伴走支援をしながら移住のエコシステムを創る

「人と人、人と場のつながりを紡ぐ」をミッションに掲げる田村篤史。これまで京都を軸とし、数々の移住や協働に携わってきた。京都移住計画の先駆者である彼だからこそわかる、これまでの移住の動向や今後の展望を聞いた。

【プロフィール】田村 篤史(たむら あつし)
京都生まれ。立命館大学在学中、APUへ交換留学、NPO出資のカフェ経営に携わる。その後休学し京都のベンチャーにて経験を積み、卒業後は海外放浪の末、東京の人材系企業に就職。2012年に京都へUターンし「京都移住計画」を中心に、町家活用のシェアオフィス運営や商店街活性といった地域に関わる。2015年3月に株式会社ツナグムを設立。

「移住」を京都から発信するワケ

ー京都移住計画のサービスを開始されて約10年。改めて、「移住」をどのように捉えられていますか?

僕たちが始めた2012年ぐらいまでは「移住」っていうキーワードがそれほど言葉として認識されていませんでした。しかし、2014年から国が地方創生という旗振りをしだしたことで、一気に「移住」というワードが市民権を得たと思っています。

2014年以前は移住とか田舎暮らしって、結構”セミリタイア”や”老後の生活”のイメージでしたが、2020年の今では20代30代の若い人たちのライフシフトの選択肢になってきたと評価できる部分がありますね。ある調査でも、都内の20代の約4割から5割が田舎暮らしに関心があったり、新型コロナウイルスで3密の暮らしよりは、風通しの良い地方や田舎が改めて着目されてきています。

ー「京都移住計画」という名前ですが、現在も京都のみを軸に活動されているのですか?

最初からビジネスで捉えれば、「京都移住計画」ではなく「関西移住計画」など大きい名前をつけたほうが事業の規模としては大きくなるじゃないですか。立ち上げ当初は、”関西中の人と会社や不動産を結び付けた方が、キャッシュポイントも増えてビジネスとして繋がるんじゃないの?”という意見もありましたが、それだど解像度が荒くなってしまう気がしたんです。

あとは知らない場所だと自分ごとに感じないので、その地域に思い入れがある人が旗をあげる方がいいだろうなと思っています。そのため僕らは京都に軸足をおいて他の地域に伝え、思い入れのある人がその地域なりの移住計画を出来るようにすることで、点が増えて線になり面になってくることもあると思います。僕らの全体のネットワークを通じて、京都も含めた様々な地域同士が人の紹介や相談ごとが言える関係性が作れたら豊かな世界かなと思ってやっています。

「生きたい場所で生きる人の旗印に」を掲げる全国各地の移住計画

求められる「移住」の形

ーこれまでで印象に残っている移住の例を教えてください。

出身が京都最北端の京丹後という子がUターンする際、情報提供やお手伝いをしました。

彼は管理栄養士として東京で働く中で、京丹後の生産者と消費者をつなげる仕事がしたいと思ったそうです。ただ、会社や仕事が地域にないと戻るにも戻れへん、みたいな状況って結構あって、移住を考える大半の人が諦めたり先送りにしてしまったりします。でも彼の場合、京都市内にまずは移住し、その後京丹後市にUターンするという、2段階の移住の形をとったんです。地域の食材を使って缶詰を作っている京都市内のベンチャーに転職する形で戻ってきてビジネスの経験を積み、現在は地域おこし協力隊の制度を使って京丹後に戻って起業の準備をしています。

何がいいって、いきなり戻るのが無理だから諦めるのではなく、こっちの道もあるよねと選択肢を増やせたことです。あと、どういう人が地域に戻ってくるかはすごく重要で、組織に属して働く人だけでなく、そうやって地域の資源をうまく活用して、その土地ならではの仕事を作っていける人が増えていくほうが地域にとっても良いことだと思います。
そういう1つの事例としては彼が京丹後に戻ってくれるのは、地域が元気になる希望の例として良いなと思います。

ーそういった段階を踏むような「移住」を促進されているのはなぜですか?

ちゃんと完璧に移住するか、移住しないか、というような0か100かの考え方って人が動きにくくなるような気がしているんですよね。”中途半端な状態で関わったら失礼じゃないか”、”中途半端な私を全てだと思われるのは嫌だ”、という恐れがあるような気がしますが、そう思っている間に時間はどんどん過ぎていきます。でも50%ぐらいの関わりを作れるのであれば、作っておいた方がリスクも少ないんじゃないでしょうか。特に移住は、住む場所も働く場所も変わる話です。そのためまずは、東京に住んでいても土日だけの複業で京都の中小企業に関わり、覗いてみてから勤務日を調整していく、などでいいと思います。転職あり方としてこういったグラデーションで移り変わっていくような働き方を「コミットメントシフト」っていいます。企業にとっても、いざ東京から覚悟決めて100%転職して入社した人が合わないなと思ったらお互い不幸ですよねそうならないために、まずは50%ぐらいでお互いの関係性を様子見る、そういった働き方の柔軟性を地域の企業が対応できるようにすることが重要かなと思っています。

ー「移住」を受け入れる地域側の課題はありますか?

どうしても「地方創生」っていうお題目って、行政が頑張るものみたいになってしまっていますが、本当は地域の企業がもっと頑張るべきだと日頃から思っています。なぜかというと、自分たちのビジネスが一定成り立つためには、その地域の人口規模ってすごく重要なポイントじゃないですか。人口が減っていく未来って、自分たちの事業のパイが減っていく話だったりします。そのため今後は地域の企業さんがもっと雇用をしていくとか、採用するために新たな事業にチャレンジすることだとが大事になると思います。今までの受け入れの形だけだと、移住検討している人たちの座る椅子が足りない気がしていますね。”面白いプロジェクトや事業が田舎でもできるよ”ということを、もっと地域側が作っていく必要は感じていますし、その手伝いができればと思っています。

ー若者の移住がより身近になるために、取り組まれていることはありますか?

京都という都市から見ても、東京に人を送り出しっぱなしなんですよね。出ていく前にもっと学生とコミュニケーション取れる方法あったよねって思っています。以前NPOで学生のキャリア支援をやっていた時に、学生との関わりをめちゃくちゃ濃くしていたのですが、今彼らが社会人5、6年目になり人生の選択を考え直す時に相談してくれることがあります。就職して専門性やスキル身につけた彼らが関わってくれるのは、僕らにとっても地域にとってもすごく心強いことだと思うんですよね。なので、学生の時にもっと関わりを持つこときちんとやっておけば、その子達の学生生活も充実し、京都に残る確率や、出ても戻ってくる確率が上がると思います。遠回りであっても学生との接点を増やす必要があると感じ、僕たちも会社として改めてインターンシップに取り組みたいですし、そういった機会を様々な京都の会社と共につくる為に、Beyond Careerという新たな事業もスタートしました。

「聴き手」と名乗る想い

ー多くの人々や組織と関係性を作る上で、大切にしていることはありますか?

あまり強く意識してるわけではないんですけど、2つあります。1つ目は名刺の肩書きに「株式会社ツナグム 代表取締役 聴き手」って書いてあって、それが自分の中で大事にしたいと思っていることです。まずは話を聴くところからスタートして、それを僕が解決できなくても紹介できるリソースを増やしていく。クライアントの課題解決でも、「この課題だったら誰々が合うな」と思える引き出しを増やすのはもちろんですが、その前にまず様々な関係者の話を聞いておく必要があります。僕らの場合、すぐにビジネスにつながらないことも多いですが、それを面白がって話を聴くのが重要かなと思っています。

2つ目は「先義後利」という言葉です。先に自分たちの利になるようなことばかりするという感覚が僕らっぽくないので、関係性が長く続いていった上で、最後は相手はもちろん自分たちも豊かになっているというマインドを大事にしています。

ーこれから田村さんが中長期的に取り組みたいことを教えてください。

「エコシステム」はキーワードだと思っています。自分たちの自主事業を進めるだけでなく、京都に根ざしている歴史のある会社や組織に相談される存在でありたいです。そして新しい事業をする際に伴走支援をしながら、そこに足りない”人”のリソースも調達できる存在でありたいと強く思っています。

社会が向き合っている課題は複雑な関係性の中で起きているので、1つの切り口で解決できるのことはまずないと思っています。僕たちは企業・行政・市民といったセクターを超えた協働の機会が多く、様々なプレイヤーにとっての横串のような立場でもあります。それらのステークホルダーの関係性を活かし合いながら、新しい未来を描いていける状況をもっと作っていきたいと思っています。

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