【後編】【桂大介×中村多伽】寄付が多様になった世界はおもしろい
集団での寄付を実践するコミュニティ「新しい贈与論」を運営する起業家・桂大介、京都でU30の社会起業家を支援する株式会社talikiのCEOで、「新しい贈与論」の会員でもある中村多伽の2人を迎えた対談後編。これから贈与や寄付が向かう世界、桂が「新しい贈与論」を通して伝えたいメッセージに迫る。
【プロフィール】
桂 大介(かつら だいすけ)
2006年、大学2年次に株式会社リブセンスを共同創業。史上最年少で東証一部上場を果たした。現在は集団で寄付を行うコミュニティ「新しい贈与論」や、ポートフォリオを通じて寄付を行う寄付プラットフォーム「solio」を運営している。同時に、多数の非営利団体や株式会社へ寄付という形で支援を行なっている。
中村 多伽(なかむら たか)
2017年に京都で起業家を支援する仕組みを作るため、talikiを立ち上げる。創業当時から実施している、U30の社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラム提供に止まらず、現在は上場企業のオープンイノベーション案件や、地域の金融機関やベンチャーキャピタルと連携して起業家に対する出資のサポートも行なっている。
前編はこちら。【桂大介×中村多伽】寄付が多様になった世界はおもしろい【前編】
もくじ
寄付の一本化に対抗する
—理想の寄付とはどのようなものだと思いますか?
桂:僕は寄付の形を多様にしたいんです。理想的な寄付の形を追い求めることには、危うさがあると思います。『あなたが世界のためにできるたった一つのこと』(著・ピーター・シンガー、翻訳・関美和、NHK出版)では、効果的利他主義について論じられています。効果的利他主義とは、具体的に言うと、「あなたが10万円を寄付するとき、どこにその10万円を寄付することがもっとも社会にとって良いかということを、数値などを用いて定量的に検討しましょう」ということです。これがまさに理想主義で、この本のタイトルの通り、「あなたが世界のためにできることはたった1つなんだ」ということです。
僕はこのように理想を追い求め一本化した世界は、とても貧しいものだと思います。もちろん、効果的な運営をしているか、課題の解決に貢献しているかということは団体によって差があるのは事実です。例えば、休眠預金や日本財団のような公的なお金は然るべき使い方をしたらいいと思いますが、個人的な寄付の領域にまでこの思想が入ってくることはものすごく退屈なことだと僕は考えています。集中するための音楽というジャンルがあっても、みんながずっと生産性を高めるためにそれを聞くわけではないですよね。色々なジャンルがあって、シチュエーションによっても聞きたい音楽は多様なわけです。このように、寄付にもバラエティを作った方がおもしろいと思っています。
しかし現状は、ソーシャルセクターには社会的インパクトを数値で測って、寄付を効率的に活用しようという動きがあります。
中村:社会的インパクトや効率に一本化したとしても、社会的インパクトの指標の複雑性が高いからこそ、効率を求めて一本化することが効果的ではないという事態が起こる気がします。国境なき医師団のように大規模で人命に関わることをやっているような団体と、例えばホームレス支援で月30人の方にご飯を配っているような団体のどちらが尊いのかというのを決めることは、人類にはできないですよね。評価をすることはできても、正しさは誰にも証明できない。そう考えると、ソーシャルセクターが効果や効率性を意識した動きになったとき、どこに着地するのでしょうか。
桂:スタートアップにはエコシステムができていますが、非営利企業にはそれがありません。エコシステムを作ろうとするとどうしても評価基準が必要になってきます。スタートアップ界隈では「最近いけてる会社どこ?」というような会話がよくあると思いますが、ソーシャルセクターでもそのような会話があってもいいのではないかと思います。
中村:結局スタートアップ界隈でも人やコミュニティによって、「いけてる」の定義が異なってきている気はしますね。
桂:たしかにそうですが、やはり基盤になる大きな軸はあると思います。例えば、指数関数的に伸びている、チームの経歴がおもしろい、どこから出資を受けているかというような軸です。その上でそれぞれの好みがありますよね。他にも、「ニッチでかたい事業だな」とか、「これは一発ホームランだな」とか、「マニアックなコアな事業をやってるな」とか、会社や事業について語る言葉がたくさんあります。それはすでにとても豊かな状態で、ソーシャルセクターにはそのような語る言葉があまりないんです。
—ソーシャルセクターに事業や団体について語る言葉がないのは、なにが原因なのでしょうか?
桂:1つはメディアが不在だということです。例えば、日本のITベンチャー業界におけるTechCrunchのように、業界においてメディアが果たす役割はとても大きいです。でもソーシャルセクターには、「ここに載れば箔が付く」とか「創業間もないのにここに取り上げられたのは偉業だ」というような主要なメディアがありません。そのようなメディアが登場すると、ソーシャルセクターのあり方は大きく変わると思います。
贈与実感がないことが贈与である
—そもそも贈与と交換の境目はどこなのでしょうか?
桂:これは、贈与論という学問分野の中でも学者によって立場がちがうんです。例えば、恋人同士がクリスマスプレゼントを交換するのは贈与だと思いますか?それとも交換でしょうか?
中村:微妙なところですね(笑)。
桂:僕は今、交換するという言葉をあえて使ったけれど、これは基本的には贈与なはずで、だけど交換的なニュアンスが少なからずありますよね。クリスマスは同時にくるけれど、では誕生日だったらどうでしょう。特に付き合って初めての誕生日はまだなにももらっていない状態でプレゼントをあげますよね。これは贈与かもしれない。でも5年間ずっと贈り合っているとする贈与じゃなくなってくるんだよね。
中村:初回ですらたぶん交換の気持ち、少しありますね(笑)。
桂:これは大昔から言われている話なんです。聖書の中には、「施しをするときには、右の手のすることを左の手に知らせてはならない」という一節があります。自分が贈与していると認識してしまってはもうそれは贈与でなくなってしまう。
中村:認識した途端に交換になりうるということですね。
桂:そうです。見返りを求めてしまったり、贈与してやったぞという気持ちになってしまったり。学者の中でも様々な考えがあって、先に挨拶をすることを贈与だという人もいます。挨拶が返ってこないかもしれないからです。
中村:どこかの団体にマンスリー会員として毎月一定数寄付をしていると、初期の方が贈与したという気持ちがある気がするということを思い出しました。月額で課金されると忘れてしまうので(笑)。
桂:これは逆説的な話で、贈与実感がない方が贈与っぽいんですよね。まさにたかさんが言ったような理由で月額のサポーターになることを嫌う人というのはかなりいて、寄付したという手触り感が欲しい、実感を大事にしたいからサポーターはやらないという人もいるそうです。
中村:後輩にお金を貸した時に、貸してって言われているけれど、もはや自分は贈与だと思っているときはよくあります。これは交換に見せかけた贈与ですよね。
桂:贈与っていうのは負担なんですよ。暴力的なんです。相手に返さなきゃというような負い目を負わせる。その負い目を負わせないために貸しや交換ということにするんです。改めていうと新鮮に聞こえますが、みんな日常的にやっているテクニックです。
中村:わかります。私は照れ隠しでよくやっちゃいます。
桂:逆にあえて負い目にするという方法もあります。例えば、友達と2人でご飯に行った際、友達がトイレに行っている間に僕が会計を済ましました。ここで友達には2つの選択肢があります。「半分払うよ」と「次はおごるよ」です。「半分払うよ」は貸しを清算しているので、その場で関係が終わってしまいます。でもそれを受け取ったままにしておけば、負い目があるから次返さないといけない。だからまた次ご飯に行かないといけないですよね。こうして人間的な関係が生まれます。実はさっきの誕生日プレゼントの例も同じで、やはり受け取って終わると気持ちが悪いんです。贈与っていうのは負い目があるんだけれど、その負い目がかえって人間関係を育むこともあります。
単純化によって失われるものに目を向ける
—これまで新しい贈与論の話から贈与について詳しく伺ってきましたが、桂さんは現在ポートフォリを通じて寄付をする寄付プラットフォームのsolioもリリース準備中と伺いました。
桂:solioもいよいよリリースが近づいてきました。わかりやすく言うと、solioでは寄付をもっとイージーにしたいんです。新しい贈与論の推薦人の苦労について先ほど話しましたが、寄付先のNPOを選ぶというのはものすごく難しい。だからもう選ばなくていいということにしました。ユーザーにはジャンルだけを選んでもらいます。あなたが解決したい課題を選んでくれたら、こちらでぴったりのNPOを選んでおきます、というのがsolioです。
solioも新しい贈与論も、ベースに「寄付はすごく難しい」という考えがあります。これを簡単にしようよというのがsolioで、難しいまま語ろうよというのが新しい贈与論です。だから、solioはより多くの方に使っていただけるよう、サービスの拡大を目指していきます。一方で、新しい贈与論は今後も限られた人数で密な議論をすることを重視していきます。
—日本の寄付は増えるべきなのでしょうか?
桂:solioでは増えた方がいいと思っているし、新しい贈与論では増えなくていいと思っています。
僕の中でどちらも思っているから両方やっているんです。寄付が増えたら助かる人が増えるというのはその通りで、このコロナ禍でも困っている人はたくさんいるから、行政だけにまかせず、民間の中での再分配をしていくべきだという気持ちは強くあります。一方で、寄付を増やそうというメッセージが起こしてしまう勢いによる危うさもある気がしています。
solioとは、ソーシャルポートフォリオの略。ユーザーは課題を選ぶ中でどれか1つを選ぶのではなく、パーセンテージで選びます。Aの問題に50%、Bに30%、Cに20%のような形ですね。寄付を増やそうとする動きも大事だけれど、単純化することによって失われてしまうものにも目を向けないといけない。そんな思いから、両方の事業を行なっています。
中村:「寄付が増えたらいい」という言葉自体に他責感がある気がします。誰が悪いわけでもないし、どっちがいいわけでもないと思いますね。
ポートフォリオを持つことや、自分が選択したかどうかに関係なく集団贈与をすることこそ、新しい生活の選択肢を生んでいて。それがたまたま寄付だった。今の桂さんの話を聞いて、バラエティに富んだらいいという話のイメージがつきました。
solioは、それぞれの人にとってどの問題が何%大事なのかを決めるということですよね。それはおもしろいですね。30%と40%の違いってなんだろうとか考えちゃいます(笑)。
贈与を日常に取り戻す
—今後、新しい贈与論ではどのようなことを育んでいきたいですか?
桂:新しい贈与論のリード文は僕が書いたのですが、僕は「思い出したい」です。
あの日の誕生日プレゼント。好きな人にあげたチョコレイト。お互いに手渡したクリスマスギフト。最近もらっていないお歳暮。姪っ子にわたすお年玉。わたしたちの社会はもともと贈与にあふれていた。
コスパなんて考えてなかった。効率とか投資対効果とか、そういう言葉は知らなかった。そういう言葉を知ったことで、わたしたちは贈与から遠のいた。あらためて考えよう。寄付のこと、贈与のこと。誰かのしあわせを願うことに、コスパなんて関係ないってこと。「新しい贈与論」は、あなたのお金の贈る先をみんなが決めるコミュニティ。私有や自己決定権が朽ち果てた世界は、どこか懐かしい匂いで満ちている。わたしたちはここで、新しい社会を考える。
贈与や寄付はなにか高尚なものとして扱われすぎているんだけれど、僕らが普通にやっていたことなんです。友達のために何かしたり、家庭で家族のために何かしたりということは、貨幣を手にする前からやっています。でもそれが寄付するとえらいねとか立派だねというように扱われてしまっているのは、僕は変なことだなと思います。
新しい贈与論の運営の1人が「贈与というものが日常的になった。特別なものだと思わなくなった。」と言っていました。他にも、新しい贈与論で募金箱について話したときに、会員のほとんどが募金箱にお金を入れたことがなかったんですよね。だけど、話した後に「次、募金箱入れてみようかなと思います。」といった反応がたくさんありました。これは募金箱にお金を入れることがいいという話ではありません。贈与や寄付というものが特別なものではなくなり、音楽や漫画やお酒のように、どの音楽がいいよねとか、どのお酒が美味しいよねという話と同じように、贈与を語れたらいいなと思います。でもそれは、実は僕らがお歳暮やバレンタイン、誕生日などで自然とやっていること。それが、なぜか寄付となると、高尚でノブレスオブリージュのようなものになってしまっている。贈与や寄付は、もっと日常的なものなんだと僕は言いたいです。
中村:素敵です。私にとっては、思い出すより気づき直すのほうが近いかもしれないです。幼い頃は生活において交換が前提ではなかったはずが、交換で成り立っている世の中をたくさん見てしまった。そこから、交換のつもりで渡したのに何かが返ってこなかったり、逆に交換のつもりじゃなく突然何かを与えられたりという経験が重なって、そういえば贈与ってよくあったよねというのを気づき直す。そういう過程ってなんだか懐かしくていいですよね。
—最後に読者へメッセージをお願いします。
桂:非営利企業を始めようとしている方々に僕から伝えたいメッセージは、同じように非営利分野で起業した先輩のメンターを見つけましょう、ということです。もちろん僕のように株式会社でやってきた人に助言を求めてもいいけれど、やっぱり非営利のやり方で生き延びてきた先輩に聞くのが近道です。事業の相談は株式会社の人にしてもらってもいいと思いますが、資金調達に関しては株式会社と全く違うので、寄付型でやっている非営利企業の先輩を見つけて欲しいですね。
新しい贈与論 https://theory.gift/
株式会社taliki https://www.taliki.co.jp/
solio https://solio.me/
interviewer
河嶋可歩
インドネシアを愛する大学生。子ども全般無償の愛が湧きます。人生ポジティバーなので毎日何かしら幸せ。
writer
堂前ひいな
幸せになりたくて心理学を勉強する大学生。好きなものは音楽とタイ料理と少年漫画。実は創業時からtalikiにいる。
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