宇宙飛行士を目指した青年は、なぜ社会起業家になったのか。サステナブル・ラボが目指す「強く優しい」社会

いま求められているのは「強い」だけではなく「強く優しい」という考え方。すなわち、経済利益と環境・社会利益の創出を両立できる社会をつくりたいんです――。サステナブル・ラボ株式会社代表取締役の平瀬錬司は、こう語る。企業や自治体の環境・社会貢献度をAIで数値化した非財務データバンク「TERRAST(テラスト)」β版を提供する同社。SDGsやESGの推進における費用対効果を見える化し、強くて優しい企業を照らすことで、持続可能なより良い社会の実現を目指す。今回、平瀬氏にプロダクトの特徴をはじめ、なぜサステナブル領域での挑戦を決めたのか、社会起業家の苦労を聞いた。

【プロフィール】平瀬 錬司(ひらせ れんじ)

サステナブル・ラボ株式会社 代表取締役。大阪大学理学部在学中から環境、農業、福祉などサステナビリティ領域のベンチャービジネスに環境エンジニアとして携わる。これらの領域において2社の事業売却を経験し、2019年に同社を立ち上げた。

 

光が当たりにくい「良い企業」をデータで照らす

―金融機関やコンサルファームを中心に導入が進んでいるという「TERRAST β」ですが、プロダクトのイメージがつきにくい方もいると思います。あらためて、概要について教えていただけますか?

「ダイバーシティ」や「気候変動」「ガバナンス」といったSDGs・ESGに関連する非財務情報をスコア化し、見える化するデータプラットフォームです。格付けをするものではなく、あくまでデータを収集して整理し、解析するインフラ的な立場をとっています。

なぜなら、良いか悪いかの基準は、人によって千差万別だからです。例えば、「人に優しい」か「地球に優しい」を目指すかでゴールは違うと思うし、「今日の地球に優しい」と「100年後の地球に優しい」でも変わりますよね。スコアの評価方法を複数用意しているので、ユーザー自身がつくったり、細かくカスタマイズしたりすることもできます。

弊社では「TERRAST β」と「TERRAST for Enterpirse β」という2種類のSaaS型データプラットフォームを開発提供しています。前者は金融機関・コンサル会社などのプロファーム向け、後者は事業会社向けです。自社のSDGs経営の現在地を見える化し、競合他社や時系列での分析や比較を簡単に行うことができます。

TERRAST βのイメージ

 

――データのソースやスコア化の仕組みについて、可能な範囲でお伺いしたいです。

企業や自治体が開示している報告書やレポート、Webサイトに加えて、株式市場、官公庁統計、地理情報、メディアなどのオープンデータから抽出しています。必要に応じてデータホルダーと連携したり、評価対象に直接インタビューを実施したりすることもありますね。

スコア化は、検証可能で非・属人的な評価モデルをもとに、統計処理と機械学習による因果探索をベースとしています。当社は、優秀なデータサイエンティストが多く在籍しており、大学などと共同で研究しながら、日々アップデートしています。

 

――スコア化することによって、どのような問題を解決していけると考えていますか?

今あるSDGsやESGに関する評価は、一つの価値観に基づいて行われていたり、「なんとなく」のイメージで選ばれたりするものが多いです。そうなると、どうしても知名度の高い企業が目立ち、本当に頑張っている企業が埋もれてしまうという歪みが生じてしまいます。我々のプロダクトを通して「気候変動への対応」「ダイバーシティ」「働きがい」などを多面的に見せることで、光が当たりにくい良い企業をデータで照らすことができます。

また、ユーザーにとっては、社内外への説明責任を果たしやすくなると考えています。現代のステークホルダー資本主義においては、投資も、経営判断も、あらゆる意思決定で、常にステークホルダーへの説明責任が問われると思うんですよね。

例えば、人事が働き方やジェンダーフェアネスを改善しようとしたとき、経営層から「それで株価が上がるのか」と言われてしまうことがあると思います。ただ、なかなか事業や利益との関係性を理論立てて説明するのは難しいですよね。

TERRAST βやTERRAST for Enterprise βによって、データを活用しながら根拠を説明することができるので、対外説明力の高度化を図ることができます。これまでの研究では、女性の中間管理職を増やすと、事業への良いインパクトが生まれやすいという分析結果も出ています。こうした結果を、ステークホルダーへの説明材料にしていただきたいです。

 

強いだけではなくて、「強く優しく」ありたい

――サステナビリティ領域への強い想いを感じます。平瀬さん自身は、なぜ「社会起業家」になろうと思ったのでしょうか。きっかけについて教えてほしいです。

実は、もともと宇宙飛行士になろうと思っていたんですよ。映画『アルマゲドン』に影響を受けて、ずっと「世界を救う」みたいなことに憧れていて。だから、大学で物理学を専攻していたのですが、周囲の志望者が天才的な人ばかりで挫折しました。

そんなとき、5歳上の兄が後天的に障がい者になってしまって。自分は三兄弟の末っ子なので、ケンカは勝てないし、兄はずっと絶対的な存在だったんです。でも、障がいを負ったことによって、強かった存在が一気にそうではなくなる過程を見たことが、私の中で大きなインパクトだったと思います。家族を養わなければいけない、という感覚になりました。

 

――そのタイミングで、起業という選択肢が生まれたのでしょうか。

そうですね。社会起業という文脈では、祖母の存在も大きかったと思います。祖母は戦後を生き抜いた苦労人で、よく「『苦労は買ってでもするべき』と言うけれど、そうではない場合もある。苦労をすると、優しくなる人もいるし、歪んでしまう人もいる。人間の真価が問われるんだ」と、私に話してくれたんです。この言葉が、ずっと印象に残っていました。

これからの人生で色んな苦労はあるかもしれないが「自分は優しくありたい」そう思うようになり、今も会社のビジョン・ミッションに「強く優しい」という言葉を入れています。

 

――とはいえ、起業はリスクも伴う選択ですよね。不安はなかったですか?

世界を救うため、強く優しい世界をつくるためには、極めて合理的な手段だと思っていました。だからこそ不安はなく、大学在学中に友人と1社目の起業をしたんです。ただ、最初はWebマーケティング事業をはじめたので、社会起業というかたちではありませんでした。

考古学者のハインリヒ・シュリーマンをご存知でしょうか。シュリーマンはもともと考古学者になりたかったのですが、家が貧しかったため、貿易会社を設立して40歳くらいまではビジネスの世界にいました。その後、自分のロマンを追い求め、トロイア遺跡を発掘するなど、考古学者としての道を歩みました。私も、シュリーマンのように、起業家として強くなってからでないと、優しい世界をつくるのは難しいのではないかと考えていたんです。

 

――強くなるための起業をされてみて、実際はどのような学びがありましたか。

「命を張れるものでなければ、やる意味がない」を学んだ期間だったと思います。最初は自分たちが楽しいと思う事業だったので、頑張れたし、年商数億円規模まではいきました。0を1にするまで成功した。でも、1から100にしようとしたとき、そこにはとんでもないエネルギーと、とんでもない才能と、とんでもない運が必要なことを思い知らされたんです。

起業は全身全霊をかける人たちとの戦いなので、「ちょっとお金が稼げそう」とか、軽い気持ちでやる世界ではないと実感させられて。そこで、あらためて自分が命を張れることは何かと考えた結果、世界を救うためのプロダクトをつくりたいと思うようになりました。

 

経済合理性ではなく、人間合理性で判断される世の中に

――Webマーケティング事業の後に、サステナブル・ラボを立ち上げられたということですか。

いえ、何度か事業の立ち上げを経験しています。農業やソーラーシェアリング、介護福祉に関する学校経営、まちづくりといった、さまざまな領域で事業立ち上げに挑戦しました。売却に至った事業もありますし、失敗をして撤退したものもあります。

 

――社会課題に特化した起業に挑戦する中で、苦労されたことも多かったと思います。

始めたてのころは、「社会起業」そのものが理解されなかったことに苦労しましたね。ここ数年で「ソーシャルアントレプレナー」が浸透して投資機関も増えていますが、当時はほぼなくて、変人扱いをされたり、説教されたりしながら事業をすることが多かったです。

銀行やVC、経営者仲間からは「NPOでやったらどうか」と言われることもありました。NPOなど非営利型の組織を否定するつもりは全くないのですが、私自身は「強く優しい」世界をより早くつくるためには、ビジネスの世界で、また、スタートアップでやることが必要だと考えていました。

 

――当時はどのように資金調達を乗り切っていたのですか?

ステークホルダーによって事業の説明方法を変えました。例えば、メンバーに対しては「この事業によって社会課題を解決したい」とビジョンやミッションの話をするのですが、銀行やVCの方々には「儲かること」のロジックをつくり、必死で説明していたように思います。ビジョンやミッションを堂々と語れるようになったのは、ここ3年くらいの話ですね。

 

――確かに、「社会起業」や「ソーシャルビジネス」といった言葉が盛んに言われるようになったのはここ数年ですもんね。その他に、苦労されたことはありますか?

もう一つ苦労したのは、チームビルディングです。サステナブル・ラボは現在、「早く行きたければ一人で、遠くへ行きたければみんなで」という価値観を大事にしています。でも、この考え方を自分が理解するまでに、すごく時間がかかりました。私自身はもともと、せっかちで器用貧乏なところがあり、何でも「自分がやったほうが早い」と考えてしまうタイプだったんです。

よく器用貧乏が陥る罠だなと思うのですが、この状態が続くと個人商店の延長になってしまいますし、メンバーもやりがいを持って仕事に取り組めません。事実、右腕だと思っていた人と亀裂が生まれたり、現場メンバーと目線がずれたりして、退職につながったこともありました。

「0から1」や「1から10」までのフェーズは個人商店でも何とかなるかもしれません。ですが、「10から100」には絶対ならない。このことを理解してからは、みんなに助けを求めながら、より遠くの旗に向かって進めるよう、考え方を変えていきましたね。

 

――ありがとうございます。最後に、今後の事業展開について教えてください。

「TERRASTが世の中の判断インフラになること」。これが私たちの目指す究極のムーンショットだと考えています。判断インフラになることで、経済合理性ではなく、人間合理性で物事が判断される「強く優しい」社会にしたい。そう思いながら、日々頑張っています。

「強く優しい」社会を最短最速で具現化するチームづくりに、今注力しています。そのために、クレドやカルチャーをつくったり、人事制度を整備したりしている最中です。

私たちはD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を大切にしていて、メンバーは約半数が外国籍の人材です。多様な人材がスタートアップに集うことの大変さはありつつ、「新しい市場をつくっていくぞ」というエネルギーに満ち溢れた優秀なメンバーばかり。ビジョンやミッションへの共感は大切にしつつ、国籍や働き方を縛られない多様なメンバーが活躍できる環境をつくることで、より早く、より遠くの旗にたどり着きたいと思っています。

サステナブル・ラボ株式会社 https://suslab.net/

 

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    interviewer

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    writer

    庄司智昭

    編集者・ライター。用事があるとき以外は家に引きこもり、映画・読書・ゲームに時間を費やす。

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