つくり手もつかい手もそれぞれの豊かさを実現できるように。刺繍ブランドの挑戦

インド刺繍に魅せられた伊達文香が代表を務める株式会社イトバナシ。副代表の杉川幸太(写真、右)は経営や財務という側面から会社を支えている。メイン事業の刺繍ブランドitobanashiにとどまらず、複数のブランドの立ち上げ・運営を行なっている杉川に、つくり手にもつかい手にも寄り添うブランドの立ち上げ方や思い描いていることを聞いた。

【プロフィール】杉川 幸太(すぎかわ こうた)
株式会社イトバナシ副代表。新規事業の立ち上げや財務管理を中心に、全体を整える役割を担う。現在、新しいブランドHAREGIの立ち上げに伴い実施中のクラウドファンディングでは、プロジェクトリーダーを務める。

現在、「服作りからハギレをなくす、ゼロウェイストプロジェクト」として、クラウドファンディングに挑戦中!詳細はこちら。
https://motion-gallery.net/projects/itobanashi-t-shirts

(※プロジェクトは終了しました。8/26追記)

インド刺繍の魅力を届ける

—現在の事業について教えてください。

株式会社イトバナシは「つくる人とつかう人の暮らしを豊かにする」というビジョンのもと、メインではitobanashiというアパレルブランドを運営しています。itobanashiは主にインド刺繍にフォーカスして、インドの職人さんと直接やり取りをしながら適切な労働環境を提供し、その価値のある商品をお客様に届けていくというような事業モデルになっています。

代表の伊達文香は大学1年生のころからインドに興味を持ち、大学時代は何度もインドを訪れていました。訪問中に現地NGOの活動などを知る中で、自分もインドで女性の内面的、経済的支援を行いたいと考え、ファッションショーを開催しました。その活動を通して多くの刺繍職人と出会い、刺繍に魅了されていったことが起業のきっかけです。

伊達さんの詳しい起業ストーリーはこちら
https://itobanashi.com/blogs/peoples-story/181201_1

itonbanashiに付随して、現在は服作りの過程で出てしまうハギレを活用する「みんなのハギレを誰かのハレギ(晴れ着)に」というコンセプトのHAREGIというブランドを立ち上げるべく、クラウドファンディングを実施しています。それ以外にもPoh(ポウ)というアートとクラフトが融合した生活雑貨を提案する新しいものづくりブランドも立ち上げています。ものづくり以外でも、教育事業や地域資源活用事業なども行っています。

 

—どのような刺繍を扱っているのですか?

刺繍は地域の文化や伝統が色濃く反映していて、僕たちはその地域性を大切にしています。現在は、インドの伝統的な刺繍である、カンタ刺繍、チカン刺繍、アリ刺繍の3種類を取り扱っています。

1つ目のカンタ刺繍は、インドのコルカタ地方に伝わる刺繍です。インドの刺繍産地はイスラム教が多く、偶像崇拝はあまりしない、人や動物を神様にしないという宗教性が根付いています。しかし、コルカタ地方の刺繍は、家のことや地域のことを伝える情報手段として発展してきたという歴史があり、人や動物がモチーフになるインドでは珍しいタイプの刺繍なんです。これは「村の暮らし」というテーマのストールなんですが、昔の村の暮らしを描いた絵を現地で見た伊達がひらめき、刺繍デザインに落とし込んだことで生まれた商品です。

村の暮らしストール

 

2つ目のチカン刺繍は、インドのラクノウ地方の伝統的な刺繍です。1000年以上の歴史があるムガル帝国時代に繁栄したと言われています。帝国の華やかな文化が栄える中で、チカン刺繍は無地の生地に対して主に白糸で刺繍するというシンプルさ。ですが、裏にたくさん糸を施すので刺繍が盛り上がって見えます。シンプルなのに、光の当たり方によって影が出て華やかに見えるのが特徴的です。何十通りという技法を組み合わせて縫っていて、僕たちが扱う刺繍の中でも最も手の込んでいる刺繍のひとつです。このワンピースは、1着あたり約1.5ヶ月くらいかけて一人の職人さんが全部手刺繍で作ったものです。刺繍の透け感が特徴的で、薄い生地を使い刺繍の特徴を活かした夏の定番商品となっています。

チカン刺繍ワンピース

 

3つ目のアリ刺繍は、インドとパキスタンの国境で紛争地域でもある、カシミール地方の刺繍です。チェーンステッチという輪っかを通しながら糸を掬い上げていく技法によって、立体感のある刺繍になるのが特徴です。カシミールは寒い地域なので、ウール生地など暖かい生地に刺繍をすることが多く、僕たちも主に冬物の商品に使っています。この地域は紛争が長く続いていることもあり、平和への祈りを込められた、花などがモチーフになった刺繍が伝統的に普及していったと言われています。この地域では最も直接的に職人さんたちとやり取りしているので、洋服だけでなくティーポットカバーを依頼したり職人さんにデザインをお任せしたりと、遊び心がある刺繍を作ることもできています。

そして、こちらの商品はアリ刺繍の仲間なんですが、ハンドミシンを使って作られています。基本的なアリ刺繍は全て手仕事で熟年の職人さんが作っているのですが、こちらはインドの中でも特に貧しいビハール地域から出稼ぎにきた若い男の子たちが刺繍をしたものなんです。彼らは私たちから見たら劣悪な環境で低賃金で仕事をしているという現状があります。アリ刺繍の伝統と産業化の狭間で、こういった問題も出てきていると思います。僕たちは彼らにも適切な労働環境と賃金を渡していきたいと考えていて、カシミールに工場を作り若い人たちを雇用できるような場を作りたいと思っています。

ハンドミシンのアリ刺繍

 

—インドの職人さんを取り巻く環境や、itobanashiの関わり方を教えてください。

地域によって宗教も伝統も文化も違うので、ケースバイケースですね。僕たちは地域ごとの違いにできる限り寄り添い、均一なルールを作らないようにしています。地域ごとの違いの例として、刺繍が仕事として定着しているかが挙げられます。カシミール地方では刺繍が産業として成り立っているので、男性が仕事としてやっている場合が多いです。そうすると先ほどのように、伝統と産業化の間で新しい問題が出てきたりもします。また、産業化しすぎたことで伝統的なものが消えていくということも実際に起きています。なのでここでは、伝統を引き継いでいくことも意識しながら、若い人たちに積極的に仕事を提供するという工夫をしています。同じようにラクノウ地方では、チカン刺繍はかなりの腕が必要なので、高い技術力が求められるものは決まった職人さんに依頼し、マスクや小物などはもう少し若い職人さんに依頼をするというように、特定の人に仕事が偏らないようにしています。一方で、コルカタ地方のカンタ刺繍は家庭の中で育ってきた刺繍なので、職人さんは圧倒的に女性が多いです。決まった職場があることは珍しく、家の中で、空いた時間に刺繍をするのが一般的なんです。なので子育てや家事の合間に仕事ができるように、自給制ではなく、出来た分を基本的に全て買い取るという成果報酬制で取引をするなどの工夫をしています。

このように、地域ごとに職人さんを取り巻く環境や一人一人の事情を丁寧に把握し、関わり方を変えることができるのは、それぞれの地域で職人さんを取りまとめてくれるパートナーと契約しているからです。創業当時、代表の伊達が自分で地域に入っていき職人を集め、「あなたは上手だからこれお願いします」と進めていたところ、「なんであの人は私より若いのに抜擢されているんだ」というように、地域内で軋轢が生まれてしまったんです。そのことも踏まえ現在は、現地のルールや職人さん一人一人のことをしっかりと把握している現地リーダーと契約し、取引を行うようにしています。

 

服づくりからハギレをゼロに

—現在クラウドファンディングを実施されているHAREGIプロジェクト。どのような経緯で立ち上げに至ったのですか?

まず、服を作る時ってどうしてもハギレが出てしまうんですね。生産を担当している伊達はそのハギレを捨てられずに、創業から今までの5年分全て残していたんです。職人さんが手仕事で仕上げてる風景が目に浮かんで、捨てられなかったのだと思います。加えて、縫製工場さんもハギレは捨ててしまうのが一般的ですが、刺繍が入っているからか、全部送り返してくださっていました。今までもハギレセットやくるみボタンとしてハギレの活用・販売をしていましたが、服の生産量には全然追いつかず、たまる一方でした。そんな中、大手コンサルの方がプロボノ*的にitobanashiに関わってくださる機会があり、そのメンバーの若い男性2人がメンズ向けの刺繍アイテムを作るプロジェクトを提案してくれました。コロナ禍の現在、インドで新作を作るのは大変です。今手元にあるもので何かできないかと話合いを進める中で、過去にTシャツを作ったことがあったのでTシャツなら作れるかもという話になったんです。その際、ハギレが溜まっていく状況をどうにかしたいという頭の片隅にあった思いが重なり、ハギレを使ったTシャツを作ろうというアイデアが生まれました。まずは自分たちの手元にあるハギレをゼロにすることを目指して、HAREGIプロジェクトが立ち上がりました。

*プロボノ‥社会人が自らの専門知識や技能を活かして参加する社会貢献活動。(参考:コトバンク

 

—実際、アパレル業界ではどのくらいハギレが出ているのでしょうか?

ファストファッションの課題として、大量廃棄は近年よく取り上げられていますよね。しかしここで言及されている廃棄というのは、主に服になった後の廃棄量なんです。この廃棄量については数字として報告されていますが、工場でどのくらいのハギレが廃棄されているかって実はブラックボックスなんですよ。ここは、今後HAREGIをやっていく上で調べる必要があると感じています。現状では、正しく報告されているような数字はありません。実際、ハギレは捨てるのが一番楽なので、そのまま廃棄会社に渡すというのが一般的になっているのではないかと思いますね。なので、まずは「ハギレにも価値があるんだ」ということを示すために、どんなハギレも主役になれるような商品を作ろうと、第一弾商品として「捨てないTシャツ」を開発しました。特に「森の響き」という名前の捨てないTシャツは、どんなに小さいハギレでも使えるように、開発チームで試行錯誤を繰り返して縫製方法などを決めていきました。ハギレなので、色も形も全部違います。全てのTシャツが世界にひとつだけの一点モノなんです。

 

—HAREGIプロジェクトには他のブランドも関わっているんですね。

itobanashiは服の廃棄はゼロにできています。でも、生産プロセスでハギレをゼロにするのはなかなか難しい。今後も服を作ればハギレが出るという状況は、続きます。なので、このHAREGIプロジェクトは単発のイベントではなく、今後も継続できるブランドにしていきたいという想いを持ってスタートしました。プロジェクトを始めるにあたり、知り合いのブランドさんに話を聞いてみたところ、やっぱりみなさん同じようにハギレが出てしまうことを悩んでいるようでした。だったらみんなのハギレを一緒に使っていけるようなプラットフォームブランドになっていきたいと考えたんです。そこでまずは尾道の立花テキスタイル研究所さん、岐阜の石徹白洋さん、奈良のもんぺやさんに参画いただきました。最近ではアフリカ・ベナンの生地を扱うシェリーココさんも仲間に加わってくださいました。それぞれのブランドによって特徴があり、例えば立花テキスタイル研究所さんはハンプ生地という厚手の生地を使っているので、他の生地と一緒に縫製するのが難しいことから、Tシャツの後ろのタグに使用しました。残りの3社のハギレはitobanashiのハギレ一緒に使い、「みんなの捨てないTシャツ」にしています。

 

—クラウドファンディング終了後はどのような展開をお考えですか?

自分たちのハギレをなくすことと、世界中の服作りからハギレをなくすこと、どちらをゴールとして置くのかによってやるべきことは全く違ってきますよね。今は自分たちと身の回りの数ブランドのハギレをなくそうという目標で第一歩を踏み出していますが、今後服作りからハギレをなくすようなブランドになっていくには何をすべきかということを、チームで話し合っているところです。HAREGIプロジェクトは今後もブランドとして続けていこうと思っていますが、それだけではないハギレの出口を作らないと本当のハギレゼロ実現は難しいと思うので、そこが僕たちの現在の課題です。直近では、この「みんなの捨てないTシャツ」でどこまでいけるのか、ハギレの回収方法、生産体制、そしてハギレを提供してくださった方へのメリットなど、事業として成り立つために必要なことを考えています。

 

一人一人の「豊かさ」に寄り添ったブランドを

—itobanasi、HAGIRE、Pohなど複数のブランドを立ち上げられていますが、共通していることは何ですか?

お客様やメディアの方々からはよく、フェアトレード、エシカル、SDGsという単語で表現されることがあります。これはとても嬉しいことなんですが、言葉で枠を作ることによって、活動に制限が出てしまうようにも感じています。だからイトバナシではあえて自らそのような言葉は使わないようにしています。言葉にしなくてもそれが当たり前のものとして取り入れられているようなブランドを目指したいですね。そのために大事にしているのが、「均一化しない」ということです。効率性のことを考えると、均一なルールの中で均一な生産プロセスを作り、均一な商品を作る方が、事業としては良いのだろうと思います。でもそれだと、どこかのプロセスで、誰かが苦しむことになる。どんなに非効率でも、その土地の文化や伝統、さらにはつくる人とつかう人の暮らしをじっくりと観察して、それぞれに合ったものづくりや販売の体制を整えていこうと思っています。社内では「非効率を愛する」なんて言葉も出ているほどです(笑)。

また、僕たちのビジョン「つくる人、つかう人の暮らしを豊かに」にもある「豊かさ」とは何かということは、チームでずっと考え続けています。今の僕たちは「豊かさ」に答えはなく、人それぞれだと考えています。職人やお客様との対話の中で一人一人の豊かさに寄り添っていきたいですし、あえてこちらから定義しない、価値観を決めつけないということを大切にしていきたいです。お客様に寄り添って商品をお届けしたいと思い、最近は広島の志和という場所に、月に3日間だけオープンする「ししゅうと暮らしのお店」をオープンさせました。月に3日だけなんて普通のブランドだと考えられないでしょうが、毎月、驚くほどたくさんの方がご来店くださいます。

 

—ブランドを立ち上げる際、どのように意思決定をすることが多いんでしょうか?

一番多いのは伊達の直感ですね(笑)。彼女がアイデアを出し、それをいかに実現するかを僕や他のメンバーが考えます。実は今回のHAREGIプロジェクトも、ブランドにすることの難しさを懸念し僕はずっと反対していたんです。それでも伊達は迷わず「やる」という最終判断をしました。秒ですよ。迷いがない。だから僕はそれを信じて、やると決まったことに対してどうすることがベストなのかを他のメンバーと考え、道筋を作っていく。そんな役割分担で意思決定をすることが多いです。

 

—ブランドを通して、消費者の行動にどのような影響を与えていきたいですか?

将来的には、消費という言葉がなくなっていくといいですね。「費やして消えていく」という、あまりいい言葉ではないと感じています。そのためには、つくる人とつかう人の距離を、物理的にも精神的にも近づけていくことが大切だと思います。今は、その距離があまりにも離れすぎている。例えば私たちが職人さんと直接やり取りをするということは、実質的な距離を近づけていることになります。加えて、お客様の感覚としても生産者との距離が近づいている状態を目指していて、目の前で服を作るぐらいのイメージができるような作り方、届け方をしたいと思っています。つくる人とつかう人の距離が近いもので溢れる世の中になることが理想ですね。それで結果的に「消費」という概念がなくなって、「つかうものを選ぶ」という感覚になるといいのかなと思います。

 

「村」のような事業を作りたい

—今後イトバナシが思い描いていることを教えてください。

1つは会社としてしっかり成長していくことです。非効率を愛しながらも、単発のイベントやプロジェクトで終わらせるのではなく、事業として継続的に成り立たせるということは会社として大事にしていきたいですね。具体的には、均一なルールを作っていないためにどうしても煩雑になってしまう管理を全て完璧に行うことは諦め、入り口と出口の数字だけはしっかり見るという工夫をしています。出ていくお金より入ってくるお金が多ければビジネスとして続けられるはずなので、そこは守りながら、途中のプロセスにおいては非効率なことも受け入れるというやり方で、少しずつ成長していくのが理想です。

もう1つは、「村を作りたい」ということです。異なる事情がある人々がそれぞれの土地でなんとか生活をしようと思ってできたのが村で、それぞれの村には人々の個別の事情を考慮したルールや文化、伝統があり、その中で人々は支え合って生きてきたのだと思います。でも今、均一化される社会の中で、そのような個別の事情は無視され、村は縮小したり消えていったりしているというような状況だと思うんです。その結果、社会全体としてはうまくいっているように見えますが、様々なところに全体最適による皺寄せが生じているように感じます。そのような社会で、会社としても各地域や、一緒にやる人の都合というものを踏まえて事業を作っていくことが重要だと考えています。例えば、現在私たちは東広島市志和町の地域資源を生かし、地域にあった事業を展開していこうと取り組んでいます。これを本社がある奈良県五條市や、インドのカシミールでやろうとしたらそれぞれ全く違う事業になります。イトバナシは1つの会社ですが、1つの分野にこだわっているわけではありません。その土地や一緒にやる人の都合にあわせて多様な事業を作っていく、「村」のような事業を作っていきたいですね。

 

月に3日だけオープンする東広島市志和町の「ししゅうと暮らしのお店」
6月のご案内
https://itobanashi.com/blogs/magazine/shishuutokurashi-2021-6

itobanashi HP https://itobanashi.com/

クラウドファンディングページ https://motion-gallery.net/projects/itobanashi-t-shirts(※プロジェクトは終了しました。8/26追記)

 

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    interviewer
    細川ひかり

    生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

     

    writer

    堂前ひいな

    幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。

     

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