「節水ノズル」と「お皿」で節水率99%を実現。世界の水不足解消を目指すDG TAKANOのデザイン思考
解決の道筋が見えない課題は多く存在する。そんな課題のひとつ、世界の水不足に挑戦するのがDG TAKANOだ。DG TAKANOは節水率最大95%の節水ノズルと、洗剤を使用せず少ない水で汚れが落ちるお皿を開発し、世界市場への挑戦を始めた。
前例のないプロダクトを生み出せた背景について、代表の高野雅彰氏は「根底にはデザイン思考がある」と語る。DG TAKANOが開発した、節水ノズルとお皿にはどのような秘密があるのか。圧倒的な節水率を誇る製品誕生の経緯や、「デザイン思考」を活用したプロダクトづくりについて聞いた。
【プロフィール】
DG TAKANO代表取締役 高野 雅彰(たかの まさあき)
1978年大阪府東大阪市生まれ。神戸大学経済学部を卒業後、IT企業に就職し3年で独立。高い節水率と洗浄力を兼ね備えた節水ノズル「Bubble90」を開発し、2009年「”超”モノづくり部品大賞」でグランプリ受賞。2010年に社会課題や環境問題等を解決するデザイン会社「DG TAKANO」を設立。2022年「サウジ・日本ビジョン2030ビジネスフォーラム」に日本代表企業として招待され、世界の水不足の解決に取り組んでいる。2023年に洗剤を使用せず、水ですすぐだけで汚れや細菌を落とす食器meliordesign(メリオールデザイン)を開発し、日経クロストレンド「マーケター・オブ・ザ・イヤー2023」優秀賞、2023年度省エネ大賞〈製品・ビジネス部門〉「審査委員特別賞」を受賞。 経済産業省J-Startup企業、日経ビジネス『世界を動かす日本人50』、ForbesJAPAN「ChatGPT後の日本の勝ち方10」等に選出されている。
もくじ
常識をくつがえす2つの節水プロダクト
ーーDG TAKANOが開発した製品について教えてください。まず、節水ノズル「Bubble90」はどんな製品なのでしょう?
「Bubble90」は水道の蛇口の先端に取り付ける節水ノズルです。蛇口に設置するだけで使用する水の量を最大95%削減できます。2009年に販売を開始し、現在、全国の大手レストランチェーンの約8割が導入しており、さらにスーパーマーケットへの導入も進行中。導入企業のなかには、年間数千万円〜数億円の水道代を節約しているところもあります。
ーー従来の節水製品とは何が違うのでしょう?
従来の製品は、水に空気を含ませるなどして水量を減らすことで節水しています。その分、汚れを落とすために、長い時間水を使わなければならないことが課題でした。また、最初の水は汚れにあたりますが、後から出てくる水の大半は汚れに当たることなく、最初の水の上を流れ落ちていきます。
「Bubble90」は脈動流といって、小さな「水の玉」を勢いよく断続的に打ち出しマシンガンの弾のように水を出す仕組みを、無電力で可能にしました。1つ1つの水の玉が直接汚れに当たるため、水量が少なくても高い洗浄力を実現できます。
DG TAKANOは世界で初めて電力を使わず、水道水圧だけで脈動流を起こすノズル「Bubble90」を完成させました。これが評価され、2009年には「“超“モノづくり部品大賞」でグランプリを受賞しています。
ーーもう1つの節水プロダクト「meliordesign」についても教えていただけますか?
「meliordesign」は、ナノテクノロジーの技術を用いて、洗剤を使わずに水だけで汚れが落ちるお皿です。お皿の表面にナノレベルの小さな芝生が生えている状態をイメージするとわかりやすいと思います。お皿と汚れの間に水が流れ込み、汚れが浮かび上がるんです。
お湯を使用せず、少ない水で汚れが落ちるので、ご家庭の水道光熱費の節約につながります。さらに、お皿洗いをする人の負担が減り、慢性的なストレスも軽減されると考えているんです。「meliordesign」は省エネ効果が認められ、2023年度省エネ大賞で「審査委員会特別賞」を受賞しました。
追求心が業界にイノベーションを起こす
ーーそもそものところを伺いたいのですが、なぜ水不足問題に着目し、起業に至ったのですか?
町工場を経営する父の姿を見て育った私は、自分もいつかは起業しようと思っていました。しかも、家業を継ぐのではなく、「世の中にまだ存在しない」かつ「世界に通用する」ものでビジネスをしようと最初から決めていたんです。
まず世界に通用するビジネスを作るには、問題の根が深く、解決しにくい世界共通の課題を解決すべきだろうと考えました。世界の課題をあらかた調べて、水不足問題に着目。ゼロから水を生み出すことはできないけれど、父の町工場の高い技術力と設備があれば、節水プロダクトが作れるだろうと考え、この課題に取り組むことにしました。
ーー家業のものづくり技術が水不足問題解消に役立つと考えたわけですね。節水プロダクトのなかでもノズルを選択したのはなぜですか?
節水ノズルは、農業などの水を使用するあらゆる分野で利用できること、節水分野の市場は大企業がまだ参入しておらず「業界トップ」を目指せることが理由です。
さっそく開発に取り掛かり、プログラミングなどを学びながら、父の町工場の技術を用いて半年ほどで「Bubble90」のプロトタイプが完成。当時の節水率は70%くらいで、すでに市販の商品よりも高い性能を有していました。しかし、そこではまだ販売はしません。
なぜなら、他の企業が容易に真似できないレベルのプロダクトをつくろうと考えていたからです。それからさらに研究を重ね、最大95%の節水率を実現してから販売を始めました。この「圧倒的に差別化する」という考えは、DG TAKANOがプロダクト開発をする際に大切にしている価値観の一つです。
ーー飽くなき追求の末に完成した節水ノズル。その次にお皿を開発したのはなぜでしょう。普通ならシャワーヘッドやトイレなどが、まず思い浮かびそうです……。
おっしゃる通り、「ノズルの次はシャワーヘッド」などと近い商品を連想するのが普通だと思います。しかし、水不足の解消という目的から考えると、「水を出す側」のノズルと、「水を受ける側」のお皿の両方で、圧倒的な節水を実現できたほうがいいと考えたんです。
また、日本国内のレストランで使われている蛇口は大きく分けて2種類ありますが、家庭用の蛇口は多種多様な形をしていて、すべてに合うノズルを作ることは不可能です。蛇口に「Bubble90」を取り付けられないご家庭でも、DG TAKANOのお皿があれば節水できると考えました。
ーー「節水」という目的から考えると発想も広がりますね。お皿の開発はどのように進めたのですか?
まず、お皿の開発に必要な技術を探すところからスタートしました。汚れが落ちやすいものはいくつか存在しますが、私たちが目指したのは他にはない「水だけで汚れが簡単に落ちる」お皿です。これを実現できるアイデアの仮説を立てて、企業をまわり、共同開発の相談を持ちかけました。
はじめは、特殊な塗料を使うことで実現できないかとも考えました。実際に塗料メーカーと話を進め、目指す品質の7合目くらいのプロダクトはできた。しかし、そこまできてやっと「この方法では10合目にはいけない」とわかり、他の方法を試すことに。
そうやって、何度か山を登って降りてを繰り返し、ようやくナノテクノロジーを活用するアイデアに辿り着きました。協力会社との共同開発というかたちで「meliordesign」は生まれたんです。
ーー共同開発先を探すうえで難しかったことはありますか?
世の中にない商品なので、本当に実現できるのか、実現したとして売れるのかは誰にもわかりません。それでも、一緒に共同開発に取り組んでくれる企業を見つけることは簡単ではありませんでした。実際、アイデアだけを持っていかれたり、開発途中で辞退されたりしたこともあります。
目指す基準を実現できる技術を持っていて、「この商品ができれば世界が変わる」と信じ、誠実に課題やビジネスと向き合ってくれる企業と出会うまでに、何度も失敗しました。しかし、「失敗」と「成功」2つの道に分かれているのではなく、失敗は成功へのプロセスに過ぎない。そう信じて進んだおかげで、何十年、何百年もつくり方が変わっていなかったお皿に、イノベーションを起こすことができたんです。
「デザイン思考」で課題解決力を磨く
ーーノズル、お皿とイノベーティブなプロダクトを連続でつくれたのはなぜでしょう?
それは、DG TAKANOが「ものづくり企業」ではなく「デザイン企業」だからです。この場合の「デザイン」とは、外見的な装飾のことではなく、設計という意味。自社の技術で課題を解決するのではなく、課題を解決するための設計図を描き、日本全国から必要な技術を結集させるのがDG TAKANOの役割なんです。
「技術からではなく課題から」というデザイン思考は、世界のビックテックでは当たり前になっています。たとえばアップル社も「複雑な操作をシンプルにする」を目的とし、技術を外部から集めて、iPhoneという革新的プロダクトを生み出しました。
それなのに、日本の起業家と話していると、まだまだ「デザイン思考」が浸透していません。技術的なイノベーションばかりを追い求めていて、デザインの重要性に気づいていない。「もったいない」とすら思います。日本の企業がデザイン思考に切り替えたら、もっとイノベーションが生まれそうだと思うんです。
ーー目的から考えるデザイン思考を持った会社に近づくためには何が必要でしょう。DG TAKANOさんが社内で実践されていることを教えてください。
よくやるのは、社員への仕事の指示をなるべく抽象的に伝えることです。たとえば、社員がドラッグストアの店員だったとしましょう。彼に対して、「店の電球を明るいものに変えてくれ」と頼むのは具体的な指示です。そう言われたら、彼は指示通りに電球を買ってきて、タスクを完了するでしょう。でも、これでは考える力はつきません。
僕がもし指示を出す立場だったら、「ドラッグストアの売り上げを2倍にしてくれ」と指示します。そうすると、陳列棚を最適化する、商品を値下げする、お店の雰囲気を明るくするなどさまざまな案が浮かびます。そのなかで競合の存在や、お客様のニーズなどを考えながら、自分で一番良いと思う解決策を考えるわけです。一つの施策を試してうまくいかなかったら、次の施策を試していく。そうやって考える力がついていくのだと思います。
抽象度の高い目的を指示し、実現する方法を自分で考えさせる。そして、その考えた過程をきちんと言語化させることで、少しずつ組織のデザイン思考は育っていく可能性があります。
ーー答えを与えずに考えさせることが大事だと。
言葉にすると単純ですが、どのくらいやりきるかが重要です。僕の場合は大袈裟ではなく、24時間365日考えています。「どうしたら水不足を解決できるか」「どうしたら洗剤を使わずに綺麗になるお皿を作れるか」など、一つの抽象的なお題に対して考え尽くすんです。
思考のクセをつけるには、日頃のトレーニングが必要だと思います。飲食店で食事しているときも、「自分が経営者ならなにをするか」を考えるんです。教科書的に学んだデザイン思考はまったく意味がありません。なにかしらの課題を設定して、解決する方法を考える「課題解決の1000本ノック」くらいしないと、本当のデザイン思考は身につかないと思います。
ーー本当に日常から「問い」を持ち続けているのですね。社会課題に挑む起業家が考えるべき問いを一ついただけますか?
大きなインパクトを生みたいなら「複数の課題を同時に解決できるソリューションはないか?」という問いが大事だと思います。目の前の1つの課題を解決することも重要ですが、さらに2つ、3つとなるべく多くの課題を一緒に解決しようと考えるわけです。
たとえば、DG TAKANOのmeliordesignのプロダクトは節水効果だけでなく、省エネや洗剤不要など、複数の観点から地球環境負荷を減らしています。また、水道光熱費を大幅に削減し、さらに皿洗いの負担を減らすことで、家事のストレス負荷を下げています。
多くの社会課題を同時に解決できて、ビジネスにもなる「最強のソリューション」にたどり着くのは簡単なことではありません。だから、常日頃から考え続けないといけないんです。
宗教的慣習に注目し、サウジアラビアの節水に挑戦
ーー今後の事業展開について決まっていることがあれば教えてください。
今年(2024年)5月頃に、「一般家庭用のBubble90」の発売を予定しています。このプロダクトは、蛇口本体に「Bubble90」が内蔵されており、新築やリフォーム時に導入可能です。家庭用「Bubble90」と「meliordesign」のお皿を併用することで、最大99%の節水効果を期待できます。
また、世界展開という点では、現在サウジアラビアで商談を進めています。サウジアラビアの水事情を調査した結果、「Bubble90」を導入することで、1人当たりの水使用量を大幅に削減できる見込みがあります。
サウジアラビアは砂漠国であるため、慢性的な水不足に悩んでいます。それにもかかわらず、国民の90%以上がイスラム教徒で、お祈りの際に身を清めるための水が大量に使われている。他国からの参拝者も考慮すると、莫大な量の水を使っています。
そうした背景から、まずは、礼拝場であるモスクに「Bubble90」の導入を検討しています。次に、お祈りは場所を問わず行われるため、空港やショッピングモールなどでも導入する予定です。
サウジアラビアで成功すれば、他の中東諸国やインドネシアなど、イスラム教徒の多い国にも広げていけるはず。世界の水不足解消に向けて、大きな一歩を踏み出したいと思います。
dg takano co. https://dgtakano.co.jp/
企画・編集・取材
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
河野照美
スラッシュワーカー。養育里親。「楽しく笑顔で社会課題と寄り添う」がモットーです。
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