『成長か分配か』を超え、新しい再分配を考える
もくじ
1. はじめに:届くべき場所にリソースは届いているのか
トリクルダウンとは、富裕層や企業が豊かになると、その利益が投資・雇用・消費を通じて、結果的に社会全体へ“滴り落ちる”ように広がるという経済学的な概念である。実際に日本においても、第二次安倍政権下でトリクルダウンを前提とした経済施策が実施された。このように、社会の中で一部の著しい成長は社会全体への富の分配につながるという主張は広く受け入れられてきた。
一方で、トリクルダウンは実際には起きていないという批判も多くある。先ほど例に挙げた安倍政権における政策も、当初想定していたトリクルダウンはほとんど起きず、株価の上昇によって一部の層に富が蓄積されたままで、賃上げや雇用拡大などを通じた中間層・低所得層への分配は確認できなかったとされている(田中 2015)。
上記の例を含め、近年では、成長に伴って富が自然に再分配されるということはほぼ起こり得ないという主張がより説得力を増している。つまり、トリクルダウンのような自然な分配の流れを待つのではなく、我々自身が意志を持って分配を生み出すということが今、求められているのではないだろうか。
そこで、本セッションでは、社会課題やソーシャルビジネスの領域における、成長と分配について議論を深めていく。
ソーシャルビジネスは、短期的に大きな財務リターンを求める従来の投資の枠組みでは資金調達を受けにくい傾向がある。このような背景を踏まえ、既存のリソースが不十分であった社会課題領域への投資を促進するために生み出されたのがインパクト投資である。
インパクト投資とは、経済的リターンに加えて、ポジティブな社会的インパクトを意図的に生み出すための投資手段として広く理解されている。実際にインパクト投資の拡大は顕著であり、『日本におけるインパクト投資の現状と課題 2024年度調査』(佐々木・織田 2025)によると、2024年度のインパクト投資残高は17兆3,016億円で、前年度比150%と著しい成長が見られた。
「リソースが集まりづらい領域への分配を促す役割」として捉えられるインパクト投資だが、現実的には領域の偏りが生じうるという批判もある。インパクト投資に関するレポート(佐々木・織田 2025)によると、気候変動の緩和(再生可能エネルギー)、その次に健康・医療の領域に投資が多いことが報告されている。一方で、貧困対策や地域密着支援等の特定の社会課題には資金が集まりづらいことも指摘されている(NPO法人日本サステナブル投資フォーラム[JSIF], 2024)。
この背景として、例えばヘルスケアのような領域は、高齢化社会の進行や慢性疾患の増加など多くの人が影響を受けており、技術革新とデジタル化の進展なども相まって注目が集まっている領域である。インパクト指標や市場指標が比較的整備されやすく、投資判断がしやすい。一方で、貧困やダイバーシティなどの領域は深刻な課題であるが、問題が当事者に閉じられていたり収益化が難しかったりする傾向にあり、定量化するのも難しい。そのため、現段階で多くのリソースが集まっているとは言い難い。
結果として、社会全体からの注目が集まりやすく、かつ成長が可視化されやすい領域には引き続きリソースが流入し、課題が当事者に閉じ、かつデータ化が困難な領域にはリソースが分配されづらい状態となっている。本来、既存リソースが不十分である領域に意図的にリソースを分配するという期待を背負っているインパクト投資だが、結局「数値化できないものへの投資の難しさ」に帰着し、本当に届けるべき場所にリソースが届いていないのが現状ではないだろうか。
したがって、社会課題の増加・多様化が顕著な現代社会において、「届くべき場所に意図を持ってリソースを届けること」は引き続き重要な課題として残り続けていると言える。
そこで、本稿では、BEYONDセッション「『成長か分配か』を超え、新しい再分配を考える」における議論を手がかりに、リソースの分配をどのように意図を持ってデザインすれば本来届くべき場所に届くのかという問いについて、分配する側とされる側両方の視点から考察する。
2. 個人の考えや関心に根付いた分配
意図的な分配を実現するための一つの手がかりとして、個人にとってより良い社会に対する関心や考え方を起点とした投資や寄付の促進が挙げられる。
先述した通り、従来のインパクト投資においては、データに基づく一元的なインパクト定義が重視される傾向にある。また、自分の幸福よりも社会にとって最適なところにリソースを分配・寄付をするべきだというような、効果的利他主義の概念も近年注目を集めている。
しかし、社会的に「良い」と広く合意されているテーマが、必ずしも個人にとって重要な価値と一致するとは限らない。そのずれによって、望んで寄付や投資をしたはずなのに生まれたインパクトに関するデータを見ても満足ができなかったり、その結果として継続的な寄付や支援が難しくなったりすることも多々あるとされている。
これに対し、各個人が自ら実現したい社会像を起点に、自身の資源を用いて社会に関与していくというアプローチはどうだろうか。
例えば、ジョージ・ソロスによって設立されたオープン・ソサエティー財団。同財団では、ジョージ・ソロスがユダヤ人であるバックグラウンドを踏まえ、社会的に議論の余地はあるものの、彼の考える民主主義を世界中に広めるという目的のもと、あらゆる手段で大きなインパクトを創出している。個人の内発的な動機や価値観に根ざした意思決定が、結果として持続的かつ多様な社会的インパクトを生み出す可能性があるという事例の一つだと言えるだろう。
日本においても、富裕層の寄付や財団運営を支援するフィランソロピー・アドバイザーズのような存在が登場しており、個人の価値観や関心に根ざした資金分配・投資を専門的にサポートする動きが見られる。創業者の小柴氏は、「パーパス・オブ・キャピタル(資本を何のために使うのか)」を各個人が主体的に問い直すことの重要性について言及している。
個人の社会に向けた関心や考えを起点とした投資や寄付は、より多様で持続可能な社会的インパクトの創出につながる可能性を秘めていると言えるだろう。
3. 行政や企業が果たす役割とは
このような個人の考えや関心に根ざした分配を社会の中で広げていくためには、個人の自発的な行動に委ねるだけでなく、行政や企業がそれをいかに制度的・構造的に支えるかも非常に重要である。
近年、その一つの方向性として「市民に開かれた行政運営」への関心が高まっている。代表的な例が寄付税制である。寄付税制とは、個人や企業が行なった寄付に対して税負担を軽減することで、寄付行動を促進し、公益的活動への資金流入を後押しする仕組みである。従来、税金の使途は行政や議会によって決定されてきたが、寄付税制は税の一部について個人の意思を反映させる余地を制度的に認めた点で、大きな転換といえる。
また、有識者会議や審議会の開催など、行政が専門家や市民の知見を交えながら政策形成を行なうプロセスも広がりつつある。これらの動きは、政策決定を行政内部に閉じたものから、より開かれた議論の場へと変化させるものであり、個人の関心や価値観が間接的に公共政策へ反映される可能性を高めている。
一方で、上記のような市民に開かれた行政運営においても、市民の声がどの程度政策に反映されているのかについては、まだまだブラックボックスとなっている部分も多い。これらの動きを形骸化させないためにも、各市民が行政に興味を持ち、理想の社会に向けた考えを内省する必要があり、かつ行政も市民の声に丁寧に耳を傾けることが求められるだろう。
他方で、企業活動においても社会貢献に対する意識の変化が見られる。従来はCSR活動のように、本業とは切り離された形で社会貢献を行なう企業が主流であったが、近年では社会的価値を内包した商品やサービスを本業として展開しようとする企業が増加している。こうした動きは、消費者が購買行動を通じて自らの価値観を社会に反映させることを可能にする一つの手段となりうる。
個人が自らの価値観を内省し、寄付や投資に反映させることは、社会課題解決において重要な要素である。しかしそれと同時に、行政や大企業といった大きなリソースを持つ主体が、いかに個人の声に耳を傾け、その意思を反映した資源配分を行っていくかが、今後ますます重要になると考えられる。
4. 社会起業家として
ここまで投資、分配をすることについて言及してきたが、社会課題解決に向けて持続可能な事業を作るために、多くの社会起業家が意識すべきことは何だろうか。
個人の関心や考えが分配の着火剤となるのであれば、起業家は自分たちが「誰に対してどのような価値を届けるのか」を解像度高く明確にすることで、各個人に訴えかけることが重要だと言えるだろう。デジタルリハビリツールの開発・導入を事業として行なう株式会社デジリハ 代表の岡氏は「広く社会というものに対してどのような貢献ができるのかという視点だけでなく、どこの誰という具体的なN=1(特定の一人の具体的事例)の話ができるかが人の心を動かすきっかけになる」と言う。
一方で、ある程度事業フェーズが拡大した社会起業家は夢やビジョンだけでは資金調達が難しいのも事実である。岡氏は「1回目の資金調達は100%夢について語るだけで良いが、2回目以降については実績、ロジック、将来の計画が非常に重要になる」と話す。
つまり、自分たちが「誰の課題を解決したいのか」を明確にし、その想いで人の心を動かすだけでなく、さらなる事業拡大においてはどのように成長を目指すのかといった実績やロジックとの両輪で事業を前に進める必要がある。
5. 意図を持った分配へ
これまで社会課題解決を取り巻くリソースの分配を出発点として、「本来リソースが届くべき場所にいかに意図をもって分配するか」という問いを検討してきた。成長領域にリソースが偏ってしまう現状において、分配は副次的な結果ではなく、意図的に設計されるべきである。
その一つの手がかりとして、個人のより良い社会に向けた関心や考えを起点とした分配という視点をあげた。各個人が自らのリソースをどこに投じたいのかを内省し、それを行政や企業がより大きな社会的インパクトに繋がるよう、仕組みで支える。加えて起業家も自分たちの活動の目的や届けたい人を明確にすることで、より一層個人の想いと接続しやすくなる。各個人の想いが起点となり、それぞれのセクターの役割が合致したとき、意図的な分配が実現され、多様で持続可能な社会的インパクトの創出に近づくことができるのではないだろうか。
BEYOND2025では、成長か分配かという議論を皮切りに、我々が社会の一員としてどのように意志を持って分配をデザインするのかを、様々な立場から思索していく。
参考文献
1.田中信孝, 2015, 「日本経済の動向と発現が困難な『経済の好循環』」. 自治総研, 441, 32-50.
2.佐々木喬史・織田聡,2025,『日本におけるインパクト投資の現状と課題 2024年度調査』GSG Impact Japan National Partner.
3.NPO法人日本サステナブル投資フォーラム(JSIF),2024, 『サステナブル投資残高調査2023』Japan Sustainable Investment Forum.
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執筆
堂前 ひいな
taliki シンクタンク事業部 リサーチャー
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