ホップの里からビールの里へ。地域をあげてのファンづくりと産業の再生に挑む
(アイキャッチ画像 撮影:仁科勝介)
ビールの原料となるホップを栽培していることで有名な岩手県遠野市。ここに移住し、ホップ産業の再生と地域全体の持続可能性を目指しているのが、株式会社BrewGoodの田村淳一だ。遠野のホップ産業が直面している課題や、ふるさと納税を活用した資金の集め方など、特徴的な取り組みについて聞いた。
【プロフィール】田村 淳一(たむら じゅんいち)
大学卒業後、リクルートに入社。新規事業の立ち上げや法人営業に携わる。2016年に退職し、岩手県遠野市に移住。プロデューサーとして日本のホップ産業を変える挑戦をしている。BrewGood代表取締役/遠野醸造 取締役。和歌山県出身。
もくじ
ホップの里からビールの里へ
ー現在の事業について教えてください。
岩手県遠野市でホップとビールを活用した「ビールの里プロジェクト」に取り組んでいます。行政、ホップ農家、キリンビール、そして地域の事業者と一緒に、持続可能な日本産ホップの栽培によって地域を活性化し、ホップの魅力を活用しながら地域が一体となって未来のまちづくり・産業づくりに挑戦するものです。ホップ収穫祭やツーリズムを行って栽培の現場を見に来てもらったり、ふるさと納税のスキームを活用して資金を集めたりするなど、外部のビールファンの方々も巻き込んだプロジェクト運営を行っています。
ーホップと遠野市について詳しく伺ってもよいでしょうか。
ホップとは、ビールの主要な原料のひとつである農作物です。アサ科のつる性多年草植物で、ビール特有の苦みと香りのもととなり、泡を安定化させたりビールの保存性を高めたりする働きがあります。遠野では、キリンビールの契約栽培地として、50年ほど前からホップづくりが盛んでした。しかし近年では、高齢化・後継者不足などの問題に悩まされています。そこで、遠野市とキリンビール、ホップ農家が連携して始めていたのが、遠野を「ホップの里(生産地)から、ビールの里」へ盛り上げていくプロジェクトです。
私が移住した2016年の時点で、ホップとビールを使ってまちづくりをしようというビジョンはしっかりと定められていたのですが、それを実現するためにどんな手段をどんな道筋を立ててやっていくかといった計画についての議論がまだまだ深まっていない状態でした。私はもともと、遠野でブルワリーを起業するメンバーのインキュベーター側として関わっていたのですが、プロジェクトを進めるうちにホップやビールが持つ可能性を感じたので運営側に参画しました。各プレイヤーには強い想いがあるんですけど、それぞれの立場からできることには限定的な部分もあるので、そこを補いながらチームとしてどう挑戦できるのかの戦略を立てたり、全体のプロデュースを行っています。
就農希望者はいるが、儲からないという問題
ー遠野市のホップ産業が直面している課題はどんなものですか?
ホップ産業が衰退しているのは、高齢化とそれに伴う後継者不足が主な原因です。でもそれってすごく表面的な問題なんです。ここ5年くらいのあいだに、ホップ農家になりたいと言って実際に遠野に移住してくれた方は10名程度。「ビールの里プロジェクト」によって、遠野=ホップ栽培という認知が広まり、人材不足はクリアできるところまで来ました。ただ、衰退の原因を掘り下げてみると、もっと本質的な課題があることがわかりました。時代の変化によって、ホップ農業自体が持続可能なビジネスモデルではなくなってきているという課題です。主な原因は2つあります。
1つ目は、機械や設備の老朽化とその修繕にかかる費用が農家の大きな負担となっていくことです。先ほども少し触れた通り、遠野では50年以上も前からホップ栽培が始まりました。遠野では農家同士で協力して収穫を行い、収穫したホップを乾燥させる機械も共同で使っています。ということは、みんなで使っている機械が壊れるとそれ以降どうにもできなくなってしまいます。長年使っている機械なので、修繕費がかかります。さらに、処理能力も下がってきてしまうので稼働時間が長くなり、全体のコストが増加しています。もちろんこの費用も分担して負担するのですが、コストが増加するのと同時に、農家数が減少することで1人あたりの負担が大きくなります。結果、売上に対する機械や施設の使用コストが増えて、利益が少なくなってしまう構造になってきているのです。
2つ目が、新規就農した若手特有の課題です。ホップを栽培しようと思うと、専用の棚を作らなければなりませんし、新規で苗を植えてから十分な収量になるには3年かかるなど、初期投資が必要になります。そのため、新規就農者は必然的にホップ栽培を辞める人の畑を引き継ぐことになります。遠野のホップ畑の面積はピーク時から6分の1以上減少しているので、残っている畑は小規模であり、分散しているケースが多いんですね。点在する畑を担当することになると、作業効率が落ちてしまいます。また、廃作直前の畑は、ホップの株が古くなって収量が落ちていたりすることもあります。畑が点在し非効率なことに加え、収量も落ちてしまうと売上自体が減ってしまいます。さらに、新規就農者は先輩農家と比べてコストが増えやすい事情もあります。例えば、先輩農家は土地や畑で使う農機具を所有しているケースが多く、家族や親族が手伝うことでアルバイト代も抑えられます。逆に、移住してきた新規就農者は、土地・農機具を借りる費用も発生しますし、アルバイトも自分で募集してお金を払う必要があります。このように新規就農者がホップ栽培を始めようとすると、先輩農家と比べて相対的に栽培コストが高くなり、収益を出しづらい構造にあることが分かりました。
ーそんな課題がある中、どうして昔は上手く産業が回っていたのんでしょうか?
先輩農家はホップ以外にも米や酪農などいろいろなことをしながら複合的に売上を立てています。また、先ほど話した土地・農機具を所有していること、アルバイト代が抑えられることで、ホップでも収益は出せるのです。先輩農家にとってホップは、大手ビールメーカーの契約栽培で全量買取してくれるので、売上が安定する作物という認識です。でも新規就農がいきなりさまざまな作物を同時に育てるのは難しいですよね。今僕たちが向き合っているのは、時代の変化によって生まれてきた新しい課題です。機械や設備が老朽化していること、後継者候補を集めたからこそ見えてきた新規就農者ならではの課題。ここを解決しないと、未来には繋がりません。
ーこの課題を考えるにあたって、何か苦労したことはありましたか?
やはり課題を本質的に捉えるところが難しかったかなと思います。最初は、高齢化で農業従事者が減っているから新規就農者を増やせばいいと思っていたのですが、若手から話を聞くと「全然儲からないですよ」という話も出てきました。じゃあ、どうしてそんな構造になってしまっているのかを、半年間ほど農家へのヒアリングを重ね、売上や利益のデータを拾って、分析して考えました。課題を整理したレポートを書いて関係者と議論、その結果埋もれていた課題が見つかり、またその課題を整理する、ということを繰り返してきました。同時に、課題は見えてきたけれどお金がなくて策を実行できないという状況も避けたかったので、先回りして財源のことも考えていました。
ホップ産業が抱えるついては、田村さんのnoteでも詳しく解説されています。
https://note.com/tamjun/n/nf14f91d9bae9
継続的な資金確保のためにふるさと納税を活用
ー財源を確保する方法として、ふるさと納税を活用されているんですよね?
2020年からふるさと納税の制度を利用してプロジェクトの財源を集めています。ふるさと納税は納税先の自治体や返礼品が選べるだけでなく、実は寄付先指定というものができます。ふるさと納税で遠野市に納税する際に、我々のビールの里プロジェクトを寄付先に指定していただくと、今取り組んでいる持続的なホップ栽培やまちづくりの活動にその財源があてられるようになるんです。それらのお金を使って、持続的なホップ栽培に向けた農家への具体的な支援ができないかとか、老朽化する施設へ投資する分に回せないかといった議論を行政側と重ねています。
僕たちはこれまで、ホップ畑でのツーリズムや、ホップ収穫祭の開催で、実際に遠野に来てくれる人を増やしました。それらの場で、ビールの里という未来のビジョンを語って、共感してくれるファンやサポーターの輪を広げてきたのです。そういった応援してくれている人の支援の力を集めて自分たちで新たに財源を作り、地域や農業に再投資していくモデルを実現したいと考えています。ふるさと納税の制度活用は、手探りで始めて1年経ちましたが、多くの方に支援いただくことができました。これからも遠野にいる自分たちだけでなく、応援してくれるファンやサポーターの皆さんと持続可能なホップ栽培の実現に取り組んでいきたいと考えています。ホップ栽培が持続的になれば、ホップやビールを楽しみに遠野に来てくれる観光客が増えて、地域産業の持続化にも繋がるはずです。遠野にとって、ホップは農業だけの話ではなくなってきていると思っています。
ー資金を得るための手段として、クラウドファンディングなどもありますが、ふるさと納税の仕組みを選ばれたのには何か理由があるのでしょうか?
クラウドファンディングも過去3件くらい携わりましたが、資金を集めるという点では短距離走的な部分があると思っています。もちろん今後もクラウドファンディングを活用することはあると思いますが、私たちの活動を前に進めながら、その様子を伝えて、継続的に資金やサポートの力を得ていくという意味で、今はふるさと納税に力を入れています。ふるさと納税は支援者の方にメリットのある制度でもありますし、返礼品はビール以外の例えば遠野のお米を選んで、寄付先指定はビールの里プロジェクトにしていただくこともできます。なので、地域事業者の商品の販売促進にも寄与できますし、寄付金の一部が行政の財源にもなるので、地域にとって良いことが多いなと思っています。ただ、ふるさと納税という制度だけに頼ってしまうのは良くないので、その他の資金調達の手段についても準備を進めています。
ブランディングはファンづくり
ー農家や行政、ビールメーカーなどさまざまなセクターを巻き込む上で工夫したことはありますか?
小さくてもいいので、まずはやってみることは意識しています。これは地方あるあるかもしれませんが、ワークショップをしてみんなで付箋にアイデアや意見を書いて終わってしまうことが比較的多くて。僕らはできるだけそれを実行して形にするようにしています。そうすることで、こういうやり方もあるんだ、こうやって人が喜んでくれるんだ、これは失敗だったというようなことが見えてきて、その先に進めやすくなるんです。だから、まだ何の予算もついていないけど、うちの会社でお金を出して実験的にやってみることも多いです。
ー遠野 =「ビールの里」というブランディングはどのように固めていったのでしょう?
2018年くらいに、もっとブランディングを強化しようとみんなで考えた時期があったんですけど、地域のブランディングを考えれば考えるほど、結局はファンづくりだということに気づいたんです。概念として「ビールの里プロジェクト」があるだけではなく、そこに参加したいと思ってくれる人、応援したいと思ってくれる人をどれだけ増やせるかが重要だと考えました。それからはそこにフォーカスして、情報発信する際のメッセージも変えたり、ホップ収穫祭などのコンテンツを作ったりしています。僕たちが何を目指していて、どういう思想を持っているのかを伝えていくこと、実際にプロジェクトを前に進めていくこと、そして仲間になってほしいと率直に伝えていくことが、結果としてブランディングになっていくと思っています。
ーブランディングを強化していく上で意識していたことはありますか?
「日本産ホップを再興する」「ビールの里を実現する」というビジョンを掲げて、そのプロセスを全て開示していったことかなと思います。何かを企画するときも、それは目標に向かって進む物語の1つであることをしっかり伝えてきました。そして、醸造所を新しく作ったり、新規就農者が増えたり、ホップ収穫祭の参加者が増えたりと、ひとつずつ着実に実行していくことで、「この人たちは本気だ」と思ってもらうことが大事だと思っています。
ー収穫祭が中止になった2020年*も、アフターコロナを見据えたファンづくりに力を入れられたのでしょうか?
「いつかホップ畑で会いましょう」というコンセプトのもと、コロナ禍が収まったら遠野のホップ畑を見にきたり、ビールを飲みに来たりしてほしいというメッセージを伝えていました。現場に行けない時期だからこそ、自分たちのことをもっと伝えていこうというマインドでしたね。ビールの里プロジェクトに関わるメンバーのそれぞれの想いをインタビューして冊子にした「VISION BOOK」をリリースしたり、プロモーションムービーを制作しました。そうやって、将来的に遠野を訪れてくれるファンを増やそうと取り組んでいました。「今年こそは行きたい」という連絡をたくさん頂きます。今年の収穫祭をオフラインで実施できるかどうかはまだ未定ですが、ビールの里プロジェクトの取り組み自体は歩みを止めないようにしたいと思っています。
*遠野ホップ収穫祭…2015年から実施されている収穫祭。バラエティ豊かなビールにおつまみ、ホップ畑見学ツアー、アーティストによるスペシャルライブなど、さまざまなコンテンツが用意されている。
https://www.lets-hopping.com/ (2021年の開催は現在検討中)
*ホップの里からビールの里へ VISION BOOK 冊子以外にも、noteで公開している。
https://note.com/brewingtono/n/nd0f3fe5f11c6
ー最後に、今後の事業展開と事業を通じて目指したい社会について教えてください。
僕たちは、遠野で活動していますが、日本の他のホップ産地も同じように衰退しているんです。だから、遠野のホップという文脈ではなく日本のホップという文脈で全体を盛り上げて、各地域の産業化を図らなければいけないと思っています。実際にいろんな自治体からご相談をいただいて、アドバイスや提案も行っているのですが、一緒に日本産ホップを盛り上げていきたいですね。日本産ホップの再興が実現すれば、日本のビール文化の未来にも良い影響が出てくると思っています。最近はブルワリーを立ち上げてビールで街を盛り上げようという地域も増えていますが、そういうまちづくりの部分も含めて、僕たちが挑戦しながら可能性を見出して伝えていければいいなと思っています。また、ホップ農業に対する取り組みは、農家減少やそれに伴う組合体制や施設の維持に困っている他の農業にも通ずる部分があり、何かヒントを伝えられるのではと考えています。地方にはいろんなお酒の文化と農業の文化があります。それらが成り立てば、地域も盛り上がるし、消費者もいろんな場所に行って楽しむことができる。BrewGoodとしては、お酒や農業を軸に、地域や社会を少しずつ良くしていくことにこれからも取り組んで行きたいですね。
BrewGood https://brewgood.jp/
ビールの里プロジェクト https://tonobeer-furusato.jp/
interviewer
掛川悠矢
メディア好きの大学生。新聞を3紙購読している。サウナにハマっていて、将来は自宅にサウナを置きたいと思っている。
writer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
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