養育費の「合意」と「保証」をワンストップで提供。養育費未払い問題を解決するチャイルドサポートが、社会に投げかける問い
インタビュー

養育費の「合意」と「保証」をワンストップで提供。養育費未払い問題を解決するチャイルドサポートが、社会に投げかける問い

2024-08-07
#教育 #子育て・家族

養育費は、子どもを育てる親が「ちゃんと」請求さえすれば100%貰えるはずの権利。しかし、2021年度全国ひとり親世帯等調査(厚生労働省が5年に一度実施)によると、養育費を受け取っている割合は母子家庭で28.1%、父子家庭で8.7%と低い水準に留まっている。養育費支払いの「合意」と支払い継続の確保という意味での「保証」で、2段階のハードルがあるようだ。

弁護士で株式会社チャイルドサポート代表の佐々木裕介氏は、こうした問題を解決する「チャイルドサポート」の事業化を進めている。チャイルドサポートは、養育費の合意から書類作成、回収や催促代行に至るまで、養育費にまつわる包括的支援を提供するサービス。ベータ版のローンチを控える佐々木氏に、養育費未払いの構造的な課題から、サービスの内容とそのこだわり、事業拡大に対する葛藤、そして社会に対する問題提起を伺った。

プロフィール

佐々木裕介(ささき ゆうすけ)
株式会社チャイルドサポート代表

行政書士事務所チャイルドサポート代表

ニューヨーク州立大学政治学部、慶應義塾法科大学院を卒業後、弁護士法人中央総合法律事務所に勤務。Freshfields Bruckhaus Deringer法律事務所に転職し5年間勤務したのち、株式会社Paidyにて法務コンプライアンス部長として幅広く企業法務に従事。2023年「株式会社チャイルドサポート」創業「チャイルドサポート法律事務所」開設。

養育費未払いの原因は離婚のプロセスにある

ーー「養育費は100%もらえる権利」と聞いていますが、なぜ未払いが発生するのか教えてもらえますか?

前提のところから話すと、裁判所手続きの「調停離婚」には時間も費用もかかるため、日本では離婚する夫婦の9割が、2人で話し合って決める「協議離婚」を選択しています。

また、協議離婚の際に養育費の支払額や支払い方法を決めることは必須ではないため、協議離婚をする夫婦のうち約75%が「ちゃんとした形で」養育費の取り決めをせずに離婚してしまいます。つまり、そもそも支払いの「合意」が成立していないのが、未払いの大きな原因となっているのです。

養育費の取り決めをしない理由は、「相手と関わりたくない」「相手といち早く離れたい」「相手に支払い能力がないと思った」などさまざま。子どもとの面会交流を拒むためにあえて請求しないケースもあります。離婚後に改めて請求書の取り決めを行うこともできますが、相手方が非協力的である場合が多く、なかなか難しいのが現状です。

 

ーー相手方が養育費の支払い合意に非協力的な場合、どうすれば良いのですか?

子どものための養育費の合意ができない場合、本来であれば協議離婚を諦めて、民間の調停機関(いわゆるADR)を使うか、または、裁判所の離婚調停を使う必要があります。

しかし、離婚調停のために弁護士を代理人として雇う場合、通常一人あたり70万円、夫婦合計で140万円ほどの費用がかかりますし、離婚まで年単位の時間もかかるので、泣き寝入りしてしまうケースが後を断ちません。

 

ーーそもそも養育費の合意をせずに離婚している人がいるのは知らなかったです。

もう一つ大きな課題は、支払いの「保証」のフェーズにあります。養育費は基本的に元夫婦間のやりとりで請求や回収を行います。そのため、離婚後もコミュニケーションを継続しなければいけません。

最初の何度かは養育費が支払われたとしても、時間が経つにつれて支払い側の責任感が希薄になったり、受け取り側の催促をする精神的な負担が大きくなったりして、未払いにつながることがあります。養育費の支払いが途中で止まってしまうケースや一方的な減額措置にあう確率は、約7割にものぼります。その間、支払い再開に向けた元夫婦間のコミュニケーションは非常にストレスが溜まるものですし、たとえば、子どもの習い事を辞めさせざるを得ないなどのような状況に行き詰まる方も沢山います。

 

ーー未払いの場合はどのような対処が可能なんでしょうか?

強制執行の効力を持つ「公正証書」を作成しておけば、給与や財産の差し押さえができます。ただ、先ほど言ったように、離婚時に養育費の取り決めをする夫婦の多くは、公正証書を作成する手間を避けたり、その重要性を知らなかったりして、手書きのメモや口約束で済ませています。

すると強制執行することはできず、裁判所に対して養育費調停の申立てが必要になります。

保証会社のサービスを利用すれば、回収や催促、養育費の肩代わり、強制執行の手続きなどを委託できますが、これにも公正証書が必要です。公正証書の作成には、草案を作成し、役場に行くなど、お互いの協力が必要。夫婦間の関係性が悪かったり、離婚後に時間が経っていたりして、相手側からの協力が得られない場合が多いのが現状です。

画像の出典はすべてチャイルドサポート

 

合意から保証までを一貫してサポートするサービスが必要

ーー深刻な課題ですね。現状はどのような解決策があるのでしょうか?

「合意」のフェーズでいえば、民間調停=ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)が、課題解決の手法として期待されています。ADRは「裁判によらず法的なトラブルを解決する方法」と言われ、相手が手続き開始に合意すると、第三者の専門家が介入して話し合いが進みます。

ADRの主なメリットは2つあります。1つは、調停や裁判を申し立てる必要がないので比較的安価に早期の決着を望める点です。離婚ADRでいえば、だいたい2週間から1ヶ月程度で合意され、専門家に払う費用も30万円程度です。夫婦それぞれが弁護士を起用して調停する場合の5分の1程度の費用で済みます。

もう1つは、お互い弁護士を立てて戦うわけではないので、対立を激化させなくていい点です。紛争が長期化しないので、不要なリスクを避けられます。

子連れ離婚に際して専門家のサポートはあったほうが良い、かつ、当事者にとって調停離婚より早くて簡易な協議離婚のほうが良いので、本来的には離婚ADRが最適解だと思います。

 

ーー現状、ADRはどのくらい普及していますか?

まだほとんど知られていません。ADRの概念が難しく、あまり認知が広がらないのが原因だと思います。離婚をした人はADRという選択肢を知らないまま、とりあえずの協議離婚ですませたり、調停離婚をするにも、まずは弁護士に問い合わせたりしてしまうのです。

もちろん、相談を受けた弁護士がADRを紹介することもできます。しかし、弁護士はADR機関を紹介するよりも、代理人として離婚を進めるほうが手続き的にもシンプル、かつ経済的メリットもある。業界の慣習もあるので、ADRにつなげようとする弁護士はいません。

 

ーー逆に、認知が広がりさえすれば、養育費未払い問題を解決できるのでしょうか?

多くの離婚する夫婦が、二人だけで協議離婚するか、弁護士をつけて離婚調停をするかしか選択肢を知らないなか、使いやすい離婚ADRという第三の選択肢が広く認知されることは、養育費未払い問題(もっと広い意味で別居親と子どもの断絶問題)に対する効果があると思います。

ただ、養育費の支払い確保という意味では「保証」のところまでカバーすることが望ましい。ADRで離婚しても、催促や回収、強制執行は基本的に自分で行う必要があるからです。当事者間で養育費の支払いを行うと、6〜7割が途中で支払停止、または支払いトラブルになると言われています。トラブル発生後、弁護士に強制執行を依頼する際の20〜50万円の弁護士費用もネックになります。

このように「合意」と「保証」の各フェーズにおいて法的な知識や手続きの工数、小さくない費用負担がかかることが、養育費未払い問題の背景になっているのです。解決するには、協議離婚に専門家が介在するというサービスを普及させることと、合意形成から保証までを一貫してサポートするサービスが必要だと思います。

 

離婚後の負担を最小限に。一歩目を踏み出しやすいサービス設計

ーー開発中のチャイルドサポートは、まさにそうしたサービスですね。

ご理解の通りで、まず「合意」フェーズでは、ADRを活用して協議離婚を専門家がサポートをします。弊社で作成した「離婚の問診票」というITツールを利用して、依頼者はLINEに登録し、質問に回答しながら養育費や財産分与などの条件を決めていく。その後、オンラインで専門家と相手方と三者間で協議。内容が合意に達したら、電子署名を済ませ、法的効力を持つ合意書類を作成します。

 

次に、「保証」段階では、養育費保証サービスに加入してもらうことで、毎月の養育費の回収を代行します。未払いが発生した場合は、累計1年分までの養育費をチャイルドサポートが保証。その間に強制執行などの手続きを進め、体制を立て直します。

 

ーーサービスのこだわりを教えてください。

一番意識したのは、養育費の取り決めをしようとする人の「最初の一歩」を踏み出しやすくすることです。そのため、チャイルドサポートでは離婚ADRを初期費用0円、自己負担金0円で行います。離婚協議書の作成や養育費の自動シミュレーションも無料で利用可能です。

その代わり、離婚成立時には養育費保証サービスを必ずご利用いただくようになっています。こちらは、初期費用が「最大5万円」、月額の保証料が「養育費の10%もしくは2000円のどちらか高い方」、「月額事務手数料500円」となっています。初期費用に関しては、近年多くの自治体が補填してくださるので、利用者の実質的な負担は、保証料と手数料のみになるケースが多いです。

これによって、離婚前に一切の費用負担を発生させず、離婚条件の協議を進められるようにしています。

 

ーー必要とする人が多そうなサービスだと思いますが、類似サービスはないのですか?

「離婚ADR」と「養育費保証」をセットにしたサービスを提供しているところは、僕たち以外にないと思います。民間ADR事業者は数多くありますが、その多くは近隣トラブルや労務トラブルなどを扱う司法書士や社労士です。

「保証」の分野では、大手の家賃保証会社が本業の仕組みを活用して養育費保証サービスを提供していますが、CSR的な建て付け以上に事業は大きくなっていません。なぜなら、サービスの対象になる人が限られているからです。

既存の保証会社がサービスを提供できるのは「法的強制力のある合意書があり、かつ、支払いが滞っていない人」のみ。ですが、公正証書や調停調書をすでに作成している方で、支払いが順調に進んでいる2人の場合、保証会社にわざわざお金を払うメリットが高くありません計算してみると、離婚した夫婦のうち既存の養育費保証サービスの対象となるのは「15%」くらいかと思います。

その点、チャイルドサポートは離婚を検討しているタイミングで「離婚ADR」のサービスに触れていただき、「保証」までご案内することが可能です。早い段階からアプローチできるので、提供できる対象者の幅が広くなると考えています。

 

行政との連携を見据え、まずは離婚協議のあり方を啓蒙する

ーー現在はサービスの開発中と伺いましたが、どのような状況ですか?

離婚相談は弁護士として以前から受けているので、直近はそのご依頼者様に対して養育費保証の提供を始めています。また、合意のフェーズにおいては、養育費や親子交流に関する協議や取り決めを「離婚の問診票」で進めて専門家に繋ぐ離婚ADRの仕組みを、α版としてご利用いただいています。

今後、法務省からADR民間事業者としての認証を取得し、離婚ADRと保証サービスの提供を拡大したいと思っています。

 

ーー事業を進めるうえで、今後課題になってきそうなものはなんでしょうか?

一つは、養育費にまつわる課題や、法的な仕組みについての認知の部分です。さきほど離婚ADRの認知が低いという話をしましたが、それ以前に離婚時に「養育費の取り決めを法的書面に残すことの重要性」すら知らない方がたくさんいます。そこで、正しい協議離婚のあり方を啓蒙していくためにも、最近は『協議離婚のすすめ100話』というコンテンツをSNSで配信しています。

チャイルドサポートのInstagramアカウントには、離婚手続きについて学べるコンテンツが並ぶ

 

また、啓蒙には行政との連携が不可欠です。行政にとっても養育費の支払いを確保することは喫緊の課題。その取り組みを進めることで、たとえば児童扶養手当の支出削減や子どもの貧困率の低下など様々なプラスの効果があります。今後は、実証実験を進められる行政との連携を積極的に推し進めていく予定です。

 

子どもの権利を守るため、養育費問題を社会全体で考える

ーー最後に、佐々木さんが目指す社会について教えてください。

子どもの存在が置き去りにされない社会を目指しています。養育費は、子どもの衣食住や教育のためのお金なので、本質的には「子どもの権利」です。だから、離婚した夫婦間だけで考えればいい問題ではなく、社会全体で考えていくことだと思っています。

特に議論すべきだと思っているのは、家族にまつわる古い慣習がこの課題の障壁になっていることです。養育費の支払いを拒否する父親は全体の7割にのぼりますが、離婚後に子どもと定期的に会えていない父親の割合も全体の7割程度。離婚後に親子断絶になってしまう人のほとんどは「育児に充分に関与できず、子どもとの関係性が希薄な人」です。

父親は仕事、母親は家事育児と割り切ってしまう昭和的な考え方や、それを前提とした働き方、転職市場の未成熟、男女間の賃金格差などが、巡り巡って離婚後の親子断絶や養育費未払いの根本的な原因の一つになっていると思います。

 

ーー夫婦間に限らず、そもそもの社会のあり方に構造的な問題がある、と。

夫婦の離婚は夫婦の自由だと思いますが、子どもの権利を置き去りにした離婚を、「親の勝手」で済ませるわけにはいかないと思います。すなわち、夫婦が自由に選択した離婚が「子どもの貧困」に直結しないための制度設計が社会に求められていると思うのです。

2024年5月に共同親権に関する法改正案が成立し、2026年には離婚後の単独親権制度から原則共同親権となる制度が始まります。離婚後の子どもと別居親との関係性について再定義を求められるタイミングで、今後益々、養育費や親権に関する紛争は社会に増えると思います。しかし、すでに既存の家庭裁判所の制度はキャパシティを超えている。ますます、民間のADR事業者に期待される役割が増えてくると思います。

私たちは、チャイルドサポートだけで養育費の課題がすべて解決できるとは思っていません。まず、離婚を考えているみなさんが「より簡単に」ちゃんとした協議離婚を進められるように、裁判所とは異なる一歩目の選択肢を提供する。そして、その先には社会全体の仕組みのアップデートにも寄与していきたいと思います。

 

チャイルドサポート:https://childsupport.co.jp/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆

    河野照美

    スラッシュワーカー。養育里親。「楽しく笑顔で社会課題と寄り添う」がモットーです。

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