農業やITを取り入れた障がい者向け就労支援。意欲に本気で向き合う挑戦とは
「生きづらさや働きづらさのない世の中を創る」というビジョンのもと、障がい者の就労支援を行う嘉村裕太。障がいを持った利用者はもちろん、利用者を支援するスタッフに対しても対等な立場から関係を築いている。事業の背景や、熱意を持って福祉に取り組み続ける理由を聞いた。
【プロフィール】嘉村 裕太(かむら ゆうた)
株式会社SANCYO代表。身近な人が双極性障診断を受けたことをきっかけに起業を決意し、福祉業界に参入した。就労継続支援A型事業所「TANOSHIKA」と相談支援事業所を運営するほか、障がいを持つ当事者が発信するメディア「AKARI」の運営を行っている。福岡県久留米市出身。
もくじ
農業やITを取り入れた福祉事業所
ー現在の事業について詳しく教えてください。
「生きづらさや働きづらさのない世の中を創る」というビジョンのもと、障がいがある方の就労継続支援A型事業所*「TANOSHIKA」を3つ運営しています。TANOSHIKA FARMでは農業、TANOSHIKA CRIATIVEではIT、そしてTANOSHIKA CLEANでは清掃の分野で事業を行っています。また、何か困っている方が一番に相談できる場所として、相談支援事業所も運営しています。そのほかにも、生きづらさや働きづらさを抱えている人から生の声を届け心の暗闇を照らすメディア「AKARI」を運営しており、こちらは主に障がいを持つ当事者の方々が情報を発信しています。
障がいのある方をサポートする事業を行っていますが、あくまで生きづらさや働きづらさの要因のひとつとして、現在は障がいを持つ方のサポートに取り組んでいる形です。というのも、社会問題は全部つながっていると思うからです。障がい者の雇用の問題というのは、実は社会保障の制度の問題につながっていたり、貧困やひとり親、性的マイノリティといった他の社会問題と類似していたりします。社会全体を変えていくには、複数の問題を同時に取り組み、改善していく必要があると感じています。
*就労支援事業所A型…障がいや難病によって一般の事業所に雇用されることが難しい方が、雇用契約を結んだ上で働く福祉事業所。その他の就労に必要な知識を得たり、能力の向上のために必要な訓練を受けたりすることができる。
ーどのようなきっかけで現在の事業を始められたのですか?
身近な人が双極性障害の診断を受けたことがきっかけです。そこで初めて障がい者の方を支援する施設の存在を知ったんです。そこには、僕が思っていた「障がい者」とは違う方々がたくさんいらっしゃいました。障がい者というと重度の寝たきりであったり、車椅子を利用されていたりと、見た目でわかる障がいを持っていらっしゃる方だけをイメージしていたのですが、そこでは見た目では障がいを持っているとはわからない方がたくさん働いてました。ただ、仕事の内容が内職仕事だったんですね。ずっと同じような作業をされていて、「みなさんはこの仕事を楽しめているのかな」と思っていたのですが、いろいろな事業所を見て回るうちに「みんな本当はもっとやりたい仕事が他にあるんじゃないか」と想像して始めたのが就労継続支援A型の事業所でした。
ー他の支援の形もある中でA型の事業所を選んだのはなぜですか?
「利用者の方と雇用契約を結んで、給料をお渡しできる点」から、A型の事業所しか選択肢にありませんでした。就労継続支援B型になると雇用契約を結ばないため、賃金ではなく、生産物に対する成果報酬の工賃しかお支払いできないんです。
A型の方が許可を取るのが難しいと言われているのは、国からの補助金を賃金として払ってはいけないからです。生産活動収入といって、例えば農業であれば、農業を行って得たお金を、ITであればパソコンを使った仕事で得たお金を給料に回す必要があります。
ー農業やITを取り入れているのがユニークですね。そうした分野を取り入れようと思ったのはどうしてですか?
農業は、自分が働いてみてすごく気持ちよかったからですね。病院にずっといるよりも、外に出て太陽の光を浴びながら仕事をするのが人間らしくていいんじゃないかと思ったのが最初のきっかけでした。さらに医学的にも、農業は精神的に人に良い影響があると言われているんです。実際にメンバーがいきいきと働いている様子を見て、「農業をしたい」という需要はあったけれど、そういう機会を提供するところがなかったんだなと感じています。
ITも、外で働くわけではないですが、メンバーのニーズに対応しています。僕たちのところに来られる方の大半が、もともと一般企業で働いていた経験があり、パソコンを使ったことがあるし、これからもパソコンを使って仕事をしていきたいという方なんですね。そういう想いがあるにも関わらず、ITをやっている事業所がない、技術的な訓練やサポートを受けられる体制がない状況だったので始めました。
基本的にどの事業所でも、内職ではなくできるだけ一般就職に近い形を取っているので、メンバーからすると他のA型の事業所に比べてきついと思うんです。でも僕は、それがやりがいになっていると思うし、本当は内職ではない仕事をしたかったけど環境がなかった人たちをサポートできているんじゃないかなと思っています。
一般企業への就職を本気で目指す
ーTANOSHIKAでは、どういった方が働かれているんですか?
全ての事業所で合わせて90名のメンバーがいます。7割強の方が精神の疾患を持った方です。身体の障がいを持っている方と知的障がいを持っている方が合わせて2割弱、難病指定の方が数名いらっしゃいます。ほとんどの方がハローワークからの紹介で来られますが、中には他の事業所や病院から紹介されていらっしゃる方もいます。
ー就労継続支援は、利用者の方が一般企業へ就職することが最終的な目標だと思います。しかし、就労支援を利用した一般企業への就職率は、全国平均で26.4%(2017年)に留まっているそうですね。
最終的なゴールである一般企業への就職率が低いというのは、本当にその通りです。A型の事業所は全国に5,000箇所ほどあるのですが、その大半が売り上げをあげることに重きを置いているんです。それはなぜかというと、補助金に頼らず、事業でお金を稼ぐように国が年々強く言っているからです。事業所を継続させるために、利用者の卒業や就職に手が回らなくなっている事業者さんもあります。
でも僕たちは、補助金に頼らず、事業でお金を生み出すのは当たり前だというスタンスでずっとやってきているので、今更特に力を入れることでもないよね、と思っています。あくまでメンバーを社会に送り出すことを目標にしていて、一般企業への就職率でいうと、全国の事業所の上位1.4%に入っています。
ーTANOSHIKAさんがメンバーの方を社会に送り出せている要因はなんですか?
うちではメンバーを本気で卒業させるために、送り出すための道筋をしっかり立てて、それを愚直にやっています。採用の段階から面接の基準を設けて、「なぜうちに来たのか」「就労意欲がどのくらいあるのか」といったことを重点的にヒアリングし、それぞれの経験や目標に合ったプログラムで進めています。
事業を始めた頃は、来られた方全員をどうにかしようという気持ちで受け入れていたのですが、事業をしているうちに、それは僕の意思であって、メンバーの意思ではないことに気付きました。中には事業所を転々とされている方や、どれだけ楽に仕事ができるかを重視されている方、新しい施設だからという興味でいらっしゃる方もいました。採用希望で来られる方と、うちがサポートしたい「一般企業への就職を本気で目指している方」のギャップを埋めていくうちに、今の採用の形に至りました。
ー農業やITという専門性の高い分野で、メンバーの方はどのように専門性をつけていかれるんですか?
その分野の知識や技術があることが、就職において大切だと思われがちですが、就職して継続的に働いていける方の割合と知識や技術を持っているかどうかって、実は比例しないんです。確かに技術を持った即戦力を求める企業さんもありますが、知識や技術よりも、人間性や体調を重要視する企業さんが多いです。知識や技術は入った後でも教えてもらえますからね。それよりは、自分の体調を把握できるか、上司に相談できるかといった点を見られることが多いです。
ー卒業して一般就職される方と、まだ卒業は難しく、もう少し事業所で頑張ろうという方にはどういった違いがあるんでしょうか?
一番大きいのは自己容認ができてるかどうかです。自分がどこまでやると体調を崩すのか、自分が得意なこと・苦手なことは何なのかを自分で理解している人ほど、仕事が長く続きます。逆に、仕事が続かないケースや、まだまだ就職は難しいかなと感じるケースは、今まで自分ができていたことを基準に考えている場合ですね。調子が一番いい時を基準に考えていると、少し心配になります。
当事者による当事者のためのメディア
ー続いて、障がいを持つ当事者が発信されているメディア「AKARI」について伺います。メディアを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
今はもういらっしゃらないのですが、自傷行為をされる女性がいらっしゃったんです。自分の腕をカミソリで切ってしまうのですが、これまでの経験から、すでに傷になっている部分を上から切ると痛いのが分かっているので、切らないんですね。そこで彼女が何をしたかというと、赤いマジックで腕に線を書いたんです。なんでかなと思って聞いてみると、自分を傷つけたくて自傷行為をするのではなく、血を見て自分が生きていることを感じるために切ってしまう、だから赤いものを見ると落ち着く、という答えが返ってきたんです。それが僕にとっては衝撃的で、この内容を自分のSNSに書いたんです。そうしたらかなりの反響がありました。当時は、ネットでいろいろ調べたとしても、的確な情報にたどりつきにくかったんです。例えば「鬱」を調べると「治らない」といった間違った情報や、ネガティブな情報ばかりが検索上位に出てきていました。当事者が求めている情報を、当事者の目線で発信していくということが、実は必要なんじゃないかと思って作ったのが「AKARI」というメディアです。
ーライターの方の変化を教えてください。
例えば、自分が鬱になった経緯って、みんな思い出したくないんですね。でもそこを言葉にして書いて、人に伝えることで、過去を克服できたり、自分への認知を深めたりできるんでう。さらに、そういった苦しい経験が、誰かを支える価値になるんです。時々、自分の過去を書いていて苦しくなって泣いてしまう方もいるんですよ。それもまたひとつ、必要な経験だと思っていて。鬱になったことが悪いことではないので、ライター自身が自分を認めてあげるきっかけにもなりますし、今苦しんでいらっしゃる方に、AKARIの記事が届くことで、読む人も書く人も救われるのではないかと思います。
行政の仕組みからこぼれる人をサポートする
ー利用者の方と接するときに心がけていることはありますか?
普通に接することです。鬱の◯◯さんではなく、◯◯さんが今の状態として鬱であるというのが正解なんですね。なのでそこは誤解しないように、スタッフ含め、よく話すところです。
また、支援員やスタッフのケアもしっかり行っています。TANOSHIKAを始める前に、久留米の全ての事業所を回ったのですが、支援員さんが、利用者の方を信用していない状況を見て、すごくショックだったんです。でもそれってどうしてだろうと考えると、例えば支援員さんの給料が安いことや、利用者さんに真摯に向き合ったとしても、暴言を吐かれたりクレームを言われてしまうことが原因として分かってきたんです。支援する側も余裕がなくなってしまっては本末転倒なので、スタッフ側が抱える問題もひとつずつ潰していっています。
ースタッフさん側が抱える問題についてもお話がありましたが、現在の社会保障に対して、嘉村さんが感じている課題があれば教えてください。
日本の社会保障は手厚くて優秀だと思っています。結局、社会保障というのはその国が今後どうしていきたいかというのに委ねられてるんですよ。だから特段何も言うことはないじゃないかなって思っています。
僕は、現場で解決できる課題に取り組んでいきたいと思っています。例えば、お医者さんは患者さんを診断しますよね。でも、毎月5分しか会わない患者さんの診断を出すには、情報量が少ないと思いませんか。僕たちのやっている福祉って、お医者さんよりも圧倒的に長い時間、その方たちと関わるんですよ。僕たちがお医者さんのように診断することはできませんが、福祉と医療が連携を深めれば、より精度が高い診断ができるようになると思っています。僕は行政の人たちをすごく尊敬していて、彼らがいるから社会が成り立っていることを強く感じているのですが、行政にも手の届かない範囲があります。行政の手が届かない現状に対して、行政や医療の補助としてカバーできる構造を作れたらいいなと思っています。
医療も福祉も受けられる方って幸せなんです。日本の刑務所に入ってる方の4割は何かしらの診断がつくんじゃないかと言われることもありますが、その理由は医療にも福祉にも繋がってないからです。いずれも国民の権利として受けられるものですが、そこにすら繋がってない人たちがいるのが現実です。なので、そういう人たちをどう医療と福祉につなげていくのか、必要なサービスをどう届けるのかということに取り組んでいきたいです。
自身も社会問題の中を生きてきた
ー生きづらさ、働きづらさをなくしていくことに、熱意を持って取り組み続けられている理由はありますか?
単純にこの仕事が好きだからですね。創業して自分を振り返る機会がたくさんありますが、弱い人を守ったりとか強いものに立ち向かうというのは小さい時から好きだったように思います。僕も虐待を受けて育ったり、いじめを受けたり。学歴もないし、二十歳から起業して自分で事業やってきたのですが、それもかっこいいと思ったからではなくて、生きるため、仲間にご飯を食べさせるための手段だったんです。決して支援する側の代表というわけではなく、僕自身が社会問題の中で育ってきたと思うので、同じような環境にいる人を助けたいという気持ちが強くあります。
ー今後目指していることを教えてください。
会社としては道中での株式上場も目指しています。株式上場によって社会的に信頼を得るのも、理想の社会を叶えていくための手段だと思うので、できることを増やして、多くの方に向けて発信していきたいです。
生きづらさや働きづらさのない社会とは、選択肢を持てる世の中だと思っています。障がいがあるから働けない、今の枠組みだと性を隠さないといけない、子どもがいるひとり親だからこれだけしか働けない、生まれた家が貧乏だから大学には行けない。そういう問題に対して、それが障壁にならないような選択肢を提示できるようになってきたいです。僕たちが先頭に立って新しいことも提示してきたいし、色んな壁を突き破って進められるようになっていけたらなと思います。
TANOSHIKA http://tanoshika.jp/
メディア AKARI https://akari-media.com/
interviewer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
writer
細川ひかり
生粋の香川県民。ついにうどんを打てるようになった。大学では持続可能な地域経営について勉強しています。
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