感覚過敏の人の暮らしを快適に。多様性が認められる社会を目指して

12歳で親子起業をし、「今を諦めない」をモットーに生きる加藤路瑛。自身の感覚過敏における日常の苦悩をきっかけに、マスクをつけられない人向けの商品や、病院受診の際の相談シートなどの開発を手がける。自分自身がペルソナと語る彼に、感覚過敏の啓蒙活動や商品販売におけるこだわりや想いを聞いた。

【プロフィール】 加藤 路瑛(かとう じえい)
2006年生まれ。中学3年生。12歳の時に起業し、株式会社クリスタルロード取締役社長に就任。メディア運営や「今」をあきらめない生き方をテーマにした講演や小中高生の起業に関する講演やセミナーを実施。2020年1月に感覚過敏研究所を設立し所長に就任。以来、感覚過敏マークの作成、感覚過敏のためのマスクがつけられない人のための意思表示カード、マスク着用が苦手な人のための「せんすマスク」などを考案し、感覚過敏の啓蒙活動と商品・開発に力を注いでいる。

 

感覚過敏を持つ自分がペルソナ

ー感覚過敏とはどういった症状なのでしょうか?

感覚過敏は「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」などの諸感覚がとても敏感になっている状態のことです。病名ではなく症状のことを表す言葉として使用されています。感覚過敏の方は、日常生活において困りごとが本当にたくさんあるんです。実は僕自身も感覚過敏を持っていて、食べることやニオイが苦手です。そのため僕や感覚過敏を持っている多くの人の困りごとを解決したいと思い、「感覚過敏のある人の暮らしを快適にする」をミッションに感覚過敏研究所を設立しました。現在は、感覚過敏の啓蒙、感覚過敏に関する商品・サービスの企画・制作・販売、感覚過敏の研究を行なっています。今の事業のペルソナは僕自身なんですよ。

 

ー加藤さん自身が感覚過敏であると気づいた経緯を教えてください。

中学生の時に初めて気づきました。僕は小さい時から過敏だったと思うのですが、自分自身も周りの人も気づいていませんでした。例えば、ご飯の時には「これ食べられない」と言ったり、外出しても「帰りたい」と言ったりしていたのですが、自分自身何が辛いのか、何が嫌なのかをうまく表現できなかったんです。今では嗅覚過敏や視覚過敏が原因だと分かるのですが、当時はただ「わがままな子」という風に周りに思われてしまうことが多くありました。

中学入学後、保健室の先生に「女子生徒の甲高い声や笑い声を聞くと、毎回体調が悪くなるんです」と事情を説明すると、「聴覚過敏じゃない?」という風に先生に言われて。その時に初めて「感覚過敏」という言葉を知り、調べていくうちに自分に当てはまるものが多く、家族に相談して自身が感覚過敏だと気づきました。感覚過敏というのは自分の中にあって目に見えないものなので、他者と比較することができず、気づくまでに時間がかかる人は多いと思います。

インタビュー中の加藤さん。背景に感覚過敏の説明をふまえた画像を設定。

せんすマスク誕生のきっかけ

ー「せんすマスク」を制作したきっかけはなんですか?
感覚過敏や病気などによりマスクやフェイスシールドを着用したくともできない人がいます。そういった人々が外出先で非難の目を向けられることが多く、何か解決できないかと思い始めました。
一番初めは「意思表示カード」というものを作成し無料公開したんです。意思表示カードには、「感覚過敏のためマスクがつけられません。よろしくお願いします」というメッセージと、触覚の過敏さを象徴するハリネズミを描きました。名刺サイズで、ネームホルダーに入れたり、かばんや帽子に着けたりして説明するためです。しかし、良い反響もあった一方で、「代替案もないのに、こんなものを作るな」という声も届きました。そこでマスクの代替案になるような商品が作れないかと模索し、「せんすマスク」が完成しました。

 

ー「せんすマスク」の着想はどこから得たのでしょうか?

感覚過敏の人が使用できるような「肌にいっさい触れない宙に浮くマスク」などを現在の技術で開発することは難しい。どうしようかと悩んでいたところ、SNSで「溶接マスクやベネチアンマスクのようなもので代用できないか」とアドバイスをいただき、僕はうちわが良いのではと考えました。感覚過敏研究所では、感覚過敏の人が無料で入れるコミュニティもあります。そこのコミュニティ内でうちわの案を投げかけた結果、持ちやすさと実用性の高さで「プラスチックの扇子がいいのでは?」という意見にまとまりました。昨今プラスチック廃止などのエコな部分が問題視されていますが、ウェットティッシュやアルコールジェルで拭け清潔に保つ方が今は優先度が高いと判断しました。

また、聴覚障害の方と話をする時に読唇できるように「口元が見える透明なせんすマスクが欲しい」という要望をいただき、透明なせんすマスクも販売することになり、ユニバーサルデザインとしてたくさんの人に支持いただきました。

 

病院を受診する勇気が持てるように

ー「感覚過敏相談シート」が生まれたきっかけを聞かせてください。
感覚過敏のコミュニティ内で、「病院に行くのが怖い」という投稿があって、みんなで病院に行くときの困りごとを話し合いました。例えば感覚過敏の方の病院受診でよくあるケースが、「院内の雑音や音の出る検査機器や診察・治療で体調が悪くなる」「痛みに敏感で注射・採血・手術など痛みがあるものに耐えられない」などです。そういった受診の不安を、病院側に事前に相談できたり、要望を伝えたりしやすくできればと思い作成しました。
作成にあたっては、僕自身や当事者の声を聞きながら自分でデザインを作成し、医者の方や当事者の方にテスト的に使用してもらい試行錯誤を重ねました。

 

ー実際に、せんすマスクや感覚過敏相談シートを使用されている感覚過敏の方からはどのような反応がありますか?

せんすマスクを使用されてる方は、「マスクしていない理由を毎回聞かれて言語化が難しかったけど、これ一つで説明しやすくなりました」という声が届いたり、病院からの注文や、結婚式で使用したいという連絡をもらったりしました。本当に多くのところで使い道があるなと感じています。
感覚過敏相談シートを使用されている方は、「すでに伝えたいことが例として記入されていたので、チェックを付けるだけでよかった」「実際にシートを使うことで個室にしてもらえた」といった声が届いています。お医者さんや病院が怖いといった声が多くあるのですが、シートの提出をするだけなので少しでも相談しやすくなれば嬉しいなと思います。僕自身、明日もシートを持って歯医者に行く予定です。

ー加藤さんは多くのサービスを展開されていますが、経営の意思決定で大切にしている軸はありますか?

今を諦めない」というのをすごく大切にしています。今回のせんすマスクや意思表示カードもそうですが、何か課題を見つけたらすぐに取り組んでいます。
僕は12歳の時に起業したのですが、幼少期からずっと働きたいと思っていたんです。ですが周りの人に「大人になってからね」と言われ、自分自身もそういうものだと考え過ごしてました。しかし中学1年の時に親に買ってもらった元素のカードゲームの箱の帯に「小学生で起業したスーパー高校生考案」と書かれていたんです。そのときに小学生でも働いているということを知り、年齢やお金を理由に今を諦めない生き方をしようと決意しました。

 

「感覚過敏」という言葉がなくなる社会を目指して

ー現在挑戦されているサービスはありますか?

感覚過敏の方向けのアパレルブランドを立ち上げようと準備しています。やっぱり着る物っていうのは直接肌に触れるので敏感な方が多いんですよね。アパレルの中でも、現在は靴下の商品開発に取り組んでいます。僕自身、靴下は生地・縫い目・締め付け感が嫌いなのですが、他の感覚過敏の方も靴下が苦手な方が多くて。ですが靴下を履かないと、靴擦れをしてしまったり、足が冷えてしまったりするので靴下って結構大切なものですよね。今は足袋や靴下を制作しているメーカー企業と一緒に、感覚過敏の方でも履けるような靴下の開発を進めています。

 

ー今後目指している目標や社会を教えてください。
感覚過敏研究所の目標で言うと「ブレインテック」という脳に関する事業に進んでいきたいなと思っています。感覚というのは脳が司っているので、脳を研究し電気信号で感覚を自由に変えられるようになればいいなと感じています。
また、感覚過敏は苦手なことや辛い部分を除けば僕自身才能だと思っているんですよね。例えば僕でいうと、味覚が鋭く、「この調味料があとどのくらい入っていたらいい」というのが大体分かるんです。感覚が少し過敏でも、それが個性でみんな違っていいと思います。「感覚過敏」という言葉や概念がなくなるくらい、多様性を認められる社会になるといいですね。

クリスタルロードURL:https://crystalroad.jp/
感覚過敏研究所URL:https://kabin.life/

 

interviewer

細川ひかり

生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。

 

writer

河嶋可歩

インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。