介護資格や現場経験がなくてもお手伝いができる点です。介護施設には被介護者の身体介助を伴わない周辺業務がたくさんあり、ユーザーは地域や日程、お手伝いの内容を検索して有償ボランティアとして参画できます。お手伝いを求めている介護・福祉施設と、スキマ時間でもサポートしたい人をつなぐことで、介護業界の関係人口を増やすとともに互助インフラの構築を目指しています

このようなサービスを立ち上げた背景には、やはり介護業界の圧倒的な担い手不足があります。高浜さんと同様に、地域包括ケアシステム実現のためにも、介護業界の外の人たちを巻き込み、町や地域全体がみんな1人の福祉人として関われる社会を目指しています。

 

「将来の介護業界は地域リソース活用が必須となる」見解が一致し連携が実現

ーー次に、今回の提携に至った経緯について伺います。今回、高浜様から弊社の中村にご連絡いただいたことがきっかけになったと聞きましたが、お二人が感じた互いの魅力、事業としての魅力について教えていただけますか?

高浜:はい。以前取材していただいたのをきっかけにtalikiの取り組みを知り、ソーシャルベンチャーとのオープンイノベーションに高い関心を持ちました。そこで、代表の中村さんにメールを差し上げ、場を持っていただいたのが最初です。

私はずっと福祉業界に従事してきて、例えるなら水溜りをほふく前進するような地道なキャリアを歩んできました。ならばスタートアップやIT系企業のように、まったく異業種の方と組むことで、何か新しいことができたらと漠然と考えていました。

 

ーー高浜さんご自身、長くボランティア活動に携わられていらっしゃったんですよね。

高浜:私は現在は経営者ですが、元々は社会活動家として介護の現場を担いながら、難民支援やホームレス支援などさまざまなマイノリティの権利回復運動にコミットしてきました。

現代社会ではさまざまな福祉制度も拡充していますが、どんな素晴らしい制度ができても制度のスキマやひずみは必ずあり、社会的にこぼれ落ちてしまう存在がいます。従来、彼らをサポートしてきたのがNGOやNPO、つまりボランティア組織でした。私たちが今担っている重度訪問介護サービスについても、日本では2006年に障害者自立支援法が施行されましたが、それ以前は1960年代後半からボランティアが同様の役割を担ってきた歴史があります。

近年は、社会課題解決を目指すソーシャルベンチャーの活躍が著しいです。自分の経験と彼らの知見を掛け合わせて、介護業界にイノベーションを起こしたいと思っています。

 

ーー鈴木さんは高浜さんに初めてお会いした際の印象はいかがでしたか?

鈴木:高浜社長と1対1でオンラインでお話させていただいたのですが、まずスケッターの世界観に共感していただき、率直に嬉しかったです。

介護施設ではレクリエーション活動など資格がなくても関われる業務は幅広くあるのですが、高浜さんがサービスを提供している訪問介護は、基本的に専門性の高い有資格者が携わるイメージがあります。しかし、重度訪問介護の領域も、もともと地域のボランティアによって支えられた歴史があるという話を聞き、そこに福祉の本質があると感じました。

また「介護業界を中長期視点で捉えれば、必ず地域リソースの活用が必須となる」ともお話いただきました。まさに自分が描いてた世界が介護現場で事業を推進されている土屋さんの見解とも一致し、とても自信にもなりました。

私たちはこれまでベンチャーキャピタルや投資機関と組むことはあったものの、いわゆる同業者との連携は今回が初めてです。初めてお会いした時からビジョンに深く共感していただけたことがもっとも魅力に感じました。

 

ーー同じ領域で社会を前進させている企業として、心強い味方ができたような感覚だったのかもしれませんね。

鈴木:そうですね。2〜3年後ではなく10年後、20年後の視座で語り合い、共感し合えたことが重要だったように思います。

スケッター自体、介護施設や入居型施設の事業は進んでいますが、在宅介護の分野はまだまだ模索中です。「介護の人手不足問題を地域で支える」というテーマに取り組む以上、地域の在宅介護分野にも有償ボランティアが関われる方法を模索していた最中でしたので、今回の連携は今後の事業拡大のカギになると思います。

 

まずは在宅介護の現場を知る取り組みから連携がスタート

ーー今回、土屋の杉様が中心となり提携を推進されていると伺いました。現在どのような取り組みを進めているのでしょうか?

杉隆司(以下、杉):スケッターとは幅広く連携したいと考えていますが、在宅介護は有資格者ではないと担当できない実務が大部分なため、ルールの整備を進めているところです。

まずスタートしたのは、在宅介護の現場をレポートしていただく取り組みです。私たちが在宅介護支援に入っているお宅に「レポーター」として同行いただき、「重度訪問介護とはどのようなものか」や「在宅介護で過ごされている方にはどのような方がいらっしゃるのか」を学び、感想レポートを書いていただきます。レポートはスケッターのプラットフォーム上や弊社のホームページに掲載する予定です。

 

ーーこちらの取り組みにはどのような目的があるのでしょうか。

杉:介護施設では複数のスタッフがケアにあたりますが、在宅介護は基本利用者とヘルパーが1対1で向き合います。ですから仕事への責任感もあるし、一歩踏み出すにはハードルがあると思っています。そこを、普段介護にあたっているヘルパーに同行という形にすることで、まずは現場を知ることから始められます。

もちろん、現場を見てレポーターの方に「面白い」と思っていただきたいと思いますし、介護に携わったことのない方がレポートを読んで「在宅介護ってこういうものなんだ」と知るきっかけになれたらと考えています。

 

ーープラスロボとしてはどのような効果を期待していますか?

鈴木:実はスケッターでは、以前にも訪問介護事業者に活用いただいた実績があります。その際、良い効果が出たのが、まさにヘルパーさんに同行して現場を見る機会を作り、見て感じたことをプラットフォームで発信するというものです。

特に在宅介護の世界は、現場を知れる機会はごくわずかです。そこをスケッターの利用者が“広報助っ人”のような形で関わり、土屋の事業所と福祉に関心のある人たちとの接点を作る。これこそ地域の関心層を掘り起こし、仲間を増やしていく点でもシナジーがあると考えています。

もう一点期待しているのは、BtoGの連携加速です。スケッターのサービスは自治体や教育機関などの公的機関から高い関心をいただいていますが、これからもっと多くの自治体を巻き込んでいきたいと考えています。中長期的には土屋のネットワークもお借りしながら自治体と一緒に福祉の人材を掘り起こし、地域包括ケアシステムを実現させたいと思います。

 

ーー土屋では資格取得や研修・教育支援も注力されています。今後教育分野でも連携する予定はありますか? 

鈴木:今後スケッター人材が増加すれば「福祉を専門的に勉強してみよう」「資格を取ってみよう」と思う人も増えるでしょう。「土屋ケアカレッジ」などのスクールと連携して、介護の実務に携わりたい方をサポートしていきたいと考えています。

 

業界大手とスタートアップ、業界発展のために果たすそれぞれの使命

ーー土屋では創業以来、連携の形として、資本業務提携以外にM&Aも積極的に進めています。そのねらいについて教えていただけますか?

高浜:私たちはM&Aを社会課題解決の取り組みとして位置付けています。日本では、小規模の事業所を取り巻く環境は日増しに厳しくなっており、介護事業者の倒産数は毎年過去最多を更新しています。しかし、介護福祉最大の問題は、事業者の減少によってサービスを受けるべき人が受けられなくなることです。我々も中規模事業者ではありますが、小規模事業者がなくなる手前ですくいあげることで、介護の受けられる社会を維持することがひとつの社会課題解決型事業だと捉えています。

 

ーーM&Aや事業者との提携においてコミュニケーションやアセスメント面で意識されていることはありますか?

杉:先ほど高浜からも申し上げたように、私たちの目指す姿や理念を示し、共感していただくことが大切だと思っています。私自身、M&Aした高齢福祉事業の代表を務めています。創業20年弱の会社で、創業当時のメンバーも複数名残っている状態だったため、初めは非常に警戒されました。長くそこでお仕事に取り組まれてきたわけですから、当然、異質な者に対する壁はありました。しかし一方で、変化を求めている兆しも感じていました。そこで、土屋の考え方や理念を少しずつ提示して自分たちの思いを示したところ、だんだんと距離が縮まり期待感を持ってくださったんです。

私はもともと営業関連会社の出身で、土屋に入社して初めて介護の仕事に触れました。私が異業種だったからこそ生み出せた創造性もあったのかもしれません。組織の内側にずっとこもらず、他者と出会うことで、いろんな可能性が広がることがあると感じているところです。

 

ーー鈴木さんにもお伺いします。介護福祉の人材不足解消に取り組むスタートアップとして、土屋さん含め業界内外と連携することで、どのように発展に寄与していきたいと考えていますか。

鈴木:杉さんの「他者と出会う」というテーマに続けると、私もスケッターの立ち上げ時から、介護業界の外側にいる人と接点を作り化学反応を起こしたい思いがありました。

福祉業界では、業界内外と連携してシナジーを生む事例はまだまだ少ないです。スケッターは資格の有無を問わず誰もが関われるプラットフォームだからこそ、今後も業界外をつなぐ架け橋になりたいと改めて思いましたし、これが私たちの使命だと感じました。

これまで様々な場で講演の機会をいただきましたが、今後は高浜さんや杉さんはじめ、土屋の皆さんの協力を得ながら「介護の世界ってこうなんだよ」と一緒に発信していけたらと思っています。

 

本当に対策すべきは高齢被介護者が急増する「2035年問題」

─ーー現在、日本は超高齢社会に向かっていますが、今後の両社の事業展開と目指す社会的なインパクトについてお聞かせください。

高浜:日本では、団塊世代が2025年に75歳の後期高齢者となる「2025年問題」が深刻だと言われています。しかし実際、介護サービスを本格的に受ける人が多いのは85歳と言われています。ですから私たちが向き合うべき問題は「2035年問題」なんです。

被介護者の増加は社会保障費の増加を意味します。少子高齢化の時代、税収は伸び悩んでいるため社会保障費の大幅な増加は現実的には難しいです。しかし、これにより介護の現場はさらに逼迫すると考えられます。

現在、デイサービスやグループホームでは、1人のスタッフが平均して利用者3人を見ていますが、将来3.5〜4人に増加すると考えられます。これではますます現場は疲弊し経営も回らなくなってしまいます。このような状況を補完するのが「互助」です。スケッターの取り組みは今後の社会全体にとってますます必要性が高まっていくと思います。

我々の事業は重度訪問介護が中心ですが、今後は施設型サービス等も増やしていく見込みです。

今後も安定的な経営を続け、サービスを受ける人や施設に入居している人が安心に暮らすことができ、持続可能な地域包括ケアシステムを構築して社会に貢献する「三方よしの社会」を鈴木さんたちと一緒につくっていきたいと思っています。

杉:私自身もまだまだ介護福祉業界に関しては勉強中ですが、障害福祉サービスの制度を知らない方が全国にはたくさんいらっしゃいます。行政やケアマネージャーさん向けに制度の説明会なども実施していますが、鈴木さんの活動からも学びながら、地域に根ざした活動をしていけたらと思います。

 

ーー鈴木さんはいかがですか?

鈴木:高浜さんがおっしゃったように、今後高齢化がますます加速すると介護業界は構造的に限界がきてしまいます。そうは言っても、介護を必要とする方はサポートがなければ日常を送ることができません。その時点で「互助」のように地域住民やボランティアが互いを支え合う社会が到来すると予測しています。

2025年、そして2035年を迎えたときに、日本の互助インフラ、互助ネットワークがしっかりと機能するためにも、私たちプラスロボも持続可能な形で事業を続けられるよう頑張っていきたいと思います。

 

株式会社土屋 https://tcy.co.jp/

株式会社プラスロボ https://www.plusrobo.co.jp/

 

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interviewer
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

 

writer
星久美子
フリーランスのライター。最近は食の領域と場づくりに関心があります。

 

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