異国の地マレーシアで起業して4年。女性ウェルネス業界の開拓者として歩むルミラスの道のり
「フェムテック?女性のためだけのサービスなんてずるい」
2020年12月、マレーシア初の妊活&女性のウェルネスプラットフォームLUMIROUS(以下、ルミラス)を立ち上げた際、代表の山内杏那氏のSNSにはこんな声が届いたという。女性の妊活やウェルネスに関する認知が一般的ではないマレーシアで、山内氏は新しい市場を切り開いてきた。今では不妊だけにとどまらず、女性のウェルネス全体のサポートにまで事業を広げている。
マレーシアの大手複合企業をはじめとする投資家から資金調達するなど、事業伸長の可能性を大いに感じさせるルミラス。その過程にはさまざまな苦悩とトライアンドエラーがあった。逆境に負けず、今日まで経営を続けてこれたわけとは。
▶︎プロフィール:山内杏那(やまうち あんな)
LUMIROUS Sdn Bhd. / Founder&CEO
英国の大学と大学院を卒業後、総合スーパーを手がける日系企業に就職。その後、海外のオプショナルツアーの予約サイトを運営する会社に転職する。2017年より同企業のマレーシア法人に勤務し、2019年には医療ツーリズムのビジネスを共同創業者と設立。2020年に独立し、同年9月に東南アジアで初となる妊活&女性のウェルネスプラットフォーム「LUMIROUS(ルミラス)」を創業。
もくじ
減少し続ける出生率。マレーシアの妊活・不妊治療の現状
ーーまずは、ルミラスの具体的な事業内容を教えてください。
「子どもが産めないから、子どもがいない人生を選ぶのではなく、自分で産む”選択”ができる世の中にしたい」というビジョンのもと、現在は教育・サポート・マッチングの3つの事業を展開しています。
具体的な事業内容としては、医師監修記事の発信や企業へのセミナーの実施を通じた教育コンテンツの提供、不妊治療を希望する方のオンラインカウンセリング、クリニックとドクターをつなぐマッチングなどを行っています。
主なユーザー層は、マレーシア含む東南アジアの方が中心です。最近では、医療水準が高いマレーシアでの不妊治療を希望される日本人の方のサポートも実施。その他、ウェルネスにまつわるイベントの企画もしています。妊娠に必要な栄養素を学ぶ「妊活お料理教室」は参加者の皆さまから大好評でした。
2024年は妊活だけにとどまらず、生理不順や更年期など女性のウェルネス全般を継続的にサポートするサブスクリプション型のサービスをローンチ予定です。また、妊活&女性のウェルネスに関する検査キットの販売も進めています。
ーーマレーシアの不妊問題はどれくらい深刻なのでしょうか?
マレーシア統計局が発表した2023年版「人口動態統計」によると、過去50年間で、合計特殊出生率は「4.9」から「1.7」にまで減少しています。不妊の大きな原因の一つである、「PCOS(多嚢胞卵巣症候群)」を発症している人が多いことも問題になっています。PCOSとは、卵巣で男性ホルモンが多くつくられることで排卵しにくくなる疾患。日本の約3倍の発症率だと言われています。
増加の背景には、食生活の乱れによる肥満の増加が挙げられます。しかし、女性の身体や性にまつわる教育や研究が十分になされていないマレーシアでは、不妊につながる原因や対策についてあまり認知されていません。
また、日本では保険適用になった不妊治療ですが、マレーシアでは自費なんです。一般企業における新卒社員の平均給料が約8万円なのに対して、体外受精(IVF)は安くても約50万円から。そのために、積み立てた個人年金(EPF)を早期に引き出せる特別な制度もありますが、将来の貯蓄を考えると気軽に利用することはできません。
不妊症についての「正しい知識が普及していない」こと、仮に診断されても「金銭的な理由から治療が受けられない」ことがマレーシアの課題です。そこで、ルミラスは正しい知識をもとに生活習慣を見直したり、肥満を軽減したりと、まずはこの根本の原因を「未然に防ぐ」ところからアプローチをしています。
ーー正しい知識が普及していないマレーシアで、どのようにサービスのユーザーを増やしているのでしょうか?
マレーシア初の女性ウェルネスに関するポップアップイベントや国際女性デーのイベントもルミラス主催で開催しました。お客さまと直接お会いしてお話しをしたり、認知度UPに繋げるアクションを行ってきたんです。また、クリニックで医師に相談するなどのアクションのハードルを下げる為に、毎週オンラインのセミナーも開催してきました。
いまは主に、医療機関や企業との提携を経て顧客にアプローチしています。たとえば医療機関であれば、PCOS患者のデータを保有するクリニックと提携。クリニックとしては、患者さんの通院率を高めたいニーズがあります。ルミラスで正しい情報の発信やサポートを提供しつつ、定期的な通院を促すことで、患者さんのウェルネス向上と医療機関のLTV向上の両方を実現したいと思っています。
また、社員500名以上の企業と提携し「セミナー」も実施しています。社員のみなさまに対して、女性特有の症状への理解増進、相談しやすい環境作り、積極的な受診勧奨などを通じて、従業員のパフォーマンス向上に貢献しています。
働きやすさを改善しようとされていたり、SDGsに注力されていたりする企業様が導入してくださるんです。これが現在のルミラスのコアなマネタイズポイントでもあります。
ーーB2Bの展開は創業時から視野に入れていたのですか?
最初はB2Cからスタートしました。創業当時のマレーシアは“フェムテック”という言葉自体まったく浸透していない状態だったので、オンラインやオフラインのイベントを通じてルミラスを認知してもらうことが最優先事項でした。
現在はB2B2Cで進めています。なぜなら、PCOSなどを発症しているのかがわからない人が多い状況で発信しても、なかなか届かないからです。それならば、企業を媒介として、ある程度の理解を促せる環境でより多くの人にアプローチしようと考えました。
また、マレーシア企業における女性管理職の割合が高いことも理由の一つです。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2020年時点で24.9%となっており、日本の13.2%を大幅に上回っています。管理職に女性が多いということは、福利厚生としてルミラスを提案するときもポジティブに受け入れてもらえる可能性も高いということです。今後さらに女性の社会進出が進むことも視野に入れて、法人向けのアプローチを強化してきました。
妊活コーチングからプラットフォームへの事業転換
ーー妊活&女性のウェルネスに関心を持ったきっかけを教えてください。
私自身がマレーシアに住んでいるときに流産を経験したことが原点にあります。当時はまったく情報がなく、染色体の異常なのか、食生活に問題があったのか、何が原因かわからずで……。
心の拠り所も見つからず、自分を責めてしまう日々が続いていたのですが、そのときに支えになったのがオンラインで相談できる占い師のおばあちゃんの存在でした(笑)。親しい人には心配をかけたくないから言えない。だからこそ、第三者がただ聞いてくれるだけで心が楽になったんですよね。
その原体験から「同じような悩みを持つ女性に伴走できる場をつくりたい」と考え、まずは妊活コーチング事業をスタートしました。医療に関することは答えられなくても「誰に話したらいいのかわからなかったの。聞いてくれてありがとう。」と感謝されたことが何度もありました。話を聞いてもらえるだけで心が救われる人がいること、そして、私と同じように孤独を感じている人がいることを確信したんです。
ーーそこから事業は変遷していますね。コーチング事業からプラットフォーム事業にシフトしたのはなぜですか?
当時のマレーシアを含む東南アジアでは、欧米と違って第三者にプライベートを打ち明けたり、カウンセリングを受けたりすることにまだハードルがあったからです。「Nice to Have」なサービスではあるけれど、「Must Have」まではいきませんでした。
そこで、コーチングやカウンセリングよりはハードルを下げたものができないかと考え、事業をシフトしました。教育コンテンツを視聴したり、チャットなどで気軽に話せたり、もちろん希望すれば1対1のカウンセリングが受けられたり、ユーザーの状況や性質に合わせて情報提供できる”コミュニティ”を作ろうと思ったんです。
ーーそういった経緯があったんですね。創業の地にマレーシアを選んだ理由はありますか?
マレーシアでの原体験があったからこそ、東南アジアの課題を解決したいという気持ちが大きかったです。また、最初から医療機関との提携を視野に入れていたので、医療水準が高く外国人も積極的に誘致している国が良いと思いました。コミュニケーションの面においても英語が通じやすく、マレーシアの起業家ビザ(MTEP)が取得しやすいことも理由の一つです。
認知がないならとにかくアタック!山内さん流の営業方法
ーー東南アジア初の妊活プラットフォームとして、認知や人とのつながりも少ないなかでの起業は大変だったと思います。困難をどのようにどう乗り越えてきたのでしょうか?
おっしゃる通りで、なにより資金調達にはかなり苦戦しましたね。人とも企業ともつながりがなかったので、マレーシアの中で「ルミラス=妊活&女性のウェルネスプラットフォームの企業」として認知を取るために、とにかくピッチイベントに登壇しました。
でも、ビジネスモデルがまだ確立しきっていない状態だったのでなかなか入賞は叶いません。そこで審査員に「ビジネスモデルのどこが改善できるか?」と直接フィードバックをもらいにいくことにしたんです。
ーーピッチイベントの結果に一喜一憂せず、その機会を最大限活かそうとしたと。
そうです。さらに、その審査員の方から、ピッチでルミラスを評価してくれていた企業や人を紹介してもらいました。一人ひとりにコンタクトをとって、そこでもまたフィードバックをもらいながら事業をブラッシュアップ。ネットでエゴサーチして、ルミラスや私のことを取り上げてくれた方々に、直接DMを送り話を聞かせていただくこともありました(笑)。
粘り強く行動し続けた結果、Women in Tech® Start-Up Awardの受賞やSunway iLabsアクセラレータープログラムの採択につながり、最終的にはエンジェル投資家とCVCから資金調達ができました。
ーーうまくいかなくても諦めずに改善点を聞きにいき、次のアクションにつなげていかれたんですね。他にはどんな難しさがありましたか?
今でこそマレーシアにパートナーやメンバーがいるからわかるのですが、当時は“ローカルの人だからわかるもの”が理解できずに苦戦しました。たとえばマレーシアは多民族国家なので、使うSNSプラットフォームも、妊活で悩んだときに頼る窓口も民族ごとに違うんですよ。
その暗黙の了解みたいなものは土地に住んでいる人だからこそわかること。東南アジアで展開している企業の多くが、現地在住の人との共同創業の形をとっているのも、うなずけます。
しかし、当初の私は一人で事業を作っていたので、ローカルルールのキャッチアップがなかなかできませんでした。東南アジアのフェムテックの事例も少ないので、すべてが手探り。「効果検証してみてダメだったら、すぐに次を試す」というスタンスで今日まで取り組んできました。
妊活コンシェルジュサービスを日本で展開する株式会社ファミワンの代表も、「10回ピボットして現在のサービスにたどり着いた」と語られているのを見たことがあります。新しくマーケットを開拓していくにはPDCAをまわして、一つずつ試してみるしか方法はないのかなと。
関連記事:株式会社ファミワン 石川代表の取材記事
ーー現在は13社のクリニックと提携されているとのことですが、どのようにクライアントとのつながりを強めてきたのですか?
資金調達のときと同じように、とにかくコンタクトをとって会いに行く。自ら足を運んで扉をノックするのが、私流の営業方法なんです(笑)。気合いで乗り切ってきた部分もありますが、認知が取れていない段階、特にコネクションがない海外で起業するときには「アクション数の多さ」が大切になってきますから。
その結果、会社を立ち上げてすぐにクリニック10社と提携するまでになり、マレーシアで企画したイベントも、ユニクロ株式会社様、味の素株式会社様やキューピー株式会社様に協賛いただきました。
ーー諦めずに地道に開拓してきて今があるんですね。フェムテックはどうしても男性からの理解が得にくい領域だと思います。その点において、資金調達やクリニックと提携するなかで難しさは感じませんでしたか?
たしかに難しかったですね。今でこそ女性の投資家が増えていますが、創業当時ほとんどが男性でした。結婚やパートナーがいる経験のない方からは「妊活や生理に対するイメージがつきにくい」というフィードバックも多かったです。
でも、なかには、パートナーと不妊治療に取り組んでいる方もいて「気持ちがわかる」と共感してくれださる方もいました。いきなり多くの人に理解してもらおうとするのではなく、「ルミラスの想いに深く共感してくださる方々から、少しずつ理解と認知の輪を広げていく」ことを意識してきましたね。
この考え方は仲間集めのときにも役立ちました。自分自身も生理不順を抱えていたり、事業内容に共感していたり、パートナーがPCOS疾患を抱えていて女性のウェルネスに関心を持っていたりするメンバーたちが、一緒に働いてくれています。
「なぜ起業家になったのか」原点を思い出して前に進む
ーー起業家にとってマーケットに参入するタイミングは重要かと思います。これまでを振り返って、ルミラスの参入タイミングについては、ご自身でどう評価されていますか?
ルミラスはまだフェムテックの認知度がゼロに近い状態でマーケットに参入したので、需要を見出すまでにかなりの時間がかかりました。しかし、その時間のおかげで、マーケットをよく知ることができ、お客様の課題ともじっくり向き合えたのも事実。
また、早期参入するからこそ得られたものもあります。先日、シンガポールで同じフェムテック業界で活躍する女性起業家とお会いして、「これから業界をこんなふうに変えていけたらいいよね」とお互いの事業と未来について語り合いました。最後には、ライバルでありながらも「一緒にがんばろう」と熱い握手を交わしたんです。なんだかこのときに、あらためて社会起業家の本質を見た気がしました。
ーー社会起業家の本質とは?
社会課題の解決には、起業家としてビジネスを成長させて、しっかり資金を循環させていくことが大切。でも、それは決して「独り勝ちしなければならない」ということではありません。
向き合う課題やアプローチは違えど、起業家同士、より良い世界を目指す仲間として一緒に歩みを進める。個人の力は小さいかもしれませんが、集まれば社会に対して必ず変化を起こせるはずです。
マーケットに早期参入して大変なこともありましたが、周囲と切磋琢磨するなかで、社会課題に向き合う起業家として欠かせないマインドをあらためて認識できました。
ーー素敵なエピソードですね!ルミラスの展望についても聞かせてください。
「フェムテック領域はスケールが弱い」とよく言われますが、ルミラスは企業に対する福利厚生としての導入や、妊活&女性のウェルネス関連の検査キット販売の展開によって解決していきたいと考えています。また、政府や金融機関、保険会社と連携しながら、男性側のリテラシーを向上するプログラムも展開して、妊活だけにとどまらない女性ウェルネス全体のサポートに尽力していきます。
創業4年目を迎えた今、マレーシアでは国としても少しずつ少子化への対策を始めています。国の予算を割いて国立の不妊治療クリニックも設立していくとのアナウンスもされていますので、この追い風に乗って、ここからさらに事業を加速させたいです。
ーー最後に、これから海外での起業に挑みたいと思っている方に、アドバイスできることがあれば教えてください。
起業家に求められるのは、事業を最後までドライブし続ける「GRID(やり抜く力)」です。もうダメだと思って諦めてしまったらそこで試合終了ですから。
これまでビジネスをしてきて辛いことは山ほどありましたし、「自分は起業家に向いていないのかもしれない」と落ち込むこともありました。でもそんなときに支えになったのが、自分が起業家を志した理由や、東京都女性ベンチャー成長促進事業APT Womenで出会った起業家やこれまで起業を通じて出会った人たちの言葉だったんです。
原点を見失わず、課題に本気で向き合う覚悟さえあれば、きっと困難は乗り越えられるはずです。そしてその過程には、一生忘れられない人との出会いがあります。これから東南アジアで起業される際は、私にできることがあればいつでもお声かけください。みなさんと一緒に歩めることを楽しみにしています。
Lumirous Sdn Bhd. https://www.lumirous.com/
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
おのまり
ライター・編集者。人の独特な感性を知るのが好き。趣味は美術館めぐり、ガラス陶器屋さんめぐり。
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