海洋保全に特化したインパクト投資ファンドで、投資家と投資先を強固に結びつける。「フィッシャーマンジャパン・ブルーファンド」の可能性

「漁業をカッコよく」。こんなスローガンを掲げ、全国的に注目を集めてきたのが一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンだ。漁業就業者が減り続ける現実を前に、これからの担い手の育成や漁業の魅力発信のために、立ち上がった組織である。

そんなフィッシャーマン・ジャパンが2023年に設立したのが、インパクト投資ファンド「フィッシャーマンジャパン・ブルーファンド」。このファンドでは「海の豊かさを守る」という指針を軸に投資を行っている。

なぜ、彼らがこのようなファンドを立ち上げたのか。活動の背景や第1号投資の裏側について、フィッシャーマン・ジャパンの販売部門として分社化された、株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長の津田祐樹さんに聞いた。

▼プロフィール
株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング 代表取締役社長 津田 祐樹
石巻の鮮魚店の二代目として生まれる。震災後、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンへジョイン。分社化してできた株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長として、販売部門から漁業や海洋が抱える課題解決に取り組む。

 

設立10周年を迎えたフィッシャーマン・ジャパンの原点

ーーフィッシャーマン・ジャパンはどのように立ち上がった組織なのでしょうか?

フィッシャーマン・ジャパンは東日本大震災をきっかけとして、2014年に立ち上がった組織です。私自身も宮城県石巻市で魚屋をやっていたのですが、2011年の震災から3年間は、みんな家業を元の状態に戻すので精一杯でした。

それからだんだん復旧が進んできて、いよいよ事業を再開できる状態になったとき、気が付いたら東北の水産業の現場から人がいなくなっていたんです。水産業の人手不足という課題は、個々人が頑張るだけでは解決できない。だから、東北に残っていたフィッシャーマンたちで力を合わせて水産業の課題を解決しようと立ち上がったのがフィッシャーマン・ジャパンです。

 

ーー“10年後、2024年までに三陸に多様な能力をもつ新しい職種「フィッシャーマン」を1,000人増やす”というビジョンを掲げられています。今年、2024年を迎えましたが進捗はいかがでしょうか?

私たちが言う「フィッシャーマン」は広義の水産業従事者を指していて、漁師や魚屋だけではなく、マーケティングやITなど様々な領域から水産業を盛り上げる人たちも含んでいます。この10年、私たちは様々なセミナーをしたりインターンを実施したりしてきたので、広義のフィッシャーマンは1,000人以上増やせたと思います。

特にインターン生は200人以上受け入れました。今まで、水産業に興味を持っていなかった人々を新たに業界に引き込む機会作りができた10年間だったと思います。

 

ーー多くの人を水産業に引き込めた要因は何だと思いますか?

大きく分けると3つあると思います。1つ目に、とにかくオープンに活動すること。「来るもの拒まず」で、興味のある人にはどんどん参加してもらうようにしています。2つ目に、特に私がそうなのですが、人に頼りまくること。他力本願でというわけではなく、自分だけではできないことでも、周りを巻き込んで実現を目指していくということです。

そして3つ目に最も大事なのが、何をするにも楽しそうにやること。「楽しくやる」ではなくて「楽し“そう”にやる」が大事なんです。暗い雰囲気の場所に人は集まってきません。だからHPのデザインやブランディング、一つひとつの活動のネーミングにもこだわってきました。

2017年に実施した、漁師からモーニングコールが届くサービス「FISHERMAN CALL」は、ユニークな施策と魅力的なビジュアルも相まって大きな話題となった。

水産業の前に、海洋環境を改善しなければ根本的な解決にならない

ーー直近の特徴的な活動として、「フィッシャーマンジャパン・ブルーファンドの設立」があるかと思います。どんな背景から始まった活動なのでしょうか。

これまで私たちは水産業を「かっこよくて」「稼げて」「革新的な」産業にしようとしてきました。でも活動をするなかで、水産業のプラットフォームである海洋環境が壊れ始めていることを強く感じたんです。

いくら水産業を頑張っても、土台となる海洋環境が壊れてしまってはどうにもならない。だから、まず私たちが取り組むべきは土台の再生なのではないかと考えるようになりました。それで、海のサステナビリティを守るための活動をしようとブルーファンドを設立しました。

 

ーー具体的に、今の海洋環境にはどんな課題があるのでしょうか?

魚が生まれ育つ環境が破壊されてきています。気象庁によると海面水温は過去100年で1.24度も上昇し、海藻が繁茂しなくなる磯焼けなども深刻です。それらの問題は地球の周期などもっと大きな範囲の変化によるものかもしれませんが、海洋汚染や海洋プラスチック、そしてそもそもの温暖化も人間活動が引き起こした課題です。

私には子どもが3人います。自分の子どもたちが大人になったときに辛い思いをしなくていいように、今できることはやっておきたいと考え、活動を始めました。

 

ーー海洋環境の課題を解決するにしても、他の方法もありそうですが、ファンドの設立という手段を選んだのはなぜでしょうか?

フィッシャーマン・ジャパン自体が、どこからどのように資金調達をすべきかずっと悩んでいたという経験が大きいです。自分たちの儲けからお金を出し続けるのでは回らないし、かといってベンチャーキャピタルから投資話が来ても、IPOやM&Aを目指すわけでもなくどうイグジットすればいいのかわからない。公金を当てにして活動が続くのかもわかりませんでした。

そうしたなかで、インパクト投資という仕組みを使えばいいのではないかと思いついたんです。水産業のなかでも特に海洋環境の課題解決に特化したファンドはなかったので、自分たちで作ってしまおうと思いました。

 

ーーフィッシャーマンジャパン・ブルーファンドは、インパクト投資に取り組むミュージックセキュリティーズ株式会社と一緒に立ち上げたそうですね。協働の経緯を教えてください。

ミュージックセキュリティーズとは10年以上のお付き合いがあります。東日本大震災で被災した際に、ミュージックセキュリティーズが被災地応援ファンドを作り、僕の家業の鮮魚店に投資してくれたんです。

今回の取り組みについては、たまたま久しぶりにミュージックセキュリティーズの方々とお会いしたときに、インパクト投資をやりたいという話が上がりました。そこで、第一弾として、「私たちと一緒に海の課題に特化したインパクト投資ファンドを作らないか」とお声がけしました。

 

ーー設立時に苦労したことはありますか?

まず、お金集めには苦労しましたね。日本で初めての海洋環境保全に特化したインパクトファンドということもあり、投資家がなかなか見つからず、ファンド設立を決めてから1年半くらいは資金集めの日々。最終的に、とある機関投資家が「一緒に挑戦したい」と言ってくださり、第1号投資が実現できました。

あと、インパクトの測定基準についてもよく議論しました。たとえば、「海に泳ぐ魚の数が何匹で、事業によって何匹に増えた」ということを正確に知ることはできません。海のインパクト測定はかなり難しいんですよ。結局は、どれくらい食害魚を減らせたか、どれくらい海洋プラスチックが減らせたかなど、事業によって異なる指標を設けて測定していくことにしましたが、今後も試行錯誤していきたいと思います。

 

海洋保全に特化したインパクト投資ファンドの実態

ーーファンドの運営において、フィッシャーマン・ジャパンとミュージックセキュリティーズはどのように役割分担をしていますか?

私たちは投資先の発掘と、投資後のマーケティングや事業拡大の支援を担当。ミュージックセキュリティーズは、資金集めとお金の管理と投資家対応を担当しています。

 

ーー現時点での投資先の選定基準を教えてください。

まず、大前提として「海洋環境保全につながる事業」であることが条件です。たとえば「水産物の取引を効率化するアプリ」は、漁業関係者は助かるけれど、海洋環境にプラスの影響があるわけではないので、私たちの投資対象ではありません。逆に言えば、海洋環境保全につながるのであれば、必ずしも水産業でなくてもいいと考えています。

その上で、やはり投資となるとリターンが求められるので、事業として儲かる可能性があるかどうかも審査の軸に置きました。

それから、もう1点挙げるとしたら、経営者の長期的な目線や事業と向き合う胆力も重要なポイントです。海洋の問題は20年、30年と長い時間のかかるものばかりです。根気強くそれらの問題に向き合う心構えを持った経営者にこそ、投資したいと考えています。

 

ーー2023年12月には、第一弾の投資先が公開されました。どんな事業に投資されたのか、詳しく教えてください。

第一弾として、株式会社ベンナーズ株式会社REMAREの2社に投資しました。

ベンナーズは、海藻を食べ尽くすことで磯焼けの原因をつくる「食害魚」の課題を解決しようとしています。食害魚は草を食べているため匂いが強く、そのままでは市場からの需要はほぼありません。駆除のために漁獲したところで、漁師の収益につながらないのが課題でした。ベンナーズは、その食害魚をうまく調理し、おいしく食べられる商品として販売。食害魚を減らすことに貢献しています。

ベンナーズの展開する未利用魚のサブスク「フィシュル!」

 

REMAREは海洋ゴミや海洋プラスチックを収集して、商品化している企業です。海洋プラスチックのリサイクルに取り組んでいる企業は他にもありますが、REMAREが優れているのは、再生プラスチックでベニヤ板のような大きなサイズの板を作り出したこと。外資系ハイブランドの店舗什器などとして使われることもあり、きちんと価値を付けて海洋環境にいい事業をしているところがすごいと思います。

漁具を使った板材を制作しているREMARE

 

ーー投資リターンはどのようなものを想定されていますか?

ケースバイケースなので、一概には言えませんが、7〜10年の期間で年利に換算すると5%くらいの設定になっています。売り上げ変動になっており、当初の売上計画よりも思い切り上回った場合は10%ぐらいになるかもしれませんし、逆に大幅に下がった場合は1%台になるかもしれません。融資と違って究極的には会社が倒産したら返さなくてよいという性質です。

また、ブルーファンドは「匿名組合出資」というスキームを採用しており、出資先の株式は保有しません。これは、ミュージックセキュリティーズが、インディーズミュージシャン向けの投資を行っていたことが背景にあります。ミュージシャンの大事な権利に触れることなく出資できる枠組みが、今回のファンドにも引き継がれているんです。

ブルーファンドが出資した企業は、リターンを払った時点で私たちとの関係性はいい意味でなくなります。権利の一部を他のプレイヤーに渡すことなく、自分たちの事業を自由に進めることが可能。また、このスキームであれば資本金のない個人やNPO等にも投資が可能です。幅広い海洋環境保全の取り組みをサポートできるようになっています。

 

ーー資金以外の面でも投資先に伴走するとのことですが、具体的にはどんなことをしているのでしょうか?

たとえばベンナーズは福岡で魚の加工をしているのですが、注文が殺到して福岡県内だけでは捌ききれなくなってきています。そういった状況において、私たちが培ってきたコネクションを活かして、全国の提携工場を紹介したりしています。他にも、フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングの知見や経験を活かして、新たな商品ラインナップを一緒に考える手伝いをしたりしています。

 

課題特化型のファンドの存在意義とは

ーーフィッシャーマンジャパン・ブルーファンドのような、特定の課題に特化したインパクト投資ファンドの存在は、社会課題を解決するうえでどんなメリットがあると思いますか?

インパクト投資において重要なのは、単にお金を出してリターンを得ることではなく、「投資家と投資先の関係性が強固になりやすい」ことだと言われます。投資を受けた企業だけが頑張るのではなく、同じ課題意識を持つ投資家も一緒になってインパクトを創出しようとするからです。

この点において、ブルーファンドのような特定の課題に特化したファンドだと投資家と投資先の協業体制が作りやすくなります。私たちは海のことに長年取り組んできたし、課題感を持っているので、海に向き合う事業をやっている人たちと同じような熱量で話すことができるんです。


ーーさまざまな領域で、このようなインパクト投資が増えるといいですね。そのためには何が必要だと思いますか?

まずは、私たちが成功することですよね。今の日本には、ある課題に特化したインパクト投資ファンドは、まだほとんどないと思います。運営者からすれば、リスクの分散のために、色々な分野に投資するのが一般的な考え方ですから。

だからこそ、私たちがしっかりと結果を出して、前例を作りたいと思います。もちろん、絶対うまくいくとは言えない。それでも失敗を恐れていたら何もできないので、果敢に挑戦するしかないですね。

 

ーーもし、フィッシャーマンジャパン・ブルーファンドのような構想を考えている人がいたら、どのようなアドバイスを送りますか?

これは私の行動原理なのですが、「言うだけならタダだから、とりあえず言ってみる」というのを大事にしています。どんなに崇高なことを考えていても、人に伝えなきゃ意味がない。だから、思いついたらすぐに言う。言うだけなら何もダメージを負うことはないし、誰かが反応してくれたら儲け物と考えて、やりたいことがあるならとりあえず口に出してみるのがいいと思います。

そして、あまり考え込みすぎずに行動することも大事だと思います。こんなことを言うと経営者として失格かもしれませんが、私は何かを始めるときにあまり深く考えないんですよ。いくら考えても世の中は考えた通りになりません。だったら「10個やって1個当たればいい」くらいの気持ちで、とにかく行動に移すのが大事だと思います。

 

ーー最後に、フィッシャーマン・ジャパンがこれから目指す社会について教えてください。

今回、2社に投資させていただきましたが、これから第2弾、第3弾と投資先を増やしていきたいです。すでに数社候補はあるので、投資先にとっていいタイミングで、投資と伴走支援ができればと思います。

その延長線上で、海洋環境保全の活動にみんなが参加したくなるような状況を作りたいです。多くの人が活動に参加し、持続的に続いていくためには、やはりビジネスとして儲かる必要があります。海藻が増えれば増えるほど儲かる、海が綺麗になればなるほど儲かる。そんな事例を作り出し、海洋環境の課題を一つずつ解決していければと思います。

 

一般社団法人フィッシャーマンジャパン  https://fishermanjapan.com/

 

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    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    取材・執筆
    白鳥菜都

    ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。

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