京都の食を豊かに。食に携わる全ての人が交わる、コミュニティキッチン
2020年に株式会社ツナグムと京都信用金庫の合弁会社として誕生した、株式会社Q’s。京都信用金庫の共創空間QUESTIONにて、地域に開かれた食の場づくりを目指し、コミュニティキッチン『美食倶楽部』を運営する。代表の田村篤史と、現場マネージャーである前原祐作に、設立後の1年間で見えてきたことや、食を通じてどのような地域づくりをしていきたいかについて聞いた。
【プロフィール】
・田村 篤史(たむらあつし)
京都生まれ。3.11を契機に東京からUターン。京都移住計画を立ち上げる。2015年にツナグムを創業。採用支援、企業や大学など拠点運営、地方への関係人口づくり等を通じて、人の働く・生きる選択肢を広げる。2020年、京都信用金庫の共創空間QUESTIONの運営に参画し、新会社Q’sを設立。
田村さんの過去インタビュー記事はこちら:伴走支援をしながら移住のエコシステムを創る
・前原 祐作(まえはらゆうさく)
株式会社Q’s、美食倶楽部マネージャー。京都大学を休学し、2020年に株式会社Q’sに参画。人力車の俥夫として働いていた経験を生かし、京都の魅力の伝え手として美食倶楽部で食材・器の魅力を語る。
もくじ
地域に開かれた食の場づくり
—まず最初に、京都移住計画や株式会社ツナグムを運営されていたところから、新会社Q’sを設立された経緯を教えてください。
田村篤史(以下、田村):株式会社Q’sは、株式会社ツナグムと京都信用金庫の合弁会社として、2020年に設立されました。現在は、京都信用金庫のQUESTIONというビルの8階で「京都のまちにもう一つの台所を」をコンセプトにしたコミュニティキッチンを運営したり、食にまつわるイベントを企画したりしています。
ツナグムは、QUESTIONの運営にコアパートナーという形で設立から関わってきました。ビル全体の設立計画を進めていく中で、8階を食にまつわる場所にすることは先に決まっていたのですが、コンセプトや運営主体・方法などは未確定でした。その時期に偶然、のちに今の事業の核となる、会員制のシェアキッチン&ダイニング『美食倶楽部』という事業を全国展開している本間勇輝さんから、京都への移住相談を受けていました。彼から美食倶楽部についての話を聞き、8階のキッチンスペースに導入することができれば、地域に開かれた場にしたいという、京都信用金庫やQUESTIONとしての想いが果たせるのではないかと考え、提案させてもらいました。
Q’s設立にあたり、僕たちも飲食事業は一切やったことがなかったのでかなり悩みました。しかし、京都の八百屋さん、食のイベント主催者、食に関する情報誌の編集者など、「こういう人たちがいればいいな」と思う人たちに声をかけ、コアメンバーとして参画してくれたので、設立に踏み切ることができました。そのメンバーの1人が前原です。
—「8階は食にまつわる場にしようということが先に決まっていた」とお話しいただきましたが、どうして食だったのですか?
田村:京都信用金庫は『コミュニティ・バンク』を目指していて、地域とのつながりを重視しています。人とのつながりを感じるために食が果たす役割って大きいじゃないですか。同じ釜の飯を食うとか、とりあえず飯行ったら仲良くなれるとか。『コミュニティ・バンク』として地域とのつながりを強くする1つの手段に食があったんだと思います。
もう1つ始まってから気づいたことなのですが、京都信用金庫は飲食店のお客さんがとても多いんです。飲食店の開業の融資はリスクが高いし調達額も大きくないので他の金融機関はあまりやりたがりません。しかし、京都信用金庫は創業時から、飲食店をやりたいという想いを持った人たちに応え続けてきました。そのため、世界的にも名だたる京都の飲食店のシェフや経営者の中でもかなりの方々が京都信用金庫とお付き合いがありました。QUESTIONオープンに伴った内覧には、京都信用金庫と関係性のある有名シェフの方々がたくさん来ていました。みなさん、8階のキッチンを見て「この場所何ですか?」と質問されるので、地域に開かれた食の場にしていきたいという話をお伝えしたら、多くの方が「何かやるんだったら力貸しますんで言ってくださいね」と言ってくださいました。京都信用金庫が長年培ってきた、飲食店事業者のみなさんとの強力な信頼関係もあり、QUESTIONで食にまつわる場を模索していくのはとても意味のあることだと思っています。
—前原さんはどのような経緯で参画されたのでしょうか?
田村:前原はQ’sを設立するよりも前から、ツナグムのインターン生として関わってくれていました。当初は、まず会社のことを知ろうと僕に付いて動いてくれていて、その中でQUESTION設立の打ち合わせにも入ってくれていました。打ち合わせの中で、新たに会社を作ったとしても僕は事業にフルコミットできないため、現場を回してくれる人に入ってもらう必要がある、という話になりました。そこで、現場を任せるなら前原みたいな人が良いのではないかということになり、当時休学中だった彼に「休学もう1年延ばせへん?」と聞いたら、「いけます!」と二つ返事で引き受けてくれました(笑)。
前原祐作(以下、前原):元々、地域経済に興味があり、休学して日本全国色々な地域を回りたいと思っていた時に、ちょうどコロナ禍になってしまって。どこにも行けないって塞ぎ込んでいました。でも、ある時ふと「今いる京都も地方だ」と思い立って、京都での地域活動について調べていたところ、京都移住計画にたどり着いたんです。偶然にも田村さんとの共通の知り合いがいたので紹介してもらい、インターン生として関わり始めました。当時のツナグムではインターン生を受け入れる体制も特になく、とりあえず田村さんに付いて回ってどんな仕事ができるか考えようという感じで、初日に同席したのがQUESTIONの8階をどうするかについての打ち合わせでした。その打ち合わせには、本間勇輝さんも同席していました。本間さんは美食倶楽部以外にも食にまつわるさまざまな活動をしている方で、僕が地域経済に興味があって読んでいた書籍の編集もされているということがわかったんです。それで僕はこのプロジェクトに運命を感じて関わることに決めました。まずは打ち合わせの議事録を取るところから始め、企画書を書くようになり、どっぷり関わっていたのでそのままの流れで現場の責任者になっていきました。
地域の食を豊かにする文化、美食倶楽部
—事業の核である美食倶楽部について教えてください。
前原:美食倶楽部は、全国に10箇所ほど展開している、会員制のシェアキッチン&ダイニングスペースです。京都はその1つとして、QUESTIONの8階のキッチンスペースで運営しています。会員の方が友達や家族を連れて、貸切ではなく相席で利用できるキッチンスペースになっています。あとは、利用者の方は片付けをする必要がなかったり、ドリンクは冷蔵庫に入っているものを自分で取って飲んでよかったりというような特徴もあります。
美食倶楽部のルーツはスペインのバスク地方にあります。美食の街として知られるサンセバスチャンには、100年以上も前から、現地の言葉ではソシエダと呼ばれるキッチンスペースがあります。ソシエダは秘密基地のような場所で、出資した人たちによる会員組織があり、会員が自分の知り合いを連れてきては夜な夜な料理をする場所として運営されてきました。サンセバスチャンという街は世界一の美食の街と言われていた時期もあり、その背景の1つにはソシエダの文化があったと考えられています。会員の中には漁師や農家、三ツ星レストランのシェフまで、食に関わるいろんなプロフェッショナルもいて、時として一般の人がそのような食のプロとプライベートで出会うようなこともあるそうです。食べる人にとっても、シェフが実際に料理をしているのを目にしたり、隣で料理をしたりすると、レストランでお皿に盛り付けられた料理が出てきたときとは違った形で、料理と出会うことになります。生産者と消費者がソシエダでゆるやかに混ざり合うことで、その地域の食が豊かになっていったんです。このソシエダの文化を日本に取り入れようとしたのが美食倶楽部になります。
—どんな方が利用されているのですか?
前原:現在は30名弱の会員さんがいます。近所のママさんたちが集まって、近くの幼稚園に子どもを預けている間にパン作りやお弁当作りをされていたり、レストランに入りたての料理人の方が友達と新しい食材を使ってみる勉強会を開いていたり。コロナ禍ということもあり、大規模なパーティーというよりは友達同士で使うような利用が多いです。もっと相席が起きるようになってきて、例えばママさんたちが集まってパンを作っている隣でアフリカ料理を作っている人たちがいて、知らない調味料に出会うというようなことが起こるのが理想ですね。
いつものメンバーで集まったとしても、飲み屋で飲むのと一緒に料理を作るのでは異なるコミュニケーションになると思っています。京都信用金庫の内定式やインターンの研修では、キッチンを使っていただき、理事長からインターン生までみんなで一緒にカレーを作るんです。キッチンでは内定式よりもフラットなコミュニケーションが生まれたり、インターン生の方が料理が上手くて立場が逆転したりすることもあります。一緒に料理をすることで、普段の役割とは違う立場からのコミュニケーションが生まれるということも大事にしたいと思っています。
他にも、QUESTION内のコワーキングスペースにて作業している方々に、8階で開催したパーティーで余った餃子とカレーをお裾分けすることもありました。みんなで一緒に食べたり洗い物をしたりして、「地域コミュニティのようで心が温まった」と言っていただきました。
京都府内全域で消費者と生産者をつなげる
—美食倶楽部の運営に加えて、食にまつわる様々なセクターと共同でイベントを主催されていますよね。数々のイベントの中でも、今年の6月に開催された丹後FESについて教えてください。
前原:丹後FESは、丹後で地域コーディネーターのような役割を担う、丹後バル代表の関さんという方と、「京都府内のつながりの中で何か企画したい」という想いで始まったイベントです。丹後には京都市内にはない海がありますが、そこで獲れた魚が京都市内の市場に全然入ってきていなかったり、丹後の食材もまだまだ京都市内に流通していなかったりする現状があります。京都市と丹後のつながりをもっと強くするために、イベントをいくつか企画しました。例えば、京都・丹後の料理人や漁師、農家さんが日替わりで店主を務めるオンライン酒場を開催したり、京都市内のカフェとコラボし、サンドウィッチやカレーなどの商品を提供したりしました。
—丹後FESを企画・運営する中で印象的だったことはありますか?
前原:丹後バルの関さんを初め丹後のみなさんがすごく協力してくださって、つながりができていくのを実感できたのはとても嬉しかったです。また、丹後FESが終わった後も、他のイベントで丹後サンドウィッチを出したいという相談をいただいたり、京都市内の料理人の方と一緒に宮津の漁港を訪問する勉強会を開催したり、イベント後もつながりが広がっていることを感じています。
—飲食店の方や生産者の方を巻き込んでいくために、どのようなことを意識されていますか?
前原:丹後FESでは、丹後のみなさんが「丹後をもっと盛り上げていきたい」という強い想いを持っていたので、その想いを形にするお手伝いをさせていただきました。
生産者の方や料理人の方と関わる中で、「もっと地域を盛り上げたい」「食を豊かにしていきたい」というような想いを持っていらっしゃる方が多い一方、食に関わっている方はとても忙しく実現が難しいということを感じています。例えば、農家さんは収穫の時期には収穫作業にほぼ時間を取られてしまうし、料理人さんはお店が休みの日にも仕込みがあったりします。だから強い想いがあってもそれを実現するまでのハードルが高くなってしまうと思うんです。そこで、僕たちが間に入ってイベントを企画したり場を用意したりして、生産者の方や料理人の方のやりたいことを引き出し実現するお手伝いをしていきたいと思っています。
京都の食を豊かに
—Q’sとツナグムの間には、どのようなシナジーが生まれているのでしょうか?
田村:実は、丹後FESを一緒に企画・運営した丹後バルの関さんとは、京都移住計画を通じて出会いました。彼がまだ東京にいる時に出会って、その時から食育や、子どもたちが地域の食材を食べて育つというようなことに興味を持っていたことは知っていました。他にも、先日開催したイベントに参加してくれた農家さんも、家業を継ぐために京都に戻ってきたいという移住相談に乗っていた方でした。京都に移住したいという相談をしてくれていた彼らが京都に戻ってきて活動しているのはもちろん知っていましたが、会社として彼らのその後に関わる手段が今まではなかったんです。でも、Q’sで食という領域を扱うことができるようになったおかげで、京都移住計画で出会った人たちとの関係をもう一度編み直すことができるというシーンを、この1年でたくさん見ることができました。
—今後Q’sでやりたいことを教えてください。
前原:美食倶楽部の運営に力を入れていきたいです。「食べること、料理をすることってこんなに楽しいんだよ」ということを、美食倶楽部を通じてもっと発信していきたいなと思っています。また、生産者の方や料理人の方が忙しくて本業以外に本腰を入れるのが難しいという課題に対しても、イベントを企画したり産地訪問のコーディネートをしたりというように、間に立っできることを増やしていきたいですね。
田村:Q’sは「みんなに温かい食卓がある地域社会を目指す」というビジョンを掲げています。今後は、この「みんな」の解像度をあげていきたいと思っています。僕は今3歳と5歳の子どもがいるんですけど、例えば子どもたちを8階のキッチンに連れて行って一緒に料理をする機会を設けることもできます。ママさんや学生さんにとってはまた別の利用シーンがあるかもしれません。いろんな人にとってのいろんな利用シーンを探り、食の体験を見直したり新しく更新したりするような実験をたくさん行うことで、場所としての可能性をもっと引き出していきたいなと思います。
—最後に、Q’sの事業を通じて京都全体のコミュニティがどうなって欲しいか教えてください。
前原:僕は、いろんな食の楽しみ方がありいろんな食のプレイヤーがいて、多様な食文化が残っていくことが、地域としての”豊かさ”につながると思っています。Q’sがあることで、この店のこのメニューが残ったとか、この食材が京都で作り続けられているとか、京都がより豊かになりその豊かさが今後も続いていったら嬉しいです。
田村:僕は、お金、人、食材などいろんな資源の流れが循環する状態を作りたいと思っています。例えば、食に関わる職業は忙しさなどもあり仕事の選択肢として選ばれにくいような状況があると思いますが、もっと多くの若者が憧れる職業にするお手伝いもしていきたいですね。
株式会社ツナグム https://tunagum.com/
株式会社Q’s https://q-s.biz/
美食倶楽部 https://bishokuclub.kyoto/
interviewer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
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