メンバーのメンタルケアを徹底する。産前産後の悩みの解消を目指す、じょさんしGLOBAL Inc.の対人支援におけるこだわり

性的マイノリティや虐待問題など、デリケートで個別性の高い内容であるが故に、当事者が声を上げづらい社会課題は多く存在する。妊娠・出産・育児にまつわる不安や、当事者の孤立もそのひとつ。そんな課題を解消するために、プロの助産師によるオンライン相談プラットフォーム「じょさんしONLINE」を立ち上げたのが、株式会社じょさんしGLOBAL Inc. 代表取締役の杉浦加菜子氏だ。杉浦氏は、創業から4年で、約4000組の家族をサポートしてきた。このデリケートで個別性の高い問題とどのように向き合い、ビジネスでどのように解決しようとしているのか。サービス設計と組織運営のこだわりを聞いた。

【プロフィール】杉浦加菜子(すぎうら かなこ)
名古屋大学医学部を卒業後、助産師として都内の総合病院に勤務、延べ3000人以上の出産に立ち会う。第1子出産後、夫の転勤に伴い渡蘭。身内も知人もいないオランダの土地で初めての育児を経験。第2子出産直後、日本に帰国。自身の助産師としての経験と、海外での出産子育ての経験から「世界中の誰もが自分の心と身体を大切にできる出産・育児をサポートしたい」という想いを痛感。専業主婦だった2019年に「じょさんしONLINE」を創業、2021年に法人化。ICTビジネスアイディア発表会 女性起業家大賞受賞を受賞し、日経ソーシャルビジネスコンテストのファイナリストに選出されるなど、ソーシャルビジネス家として注目を集める。

 

「既存の支援から抜け落ちてしまう人」に平等な支援を

ーーまずは、じょさんしONLINEの特徴について教えてください。

じょさんしONLINEは、妊娠・出産・育児中の女性やその家族に向けたオンライン相談サービスです。主な特徴は2つあります。1つは、世界中のどこにいても、妊娠出産や子育ての専門家である「助産師」に相談ができること。海外に住んでいる日本人、日本に住んでいる外国人など、国内外問わず他言語での対応をしています。

2つめは、世界5カ国に所在する13名の助産師の時差を利用することで、「24時間365日相談体制*」をとっていることです。妊娠・出産・育児にまつわるお悩みがいつ発生するかはわからないので、夜遅くや朝早くでも相談できる安心感を大切にしています。

*現状は24時間前までの事前予約が必須です

 

ーー海外も対応、かつ24時間体制はすごいですね。実際相談に来られる方はどのような方が多いですか?

行政や病院による妊娠・出産・育児にまつわる支援の枠組みから、抜け落ちてしまう方からの相談が多いです。例えば、海外に住んでいる日本人の妊婦さんや、日本に住む国際カップルの方。「病院や情報サイトの言葉が理解できない」などと悩まれています。しかし、若年妊娠などのケースとは違い、こうした方々のお悩みは「支援の必要性や緊急性が見えづらい」ために、見過ごされてしまっているんです。

また、最近は男性からのご相談も多くなりました。「産婦人科はママのためのもの」という風潮があったり、行政窓口が朝9時から17時までしか空いてなかったりして、男性がパートナーの妊娠・出産について気軽に相談できるところが少ないようです。オンライン面談だからこそ、そうしたハードルが下がり、パートナーと一緒に相談を受けられる方も増えました。

 

安心して妊娠・出産・子育てができない社会を変える

ーー行政や産婦人科ではカバーしきれないケースが、かなりあるんですね。杉浦さんがじょさんしONLINEを創業したのは、そうした課題意識をお持ちだったからですか?

そうですね。私自身がオランダで、初めての妊娠・出産・子育てを経験した原体験が背景にあります。もともと日本で助産師をしていたので、産前産後の知識は持ち合わせていましたが、それでも慣れない土地での、初めての妊娠や育児期間は辛く孤独でした。

オランダに渡った直後の1枚。お子さんとの時間を本当に大事にされていた杉浦氏。

 

特に大変だったのは、言語の違いです。日常会話くらいなら英語でできるのですが、母親になるプレッシャーや、ホルモンバランスの乱れなどによる「うまく言葉にできない不安な気持ち」を伝えることはできませんでした。病院に相談をしても、ニュアンスを違って捉えられてしまったこともありました。「日本語を話せる人に、気持ちを聞いてほしい!」と、心から思っていたんです。

 

ーーそこから、事業の立ち上げまで杉浦さんを突き動かしたものはなんですか?

感じていた「不安」が、あることをきっかけに「社会を変える」という意思に変わりました。第一子に続いて、第二子を妊娠したときのこと。臨月間近でいつ赤ちゃんが生まれるかわからないタイミングにもかかわらず、突然、夫が会社から帰国辞令を出されたんです。

さすがにあの時は、驚きとともに大きな不安を感じました。「もし飛行機で生まれたら会社は責任とってくれるのか?」と。それと同時に、「女性の不安を取り除くだけではなく、取り巻く家族や環境、社会を変えないといけない」と強く思ったんです。その思いが、じょさんしONLINEを立ち上げる原動力となりました。

 

ーー助産師として働かれていた杉浦さんにとって、起業や会社経営は違う領域という意味でご苦労も多かったかと思います。どのように起業に向けて行動されたんでしょうか?

当時は名刺の渡し方も、パワーポイントの使い方もわからないくらい、ビジネススキルはなかったので、とにかく行動することに。まず取り組んだのは、子育てのお悩みに応えるブログを1年間365日、毎日書くことでした。

また、リアルの場でも自分のやりたいことを伝えようと思い、「会いたい100人に会いに行く」なんてこともしたんです。有名なマタニティーウェアの会社の社長さんの講演会を見つけ、「講演会後にお茶していただけませんか?」と、突如ご連絡したこともあります(笑)。その方とは、いまは仲良しの関係性で、事業の相談などに乗ってくださるんです。

 

デリケートな課題と向き合うため、支援側にもメンタルケアを

 

ーーものすごい行動力が実を結んだのですね。実際に事業を始められてからの手応えは、いかがでしたか?

じょさんしONLINEが「誰かの命を救える事業」であることを実感しました。ある海外在住の方が「毎日死にたいと考えてしまいます」と、藁をもつかむ思いで相談に来られたことがあります。海外にいらっしゃるので、そばにいてあげることも、子どもを一時的に預かってあげることもできないなか、オンラインでできるサポートを考え抜きました。

そして、週に1度は必ず面談をすると約束して、ひたすら話を聞くことに。時にはご主人も交えて話したり、現地の病院に産後うつのリスクが高いことを伝えるよう促したり、遠隔でできることはすべて行い、なんとか最悪の事態を防ぐことができました。

他の事例でも、産後うつや虐待のリスクが高い際は、現地の専門家に行くよう促したり、場所を紹介したりすることが多いです。国内の場合は、近隣の助産院などを紹介することもあります。

 

ーー妊娠・出産・子育てと「命」や「生死」は切り離せませんね。非常にデリケートで、かつ個別性の高い相談も多いと思いますが、相談を受ける際に意識されていることはありますか?

なによりも大切にしているのが「相談者の考えや価値観を否定せず、まずは受け止めること」です。妊娠・出産・子育てにまつわる考え方は千差万別あり、なかには助産師の立場から見れば正しくない(かもしれない)ものもあります。でも、たとえそうでも頭ごなしに否定するのではなく、まずは受け止める。さまざまな支援の枠組みを受けられず、最後に私たちにたどり着いた方々を、「分かってもらえなかった」と失望させたくないんです。

また、私たちの言葉や表情ひとつが相談者の生死につながる可能性を自覚し、コミュニケーションの研修を実施しています。例えば、「子どもがわがまますぎて不安」という発言を「意思を伝えることができる子なんですね」とポジティブに言い換えるワークなど。不安な相談者に少しでも前向きになってもらえるよう、実践的に学んでいるんです。

じょさんしONLINEで働くスタッフのみなさん(一部のメンバー)

 

ーー事業のコアバリューでもある「コミュニケーション技術」を高める取り組みですね。

それとともに力を入れているのが、「メンバーのメンタルケア」です。対人支援の現場では、相談内容の深刻さゆえに、支援者側が精神的負荷を溜めてしまうことがあります。相談者の「辛い」という言葉を聞くと、私たちまで辛くなってくるんです。

ですから、じょさんしGLOBAL Inc.では、メンバーがひとりで問題を抱えなくてもいいように、相談内容を共有するようにしています。精神科医の先生にもサポートいただき、支援者の悩み相談ができる体制も用意している。「自分自身や大事な家族の心身の健康を最優先にできる環境づくり」を徹底しています。

 

ーー支援者側が共倒れしないようにメンタルケアが重要だ、と。

それもそうですし、メンタルケアを重要視するのには「支援の目的がブレてしまわないため」でもあります。というのも、相談者と同じように傷ついた過去を持つ支援者側は、無意識に「自分の傷を癒すこと」と「相談者の痛みを解決すること」を混同させてしまうことがあるんです。

これは他の社会課題に取り組む上でも、よくあること。傷があるからこそ、課題解決に立ち上がったけれど、いつの間にか、その活動が自分の傷を癒す手段になってしまう。

非常に根深い問題ですし、そうした方々を否定したいわけではありません。しかし、じょさんしGLOBALのメンバーには、自身の内面に注意を向ける練習をすることで、自分の傷と相談者の痛みを切り分けられるようになってほしいと思っています。

 

世界中の人にとっての「人生の伴走者」になりたい

ーー「自身の過去に引っ張られ、支援目的がずれてしまうこともある」というのは、非常に重要な指摘だと思います。そうした支援の在り方を大事にしたうえで、今後の事業成長について取り組まれていることはありますか?

現在は法人向けの事業に注力しています。会社の福利厚生として「じょさんしONLINE」を導入し、月額の利用料を頂くモデルです。このサービスを導入することが、すぐに「生産性や売り上げのアップにつながる」とまでは断言できませんが、長い目で見ると、離職率低下や採用力向上につながると考えています。

 

ーー効果を実証していくことが、導入を加速しそうですね。

おっしゃる通りです。そこで昨年、経済産業省のフェムテック等サポートサービス実証事業に採択された際、私たちの事業が対象者のメンタルヘルスにどう影響するかを分析しました。声から感情を計測できる技術を有する企業様に協力いただき、相談前後で、対象者のメンタルがどう変わるか実験したんです。

結果、相談を一度でも行うことで、恐怖や不安は軽減され、また継続すればより有効であることが証明されました。これは一例ですが、こうした実証実験や効果の可視化をすることで、より多くの企業様が前向きに導入を検討いただけるようにしていきたいです。

 

ーーなぜ法人向け事業に注力されているのですか?

法人向けサービスで利益をあげていくことが、結果的に女性を取り巻く環境や社会を変えることにつながると考えているからです。企業には、これまで私たちが接点を持ちにくかった方がたくさんいます。経営陣や管理職の男性、妊娠出産をまだ経験していない若い世代などさまざまです。

そうした方々に、妊娠・出産・育児にまつわる情報を届け、課題を認識してもらえれば、社会変革に一歩近づくと考えています。男性の働き方を見直す制度ができたり、女性の育休後のキャリアを支える文化ができたりするかもしれません。そうした変化が、将来的には「子どもを産みたいと思える社会」につながると信じています。

 

ーー法人事業は、より大きな社会的インパクトを創出する一手なんですね。導入企業を増やしていった先に描くビジョンを、最後に教えてください。

法人事業で安定した収益をあげることで、深刻な状況にある「個人」のサポートは、安価、もしくは無償で提供できるようにしていきたいです。妊娠・出産・育児のサポートは、水道や電気といったインフラと同じくらい、生きていれば当たり前に必要なこと。お金が理由で支援が受けられない人を、極力減らしたいと思います。

また将来的には、妊娠・出産・育児以外の悩みにも寄り添える状態を目指しています。「子どもが思春期になってこんな反抗してくるんだけど」「更年期になって体の変化についていけないんだよね」などといった、人生のさまざまなフェーズの悩みに寄り添い、ともに解決策を探っていく。そんな、世界中の人にとっての「人生の伴走者」のような存在になりたいです。

じょさんしONLINE https://josanshi-cafe.com/

 

    1. この記事の情報に満足しましたか?
    とても満足満足ふつう不満とても不満



    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

    talikiからのお便り
    『taliki magazine』に登録しませんか?
    taliki magazineのメーリングリストにご登録いただくと、社会起業家へのビジネスインタビュー記事・イベント情報 ・各事業部の動向・社会課題Tipsなど、ソーシャルビジネスにまつわる最新情報を定期的に配信させていただきます。ぜひご登録ください!