劇薬が溢れたハウスクリーニング業界に、エシカルな手法と仕組みで変化を。

「より早くより安く」が加速した結果、劇薬に溢れてしまったハウスクリーニング業界を変えるべく、立ち上がったのは株式会社エシカルノーマルだ。こだわりの手法と工夫がこらされたビジネスモデルで業界の変革に挑戦している。エシカルノーマルを含め複数のソーシャルビジネスを展開する代表の本川誠に、ハウスクリーニング業界の課題や価格を抑える工夫、事業を通じたソーシャルインパクトについて聞いた。

【プロフィール】本川誠(ほんかわ まこと)

「地域課題解決だけを事業化するローシャル(ローカル×ソーシャル)グッドカンパニー」㈱Snailtrackでシニアや障碍者のサポートや子どもの居場所作り、フードロスや生活困窮者支援など、多岐にわたる事業を立ち上げる中でハウスクリーニングによる環境負荷に気付き、専門家を集めて㈱エシカルノーマルを新たに立ち上げる。

 

劇薬が溢れるハウスクリーニング業界

ーー現在の事業概要について教えてください。

エシカルノーマルは、人と地球に優しいハウスクリーニングを展開しています。実はハウスクリーニングは驚くほど劇薬に溢れた業界なんです。「劇薬を使って時短でさっと汚れを落とす」ということが当たり前に求められ、健康や環境への配慮がなされていない現状があります。私自身、ハウスクリーニング業界に長年関わる中でその事実に気がつき、エシカルなハウスクリーニングを開発して今の業界を塗り替えたいという想いで、エシカルノーマルを立ち上げました。

 

ーーどのようなきっかけでハウスクリーニングの環境への悪影響について気づかれたんですか?

もともと別の会社としてハウスクリーニング事業をやっていたのですが、昔は私もハウスクリーニングの環境への悪影響についてはあまり意識していませんでした。ただ、自分の使っている洗剤を薬局で買うときに印鑑が必要だったり、実際に肌にかかったときにただれてしまったりした経験からなんとなく危機感はありました。他にも、洗剤同士が混ざって発生したガスを吸い込んでしまい声が出なくなった、味覚がなくなったというような体験をした人や、10年以上ハウスクリーニングをやって身体がボロボロになった先輩も目の当たりにしていていました。だから、ハウスクリーニングが健康に悪いという自覚はもともとあったんです。

一方で、どれくらい環境に悪いかはあまり考えないようにしていたというか、そこを突き詰めてもハウスクリーニングができなくなるだけだと感じていました。でもある日、車からポイ捨てをしている人をたまたま見かけて。そのとき急に、自分のパーソナルスペースをきれいにするために外のスペースを汚す行為であるポイ捨てが、ハウスクリーニングと同じなんじゃないかと思ったんです。それですごく自分の事業が嫌になり、とりあえずハウスクリーニングがどれだけ環境に悪いのかを一度きちんと調べてみようと思いました。

 

ーー日常の小さな出来事がきっかけとなったんですね。実際、ハウスクリーニングはどのくらい環境に悪いのでしょうか?

環境調査会社にお願いして自分たちが使っている洗剤・薬剤を調べてもらったところ、想像以上の結果だったんですよね。例えば、家庭でもよく使われるトイレの酸性洗剤があります。仮にその洗剤を300ml使ったとき、水生生物に影響がないレベルに薄めるためには2300万Lの水が必要になります。これは25mプール64杯分に相当します。とんでもない量の水ですよね。他にも、エコ洗剤として世の中に広まっているものでも、薄めるためには1000万Lもの水が必要といった結果もありました。少しでもエコな成分が入っていたらエコ洗剤だと名乗れてしまうのが現状です。

あと、下水に流しても下水処理場がうまく処理してくれていると思っていたんですが、まったくそんなことはなくて。日本では企業や工場からの排水に対しては規制がとても厳しいのですが、家庭排水はそもそも家庭用に売られているものしか流さないという前提なので、規制が厳しくありません。ハウスクリーニングによる劇薬が家庭から流される想定はされていないわけです。これは、ハウスクリーニングの市場が急激に伸びているために、国の整備が追いついていないことも背景にあるかもしれません。

また、日本では下水処理場の普及率が80%で、20%の地域には下水処理場がありません。そのような地域では、下水をそのまま流していたり、浄化槽と呼ばれる設備でバクテリアで分解して流したりしています。下水処理場においても、処理能力は94%程度と言われていて、雨量が多いときなどはそのまま流してしまうということもあるそうです。

つまり、相当な量の劇薬が処理されないまま海や川に流れ出てしまっているということなんです。

 

ーー非常に危機的な状況だということが分かりました。そのような状況にも関わらず、業界として環境配慮への意識が低いのはどうしてなのでしょうか?

まず、業界の人たちは、自分たちが使っている薬がそこまで環境に悪いことを知らないという現状があります。みんなただお客さんの笑顔が見たい、ピカピカにしたいということだけを考えて劇薬を使ってしまっているんです。

また、ポータルサイトの台頭により、「コストを抑えて素早く」という価値観が加速していることも挙げられます。以前は個人がハウスクリーニングの事業をやりたいと思っても集客が難しく、大手のフランチャイズに入る、下請けに入るという方法しかなかったのですが、今はポータルサイトを使って個人でも簡単にハウスクリーニングのサービスを提供することが可能です。

このように個人事業主が爆発的に増えると価格破壊が起こり、かつポータルサイトは基本的に安い順に表示されるので価格を抑えることでしか選ばれない。この悪循環が生じた結果、環境への配慮よりもとにかく安くできるハウスクリーニングを事業者もお客さんも求めている状況になってしまっています。

 

エシカルな手法と定期清掃の掛け合わせ

ーーハウスクリーニングの課題についてお伺いしましたが、エシカルノーマルのクリーニングについて具体的に教えてください。

私たちはまず、できる限り洗剤を使わずに汚れを落とします。例えば、マイクロナノバブルという細かい気泡をアルカリ電解水に添加して、水と空気だけで掃除をする。レンジフードのギトギト油汚れは、ヒートガンという強烈な熱を出す機械を使って油を溶かすことで落とす。お風呂の水垢は、歯医者さんでよく使われるスケーラーという超音波機械で削り落とす。このようにして洗剤の使用量を極力減らしています。

そしてどうしても洗剤を使う場合は、自社で開発したバイオ洗剤を使っています。バイオ洗剤とは微生物と酵素の力で汚れを落とす洗剤で、流せば流すほど環境に良いとも言われています。昔はバイオ洗剤は使い勝手が悪く汚れも落ちづらかったのですが、最近では技術発展によりバイオ洗剤もかなり性能が高くなっています。まずはいろんな工夫によって汚れを極力落とした上で、バイオ洗剤を使って優しく洗い流すというのが私たちのやり方です。

私たちはグリーンウォッシュ*みたいなことを絶対に避けたいと思っていたので、エシカルノーマルを立ち上げてから最初の1年ほどはこの手法とオリジナル洗剤の開発に時間をかけました。

*グリーンウォッシュ:本当は環境に配慮していないにもかかわらず、そのように取り繕うこと。

 

ーーかなり手間もコストもかかるように感じたのですが、HPで「最大手と同等の価格で可能」とうたわれているのを拝見しました。環境に配慮しながら価格を抑えることをどのように実現されているのでしょうか?

やはりどうしても劇薬を使うよりは時間がかかりますし、技術的にも一般的なハウスクリーニングより難しいので技術力が高い人を育てる必要があります。そもそも洗剤の価格も高いです。このようなことから正直価格設定を高くしないとコストには見合わないんですね。でも、「エシカルだから高い」という風にはしたくなかったんです。なぜなら、私たちは一部の環境配慮への意識が高く、所得にも余裕があるような方だけを対象にしたいのではなく、社会全体に普及させたいと思っているからです。

じゃあどうやって価格を抑えようかと考えて、定期清掃をメインにすることを思いつきました。私たちは有料の会員制を採用していて、単発での依頼も可能ですが、有料会員になるとより安く利用いただけるという仕組みになっています。ただ、ハウスクリーニングは本来そんなに頻繁にするものでもないので、毎月同じところを掃除するのではなく、この前はエアコンを掃除したから次はお風呂を掃除するというように1年を通して家全体をピカピカに保つという考え方で清掃をしています。例えば、花粉が本格的に舞う前に空気洗浄機を分解洗浄しておく、夏前にエアコンを掃除する、冬に使った加湿器を分解洗浄して次のシーズンに使えるようにしておくとか。いろんなプランを作ってお客さんに提案しています。

定期清掃にすると、閑散期がなくなり売り上げが安定しますし、綺麗な状態を保てるので優しい洗剤でも時間をかけずにさっと汚れを落とすことができます。さらに、お客さんとの信頼関係も築けるので、私たちのオリジナル洗剤を販売させていただいたり、他の企業との協業で商品を販売したりということも可能になります。このようにいろんなキャッシュポイントを作ることでクリーニングの価格を抑える工夫をしています。

 

化学物質に敏感な方にも安心して使ってほしい

ーー最終的には社会全体にエシカルノーマルのハウスクリーニングを広げていきたいとのことでしたが、現在はどのような方の利用が多いのでしょうか?

1番多いのは健康の問題から化学物質に敏感な方です。アレルギーがある、家族の中に後期高齢者の方や赤ちゃんがいる、ペットを飼っているという方がよくご利用になります。

そしてもう1つの層は、環境配慮への意識が高い方ですね。私たちはよく「ギルティフリーなハウスクリーニング」という言い方をするんですが、自分の家はきれいになったけど外を汚してしまっている、環境に悪いものを流していると、一度気がついたら罪悪感を感じてしまう方も多いと思うんです。それで、どこにも汚れを押し付けずに自分の家をきれいにするという私たちのやり方に共感して頼んでくださる方が多いです。

 

ーーこれまでに印象的だったお客さんの声はありますか?

すごく衝撃的だったのは、化学物質過敏症のお客さんです。私たちが使用している洗剤や薬剤は化学物質過敏症の方でも安心していただける自信があったので引き受けたのですが、当日玄関先で追い返されてしまったんです。私たちは環境配慮のためにお客さんの家までは電動自動車や電動バイクで移動しているのですが、実は化学物質過敏症の方の多くは電磁波過敏症も発症されていてその方も電磁波過敏症を併発していました。それでまずはその電動自動車を遠くに止めてほしいと言われたんですね。

その次に、シャンプーの匂いや食べたものの化学物質の匂いがするから帰ってほしいと言われてしまったんです。その経験があって、化学物質過敏症のことを全然理解していなかったとものすごく反省しました。

それからは化学物質過敏症のことをきちんと調べて、今ではそのようなお客さんの家に訪問する前には別の洗濯機でユニフォームを洗ったり、前日からシャンプーを使わないようにしたりと、徹底的にこだわるようにしています。

嬉しかったのは、つい先日ハウスクリーニングをさせていただいたお客さんからの声です。鎌倉の実家に引っ越すことになったが、お子さんと奥さんがアレルギーだから家全体を清掃してほしいという依頼でした。でも私たちはまだ関東に進出できていないので、最初はお断りしたんです。ただ、その方が、エシカルノーマル以外に選択肢がないから、交通費や宿泊費も全部払うので依頼したいと言ってくださって。結局かなり高額な見積もりになったのにも関わらず、エシカルノーマルに依頼してくださったんです。

その方にとってエシカルノーマル以外の選択肢がなかったこと自体は悲しいことですが、そこまでして選んでもらったというのはすごく嬉しかったですね。

 

世の中に対する違和感を発信し続ける

ーー本川さんはエシカルノーマル以外にも、地域の子どもや高齢者の方のサポートや居場所作りなどさまざまなソーシャルビジネスを展開されていますが、どの事業でも世の中に対する違和感や気づきをビジネスに昇華されているという印象を持ちました。このようなことを意識されるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

私はずっと自分のことを気難しいなと思っていて。短気な部分もあるし、世の中の違和感に対して怒りを感じやすくて、その違和感をできる限り解消したいと思っています。

対照的に私の奥さんはすごく明るくてポジティブな人なんですが、奥さんに「そんなふうに世の中に違和感を抱ける、疑問を持てる人は結構少ない。だからあなたみたいな人が世の中を変えていかないといけないんじゃないの?」と言われたことがあったんです。それがちょっと嬉しかったんですよね。

自分のことを良い性格だとは思っていなかったけど、でもそれが世の中を変えていく原動力になるなら捨てたもんじゃないなと思って、そこから自分が抱く違和感をより強く意識するようになりましたね。

 

ーー事業を通して社会的なインパクトを大きくしていくためには仲間が必要になると思います。自分が抱いた違和感や気づきに共感してくれる仲間をどうやって集められているのですか?

自分の考えを発信し続けることですね。どれだけ良いことをやっていても知ってもらえない限りやっていないのと同じだと思うんです。発信は自分の本業ではないのでそこにばかり時間を使えないと思いながらも、何のために事業をやっているかというとソーシャルインパクトのためですよね。たくさんの人に事業を知ってもらって共感してくれる人を増やすという活動はある意味私の本業なので、発信にきちんと時間を使うことは意識しています。

 

社会性と経済合理性の融合を目指す

ーー今後エシカルノーマルとして注力していきたい事業における課題はありますか?

事業展開のスピードは課題だと思っています。環境問題は知れば知るほどもう手遅れだなと思ってすごく焦ります。でも、焦りを前面に出しすぎると社会の分断を生んでしまう危険があるとも思っています。

だから私たちは100点のエシカルを100人に広げるのではなく、60点くらいでエシカルを実践している人を10万人、100万人と増やしていくことに重きを置くべきだと考えています。いきなり100点は無理だし、なかなか楽しめないですよね。

環境問題の解決に辿り着くことができるのかという焦りはありつつ、押し付けがましくならない。そのバランスをうまく取っていかないといけないなと思っています。

 

ーー今後の事業展開について教えてください。

まずは、直営の拠点やフランチャイズを増やすことで私たちの活動に共感してくれる仲間を増やしていきたいと思っています。

同時に、エシカル認証マークを作ろうと考えています。エシカル認証とは、児童労働がないかとか動物実験がないかとかいろんな観点でその商品がエシカルであるかどうかを第三者が証明したものです。このエシカル認証は今は商品に対するものしかなくて、ハウスクリーニングのようなサービスに対するものはまだないんです。安くて早い方にみんなが流れる市場を変えるために、「エシカルだから選ばれやすくなる」という仕組みを作りたいと思っています。

子どもたちの未来を守ることができて、かつそれがビジネスとしても成り立つならみんなやりたくなるんじゃないかなと思っていて。経済合理性とエシカルをきちんと融合できるような仕組みづくりをしていきたいです。

 

ーー最後に、事業を通して社会にどのようなインパクトを与えたいですか?

今はハウスクリーニングをやっていますが、あらゆる面でエシカルな社会を目指していきたいと思っています。

これまでの企業による地域貢献は、余剰利益の一部を寄付したり地域のイベントに参加したりといったことが一般的でしたが、時代が変わるにつれて、企業が自社のリソースをしっかりと使って取り組まないとそれは貢献していると言えなくなってきました。

さらに、今後人口が減少しますます後期高齢化が進んでいく日本では、地域に根付いた中小企業が小さい経済圏の中でエコシステムを作っていくことでしか解決できない課題が増えると思っています。だから、日本の将来を考えるとそういう企業が増えた方が絶対に良いですよね。

「あなたたちの会社がないと私たちの町は困る」と地域の人たちに感謝されるような、地域にとって必要とされる機能を中小企業が担う。ごく儲かるわけではないけれど息が長い安定したビジネスをして、何よりも自分も社員も地域の人たちからたくさん感謝されて幸せを感じられる。そういうビジネスがたくさん増えたらこれ以上のソーシャルインパクトはないと思っているんです。日本の中で特に勢力が大きいのが中小企業なので、その中小企業のマインドを変えられるような仕組みづくりをしていきたいです。

 

株式会社エシカルノーマル https://ethical-normal.com/

 

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interviewer
梅田郁美
和を以って貴しと爲し忤ふこと無きを宗と爲す。
猫になりたい。

 

writer
堂前ひいな
心理学を勉強する大学院生。好きなものは音楽とタイ料理と犬。実は創業時からtalikiにいる。

 

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