ベルリン発・土に還るおむつ。世界中の地域で捨てない循環を起こすシステムを作る。
赤ちゃんが自分でトイレにいけるようになるまでには4500個のおむつが必要になる。ドイツでは年に50万トンの紙おむつが焼却処分され、多くの二酸化炭素が排出されている。ベルリン発のスタートアップDYCLE(ダイクル)は100%堆肥化が可能なおむつインレイを開発した。使用済みおむつを堆肥に変え、堆肥を使って作られた果実が家庭に届くまでのシステム構築にも取り組む。DYCLE共同創業者の松坂愛友美に、着想からビジネスとして事業化するまでの経緯や苦労について、またDYCLEの事業の核となる「ブルーエコノミー」の考え方についても聞いた。
【プロフィール】松坂 愛友美(まつざか あゆみ)
DYCLE共同創業者。長崎県で生まれ、大学までを日本で過ごした後に、ドイツの大学院に進学。肥沃な土づくりに関心を持ち、コンセプチュアルアーティストとして活動してきた。人間の体から排出されるもので作品を作るプロジェクトを行っている中で、紙おむつの使い捨てについて課題意識を持つ親たちに出会い、おむつに着目するようになる。2015年に共同創業者としてDYCLEのチームを立ち上げ、2018年に法人化。
もくじ
“土に還るおむつ”で、気候変動と土の不毛化にアプローチ
ーまず、DYCLEの現在の事業について教えてください。
私たちが開発した、生分解性で化学処理を使用していない、100%堆肥化できるおむつを起点にリジェネラティブ(再生型)なシステムを構築しています。作っているプロダクトは取り換えて使い捨てる中敷きの部分で、布のおむつカバーを合わせて使用するものになります。この中敷きを使用する家庭から使用済みの中敷きを回収し、堆肥化できるパートナーに持っていって堆肥に変え、果樹を育てるまでのシステムを構築しています。現在は数十世帯に協力していただき試験的な運用をしている段階で、まだマーケットには入っていないのですが、今後はお父さんお母さん達に月額のサブスクリプションで購入していただくモデルを考えています。具体的な手順としては、まず中敷きを使い終わったらDYCLEから提供する回収バケツに入れ、炭の粉をかけて臭いを消していただきます。ある程度使い終わった中敷きが溜まったら、幼稚園や地域のコミュニティセンターに置いている回収拠点に持ってきていただき、DYCLEで堆肥化できるパートナーに届けています。できた堆肥は、公園やアーバンガーデニングのエリアといった公共の土地で使っていただき、植樹プロジェクトなども進めています。また幼稚園などからも興味を持っていただいており、今後パートナーとしてプロジェクトを進めていければと思っています。
ー松坂さんは元々、コンセプチュアルアーティストとして活動されていたそうですね。アート活動から着想してビジネスを始められた経緯はどんなものだったのでしょうか?
私は元々”土づくり”に関心があって、コンセプチュアルアーティストとして活動してきたんです。近年、モノカルチャーの農業形態や農薬の使用などで、地球上の土の質がどんどん悪くなっていくという問題があり、そこに対して取り組みたいと考えてきました。ある時コンポストトイレの中に残っていたブルーベリーの種から自然に木が生えたのを見たのがきっかけで、人間の排泄物から安全な土を作り、作物を育てるというアートプロジェクトを始め、プロジェクトの中でたくさんのお父さんお母さんたちに出会いました。そこで、親として子どもが使うおむつの廃棄問題に課題意識を持っている方が多くいることに気づいたんです。赤ちゃん1人が生まれてから、自分でトイレにいけるようになるまでには4500個のおむつが必要と言われていて、焼却処分されるおむつはドイツだけで年に50万トンにのぼります。使用済みのおむつは水分量が多いので、焼却するために莫大なエネルギーが必要なんですよね。一方、布おむつは洗って干す作業が大変で、使い捨てのおむつを選ばざるを得ない方も多いという状況があることが分かりました。こうした使い捨ておむつの廃棄への課題意識に応えつつ、従来は焼却処分されていた赤ちゃんの排泄物で良質な土を作ることにも取り組めるのではないかと着想し、DYCLEの立ち上げに至りました。
ちなみに赤ちゃんの排泄物は、大人のものに比べるとすごく綺麗で、良質で安全な堆肥を作るのに役立つんです。赤ちゃんに添加物がたくさん入っている食べ物を与えることは少ないですから、排泄物にも悪いものが含まれていないんですよね。それに赤ちゃんの排泄物に目をつけたのには、彼らが大人になったときに”1歳か2歳で、しかも自分が知らないうちに木を植えていた”というような社会へのメッセージ性を持たせたいという理由もありました。
子供の健康を考える親に、オルタナティブな解決策を
ーDYCLEのプロダクトを購入される方として、どんな方を想定されているんでしょうか?
子供の健康を第一に考えていらっしゃるお父さんお母さんを想定しています。使い捨ておむつには化学物質がたくさん入っているので、天然素材で作られたもので子供を育てたいというニーズは一定存在し、ドイツの21%の親が使い捨てのおむつを使いたくないと考えているんです。一方で、既存の布おむつは毎日洗濯したり干したりという手間がかかるため、実際にドイツで布おむつを使用している家庭は7%にとどまります。多くの人が抵抗を感じながらも、布おむつの不便さから使い捨ておむつを使っているので、オルタナティブな解決方法としてDYCLEのシステムを使用していただければと考えています。
ー現在ベルリン市で地域の方に協力していただき、試験的な運用をされているとのことでしたが、地域の方を巻き込み継続的に関わり続けてもらうために工夫されていることはありますか?
おむつの交換というのは毎日の習慣なので、私たちのプロダクトを使い始めるということは大きなステップになりますよね。地域の人たちがスムーズに私たちのプロダクトを使えるようになるには、サービス面でしっかりとサポートをしていかないといけないと考えています。現在取り組んでいることの1つとして、オンラインで週に1回、布おむつやおむつなし育児のワークショップを開催しています。例えばお母さんが張り切って布おむつに変えようとしても、お父さんやパートナーが「面倒だ」と言うようなことがあれば、お母さんだけがおむつを変えることになって「使い捨ておむつの方がよかった」ということにもなりかねないですよね。家族全員や、幼稚園の先生、ベビーシッターの方などでもスムーズに使えるようにするためのテクニックを提供することを意識しています。
また今年の試験運用では地区に4〜5箇所くらいのバケツ回収拠点があり、ベビーカーを押しながら散歩に行くくらいの感覚で回収のバケツを持っていけるような状態になっています。もっと拠点数が少なかったときの試験運用では、わざわざ路面電車に乗って回収拠点まで行かざるを得なかった方もいて、大変だという声をいただいていました。こうした素直な意見をいただくことで、継続して地域の人たちに関わっていただけるサービスへと進化してきたので、とても感謝しています。
環境意識の高い市民を巻き込み、”推進する役割”を担う
ー行政との協力関係も築かれているとのことですが、どのようにして進められてきたんでしょうか。
私たちが地域行政に直接提案して、取り組みを進める役割を担うことで、上手く協力関係を築いてきたという経緯があります。ドイツは環境問題への取り組みが進んでいるという印象を持たれることが多いですが、実は自治体によって取り組みの度合いに差があるんです。私たちが活動しているベルリン市では、移民問題など他にも取り組むべき課題が多く、環境問題へのコミット度はそこまで高くないんですよね。地域内でゼロウェイストを実現することを目標として掲げてはいるものの、2020年は紙コップを使わないキャンペーンをするくらいの取り組みしかできていない状態で。一方で市民の意識は高く、DYCLEのワークショップなどの取り組みにも学生から子供を持たないシングルの方まで積極的に参加してくれて、自然にディスカッションが発生するくらいです。「市民が作ったおむつ」と言っても過言ではありません。それで、私たちが地域行政と一緒に何かできないかと思って持ちかけたところ、堆肥化できるおむつで小さな試験運用をやろうということになりました。
ー100%堆肥化できるプロダクトを作る上で、素材選びなどはどう進められたんでしょうか?
プロトタイプを作る上では、多くの人や専門家の方にも入ってもらいながら、ワークショップ形式で進めてきました。いろんな方たちを呼んできて、時間を区切って「今日は◯種類の素材を持ってきました」「水やアイロンや粘土など何を使ってもいいので、最終的におむつの型にしてください」という風に進めるんです。参加してくださる方はファッションデザイナーや研究者、地域のお父さんお母さんや学生など様々なので、企業がやっている新商品開発とはちょっと異なるかもしれません。どちらかというと、市民みんなで作ったおむつというようなイメージですね。またプロトタイプができる度に、弊社の中にいる母親メンバーに使ってもらっています。
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