見過ごされてきた「茶園の環境価値」を、大企業の価値向上につなげる。Blue Farmが生み出すシナジーとは

存続の危機に直面する茶園と、ESG対応に課題を抱える大企業をつなげる——。一見聞き覚えのないビジネスモデルを考案し、事業化を進めているのがBlue Farm株式会社 代表の青木大輔氏だ。「茶園には、今まで見過ごされてきた環境価値がある」と考えた青木氏は、その価値を大企業のESG対応の推進、ひいては企業価値向上へとつなげるアイデアを思いつく。そして、コムシスホールディングス株式会社に在籍しながら「出向起業」の形でBlue Farmを設立した。

茶園と大企業をつなげるとはどういうことか。なぜ出向起業という選択肢をとったのか。Blue Farmが実現を目指すビジネスモデルと事業化への試行錯誤、出向起業のメリットを聞いた。

【プロフィール】

Blue Farm株式会社 代表取締役 青木大輔

2009年にコムシスホールディングス株式会社入社。入社後は、施工管理、営業、新規事業開発、事業投資、IR、M&A等を経験。2017年よりCollege of William & Maryに留学し、MBAとMaccを取得。留学中には、VC・PEファンドへのインターンを経験。帰国後、所属企業の経営企画部を経て、2021年にBlue Farm株式会社を創業。代表取締役社長に就任。

 

販路を求める茶園と、ESG対応策を求める大企業

ーーBlue Farmの構想するビジネスは、茶園と大企業をマッチングさせるものですね。両者の課題やニーズについてお伺いしたいです。まずは茶園について教えてください。

日本において茶園の数は年々減少しています。その根本的な原因は「収益性の低さ」です。Blue Farmがある静岡でも、東京から引っ越して茶園に就農しようとする若い人たちはいます。しかし、やっていくうちにトマトやイチゴなどの収益性の高い農業に転向してしまうのです。

(資料はすべてBlue Farm提供)

 

特に、山間地の茶園の状況はより深刻です。茶葉は時期によって価格が変わり、一番高く売れるのは4〜5月の新茶のシーズン。ほとんどの茶商はそこで買い付けを終えるため、その後に市場に出回る茶葉は、定価よりも低く買われることになります。

ところが、山間地は平坦地に比べて日照時間が短く、また気温も低いため、茶葉の収穫時期が5月に間に合いません。定価よりも安く販売したり、出荷に間に合わせるために若すぎる茶葉を収穫したりしなければならないのです。

山間地の茶園には伝統的なお茶栽培を続けているところも多く、そこでできる茶葉は高級茶に使われるような良質なものです。それにもかかわらず収益性が低いことから、担い手が減少し、耕作放棄地が増えている現状をなんとかしたいと考えています。

 

ーー山間地の茶園は、茶葉を定価で流通する仕組みを求めている、と。一方、大企業にはどのような課題やニーズがあるのでしょうか?

近年、多くの大企業はESG対応の必要性を感じています。これは世界最大の機関投資家でもある、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を始め、多くの機関投資家がESG投資に注力しているからです。「ESG対応をすれば投資を受けられる」と言うよりは、「ESG対応をしなければ投資を受けられなくなる」と言ったほうが正しい認識かと思います。

しかし、ESG対応のソリューションの選択肢が少ないのが現状です。再生可能エネルギーへの転換やカーボンクレジットの活用などはできますが、それぞれに課題があります。再エネでいえば発電コストが高いこと、カーボンクレジットでいえば仕組みの導入に工数がかかることなどが挙げられます。また、「ESGウォッシュ」や「グリーンウォッシュ」への懸念もあり、大企業はなにをすべきか悩んでいるのです。

 

お茶で企業価値を向上。Blue Farmが提示するソリューション

ーーウォッシュにならない「新しいESG対応のソリューション」が求められているのですね。では、Blue Farmが形にしようとしている事業について教えてください。

茶園と大企業をつなぐソリューションを作ろうとしています。まず、茶畑の炭素吸収量や、温室効果ガス削減効果などを計測するシステムを、茶園へ導入。茶園によって生まれる「環境価値」を可視化します。

そして、応接等の用途で市販のお茶や水を購入している大企業に、その茶園で作ったお茶への切り替えをしてもらいます。私たちの調査によると、3000人規模の大企業は年間約1000万円の飲料を購入しますから、茶園からすると強力な販路になるはずです。

 

ーー企業側が飲料をBlue Farmのお茶に切り替えるメリットはどこにあるんでしょうか?

環境価値が可視化されたお茶を消費することで、ESG対応を推進し、長期的には株価や企業価値を向上することができます。なぜなら、機関投資家が投資判断をする際の主な基準となる「CDPスコア」を高められるからです。

CDPスコアとは、国際的な環境非営利団体CDPが、企業のESG対応を評価した数値のこと。温室効果ガス排出削減量などの定量的なデータはもちろん、施策の数や多面性も評価の対象になります。多くの企業が取り組む再エネやカーボンクレジットに追加で、新たなソリューションに取り組む企業として評価を高められれば、CDPスコアが向上し、GPIF等の機関投資家から投資が受けやすくなるのです。

しかも、普段のお茶の購入費をそのまま切り替えるだけなので、コストもほとんどかかりません。

ーー企業の利益追求の原動力を、茶園の課題解決にうまくつなげようとしている。

そうですね。見ようによっては、純粋な動機による課題解決ではないと感じる方もいるかもしれません。でも、本当に課題を解決するためには、善意を押し付けるのではなく、無理なく自然な形で機能する仕組みが必要だと思います。茶園の生産者も、大企業も「利益を追求したい」という気持ちがある。それらをうまく組み合わせることで、茶園の衰退を防ぎたいと思います。

 

事業化への“2つの壁”を乗り越える試行錯誤

ーー事業化のためには、茶園農家さんに新しいシステムを導入してもらうことと、企業側にお茶を買ってもらうことの、2つの壁があるかと思います。それぞれ、どのように乗り越えようとされていますか?

茶園農家さんに関しては、多くのコミュニケーションをとってきたなかで「売り上げが高くなるなら導入したい」という方が多いことがわかっています。ただ、新しいシステムへの抵抗は少なからずあるはず。そこで、農業関連の申請書作りなどの面倒な作業も、システム上で自動化できるようにして、導入のメリットを強めたいと思っています。

農家さんが日々行っている申請は、肥料の量や茶葉の収穫量を記録し、計算し、レポートを作る手間がかかります。しかも、多くの農家さんはそれを手書きでやっている。農家さんにとっては腰の重い作業なのですが、実はそれらの項目は環境価値を可視化する際にも必要なものなんです。

そこで、申請書に必要な項目をシステムに打ち込むだけで、自動的に計算し、自動的にレポートを作成する機能を作ろうとしています。そうすれば、農家さんの作業工数を削減しつつ、環境価値の可視化に必要な情報も取得できる。現在は、一件の茶園農家さんにシステムのプロトタイプを使っていただき、実証実験を進めています。

 

ーー作業工数が減り、売上が増えるとなれば、農家さん側の導入の動機は高まりそうですね。企業側とのやりとりはいかがですか?

アイデアは受け入れていただいていますが、「導入するには成功事例や企業としての信頼性がないと難しい」と言われることも多く、少し苦戦しています。そこで、アプローチの方法を見直すことにしました。

大手企業に直接営業するのではなく、まずは、ESG対応の支援をしているコンサルティング会社に提案しようと考えています。彼らが大企業に提供しているサービスは、主に企業のサプライチェーンにおける炭素使用量、温室効果ガス排出量等の計測と分析です。ただ計測や分析ができたとしても、自社にソリューションがあるわけではないので、結局、再エネなどの事業者を紹介することになります。

先ほど話したように、CDPスコアを高めるためには多様な取り組みが必要です。コンサルティング会社からしてみれば、さまざまなソリューションを提供したいはず。その一つの選択肢に、Blue Farmのシステムを入れていただこうと思います。

コンサルティング会社経由で導入が進めば、成功事例を増やすことにもつながります。実績がたまれば、CDPから有効なソリューションだと認定されるかもしれません。実績と信頼の両方を得ることができ、大企業への新規開拓もしやすくなることを期待しています。

 

「出向起業」で、大企業とスタートアップのいいとこ取り

ーー仮説を持ちながら試行錯誤を続けることの大事さを感じます。それほど強い想いで実現しようとしているこの事業。なぜ、始めようとされたんですか?

静岡県藤枝市で400年以上続く茶園農家に生まれた私は、たくさんいた農家さんがどんどん数を減らしていく姿を見て育ちました。だから、自然と「お茶産業の活性化」を自分のミッションだと感じるようになっていたんです。

 

社会人になってもその思いは変わらず、いつ事業に取り組もうかとタイミングを見計らっていました。結果的に約2年前に起業したのには「3つのきっかけ」があります。

1つは、衰退し続ける茶園を見て「いまやらないと取り返しのつかないことになる」と感じたこと。2つ目はビジネスを成り立たせる要素として、世界的なESG投資の熱が高まったことや、センサーやシステムなどの開発コストが下がったこと。そして3つ目がもっとも直接的なきっかけで、「日本企業のESG対応の喫緊さ」を感じたことです。

私は出向起業をしているのですが、その出向元のコムシスホールディングスで、ある建築物への出資を海外から募る仕事をしたことがありました。そこで外国企業から送られてきた契約書に「炭素使用量の制限」の項目を見つけたんです。「これ以下の炭素使用量で建築するように」という条件が書いてありました。

海外ではここまでESG対応が進んでいるのかと驚きました。それとともに、外国企業と商談をしようとする日本企業のオフィスでは、普通にペットボトルのお茶が出てくる現状に危機感を持ったんですこの環境意識やESG対応の差をはやく埋めなければならないと思い、Blue Farmを起業しました。

 

ーーコムシスホールディングス社の新規事業として立ち上げる手段もあったかと思います。なぜ出向起業の形をとったのでしょうか?

出向起業のほうが事業推進スピードが早いと考えました。やはり、大きな組織の中では決裁や判断に時間がかかってしまう。ESG関連の決まり事は数か月で目まぐるしく変化しています。この変化に即座に対応できるのがスタートアップの利点です。

また、経済産業省の「大企業等人材による新規事業創造促進事業*」に採択されたことも大きな要因です。そうでなければ独立していたと思います。補助制度に採択されたことで、事業開発にかかる一部費用が補助金として支給され、人件費も出向元企業が負担してくれた。資金に余裕が生まれました。

(出典:大企業等人材による新規事業創造促進事 https://co-hr-innovation.jp/

 

創業初期に無理に資金調達をしようとすると、その後の経営や事業に歪みが生じる可能性もあります。資金繰りをあまり気にせずに、事業開発に集中できるのは出向起業ならではのメリットです。

 

ーー大企業に在籍しながら、社会課題を解決する事業を立ち上げたい人にはぴったりな制度ですね。

他にも出向起業のいい点は、大企業の情報網を活用できるところです。出向元企業のIR部や経営企画部と連携しているので、スタートアップでは知り得ないESGに関する最新情報に触れることができます。そうした情報から新たな事業機会が生まれることもあるのです。

 

ーーならではの苦労もあったのでは?

資金調達面では少し苦労しています。*「会社に戻れる身」ということで、投資家が事業の本気度に疑問を持つケースもあるんです。ただ、それは出向起業が問題というよりは、投資家を説得しきれないビジネスプランが問題なのだと思います。より良い改善策を考えるのみですね。

*2024年1月時の状況であり、現在は資金調達を実施されました。

 

ーー事業化に向けた試行錯誤は続くようです。最後に、今後の展望について教えてください。

まずは、システムの実証実験を進めるとともに、大企業への販路を獲得し、今の事業をきちんと形にします。その上で、取引する農家さんを増やすことでさらなる価値を生み出したいと考えています。環境価値を可視化する過程で、多くの茶園の栽培情報がシステムに集まれば、そこから「より少ない肥料で、より環境にいい形でできる、高品質なお茶栽培法」が見えてくるはず。

これを他の農家さんにも共有し、環境への負荷を軽減しながら、品質を向上できる栽培方法を広めていきます。環境負荷が軽減すれば、茶園のお茶を消費する企業側のCDPスコアにとってもプラスです。データ活用によって、茶園農家、企業、環境の三方良しのお茶栽培を実現していきたいと思います。

 

Blue Farm株式会社  https://blue-farm.co.jp/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆

    河野照美

    スラッシュワーカー。養育里親。「楽しく笑顔で社会課題と寄り添う」がモットーです。

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