全国初の“独立型”子どもショートステイで、年間20万件越えの児童虐待に歯止めを
インタビュー

全国初の“独立型”子どもショートステイで、年間20万件越えの児童虐待に歯止めを

2023-07-12
#子育て・家族 #児童福祉

現在、児童虐待の相談対応件数が20万件を超えている。児童虐待の発生リスクは、子育て疲れが深刻になった際に高まるという仮定から、子育て疲れの緩和という形で児童虐待の発生予防を行う団体がある。全国で初めて独立型での子どもショートステイを運営する、一般社団法人merry attic代表の上田馨一に、実証運営により見えた課題と、独立型子どもショートステイの今後の展望を聞いた。

【プロフィール】上田馨一(うえだかいち)
1983年静岡県生まれ。広告代理店や障害者施設で働いた後、2016年に一般社団法人merry atticを埼玉県戸田市に設立する。学童クラブを全国に広げていく中で、子育て疲れに対する課題に気づき、児童虐待の発生予防の観点から独立型子どもショートステイ事業を立ち上げる。

 

子育て疲れに対するレスパイトケアで児童虐待の発生予防を行う

ーー現在の事業概要について教えてください。

私たちは創業以来、子どもたちの放課後の居場所づくりとして学童クラブを運営してきました。学童クラブは子どもの居場所づくりであると共に、保護者への子育て支援という側面も持ち合わせています。

その中で、保護者から子育て疲れの声を聞いたり、行政の方からも子育て支援に関するニーズを聞いたりしました。特にニーズが高かった地域で、私たちは深刻な子育て疲れを抱えている子育て世帯に対し、宿泊を含めた一時的に子どもを預けられる居場所として”独立型”子どもショートステイを開設しました。

児童虐待相談対応件数は年々増加しており、ついに20万件*を突破しました。私たちは深刻な子育て疲れを解消することで、児童虐待の発生リスクを低減させることを目指し、現在は3年目の実証運営を行っています。

*令和3年度 20万7660件で過去最多 :厚生労働省 令和3年度児童虐待相談対応件数

 

ーー深刻な子育て疲れを抱える子育て世帯に対して、一時的に子どもを預けられる居場所がなぜ必要なのか教えてください。

子育て疲れを解消・軽減させるためにレスパイトケア(一時的休息)が有効だと考えるからです。また、私たちは、深刻な子育て疲れは児童虐待の発生リスクを高める大きな要因になっていると仮説を持っています。この仮説をもとに、児童虐待の発生予防を行うため、独立型子どもショートステイを運営しています。

児童虐待の発生リスクが高まるいくつかの要因として、経済的な困窮、ひとり親、就労の不安定さなどが考えられます。そのような世帯は、時間的余裕も、心の余裕もない。さまざまな要因が重なり、結果的に児童虐待につながってしまう可能性が高いといえます。

したがって、子育てに対して、時間的、心理的にゆとりを持てる環境を作ることができるレスパイトケアによって結果的に児童虐待の発生リスクを低減させることにつながると考えています。

 

従来の課題を解決する、全国初の”独立型”子どもショートステイ

ーーmerry atticが独立型子どもショートステイを始める前まではレスパイトケアによる児童虐待の発生予防について、どのようなアプローチがありましたか?

もともと、自治体の制度として子どもショートステイ(子育て短期支援事業)というのは、ありました。従来の子どもショートステイとは、児童養護施設や、乳児院、あるいは母子生活支援施設などのような本体施設があり、その空きの居室を活用して一時的に子どもを受け入れる形で運用されてきました。

しかし従来の子どもショートステイには、大きく分けて3つの課題があると考えています。

1つ目は、定員が著しく少ないことです。本体施設の空きの居室を利用して運用するため、そもそも本体施設の定員に空きがないと受け入れができない。そのため、全国のショートステイの受け入れ定員の平均は3.2人という状況です。これにより、子どものショートステイとしての受け入れができなかったり、きょうだいでの利用が困難となったりしてしまう可能性があります。子どもにとって、保護者と離れること自体に不安があるにも関わらず、きょうだいでバラバラのショートステイ施設に預けられてしまう。その結果、さらに不安が増してしまい、子どもにとっては負担が大きくなってしまいます。

2つ目は、保護者の視点として、児童養護施設や乳児院などに子どもを預けることに対する、心理的ハードルが非常に高いということがあげられます。児童養護施設や乳児院は、本来、何らかの事情で保護者と一緒に暮らせなくなってしまった子どもがいる場所です。子育て疲れの解消のためといえど、そのような場所に一時的にでも子どもを預けるのは、保護者にとっては罪悪感の要因にもなり、心理的ハードルを生んでいます。

3つ目は、児童養護施設や、乳児院、あるいは母子生活支援施設などのような本体施設に併設する形での運営が想定されていることです。したがって、そもそも本体施設を設置できない小さな自治体は、子育て疲れの課題があっても子どもショートステイを運営することが難しいということがあげられます。

 

ーーでは、merry atticが行っている独立型子どもショートステイは、どのようにそれらの課題を解決していますか?

まず、merry atticが行う独立型子どもショートステイは、名前の通り本体施設を伴わず、子どもショートステイ単独で事業運営をしています。これにより、従来の子どもショートステイのように、本体施設の定員に左右されることがないため、ショートステイとしての受け入れ定員を多く確保できます。定員を多く確保できることで、きょうだい児をまとめて預かることができ、子どもの負担軽減にもつながっています。

また、本体施設を伴わないだけでなく、一般的な一戸建てを利用し「施設感」のない家庭的環境に近い形で預かりを行っています。これは子どもの負担を下げるだけでなく、保護者にとって、預ける際の心理的ハードルを下げることにもつながっています。そして、独立型で運営することによって、本体施設を設置できない小さな自治体でも、子どもショートステイを運営することができるようになります。

 

2年間の実証運営の結果と見えた課題

ーー独立型子どもショートステイの開所から2年間、実証運営をしたと伺いましたが、実証運営の結果、どのような実績が得られましたか?

まずは開所から2年目にあたる、2022年度の年間延べ利用人数が約1600人になりました。これは、実証運営地域と人口が同規模の自治体の平均と比較すると約4倍の数字です。私たち1施設と、同規模の他地域の自治体全体の利用人数を比較して4倍にあたるので、非常に利用人数が多いことがわかります。

引用元:子どもとその保護者、家庭をとりまく環境に対する支援の実態等に関する調査研究 報告書

 

利用世帯の内訳として、生活保護世帯と非課税世帯で9割を占めています。そして利用者の9割がひとり親世帯でした。やはり、児童虐待の発生リスクが高まりやすいいくつかの要因として挙げた、経済的困窮、ひとり親と合致する結果となりました。

 

ーーどのような利用ケースが特徴的でしたか?

やはり、「子育て疲れでしんどい」という理由からの利用ケースが多かったです。さらには、子育て疲れから、明日にでも子どもに手をあげてしまいそう、もしくは手をあげてしまった。だから早く預かってほしいという声もありました。

また、一刻を争う緊急的な預かりが必要なケースもあります。深刻なネグレクトを抱えたケースや、家庭内での性的虐待が発生していたケースもあります。この場合は、児童相談所をはじめとする各関連機関と協力して対応に当たります。

現在、児童虐待相談対応件数が20万件を超えています。過去10年以内のデータでは各虐待における数値が大幅に伸びているにも関わらず、性的虐待に関しては、数値がほぼ横ばいになっています。これは実際に起きている性的虐待件数が横ばいなのではなく、性的虐待が特に表面化しづらい虐待であるというのが理由の1つに挙げられると思います。そうした中で、私たちは時間をかけて子どもや保護者との信頼関係の構築にあたり、関連機関と協力をして発見、通告、そして支援へとつなげていきたいと考えています。

▲出典:厚生労働省 令和3年度児童虐待相談対応件数

 

ーー独立型子どもショートステイは、子どもの心理的負荷も少ないとのことですが、子どもと関わるうえで大切にしていることはありますか?

なるべく「日常を担保する」ということを意識的に行っています。独立型子どもショートステイを特別な場所にするというよりは、近所のおじいちゃん・おばあちゃん家のような安心できる雰囲気をつくっています。

また、独立型子どもショートステイに来ている子どもは、一般的な子どもが経験する当たり前の経験が不足していることがあります。そのため、例えばクリスマスとして、12月25日の朝に枕元にプレゼントを置いたり、お正月として1月1日にはおせち料理を提供することで当たり前の経験を獲得できるような支援をしています。

さらに、なるべく子どもたちが自然に会話ができるようなシーンをつくっています。温かいご飯を食べながら子どもたちと会話をするなど、なるべく語りかけることで子どもがリラックスできるような瞬間をつくることを心がけています。また、子どもに寄り添うことで、子どもが本音を言いやすい関係性づくりに努めています。

 

持続可能な運営を行うために

ーー2年間の実証運営を行ってきた中で、見えてきた次に取り組むべき内容を教えてください。

私たちは大きく分けて4つのステップがあると思っています。1つ目は、現在の地域で継続して実証運営を行うことです。

2つ目は、他地域でも実証運営を行うこと。ある地域では生活困窮世帯の利用が多い。また、別の地域では世帯所得が高いが、核家族の利用が多いなど、地域によって課題が異なっており、要因の違う子育て疲れが深刻な地域もあります。そのため、他地域でも独立型子どもショートステイの有用性を実証していきたいと考えています。

3つ目は、実証運営で得たことをとりまとめ、国へ政策提言を行うことです。

最後に4つ目として、親と子のあしたへの支援を行っていきたいと思っています。児童虐待の発生リスクを抱える家庭の中には、日々の子育てや、自身の生活について相談をする相手がなかなかいなく、社会からの孤立を深めてしまう家庭があります。こういった家庭に対して、私たちを入り口に、希薄化されてしまった社会への接点をつくっていきたいと考えています。まだ具体的な実施にはつながっていませんが、保護者の生活における基本的な能力の向上や、パソコンのスキルアップ講習などを検討しています。また、子どもには、教育の格差、経験/体験の格差につながらないように、経験の機会の提供にも努めていきたいと考えています。

 

ーー国への政策提言というのは具体的にどのようなことを提案していくのですか?

大きく分けて2つあります。1つ目が独立型子どもショートステイを運営するにあたっての予算化です。従来の子どもショートステイは本体施設のサテライト事業として制度設計がされているため、単独での運営を可能とする、家賃や運営費に関する公的資金は非常に乏しく、単独での運営は事業として成り立ちません。現在、独立型子どもショートステイは助成金や寄付により運営してきましたが、それらだけに頼り続けるわけにはいきません。持続可能な運営を行うためにもしっかりと予算をつけてもらう必要があります。

2つ目として、設置基準や資格基準の明確化です。新規事業者の参入促進やサービスの質の低下を避けるためにも整備する必要があります。

どの地域でも、どの事業者でも継続性を持って真にその地域の利用者が求めてるニーズに対して、しっかりとしたサービスを提供できるように政策設計をしていく必要があると考えています。

 

ーー他の事業者と連携して独立型子どもショートステイを全国に広げていきたいということでしょうか?

はい。merry attic単独で独立型子どもショートステイを全国で運営していこうとは考えていません。その地域で同じような課題感や志を持っている事業者の方と共に連携して広めていきたいと考えています。

さらに、私たちの専門分野は福祉領域ですので、教育的な領域など他の領域で専門性を持った事業者の方とも連携することで私たちが手の届かない所にもアプローチすることができるのではないかと考えています。

 

目の前の課題解決だけでなく、未来に向けた支援を

ーー今後、独立型ショートステイで行っていきたいことを教えてください。

独立型ショートステイでは、保護者の方の選択肢の幅を広げ、未来に一歩踏み出せるような支援がしたいと考えています。例えば、保護者の生活に関する日々の小さな悩みを解決することでも、保護者自身の心の安定にもつながります。まずは、玄関口での雑談を通して保護者の方の心の声を聞いていく支援をしていきたいと思っています。

これを私たちは「雑談支援」と呼んでいるのですが、日々の小さな悩みや変化、実は最近病院に行けていないだとか、新しいパートナーさんができたとか、こういう話に耳を傾けることが重要だと考えています。雑談の中から、保護者の方の個別具体的な悩みを聞き、心の安定や、生活のちょっとした凸凹を和らげていきたいです。

このように、子どもに対しての支援だけでなく、保護者や家庭に目を向ける意味でも、子どもショートステイは非常にポテンシャルのある事業だと感じています。

 

ーー最後に上田さんが今後、どのような社会を実現していきたいか教えてください。

私は、社会課題は社会構造が変化した際に起こる歪みによって生まれてくると考えています。100年後、200年後には私たちが知るよしもない課題と向き合っているかもしれません。そのときも絶えず社会課題が解決される社会であってほしいと思っています。そのために、私もmerry atticの活動を通して、いま目の前の課題だけではなく、果敢に挑戦していける志を持った人材を育てていきたいという想いがあります。

一般社団法人merry attic https://www.merryattic.net/

 

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    企画・取材・編集
    張沙英
    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    執筆

    桜木ひかる

    人生の夏休みを謳歌中。福祉や教育の分野に関心を持ち、学びを深めている。

     

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