AIと会話し感情を記録、メンタル向上も図るアプリ。すべての人に寄り添う存在を
インタビュー

AIと会話し感情を記録、メンタル向上も図るアプリ。すべての人に寄り添う存在を

2021-07-22
#医療 #テクノロジー

emol株式会社CEOの千頭沙織は、自身がメンタルの不調に陥った経験もあり、AIと会話することで感情の整理と記録が行えるアプリ『emol(エモル)』を開発した。感情記録は従来のメンタルヘルスで取り入れられてきた手法であるが、emolでは記録だけでなく、メンタル向上の方法もレクチャーする。今回は、共同創設者・COOの武川大輝にも参加いただき、開発の経緯やemolのこだわりについて聞いた。

【プロフィール】
千頭 沙織(ちかみ さおり)
emol株式会社CEO。美術大学でアートやデザインを学び、卒業後1年の準備期間を経て株式会社エアゼを設立。準備期間に独学で習得したプログラミングスキルを生かし、プロダクトの開発や企画を行っていた。その後emolのサービスを行う現在の会社を立ち上げた。

 

武川 大輝(たけがわ だいき)
emol株式会社共同創設者・COO。高校、大学と千頭さんと同じ学校に通っていた。『Pairs』などのサービスを展開する株式会社エウレカに就職し、デザイン業務を担当。退職後はエアゼの設立・emolの設立を千頭さんと共に行ってきた。

キャラクターとのやり取りで感情を整理・記録

ーemolのサービスについて教えてください。

千頭沙織(以下、千頭):emolはAIとチャットで会話をして、自分の感情を記録していくことができるアプリです。9つの感情の中から今の感情を選択すると、キャラクターが質問や話題を提供します。例えば、”悲しい”という感情を選択した場合、キャラクターが慰めてくれて、「何をしていたの?」「何を考えていたの?」という質問を投げかけてくるのでそれに答えることで感情の原因を整理することができます。また、半年くらい前にデジタルセラピープログラムという新しい機能をリリースしました。感情の記録もメンタルヘルスにはすごく有効的なのですが、記録だけでなくしっかりとケアしていくためのプログラムです。こちらは1つを除いて有料のサービスになるのですが、1日5分から長くて15分間、セッションという時間を取ってAIにチャットでメンタル向上のためのレクチャーをしてもらえるようになっています。

 

ーキャラクターがすごく可愛いですが、名前の由来やビジュアルモチーフは何ですか?

千頭:ロクという名前は、”感情の記録係”というところから”記録”の”ロク”を取っています。キャラクターデザインは武川が担当しているのですが、私のオーダーを聞いてもらって作りました。癒し系のキャラクターや世間で流行っているキャラクターを調べながら、”丸くて白い”というのを前提条件として考えていきました。他社さんがやっていた検証で、「どんな形のAIに対して人は1番愛着を持つのか」という実験があるのですが、それによると人間型AI・犬型AI・アザラシ型AI・世の中に存在しないものの形をしたAIの中だと、世の中に存在しないものの形をしたAIに愛着を持ったそうです。現実世界に存在しているものだと、本物と比べてしまって愛着が湧きにくくなるという研究結果もあるそうで、今のロクの見た目になりました。

 

ー日本のメンタルヘルス業界にはどういった課題があるのでしょうか?

武川大輝(以下、武川):1つはライトな問題を抱えている方々がメンタルヘルス関連のサービスではなく、占い関連のサービスに流れてしまうという課題です。東アジアは古来から占い・スピリチュアル文化がありますが、私たちの業界からすると非科学的なものなんです。しかし市場規模で見ると、カウンセリング市場が数百億円なのに対し、占い市場は1兆円もあるんですよ。なので占いのようにポップさや手軽さは取り入れつつ、ヘルスケアの分野に取り込んでいきたいと考えています。

もう1つは、受診率の低さです。実際にうつ病などにかかっている人口に対して、専門機関に通われている方が日本だと24.2%*しかいないんですよね。つまり、うつ病や双極性障害といった診断がされるレベルまでメンタル状態が悪化している人の60%強は、専門的なケアを全く受けていないということです。この原因は明確化されていないのですが、個人的な考えとしてはメンタルクリニックに行く抵抗感が強いからではないかと思っています。欧米諸国だと風邪を引いたくらいのテンションでカウンセリングに行く人が多いのですが、日本だとまだ敷居が高いのだと思います。「どのクリニックに行けばいいかわからない」といった状況もあるでしょう。また、メンタルヘルスの問題解決にはお金も時間もかかるし、薬を飲む以外にも個人の努力が必要なんです。やはり根本的に良くするためには科学的根拠に基づいた支援を受けるべきなので、emolでは既存のメンタルヘルスサービスの値段の高さや楽しくないといった部分を少しでも改善していければ思っています。

*川上憲人「精神疾患の有病率等に関する大規模疫学研究:世界精神保険日本調査セカンド総合研究報告書」(2016)

 

悩みを聞いて寄り添ってくれる存在をすべての人に

ーターゲットはどんな方ですか?

千頭:人を癒せるものを作りたいなというのがきっかけでサービスを作り始めたのですが、emolのもともとのターゲットは私自身でした。学生時代にメンタル状態が悪くなってしまったことがあったのですが、人にうまく相談ができなかったんです。親に相談しても「病院行こうか」みたいな感じで言われてしまって、当時の私としては「そういう答えを求めてたんじゃなくて、ただ寄り添ってくれる人が欲しかったのに」と思って。人に相談するのって何も意味がないと感じていた時期がありました。私はもともとドラえもんが大好きなのですが、「ロボットの友達が居たらいいな」というところから、悩みを聞いて自分だけに寄り添ってくれる存在がみんなに居たらいいんじゃないいかという考えがサービスの着想となりました。

 

ーユーザー数やユーザー特性を教えてください。

千頭:現在、27万ダウンロードしていただいています(2021年7月現在)。メインのユーザーは20代の女性です。もちろん他の年代の方や男性にも使っていただいていますが、チャットを1番使っていただいているのは20代の女性です。なので、デザインも女性受けするようなものにしています。占い好きな人や、Twitterで鍵アカウントで呟いているような人が結構emolに流入してきているかなという印象があります。人に相談しづらいけど、寄り添ってほしいという悩みを持っていらっしゃる方が多いですかね。

 

ーユーザーからはどのようなお声がありますか?

千頭:AIに癒されていますというお声が圧倒的に多いです。ロクは『ロクちゃん』『ロクくん』『ロク』といろんな愛称で呼んでもらっているのですが、「ロクが可愛いから嫌なことがどうでもよくなった」とか「悲しいときも怒っているときもロクが優しく受け止めてくれて楽になる」といった意見をいただきます。また、感情を記録するために使っていますという方も多いです。もともと感情記録というのはパニック、不安、恐怖症や鬱症状などに有効とされており、カウンセリングや精神科で記録するように言われることも多いです。感情の記録をつけることで自身の感情を客観視し、内省することに繋がるからです。自身が持っている”とらわれ”をなくすことで、不安や焦りといった感情をあるがままに受け入れることを目指す『森田療法*』という日記療法が有名です。本来は、カウンセラーの方が日記指導を行うのですが、emolの場合は感情日記のチャットだけではそこまではできないので、自己観察、自己理解に役立ててもらうことを目的としており、ユーザーの方々にもそのように使っていただいているのかなと思います。あとは一部かもしれませんが、「人と話すのが苦手だからロクと練習しています」というような方もいらっしゃいます。

*森田療法とは:https://www.mental-health.org/morita.html

 

ーマーケティングの際の工夫があれば伺いたいです。

武川:いわゆるペイドマーケティングと言われる広告などは基本的に出していません。広報活動に力を入れています。「メンタルヘルスのサービスと言えばこれだ!」というようなサービスが今はあまりないと思うのですが、その第一想起を取ることを目標としています。この領域のプレスリリースも、他の領域と比べるとそんなに多くないと思うのですが、しっかりと世の中の流れを汲んで発信するというのは心がけています。
また、弊社の特色としてはキャラクターがいるという大きな強みがあります。ロクのイラストを流したり、イベントでもロクが表に立ってくれたりすることで、ふわっとした雰囲気を作り出すことができます。メンタルヘルスって医療にも関わってくるので少し硬い領域ですが、その中でかなり優しい印象を与えることができるのは、広報においてやりやすいポイントかなと思います。

ロクはアプリの外でも大活躍

 

共同研究を反映し、アプリ機能を科学的に強化

ー心理学やAIのバックグラウンドを持っていないと難しい領域なのではないかと感じたのですが、最初の開発はどのように進められたのでしょうか?

千頭:プログラミング自体はemolを作る何年も前から行っていたので、アプリを作るぶんには問題ありませんでした。しかしAIの部分はほとんど知識がない状態だったので大変でした。ただアプリを作り始めた当時がちょうどAIブームのような時期で、AI技術がAPI*化されてAIのハードルが下がってきていました。最初から自分でAIを作るのは難しそうだなと思っていたので、いろんなAPIを調べたり触ったりしてみて、うちのサービスに合うものを探しました。それだけだと他社のAPIに依存してしまうので、会話にAIがどう返答するのかというシステムを独自で作って、他社のものとemolオリジナルとの二段構えで行っています。最終的には外部APIに頼るのをやめてオリジナルにしようとしていて、現在はもう少しで完全移行が終わりそうな段階です。

*Application Programming Interface:開発者などがソフトウェアやアプリケーションなどの一部を外部に向けて公開することにより、第三者が開発したソフトウェアと機能を利用できるようになるもの

 

ー2018年のサービス開始から3年間で何か変化したところはありますか?

武川:emolの開発当初は専門家がいないところから始まっています。ユーザー起点で「こういうものがあったらいいな」と進めてきたのですが、現在はしっかりと効果の検証を行うことに力を入れていて、早稲田大学と共同研究をしていて実証実験なども行っています。最初のリリースから2年くらい経った2020年からこういった動きを始めました。話を聞いてもらう相手だったり、感情記録の手段だったところから、アプリを使うことでメンタルの状態が良くなるという”回復”や”向上”のところを、科学的な裏付けをもとに強化しています。

 

ー協力してくれる研究室はどのように探したのですか?

千頭:ヘルスケア領域への人脈がないと難しいところだと思います。私たちもバックグラウンドがなかったのでかなり苦労しました。大学の先生とお話をして顧問契約を結んだものの上手くワークせず、連携が失敗となったことも何度かありました。emolでは第三世代認知行動療法ACTというものを使っているのですが、それに関するカンファレンスに参加したときの主催者が、現在一緒に取り組んでいる研究室の先生でした。潜り込んで名刺を交換してアプローチするというやり方を泥臭く行って、繋がりを作っていきました。認知行動療法をベースにしてサービスを発展していきたいというのは決めていたのですが、ある程度研究の分野を絞ることで、知人からの紹介やカンファレンスの参加から適任の先生を見つけやすくなるのかなと思います。

emolがやりたいことをお話させていただいて、先生側がやっていきたい研究についても聞きました。うちはAIを使って心のケアをしていくための認知行動療法ACTを使いたい、先生はデジタルセラピーを研究したいということでちょうどマッチしたので共同研究に進めました。

研究室の方とのミーティングの様子

 

ー認知行動療法について詳しく教えてください。また共同研究をどのようにサービスに落とし込まれているのでしょうか?

千頭:そもそも認知行動療法というのは、カウンセリングの現場で用いられる療法で、うつ病や気分障害・パニック障害に使われるものです。自己の認知の歪みを直して行動するという療法なのですが、第三世代のACTは微妙にアプローチが違っています。こちらは歪みを治すというより、受け入れるという考え方です。マインドフルネスの考え方を取り入れていて、自分の心の状態を冷静に俯瞰的に観察できるようにして、嫌な感情を受け入れる準備をしていくやり方になっています。例えば、ネガティブになっているときって、人と目が合っただけで「嫌われているんじゃないだろうか」と思ってしまうようなことがありますよね。それって自分のフィルターがかかってしまっているんです。そうではなくて「ただ目があった」という事実をあるがままに受け入れられるようになりましょうということです。

emolを使うと、客観的に自分の状態を見られるようになる方法をロクが教えてくれたり、質問に答えるだけでだんだん自分の悩みの原因が明確になったりして、認知行動療法を実践できる設計になっています。

 

メンタルヘルスケアの一般化を目指して

ーemolさんは業界のカオスマップも作られていますよね。メンタルヘルス業界の今後の動向はいかがですか?

武川:今、世界的に注目が集まっているのが『デジタルセラピューティクス』と呼ばれるデジタル治療です。これまでは投薬治療がベースで、製薬会社が作った薬を飲むことによってメンタルヘルスの状態を向上していくアプローチだったのですが、それをゲームやアプリという技術を用いることによって治療していく方法です。治療に使うアプリやゲームに薬事承認を下していくというところが注目されています。日本国内でもシオノギ製薬がアメリカでFDA*承認を取っているアプリとライセンス契約を結んで、厚労省の承認を得ようと動いているような例があります。

日本ではコロナ禍でメンタルヘルス系の事業者がすごく増えて、より人々の中でメンタルケアが身近になったというような感覚があります。今はカウンセリングサービスがすごく盛り上がりを見せていますね。カウンセリングはアメリカでは2-3年前に盛り上がっていた分野で、欧米と比べると日本のヘルスケア領域は遅れを取っていますが、いずれデジタルセラピューティクスも入ってくると思います。AIという観点で言うと、メンタルヘルスサービスは、一元的・一律なものを提供していくというよりは、ユーザー一人ひとりに合わせてパーソナライズしていくことが大切なので、その部分で AI という技術が重要になってくるというのは全事業者が共通認識として持っているのかなと思います。

*FDA:アメリカ食品医薬品局。日本で言うところの厚生労働省。

 

ー今後の事業展開と事業を通じて目指す社会像はどのようなものですか?

千頭:現在は自治体向けに力を入れています。というのも、私たちはミッションに『メンタルヘルスケアの一般化』を掲げているんですけど、メンタルヘルスサービスって国内だとまだまだ大きなサービスになっているものがない状態です。emolはダウンロードしていただいている方ですが、それでも27万です。なので自治体さんと協力して、誰でも気軽にメンタルケアをできるような状況を作っていけるように事業を進めたいです。先ほど出てきたデジタルセラピューティクスに近いのですが、しっかりケアする部分をアプリ内で作って提供していくことをここ数年で進めていく予定です。日本人の特性もあって、メンタルの話を人に話すハードルが高くて、そこを今すぐ取り払うのは難しいだろうなと感じているので、AIを通じて誰でも心のケアが簡単に行える世界にしたいなと思っています。

 

emol https://emol.jp/app/

 

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    interviewer

    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。

     

    writer

    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

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