デジタルアートでリハビリに楽しさを。目指すは「自分が参画したい社会と繋がるプラットフォーム」
リハビリは当事者にとって必要なことだが、楽しいと感じる人は多くはないだろう。どうにか楽しみながらリハビリができないかと考え、デジタルアートとセンサーを活用したリハビリツール「デジリハ」を開発した岡勇樹。現在も導入施設との連携でプロダクトをアップデートし続けている。リハビリツールならではの開発の難しさや、ユーザーの反応、目指したい世界などについて聞いた。
【プロフィール】岡 勇樹(おか ゆうき)
東京で生まれ、3~11歳を米国サンフランシスコで過ごす。29歳でNPO法人Ubdobeを設立し代表理事に就任。芸術と人間科学がテーマのクラブイベント、離島山間部と都市部の学生を繋ぐ福祉留学、デジタルアートとセンサーを活用したリハビリツールの開発事業などを立ち上げる。33歳で厚生労働省 介護人材確保地域戦略会議 有識者に選出。35歳で東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部 ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議 構成員に選出。36歳で日本財団2017年度ソーシャルイノベーターに選出。
もくじ
リハビリ×デジタルアートがもたらす可能性
ー現在の事業について教えてください。
デジタルアートとセンサーを活用したリハビリツール「デジリハ」の開発と提供を行なっています。現在は主に障害児や難病児にサービスを展開していて、医療施設や福祉施設への提供もしています。今後は成人や高齢者領域にも展開していく予定です。
ーリハビリにデジタルアートを取り入れようと思われた理由と、感じている可能性について教えてください。
元々運営していたNPOに、筋ジストロフィーという疾患を持つお子さんがいるスタッフがいました。その子のリハビリ映像を見せてもらったのですが、嫌がったり泣いたりしながらリハビリしていたんです。リハビリはやらなきゃいけないことだし、今後も人生についてくるものなのに、毎回嫌な思いをするのは辛いなと思いました。笑いながらリハビリできる方法を一緒に考えていた時、直前にやっていた空間演出の仕事を思い出して、リハビリとデジタルアートをくっつけたらどうなるのかと考えたところから企画が始まりました。
デジリハは、専用のアプリと市販のセンサーを使用します。センサーで感知した手足や眼球などの動きに伴ってアプリ内のオブジェクトが動いたりするため、ゲーム感覚で楽しくリハビリができるようになっています。導入施設では、重症心身障害*の子たちがデジリハが起動するのを楽しみに待ってくれていて、アプリを起動すると動ける子は自分でアプリ画面に近づいて行く風景が見られました。楽しくリハビリできることによって、ポジティブな変化を及ぼす可能性があるのではないかと感じています。
*重症心身障害…重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態:社会福祉法人 全国重症心身障害児(者)を守る会 https://www.normanet.ne.jp/~ww100092/network/inochi/page1.html
ーユーザーの反応から得られた気づきはありますか?
ポジティブな面では、意外と重度の障害を持つ子たちも興味を持って使ってくれていると感じています。重症心身障害の子たちに対しては、積極的に筋肉を動かそうとする前に、そもそも得体の知れないデジリハに対して興味を持ってもらうことが最初のハードルになるのですが、そこは割とクリアできる可能性が高くなっていると思います。
課題としては、今はアプリが全部で26本で、1種類のセンサーにつき約5本使える状態なのですが、今後使い飽きてしまう可能性があります。継続して使ってもらうにはどうすればよいかは考えなければいけない部分です。あとは、発達障害の子たちに適合するアプリがまだ少ない印象です。知的障害を持つ子の中には、身体を動かすことが得意な子もいるので、オブジェクトが出現するタイミングなどもけっこう早くないと逆に飽きちゃうんですよね。飽きずに使い続けてもらうため、より楽しい感情になってもらうためにやるべきことはたくさんあるなと思っています。
幅広い使い方ができるリハビリツール
ーどのような流れで開発されたのでしょうか?
まず、開発資金を得るために日本財団の助成金申請をしました。ピッチなどの審査を経て優秀賞を頂き、1.5億円の助成金をもらうことができたのでそこから3年間かけて開発しました。そのうち2年半で行なったのは、人集めと、プラットフォームやアプリの開発です。人集めは求人募集を出したり、プログラミングができる知人に声をかけたりして雇用していきました。
開発については、1つのプラットフォームにミニアプリがたくさんある状態を作って、サブスクで使えるようにしたい構想が当時からあったので、開発会社にプラットフォームを作ってもらうと同時にアプリも開発していました。その間に、障害の有無に関係なくあらゆる子が一緒に企画をする「デジリハLAB」という会議を運営していて、そこで出てくるプロトタイプや仕様書などをベースに徐々にアプリが増えていきましたね。他に、センサーやハードウェアの選定なども行っていました。残りの半年に関しては株式会社として分社化するための準備や、全国の医療福祉施設に営業活動などをしていました。
私たちはリハビリとして効果を及ぼす可能性のあるアプリを開発する必要があります。試験導入先のフィードバックを元に改変したり、安全基準を決めたりなど、プラットフォームやアプリができた後もやらなければいけないことが多く、けっこう時間がかかりました。
ーなぜNPOから法人化したのでしょうか?
元々NPO法人Ubdobeのデジリハ事業部で開発していましたが、デジリハに特化した会社を作らないと、リハビリが必要なすべての人にプロダクトを届けるという本来のミッションが達成不可能ではないかと思ったからです。世界を見据えた販売や開発をするために、デジリハだけに集中して活動できる法人を作りました。
ーアプリはそれぞれ、どのようなリハビリの目的があるのでしょうか?
サンプルとしての使い方は提示していますが、1つのアプリですごく幅広い使い方ができるのであえて目的設定はしていません。幅広い使い方に関しては、まず試験導入先に渡した時に新しい活用方法を考案してもらうことがあります。例えば、「壁をタッチして反応させる」アプリは、ボールを投げて反応させるという使い方もできるので、タッチだけでなく肩の運動にもなる、といった事例です。このように考案してもらったいろいろな事例は他の新規導入先でも紹介します。そうすると、施設や専門職の人たちが独創的に考えた活用事例がどんどん広がり、基準はあるけどすごく自由なプラットフォームという状態になってきています。
ーどんな子どもでも楽しくリハビリできるように工夫されてることはありますか?
センサーの感度設定を変えられる点です。例えば感度設定が低いと大きく早く動かないと反応してくれない状態になります。逆に感度を高くすると少しの動きで反応してくれるんですね。大きく動ける子には感度を低く、少ししか動けない子には感度を高く設定してあげることで、同じアプリでもさまざまな子が楽しめるようになっています。今後は対戦や協力プレイができるようなアプリを増やしていって、障害のレベル関係なく一緒に遊べる世界を目指しています。
現場との連携でプロダクトをアップデート
ー 開発について難しかったことを教えてください。
今も開発し続けているんですけど、基本的に難しいことだらけですね。ハードウェアとアプリとプラットフォームの3つを使ってるので、お互いの相性などの調整は難しいなと思っています。あとは、すべての開発課題に対応できるリソースが足りていないです。現場からの改善要望の対応、新しいアプリの開発、既存アプリやプラットフォームのアップデートなど、課題は山積みです。でも人を雇うにはお金が必要で、今は売上が伴っていないので資金調達しなくてはいけない。課題と展望が入り混じっている状態です。
ー現場からはどのような改善要望が上がってくるのでしょうか?
例えば、センサーの設定が最初は複雑だったので「使いにくい」といった声がありました。導入施設の方々は、医療の専門家ではあるけどセンサーについてはわからないので、簡単に設定できるよう設定画面をどんどん改変していきました。まだ課題は残りますが、今はだいぶ良くなっています。
あとは、音楽が鳴っているとパニックになってしまう子もいるので、BGMや効果音の有無を選択できるようにしてほしいなど、細かい設定部分での要望もあります。デジリハを運用する専門職としての課題と当事者としての課題、いろいろなご意見を聞いて改変するべきところとしなくていいところを検討しています。
今は全然パーフェクトな状態ではないですし、自分たちのやりたいことの3%ぐらいしかできていません。現場での気づきをどれだけ組み込んでアップデートできるかが肝なので、できる限り気づいたことはすぐ教えてほしいとお願いしています。最終的には子どもたちの利益に繋がるので、施設の方も遠慮せずにいろいろなご意見を伝えてくれます。
専門性×当事者性を兼ね備えたメンバー
ーデジリハさんのこだわりや強みは何でしょうか?
1つは、プロダクトに対して専門性と当事者性を兼ね備えているメンバーがいることです。理学療法士や保育士など、子ども・医療・福祉の専門職がチームの約半数を占めています。現場経験や知識のある人間が全ての部署に配置されているため、専門性は高いです。また、僕自身もリハビリをやっている知的障害の子どもがいるんですけど、同様に当事者の子どもを持つ親がメンバーの中に多くいます。専門性が高い上、当事者の意見もちゃんと反映させられる仕組みになっているのが強みだと思います。
もう1つは、基本的にノンバーバル仕様にしている点です。画面を見て直感的に使い方がわかるUIを目指しているので、グローバル展開を見据えた時にスピーディーに展開できるのが強みです。
ーサービスの着想があった時点で、専門職の方々をチームに入れたいと思われていたのでしょうか?
専門性が圧倒的な強さになる組織を作りたいという思いは最初のころからありました。もともと僕も障害児支援の現場で働いていたのですが、やはり現場の人たちは知識や気づきがすごく優れているんですよね。プロダクト作りでその視点を活かせたら、 例えば任天堂がSwitchを使ってリハビリや医療業界に進出するとなった時に、専門性の高さが僕らが戦う唯一の武器になると思っています。そのため早い段階で専門職をコアメンバーとして集めようと1年目から意識してました。やりたいことに共感して能動的に動いてくれる人で、かつ「いい人」を採用したので、うちのメンバーはみんないい人です。
誰もが「参画したい社会を選べる」プラットフォームへ
ー今回talikiファンドからの出資を受けるにあたってどういった経緯があったのでしょうか?
以前VC回りを3ヶ月ほどやっていたのですが、なかなか相性の良さそうなVCと出会えなかったんです。その時は1度融資で繋いで、再度資金調達しようと思っていた頃、たまたま同じオンラインセミナーの登壇者として中村さんと出会いました。「会社はお金儲けというよりも、そもそも社会課題を解決するためにある」みたいなお話をされていて、考え方がすごく似ていると思いました。僕も、株式会社は本来やりたいことを実現するために設立するもので、お金はあとから付随してくると思っています。
そもそもの会社に対する考え方に共感して、後日京都まで会いに行きました。その時も僕たちのプロダクトややりたいことの話を重視してくれて。自分たちの船には人として信頼できる人に乗ってほしかったので、中村さんに乗ってほしいと思いました。それまでVCの方には「検討お願いします」と頭を下げてたんですけど、中村さんには「一緒にやっていきたいです」と言って握手をしました。これから手伝っていただきながら一緒に目指すべきところに行きたいなと思っています。
ー 今後の事業の展望や、障害の境界を無くすためにやっていきたいことを教えてください。
障害って本当は曖昧な概念なんですよね。「障害とはその本人の状態にあるのではなく、本人を取り巻く環境にある」ともよく言われますが、そういう考え方に全ての人がシフトしていけたら、周りにある障害を無くしていくか一緒に超えていくかみたいな選択肢になってくると思うんです。だから最終的には、障害や難病を持っていても、高齢者であっても、どんな状態でも自分の好きな社会に参画し続ける感覚を持って生きていけるようにしたいです。
今はリバビリが楽しくなるためのプロダクトを作っていますが、ゆくゆくはメタバース空間(3Dのバーチャル空間)の開発と、その中で障害の有無に関係なくすべての人が交流したり暮らしたりできるようなコミュニティを作っていこうと思っています。楽しいリハビリで身体の状態維持や向上を実現しつつ、リアルの世界かバーチャルコミュニティか、自分が参画したい社会を選択して繋がっていけるようなプラットフォームにしていきたいです。
株式会社デジリハ https://www.digireha.com/
interviewer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
writer
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。
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