アフリカの農村に通信を届ける。現地メンバーゼロから、マネタイズを実証するまで

「実は今、2種類のアフリカがある」。Dots for Inc. CEOの大場カルロスさんは、そう切り出した。1つは、都市部。投資が集まり大きく発展し、4G、場所によっては5Gに接続できる。一方で、地方の農村部は取り残されている。辛うじてインターネットに接続できたときですら、良くて10Kbps程度*の通信速度。テキストメッセージを送れるかどうかのレベルというから、その格差は大きい。Dots forは、アフリカの農村部に通信のインフラを届けるスタートアップだ。事業のインパクトに加え、アフリカでの事業展開のノウハウも聞いた。

* LINEやメールの受信は、少なくとも128Kbps程度の通信速度が必要とされる。https://join.biglobe.ne.jp/mobile/sim/gurashi/net_0043/

【プロフィール】大場 カルロス(おおば かるろす)写真左から4番目

Dots for Inc. 共同創業者。AmazonやWASSHA、科学技術振興機構(JST)などにおいて、アフリカを初めとした様々な国での新規事業開発や経営に従事。AmazonではPMとしてデータ分析によるプロジェクトによるトップライン向上や生産性向上に貢献。JSTでは多国間の国際研究協力のスキーム立ち上げと運用を実施。C Channelの海外事業執行役員として東南アジアの事業を総括し、タイ・インドネシア事業1年目で複数月の単月黒字を達成。直近2年間はWASSHAの新規事業マネージャーとして、タンザニアのバイクタクシー個人事業者向けバイクタクシーハイヤーサービスの立ち上げを主導。米国カリフォルニア大学サンディエゴ校でMBA取得。100カ国近くを旅した現役バックパッカー。

 

「やりっぱなし」の支援でも、大都市前提のモデルでも届かない農村部へ

――まずは、アフリカの農村部の実態を教えてください。

村を訪れると、つかなくなった街灯、枯れた井戸、もう稼動していないソーラーパネル。そういったものがたくさんあります。補助金や寄付で作られ、その後の管理は現地の人に任せっきりになります。農村の人からすれば、壊れたら修理する費用もないし、元の生活に戻るだけ。それをずっと、1960年ぐらいに独立してから繰り返してきているのが、アフリカの現状です。

 

――農村部のそのような実態がある一方、都市部は発展しているそうですね。

大きな分断があります。都市部では4Gにつながるのは当たり前。そのインフラをベースに多くの企業が集まり、マーケットが発展しています。しかし地方に生まれると、よりよい生活を望むなら都市部に出稼ぎに行くしかない。

「アフリカの地方部の制約をなくす」というのがDots forのパーパスです。その手段として、まずは通信の分断の解消に取り組んでいます。

アフリカ農村部の通信状況は、かろうじて既存の通信会社につながるときがあっても、テキストメッセージを送れるか送れないかのレベルなんです。動画や写真のようなリッチコンテンツは見られないんですね。

 

――なぜそのような分断が生じるのでしょうか?

ひとえに収益性の問題です。

通常の通信会社は、数千万円のコストで基地局を作り、半径4キロメートルほどをカバーします。建設にかかる日数も莫大です。そのコストをどれくらいで回収できるか。僕たちは月に約1000円を個人から受け取ってマネタイズしていますが、仮にこの価格帯で既存モデルのコストを回収するとなると、数十年はかかるでしょう。

個人のインターネット普及率は、経済格差が大きいほど早く上限が来て停滞すると言われています。先進国でも80%程度。途上国では70%、60%、もしかしたら50%かもしれません。アフリカで一番進んでいると言われる南アフリカでも普及率は60%を超えていません。やはり、富裕層から普及していって、どこかで収益性の限界が来る。だから、アフリカの農村部は、既存のビジネスモデルではインターネット接続がない状況が続くだろうと思います。

 

持続可能なBtoCモデルで、「投資」として選ばれるサービスを

――農村部には、既存の方法では解決できない通信の課題があるということですね。Dots forは、どのようなアプローチで課題に取り組んでいるのでしょう?

インターネットに接続するためには、インフラ、デバイス、そしてサービス。この3つが同時に提供される必要があります。僕たちは、この3つを収益性を保ったまま提供しています。

まずはインフラ。超低コストのエッジサーバー*1 である、イントラネット*2 という手法を使うことで、1つの村あたり10万円以内で通信インフラを整備できます。この費用には、給電も含まれます。

設営は、依頼されたその日に完了するほどシンプルです。村に行って機材を家の中に置き、ソーラーパネルを屋根に設置します。アンテナはその辺りに生えている木にくくりつけて、設営終了です。約1時間の工程ですね。

 

既存の、数千万円をかけて基地局を整備する手法と比べて遥かにシンプルだから、低コストを実現できています。ただし、このネットワークがカバーするのは村の中のみです。村の外は広大な荒野が広がっていて誰も住んでいないのでひとまずはこれで十分なんです。

次に、インフラにアクセスするためのデバイスであるスマートフォンを、分割で販売しています。購入代金を分割で支払い、途中で解約も可能な「Rent-to-own」という方式を採用しています。通常の分割払いと異なり、利子や手数料はつきません。

最後に、サービスについて。村の中にエッジサーバーがあり、ユーザーはこのサーバーの中にあるコンテンツやアプリケーションにアクセスして利用する仕組みです。今は動画見放題のサービスと、デジタル掲示板という2つのサービスを提供しています。

*1 インターネットを通じて遠隔地のサーバーにアクセスする「クラウドコンピューティング」に対し、端末の近くにサーバーを分散させる「エッジコンピューティング」というネットワーク技法があり、そこで利用されるサーバーのこと。
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220622.html
*2 限られた範囲で利用できるネットワーク環境のこと。
https://www.ntt.com/business/services/network/internet-connect/ocn-business/bocn/knowledge/archive_108.html

 

――既存の通信インフラよりも低コストでスピーディーに通信網を構築できるのはなぜですか?

分散型通信網を採用しているからです。従来の基地局による「中央集約型」ではなく、地域や村単位で通信網を構築することを、僕たちは「分散型」と呼んでいます。

実装にあたっては、メッシュネットワークという技術を活用しています。無線LANルータを複数台設置し、網目状にネットワークを構築する仕組みで、効率的に電波の届く範囲を広げることができます。安価に設置できるため、採算性の問題をクリアできます。メッシュネットワークはもともと、災害の被災地や、室内イベントで使われていた技術でした。それをアフリカの農村の屋外でインフラとして使うという発想の転換がポイントだったと思っています。

技術はありふれたものですが、それをアフリカ農村部の通信に応用して、現在のビジネスモデルで運用することで、スピーディーに展開できました。創業1年半で100の地域にサービスを提供しています。

 

――どのようにマネタイズしているのでしょうか?

全体像からお話すると、1人のユーザーから週に250円を受け取り15人合わせて、村あたりの売上が月に1万5000円です。1つの村に15人のユーザーがいれば、10ヶ月で導入費を回収できるモデルで運用しています。

すでにいくつかの村で実績のあるモデルで、初期費用を既存の手法の数千万円から、数百分の1に抑えられることを実証できました。

 

――ユーザーの方は経済状況と照らして、価格設定をどう捉えておられるのでしょうか?

正直に言って、高いです。僕たちのターゲットは、月収が60ドル以上(約1万円)で、村の中では収入が上位5%以内の方です。月収が1万円の方に、月1000円のサブスクリプションをお願いしているので、月収の10分の1をお支払いいただいている状況です。

それでも支払ってくれる。なぜなら、ユーザーの方々にとって、僕たちのサービスは投資なんです。動画見放題サービスの中には、農業のやり方の解説動画のような自分の職業に応じた職業訓練動画が含まれます。この動画を見て、翌週には収入が実際に50%〜80%上がった例がいくつもあるんです。ユーザーからすると、高額だけどすぐにリターンが返ってくるという投資のマインドで利用してくださいます。

 

子どもは増える。収入は増えない。深刻なニーズに通信で応える

――途上国における受益者課金は一般的に難しい側面があると思います。なぜBtoC、受益者課金型のモデルを採用されたのでしょうか?

補助金や寄付で作った結果、管理できなくて放置された設備を見て、「これはもうワークしない」と思いました。そうやって作られるものって、「あったらいいな」レベルのものなんです。

ユーザーは「ないと困る」強いニーズがあるものに、自らお金を払います。そして、僕たち企業側は、このお金を払い続けてもらうために、サービスレベルを保つ努力をします。この双方向のインセンティブがあることで、サービスが持続可能になると考えます。だからあえてBtoC、農村住民個人からお金を毎週払ってもらうという形を採用しています。

 

――アフリカ農村部では、通信のニーズはどれくらい強いのでしょうか?

コンテンツに関しては、リッチなもの、つまり写真や動画を見たいという強いニーズがあります。

村の通信速度では動画どころか写真すら読み込めないので、スマートフォンで動画を見るということがない。フィーチャーフォンのメモリーカードに数分の動画をいくつか入れて、それを何回も繰り返し見るという現状です。この通り、「動画を見ること」への非常に強いニーズがあるというのが1つ。それから、文字が読めないという事情もあります。動画や写真で視覚的に理解するしかないので、動画や写真といったリッチコンテンツの重要度は極めて高いです。

先ほど、Dots forへの支払いはユーザーにとって投資だとお話しました。その背景には、収入を増やしたいけど手段がわからないという切迫したジレンマがあります。この生活から抜け出したい、一歩先のステージに進みたいという欲求を持っている人たちが、Dots forを投資先と捉えてくれています。

そして、より根本的な課題として子どもが増えていくことが挙げられます。30年後には、世界の人口の4人に1人がサブサハラ地域の住人になると言われています。その人口爆発が具体的に発生しているのが、アフリカの農村なんです

子どもが増えると当然出費が増える。でも収入は頭打ちで、増やす方法がわからない。これが、農村部が抱えている潜在的な大きな課題であり、僕たちはそこに、職業訓練動画で収入を上げるという手段を提供しているという構造です。

 

アフリカ農村部に入り込み、信頼を得るまで

――アフリカで事業を展開するにあたり、最初にベナンを選んだ理由を教えてください。

Dots forが最初に事業を展開したのは、ベナンです。

アフリカの中で、通信料が一、二を争って高いのがベナンなんですね。タンザニアでは、1ギガで約100円。それに対してベナンでは500円ほどかかります。500円って、日本の単価と同じなんですよ。日本で生活する人の500円と、ベナン人の500円って全然意味が違っていて。アフリカの中でも、大きな課題とニーズをベナンに見出しました。

そこから改めてベナンの状況を見ていくと、4つの側面でメリットがありました。1つ目は政治。2つ目は外資誘致の方針。3つ目に立地。そして、通貨の安定性です。

まず政治。2016年から就任した現在の大統領がICT推進に力を入れようとしつつ、難航している状況にも見込みを感じました。政治の改革も進み、治安が安定していて政治腐敗も少ないことも安心材料でしたね。

次に、外資の誘致の方針をチェックしました。ベナンは外資100%で、しかもオンラインで会社を作れます。創業したばかりの外資スタートアップとして、いきなり実際のユーザーにプロダクトを当てられるベナンには大きな利点がありました

そして立地。ベナンは西アフリカの真ん中に位置しています。東隣が、アフリカ最大の人口、2億人を擁するナイジェリアです。ベナンでビジネスモデルと技術モデルを確立したら、ナイジェリアに進出するのが当初の計画でした。

また、西アフリカのフランス語圏の国々の経済共同体があるのですが、そこにベナンも含まれます。共通通貨の為替はユーロに固定されているため為替リスクが低く、また各国間の移動がスムーズであること、ビジネス展開の容易さもあり、ベナンは西アフリカのある意味での要衝だと考えています。

西アフリカの地図(黄色の地域がベナン)
▲出典:外務省ホームページ

 

――農村部に入り込んでビジネスをする際、どのようにアプローチするのでしょうか?

基本的には直接村に行って、村長を訪ねます。村長にDots forのサービスを説明して、導入して構わないか伺うと、ほぼ100%同意していただけます。村長も、村の人たちが動画を見られなくて困っていることを理解しているんですね。そして村としての持ち出しはゼロなので、渋る理由もなく、「やってくれるならいいよ」が基本的な回答です。

稀に行政庁の許可を取るようにと言う村もありますが、その場合もアポなしで行政庁を訪問して許可を取っています。

ベナンでは、政府とのやり取りもしています。日本の外交からの後押しでベナンの財務大臣とつながることができました。Dots forは経済産業省の補助金にいくつか採択されているので、ベナンのスタートアップといえばDots forと認識していただいています。ベナンの大臣一行が来日した際に、僕たちを紹介していただいたおかげです。このように、日本の外交的なバックアップもうまく活用していくとスムーズだと思いますね。

 

――現地の人材を雇用しているとも伺いました。

はい。現在社員が20人ほどで、ほとんどが現地の人材です。

最初は、日本政府のプログラムの卒業生にアプローチするところから始めました。アフリカの若者を日本に招き、修士号取得や日本企業でのインターンの機会を提供する「ABEイニシアティブ」*というプログラムがありまして、過去約10年で1300人ぐらいの卒業生がいるんです。その人材プールから、ベナン人でネットワークテクノロジーに詳しい人を探して、エマニエルという人とつながることができました。彼は現在カントリーマネージャーをやってくれています。

彼を中心にチームを作った経験もあり、ABEイニシアティブの卒業生をリーダーにするのが今の僕たちの人事戦略の一つになってます。

*https://www.jica.go.jp/africahiroba/business/detail/03/index.html

 

生まれた農村で当たり前に暮らす未来を、広げていくために

――Dots forが目指す、アフリカ農村部の未来像を教えてください。

僕たちは「アフリカ地方部の制約をなくす」をパーパスにしています。現状では、地方に生まれ育ってお金を稼ごうとすると、家族や仲間から離れて都市に出稼ぎに行くしか選択肢がありません。しかし、生活費が高い都市に行って、1人で大変な生活を送りながら職を探したところで、見つかるとも限らないんです。

地方で生まれたというだけでいろいろな不利益や制約を被らねばならない状況を、通信を核に変えていこうとしています。生まれ育った土地で当たり前に暮らし、さまざまな不便を感じることがない世界をつくるのが僕たちのパーパスです。

通信を起点に、4つのフェーズでパーパスを達成していくビジョンを描いています。

最初は、農村の人たちの収入を上げる。

次に、彼らの資産を増やしていくことで、村というマーケットを大きくしていく。

そして、通信を活用して、村と村、村と都市、村と世界をつなぐ。村という閉じた経済圏を、より大きな経済圏に組み込むことで、村の人たちがいろいろな機会にアクセスできるようになる。

最後のフェーズは、村にあらゆるサービスを届けることです。さまざまな企業が、Dots forを通じて農村にサービスを届けられるようになり、農村の人たちが不自由なく多様なサービスを使える状況が生まれます。それが、先ほどのパーパスを達成することになると考えています。

株式会社Dots for https://dotsfor.com/

 

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    企画・取材・編集

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    執筆

    泉田ひらく

    短歌を詠み、東大で哲学を学ぶエシカルライター。雑草ウォッチと銭湯巡りにハマっています。

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