傘のシェアリングサービス。合理性の先に、社会課題解決の仕組み化を目指す。

日本では年間8000万本ものビニール傘が購入されている。「突発的な雨で濡れたくない」というニーズに寄り添い、使い捨て傘の削減に貢献するのが、傘のシェアリングサービス『アイカサ』だ。『アイカサ』を運営する丸川照司に、サービスのこだわりや企業向けの事業展開について聞いた。そのほか、当メディアを運営する株式会社taliki代表の中村多伽も同席し、社会起業家ならではの悩みや今後の展開について対談を行なった。

【プロフィール】
・丸川 照司(まるかわ しょうじ)
株式会社Nature Innovation Group代表取締役。台湾と日本とのハーフでシンガポールなど東南アジアで育ち中国語と英語を話せるトリリンガル。18歳の時にソーシャルビジネスに興味を持ち、社会の為になるビジネスをしたいと社会起業家を志す。その後マレーシアの大学へ留学中に中国のシェア経済に魅了され、大学を中退して傘のシェアリングサービス『アイカサ』を始める。

 

・中村 多伽(なかむら たか)
2017年に京都で起業家を支援する仕組みを作るため、talikiを立ち上げる。創業当時から実施している、U30の社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラム提供にとどまらず、現在は上場企業のオープンイノベーション案件や、自社投資ファンドからの出資も行なっている。

「突発的な雨でも濡れない」体験を提供

—現在の事業概要を教えてください。

「雨の日を快適にハッピーに」というミッションのもと、使い捨て傘をゼロにすることを掲げて、傘のシェアリングサービス『アイカサ』を運営しています。全国1000箇所のスポットにて、アプリ1つで、24時間70円で傘を借りることができます。現在は30万人にサービス登録していただいています。

 

—どのような経緯で起業されたのですか?

大学1年生のとき、病児保育サービスを運営するNPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さんの著書『「社会を変える」を仕事にする:社会起業家という生き方』に出会いました。この本を読んでとても共感し、自分も将来は社会課題をビジネスを通じて解決したいと思うようになりました。

その後、マレーシアの大学に進学し、マレーシアに住んでいたころ、さまざまなシェアリングサービスが展開されているのを目の当たりにしました。日本でも自転車のシェアリングサービスなどに参入する企業が増える中、1人のユーザーとして、傘のシェアリングサービスがあったらいいのになと思ったんです。そこで、日本における傘のシェアリングサービスについて調べてみたところ、商業施設が無料で傘を貸し出すといったケースはありましたが、ビジネスとして運営されているサービスはほぼないことに気がつきました。一方で、日本では年間推定8000万本ものビニール傘が購入されていて、ニーズはあるということもわかりました。

突発的な雨の際に濡れたくないだけなのに、どうせ使わなくなってしまう新しい傘を買わなければいけない。この課題は傘のシェアリングによって解決するのではないかと考えました。それで、自分でやってみようと思い立ち、起業に至りました。

 

—サービスにおけるこだわりポイントを教えてください。

まず、使っている傘にこだわっています。全ての傘が3〜5年以上使える丈夫なものです。また、一部が壊れてしまっても、分解して修理することができます。傘の骨が1本折れてしまった、取っ手が傷ついてしまった、布が破れてしまったなどの破損があっても、破損部分のみ修理すればまた問題なく使用できます。そのため、ユーザーさんが万が一傘を壊してしまってもユーザーさんが課金するのではなく、返却してもらえれば私たちが修理をし、再度利用いただける仕組みになっています。

次に、設置点にもこだわっています。傘を使うのは移動の出発点がほとんどなので、多くの人の出発点になる駅を中心に設置しています。現在は、山手線全駅など300駅以上にスポットを設置していて、今後も拡大予定です。

そして、最近ではカーボンニュートラルへの取り組みを進めています。具体的には、まず自社で利用している傘、傘立て、IoTデバイスのサプライチェーン上の温室効果ガスを概算します。その量に応じて、森林保全を行なう会社からカーボンクレジットを購入し、インドネシアの森林の復元、保全へ貢献しています。現在は、約112トンほどのカーボンクレジットを購入し、サプライチェーン上のカーボンニュートラルを実現できています。

 

—24時間70円の『使った分だけプラン』と、月額280円の『使い放題プラン』があるんですね。『使った分だけプラン』から、『使い放題プラン』に移行するユーザーはどのようなニーズを持っているのでしょうか?

1つは、使った分だけプランで使う頻度が高くなり、使い放題プランに移行するという流れです。そしてもう1つは、アイカサの傘を家から使いたいというニーズです。自分で傘を買うのではなく、アイカサの傘を日常的に使うことができれば、壊れたときもアイカサが修理してくれるし、例えば午後から晴れたときには街中に返してしまうこともできます。他にも、傘を捨てなくてよくなる、結果的に傘を買うより安くなるなど、さまざまなニーズがあります。シェアと所有のニーズが混ざり合っているのが面白いですよね。

 

—これまでにユーザーからもらった声で印象的だったものはありますか?

多くのユーザーさんから、「濡れずに家まで帰れて助かった」、「無駄な出費をすることもなく助かった」といった言葉をもらいます。

また、ヒアリングをする中で特に印象的だったのは、とある男性のユーザーさん。アイカサを利用する前は、年間10本以上ビニール傘を買っていたそうです。それで、使わなくなった傘はどこかに忘れてきてしまったり、わざとどこかに置いてきたりしていたとのことでした。しかし、アイカサを利用し始めて、「今年傘買ったっけな〜」とおっしゃっていたんですよね。以前まではエコ意識が低かった方にも行動変化があり、年間10本もの傘を削減できたというのがとても嬉しかったです。

 

 

企業向けの事業も展開

—スポットを設置する企業向けの事業モデルについても教えてください。

一般企業やお店にスポットを設置させていただく場合は、設置金額をいただいています。

私たちは駅を中心に展開していたのですが、駅以外の企業さんやお店から、「スポットを置きたい」という声がかなりありました。例えば、百貨店やデベロッパーには、傘を自社で購入しお客さんに貸し出しているところが多くあります。しかし、無料で貸し出していると、全然返却されないし、その分管理にお金がかかってしまうんです。そこで、これまで自社で管理していたところをアイカサのサービスで代用したいというニーズがありました。ただ、企業やお店にスポットを設置すると、メンテナンスコストは相対的に駅よりも高くなってしまいます。多くの企業さんが、設置金額を払ってでもアイカサを設置したいと言ってくださったので、設置金額をいただく形で展開しています。

 

—企業とコラボ傘を作る取り組みもされているんですよね。

スポンサー企業さんとコラボし、デザイン傘を一緒に作る取り組みを進めています。私たちの事業モデルは、先に投資をして長期で回収していくという特徴があります。そのため、事業を展開する初期にかなりの投資が必要になります。そこで、傘への投資そのものを収益ポイントにしてしまうことで、初期投資をカバーすることができるのではないかと考え、この事業が生まれました。

コラボしてくださる企業さんには、コンテンツの面白さで話題を生むようなPRを狙ったニーズもありますし、「使い捨て傘を減らせる広告」を通した社会貢献やそれによるブランディングのニーズもあります。

例えば、電子機器などを製造されているNOK株式会社と一緒にさまざまな共創をさせていただいています。コラボ傘を通じて使い捨て傘が減っていくような取り組みになっています。

NOK株式会社とのコラボ傘

 

 

社会性と経済合理性のバランス

—後半では、taliki代表の中村多伽さんにも加わっていただき、お二人の社会起業家ならではの悩みをもとに対談を進めていきたいと思います。まず、社会起業家は常に経済合理性と社会性の両輪で事業を進めていくことにジレンマを感じる方も多いように思います。お二人はこの2つを両立することにおいて、困難を感じることはありますか?

丸川照司(以下、丸川):最近では、社会課題解決へ寄与しながら、資本主義の中で事業成長し続けていくことに不安を感じています。どうしても事業を進めていく中で、短絡的な思考に陥ってしまい、社会性を軽視して短期的な利益を考えてしまうことはあるなと思いますね。

 

中村多伽(以下、タカ):丸川さんは、アイカサで経済合理性と社会性がバッティングしてしまうようなとき、どのようなことを意識して判断されているんですか?

 

丸川:そこは日々悩んでいるところですね。ただ、私の中で守っているポリシーは、その施策が短期的には社会課題解決に貢献しなかったとしても、事業成長に貢献し、将来的にはより大きな社会的インパクトにつながるのであれば実行するということです。例えば、新しい施策を実行するとゴミが出て短期的には環境に悪いとしても、アイカサの事業成長は大きく促されて、結果として将来的にはアイカサがより多くのゴミを減らすことができるといった場合です。一方で、その施策が将来も仕組みとして残り続けてしまう場合は、社会に良くないことが持続してしまうため、実行しないと決めています。

 

タカ:なるほど。面白いですね。

 

丸川:他にも、最近インパクト投資家の方とお話しする機会があったのですが、アイカサを通してどのような価値を1番に実現したいのか、ということを問いかけられました。ユーザーに対する濡れずに帰れる体験なのか、傘のゴミの総量をどれだけ減らせるかというところなのか、もしくはCO2排出量をどれだけ減らせるかというところなのか。もっと深ぼって考えないといけないと思いました。

 

タカ:私も最近、事業の最終的なアウトカムをどこに置くのかをはっきりと決めることの難しさを感じています。大きなゴールから逆算して1本道があるというよりは、例えばアイカサさんでは、環境やゴミ問題にアクセスする以外にも、ユーザーさんにとって波及的な豊かさを提供できたり、ユーザーさんの消費行動が変化したりと、さまざまなアウトカムが想定できます。これらの多くは、数値化するのが難しいですし、間接的でお互いに影響し合っています。1つの大きなアウトカムゴールを設定するべきという考え方もありますが、このように複数のアウトカムに優先順位を付けるのって実際かなり難しいですよね。

 

—アイカサもtalikiも、社会の中でインフラ化していくことを目指していると思います。社会のインフラになるためには、どのようなことが必要だと思いますか?

丸川:いかに人々の暮らしの自然な流れの中にサービスを組み込めるかが重要だと思っています。今はまだまだ、アイカサを利用するよりコンビニでビニール傘を買う方が簡単な世の中なので、そこに圧倒的に勝てるサービス提供をしていくしかないということに尽きますね。ユーザーにとってアイカサを利用することが合理的であることが重要です。

 

中村:talikiは、社会課題解決にビジネスで挑戦する人を増やし、サポートすることで、社会課題が生まれても解決される仕組みを作りたいと考えています。もっと多くの起業家の方を支援して仕組み化していくためには、規模を拡大することが必要です。前提として、私たちはファンド事業での投資においてもインキュベーション事業での起業家育成においても、大企業の方からお金をお預かりして事業を運営しています。では、規模を拡大するためにどうしたらもっと多くの大企業を巻き込めるのか。それは、社会の流れに依存すると考えています。社会の流れとは、私たちが応援する社会起業家のサービスが広まることで、結果的により多くの一般消費者が社会課題解決に動いていた、もしくは社会課題への意識を持ちはじめた、というような社会の変化のことです。「こんなに社会が変わっているのだから、大企業のみなさんも参画しませんか?」というような、大企業の方が動きたくなる働きかけをすることを意識しています。

にわとりと卵のような話ですが、社会起業家がより多くの人を巻き込み社会の潮流ができると、大企業が動きたくなり、私たちが流せるリソースの総量が増える。そしてまたより多くの社会起業家の応援ができる、という循環が、社会の中での仕組み化において重要になると思っています。

 

—一般消費者と企業で巻き込み方がかなり違いますね。

丸川:一般消費者のユーザーさんには、ビニール傘を買うことでゴミが増えてしまうとか、アイカサを使うのはサステナブルだということを伝えて巻き込んでいくのは、かなり大変だと感じます。それよりも、まずは1人1人の合理的な判断の延長線上に、大きな社会課題解決があるという方法を模索してみたいなと思っています。

また、ユーザーに伝えるべきことは、ユーザージャーニーのタイミングによっても変えています。例えば、最初に利用するときは突発的な雨であることが多いので、どんなにエコ意識が高い人だったとしても、まずは「雨の中濡れずに目的地にたどり着く」というニーズが最も重要です。一方で、アイカサを繰り返し使う方の中には、「エコだからリピートしている」という方も非常に多いんです。だから、複数回使ってもらう上では、どれだけゴミやCO2を削減できているのかといったことを伝えることが大事になってきます。

 

タカ:今はまだ、エマージェンシーニーズとサステナブル意識がマッチする時代ではないなと思います。talikiの投資先のみなさんも、「サステナブルだから」がサービスを使う1番の理由にはなりづらいということをよく話しています。一方で、企業さんと取引をする場合は、社会課題が存在することがどれだけ企業さんにとってリスクなのか、それが解決することがどれだけメリットなのか、という伝え方が必要です。ビジネス的な要素以外にもリスク管理としての社会課題解決やサステナブルといった要素を強調することが、企業さんを巻き込む上では大事になると感じます。

 

社会起業家は儲からないのか?

—何かお二人で議論してみたいことはありますか?

丸川:社会課題解決と儲かることの両立について議論してみたいなと思っていました。以前タカさんが、「社会課題解決と儲かることは別の軸で、社会課題解決の中でも儲かるものと儲からないものがある」というお話をされていたのを覚えています。このお話を聞いて、全ての社会課題解決を儲かる状態にすることもできるのではないかと思ったんです。

儲かるかどうかって、工夫や努力でコントロールできる部分なので、本当は工夫次第で儲かる状態にできるはずだと思っていて。でも、「社会課題解決は儲からない」という社会のレッテルによって、ビジネスになりうる可能性が見落とされたり、成長性が過小評価されたりということがあるのではないかと思うんです。だから、現状ビジネスで取り組まれていない社会課題領域というのは、ビジネスにできないからではなく、そのレッテルによってチャレンジする人が少なく、領域として育っていないだけなのではないかという仮説を持っています。この仮説について、タカさんの考えをぜひ聞いてみたいです。

 

タカ:前提、工夫次第で儲けることができるというのは私も賛成です。一方で、ビジネスにするのが難しい社会課題領域も一部あるなというのが私の感じているところです。例えば、ウクライナとロシアの戦争が今起こっていますが、この戦争で命を落としてしまう人を救うビジネスってなかなか思いつきづらいですよね。戦争や人権といった領域はビジネスにするのが難しいなと思っています。

もう1つが、儲かるとは何かという話です。投資家目線で企業の価値を考えたときに、やっぱり株式市場で株価が高くついている領域の方が企業価値が高くなるんですよね。株式市場で評価される指標というのは、成長率や成長速度といったいわゆる瞬間風速的なものです。でも、瞬間風速を出すことによって失われてきたものがあるから、その課題を解決するために社会課題解決のスタートアップが存在しているわけです。だから、同じ構造を作るのではなく、累計的な売上やユーザー数、想いが伝播した人の数など、結果的に社会に対してどれだけ大きなインパクトを与えられたのかという長期的な目線で評価する必要があると思っています。この指標で見ると、社会課題解決のスタートアップはそうでないスタートアップと比べて、同等もしくはそれ以上に儲かることができるのではないかと考えています。

 

—最後に、今後、丸川さんが挑戦していきたいことを教えてください。

丸川:私は社会を変えるためにビジネスをやりたいと思ってアイカサを始めて、その想いは今も変わっていません。でも、アイカサの事業をやる中で、もっと大きく社会にインパクトを残せるのではないかとも思うようになりました。そこで、2030年には複数の事業を運営できている状態を目指し、2040年にはその事業基盤をもとに、社会課題が解決される仕組みを確立したいと考えています。社会課題解決の仕組みを通じて、ソーシャルビジネスとしてのチャレンジ数を増やすことで解決される課題が増えることを目指したいです。

直近の数年間では、まずアイカサの事業でしっかりと結果を出し、次の社会課題解決のために事業展開をしていく基盤を作りたいと考えています。特に最近は、絶対的貧困の課題に興味があり、勉強しています。現在、世界人口の8%が絶対的貧困状態にあると言われていて、さまざまな社会課題の中でも絶対的貧困は特に緊急度、重要度が高い課題だと考えています。それにも関わらず、この課題にアプローチしているスタートアップはまだまだ足りていません。そこで、将来的には私たちも絶対的貧困の課題にアプローチできるような事業を展開できたらいいなと日々考えています。

 

アイカサ https://www.i-kasa.com/

 

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    interviewer

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    writer

    堂前ひいな

    心理学を勉強する大学院生。好きなものは音楽とタイ料理と犬。実は創業時からtalikiにいる。

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