わかりにくいものは、残りやすい。地球上でもっとも長生きな存在「微生物」を研究するBIOTAの経営方針
インタビュー

わかりにくいものは、残りやすい。地球上でもっとも長生きな存在「微生物」を研究するBIOTAの経営方針

2023-12-07
#環境

起業家ならば、誰もが「早く事業を大きくしたい」「早く成長したい」そう考えているものだと思い込んでいた。しかし、株式会社BIOTA(バイオタ)の代表・伊藤光平氏は、「早いほうがいいわけではない」と自身の経営の考えを語る。

株式会社BIOTAは、都市環境における微生物の研究やその研究をもとにしたサービスを提供する。都市空間で「微生物多様性」を高める事業に取り組んでいる。BIOTAはなぜこのような事業に取り組むのか、そして伊藤氏の言葉の真意とは?話を伺った。

【プロフィール】伊藤光平(いとう こうへい)
株式会社BIOTA代表
慶應義塾大学 環境情報学部卒業。慶應義塾大学先端生命科学研究所にてマイクロバイオームを対象としたバイオインフォマティクス研究に従事。ヒトだけでなく都市や建築物における環境マイクロバイオームも対象とした。大学卒業後、株式会社 BIOTA を創業。

「微生物多様性」の高さが人の健康を支える

ーーBIOTA(バイオタ)は「微生物多様性を高めること」を活動の軸にされていますよね。そもそも、「微生物多様性がある」とはどんな状況を指すのでしょうか?

前提として、微生物はとても多様な存在なんです。数でも分類の広さでも、微生物は地球上の生物の大半を占めているとも言われています。なので微生物の多様性があることは、生物の多様性があることとほぼ同義なのではないかと個人的には考えています。

しかし、今の都市環境や居住空間は、微生物の多様性があまり考慮されていません。たとえば、家やオフィスなどでは無菌状態が良いとされがちだし、そもそも微生物は目に見えないため、そんなにたくさん存在していないと思われていますよね。

そういった状況から、数の面でも、種類の面でも都市の微生物をもっと豊かにしていくことを目指して、「微生物多様性」という言葉を使っています。

 

ーー微生物多様性が低いとどんな問題があるのでしょうか?

人間に関わるところとしては、大きくは免疫力の低下と感染症の拡大といった2つの健康リスクが挙げられます。

免疫の正常な発達には、「暴露する(体に取り込む、触れる)微生物の数や多様性」が関わってきます。僕が研究していてよく感じるのは、都市全体を通して見るとそもそも微生物の数や多様性が少ないということ。土や植物など、微生物のすみかとなるような場所が少ないからですね。

その結果、都市に住む人達は微生物にさらされる機会が少なくなってしまいます。人間の免疫は、幼少期にちゃんと微生物にさらされることで発達します。つまり、都市で生活する人は免疫の発達が損なわれてしまうリスクがあります。

もう1つの感染症の拡大は「微生物の種類の多さ」つまり多様性に関わります。都市は目に見えない微生物の存在を前提には作られておらず、また病気や感染症への不安から抗菌・無菌化も進められています。微生物を意図的に減らそうとしていると言えます。でも、実際には微生物はゼロにはなりません。なぜなら、人間もたくさんの微生物を放出するからです。

そうなると、家などの建築物の中では、人間から出る特定の微生物だけが蓄積されて、微生物の多様性が崩れてしまいます。数の多い微生物はやはり強くなりますし、抗菌・除菌に耐性のある菌が生まれる可能性もあります。そうやって生き残った微生物がもし病原菌だったら、感染症の拡大にもつながりかねません。

微生物多様性を高めることが、人間の健康で持続性のある暮らしにもつながるんです。

 

ーー実際、昔よりも微生物多様性は失われているのですか?

近代の都市化にともなって緑や土の量が減少し、微生物のすみかが減っています。なので、長い目で見れば、微生物の数も多様性も失われているのではないか、というのが一般的な回答です。

ただ、実は都市って微生物にとってすみかとなる場所の選択肢が多いんですよ。たとえば、下水道のようなさまざまな化学物質がたくさん流れる場所、アスファルトのように温度が上がる場所などの特殊な環境では、生き物は進化します。そう考えると、微生物も進化していて、一概に多様性が減っているとは言えないかもしれません。

また、最近はグリーンインフラ(自然環境の機能を活用して、持続可能な都市・地域・居住空間作りを進める取り組み)が台頭してきているので、小さなスケールで見ると、微生物が徐々に増えてきているとも考えられます。

 

ーー都市における微生物多様性の問題がよくわかりました。ところで、伊藤さんが都市の微生物多様性に着目したのはなぜですか?

僕の出身地、山形県鶴岡市に慶應義塾大学の研究所があり、高校生の頃にたまたまそこで微生物の研究を始めることになったんです。

最初は人の皮膚や腸内の微生物を研究していました。その後、大学に入ってからある論文を読んで、都市の微生物に興味を持ちました。微生物にとっては人の体も都市も土もお酒も変わりなく、住めるところに住んでいるんですよね。そう考えると、人体でも都市でもあまり隔てなくつながっていると思えて、違和感なく都市の微生物の研究にスイッチできました。

 

研究内容を社会実装するための3つの事業

ーーBIOTAではどんな事業をされているのでしょうか?

事業の軸は「微生物の研究」「空間創造」「文化醸成」の3つです。どの軸でも「アートとソリューションの組み合わせ」というコンセプトが共通しています。

 

ーー具体的にそれぞれの軸について詳しく聞かせてください。「微生物の研究」ではどんなことをされてきましたか?

研究は、1番力を入れている軸です。環境中の微生物を調べて、環境や人の健康へのインパクトを定量的に紐付けていきます。色々な大学の先生と共同研究をして、一緒に論文を出しています。

自社での研究ももちろんしています。ニッチな都市空間を研究したり、世界中から微生物のデータを収集して、これまでに10,000以上のデータベースを作成。それをもとに空間を評価し、必要な微生物を加えたりするなどの提案を行っています。


空間に不足している特定の微生物を“加菌”できるデバイス「GreenAir」を開発中のBIOTA。写真は、後述する日本科学未来館で開催した「セカイは微生物に満ちている」にて展示されたもの。

 

これまでに研究を重ねてわかってきたことは「同じ都市の中でも場所によって微生物のバランスや種類が細かく分かれている」ということです。海外を含め、数千のサンプルを集めたところ、公園や緑地は微生物多様性が高い傾向にあり、オフィスや病院は微生物多様性が低い傾向にあることがわかりました。

 

ーーでは、「空間創造」はどんな事業ですか?

研究で得たデータをもとに、実際に都市の微生物多様性を高める建築設計・ランドスケープ・素材開発などを提案する事業です。

たとえば、サウナの入り口前の植栽を手がけたことがあります。工夫して選定した植物を効果的に配置することで、微生物はもちろん、さまざまな生き物が集まってきて生態系が構築されます。また、植栽の設置後に、このサウナで外気浴をした人の、利用前後の皮膚の微生物を調べるなど、いろいろな効果定量をしています


(前橋市 株式会社ソウワ・ディライトとのコラボレーション)

 

緑を入れるだけのランドスケープの提案は、すでに他の企業でもあります。しかし、いざ「緑の価値は何か?」と問われてもざっくりと「人の健康」程度にとどまっているケースもある。そんななかでBIOTAは、「微生物多様性」という観点から、より具体的に人や他の生物に対する影響やメリットを提案しています。

とはいえ、実際に免疫がどれだけ高まったか、感染症がどれだけ防げたかといった定量的な効果がわかるまでには長い時間がかかるんです。そのため、今は微生物多様性の機能だけではなく、ビジョンやコンセプト作りも含めて共感してくれる方々と一緒に空間創造に取り組んでいます

コンセプトが面白い空間創造の例としてあげられるのは、世界で一番小さな本屋としてギネスブックに認定されることとなった「tiny tiny book store」です。ここでは微生物と共生するための素材選定や空間設計、微生物から宇宙までをひとつなぎにする書籍選定などを行いました。


(前橋市 株式会社ソウワ・ディライトとのコラボレーション)

 

ーー「文化醸成」についても詳しく教えてください。

これは、微生物多様性についての知見を広めるための発信活動です。アート作品の展示やメディア露出、ワークショップなどが当てはまります。また、僕のような研究者兼経営者のキャリアについて発信したりもします。

最近まで開催していた日本科学未来館の展示「セカイは微生物に満ちている」が、その例。今まで、ただ「微生物多様性」と言っても伝わらないことが多く、課題だと感じていました。そんななかで、展示などを使うと、言葉で伝えるよりも理解してもらいやすいし、ポジティブな反応が返ってくることが多いんです。展示を見に来てくださった一般の方はもちろん、協業相手やお客さまに説明するためにも、こういった活動は意義があると考えています。

 

成長を追い求めるだけが、持続可能性を高めるわけではない

ーー先進的な研究を事業にされていると、資金繰りが大変だというお話はよく聞きます。資金面ではどんな風に運営されていますか?

おっしゃる通り、バイオベンチャーはお金がかかるんですよね。研究開発費がかかるので、売り上げに直接関係ないところでお金が出ていきます。しかも、研究の価値を理解してもらうのも難しく、一般的なサービスと異なって、「不確定なものにお金を払っている」という意識を持たれやすいんです。

ーーやはり資金繰りの難しさはあるのですね。BIOTAでは資金調達は考えましたか?

今のところBIOTAは基本的に自己資金でやっています。なぜかと言うと、僕自身が悩み考えながら事業をやりたいと思っているから。その分、スピードが遅くなるというデメリットはもちろんあります。本当は、ディープテックの目利きができる投資家を探して、スケールしていくのが、「ディープテック系スタートアップのセオリー」と理解はしているんですけどね。

 

ーーそれでも「悩みながら事業をやりたい」というのはなぜですか?

「早く成長できさえすればいい」とは思っていないからです。そもそも、無限に成長していかなければいけないという考え方自体、持続可能性とは相反するのではないかと思っています。

売り上げが一生上がっていくなんて幻想であって、みんなどこで歯止めをかけるつもりなのか、ということをよく考えます。僕は、早く成長することよりも、死ぬまで、じっくり悩みながら微生物の研究をやることを第一に考えたいんです。

 

BIOTAの事業は説明しづらく、わかりにくいので、スケールもしづらいかもしれない。けれど、そうしたもののほうが生き残りやすいというか、消費されにくくて豊かなのではないかと思っています。微生物は多様で複雑で豊かな生態系を築き、長い間生き残ってきましたが、それは企業や人間の在り方でも同じことではないでしょうか。たとえば、職業が1000個あるのと10個だけなのを比べた場合、1000個あったほうがレジリエンスの高い都市が形成されるはず。

だから、BIOTAでは微生物多様性と共生さえ軸にあれば、都市に必要なアパレルでも食でも音楽でも何でも事業にしていいという柔軟なスタンスなんです。

そんな会社なので、他のバイオベンチャーのお手本にはなれないかもしれないです。でも、ここまでいろいろ試してこられたし、結果的に続けてこられたので、やってみないとわからないですね。もしかしたら、今後エクイティファイナンスをする可能性もありますが、まずは自分の信じた道でやってみたいなと思っています。

 

研究×アート×都市開発——BIOTAは多様な視点が交わるプラットフォームへ

ーー改めて、なぜ事業にするほど、微生物にのめり込めたと思いますか?

微生物は地球上で最も昔から存在していて、最もたくさんいる生き物です。「微生物」という主語の大きさに日々恐怖するくらい、大きな市場の研究だからこそのめり込めました。一生かけても答えが出なさそうなので、一生遊べる可能性があるし、一生深めていけると思っています。

僕のなかでBIOTAの事業は、単に微生物を増やすだけが目的ではありません。「人と微生物の境目はどこだろう?」「都市の本当の住人・隣人って誰なんだろう?」「生物多様性や生態系ってどんな内訳なんだろう?」といったことを考えながら、人間が普段関わっているすべてのステークホルダーの再定義をしているのだと捉えています。

 

ーー今後はどんなことに取り組んでいきたいですか?

直近では査読論文をいくつか出しているのに加えて、海外での展示も予定しています。

ただ、先ほどお話しした日本科学未来館の展示が終わって、今はひと段落したなという気持ちでいます。1年4か月の展示に何百人もの方が来てくださって、ちゃんと一人ひとりに向き合って案内をしました。微生物に関心を持つ仲間が増えて嬉しく思います。

死ぬまでかけて長く微生物の研究をやることに決めているからこそ、今はちょっと休むことも必要かなと思っているんです。

 

ーー長期的に研究・事業を続けていくために、今後どのように微生物多様性を社会に実装していきたいですか?

微生物をすぐに受け入れられるかどうかは個人によります。自分の体のパーツでさえ、気に入らないことがあるのと似たようなものです。

まずはさまざまな場所に「微生物がいる」ということを多くの人に知ってほしいと思っています。認知してもらうだけでも、微生物に対する見方は大きく変わるのではないでしょうか。

そのためには、研究だけしていてはいけないと思っています。研究に加えて、アート作品を作ったり、ワークショップをしたり、インタビューに答えたり、多面的に伝えていきたいです。

さらに、BIOTAの組織も研究者だけでなく、アーティストやランドスケープデザイナー、都市開発の専門家など、いろいろな人が議論するプラットフォームのような場にしたいと考えています。各分野の人たちがイメージする「微生物多様性」のイメージや解像度には差があるからこそ、一緒にやっていく意味があるはずです。

BIOTA https://biota.city/

 

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    企画・編集
    佐藤史紹
    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都

    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

     

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