事業会社の株を100%保有する、新しい形の財団を設立——辻・山中財団が提案する、富を循環させ格差を緩和する仕組み
インタビュー

事業会社の株を100%保有する、新しい形の財団を設立——辻・山中財団が提案する、富を循環させ格差を緩和する仕組み

2024-02-06
#ファイナンス #事業継承

『21世紀の資本』の著者で経済学者のトマ・ピケティ氏らが運営する「世界不平等レポート2022」によると、世界のトップ10%の富裕層が、世界の富の約75%を保有しているという。資産格差は教育や医療格差にもつながる根深い社会課題であり、解決が急がれる。

そうしたなか、構造的格差を解消し得る仕組みの一つとして、株式会社G-Place代表取締役会長 山中利一氏は、「一般社団法人辻・山中財団」を設立。事業会社であるG-Placeの株式を辻・山中財団が100%保有するという、日本では珍しい体制をとっている。「一社では格差問題を解決できないが、この取り組みが一つのモデルケースになれば」と語る山中氏に、財団設立の経緯や、他財団との違いを聞いた。

※辻・山中財団の「辻」の字は、一点しんにょうが正式な表記です。ブラウザ環境により二点しんにょうで表示される場合があります。

【プロフィール】

一般財団法人辻・山中財団代表理事

山中 利一

1980年に神戸大学経済学部卒業後、大手商社に勤務し合成樹脂本部に所属。その後1996年に独立し、合成樹脂成型機械メーカーの代表となる。取り引きがあった日本グリーンパックス株式会社(現・株式会社G-Place)の創業者である故・辻剛正と意気投合し、協業をスタート。そのつながりから2000年には専務として当社に入社し、2002年には代表取締役社長に就任。以後、第二の創業期と位置づけ、経営基盤の強化、人材育成、新規事業開拓に尽力。2021年に綾部英寿(現社長)に社長職を譲り、代表取締役会長に就任する。会長就任に先立ち、2020年に一般財団法人辻・山中財団を設立し、その代表理事を兼任。

 

株がもたらす格差と継承の問題に打開策を

ーーまず、財団設立の背景にある「資本主義が構造的に産む格差」について、山中さんの考えを教えてください。

資本主義が構造的に株主資本主義に行きつき、その結果生み出される格差について危惧しています。

株主資本主義では、株主の利益の最大化が目指されており、企業が収益を上げれば上げるほど、株主にお金が集まります。「お金を一番稼ぐのはお金」と言われているように、株主に集まったお金は再投資されることで、更なるリターンを生みます。これが資本主義が構造的に持つ格差を広げる性質です。

つまり、会社に勤めて一生懸命働いて労働で稼ぐお金よりも、資産を持ってその資産を投資することで得るお金の方が圧倒的に大きい。資本主義の仕組みが社会を発展させてきたことは否定しませんが、その反面、貧富の二極化を助長させていると考えています。

 

ーー株を持つ個人に富が集積され、その人に更なる富が集まってくるんですね。

株というのは厄介な存在で、会社の事業運営や継承の障害となる側面もあります。たとえば、保有する株が相続などで他の人に引き継がれ、事業への知見が無かったり、思い入れの薄い株主がまとまった株を保有してしまう場合。株主の意向と事業運営側の考えにズレが生じやすくなります。

また、現場の社員が一生懸命働くことにより、会社の業績が上がり企業価値が上がると、当然株価も上がります。それ自体は望ましいことなのですが、その株価の上昇により相続時の税金も高くなり、継承が極めて難しくなるという課題が生じます。

上場企業であれば、株を売って相続税を支払えばいいのですが、未上場の中小企業にはそれは難しい。結果、会社が株を買い取るしかなくなり、経営を圧迫してしまうケースが多いんです*。これはすごく矛盾していて、企業の経営が好調になるほど、継承時の負担が大きくなります。

私自身も事業会社を運営するなかで、長らくこの継承問題を思案してきました。株によって引き起こされる「格差問題」と「継承問題」。この2つを解消し得る方法として、財団設立に至りました。

*同様の事例について解説されている参考記事:https://chester-tax.com/answer_zeirishi2.html

 

財団による株の100%保有で、格差・継承問題を解消

ーー辻・山中財団の仕組みについて詳しくお聞かせください。

当財団は、「株式会社G-Place」という事業会社の株式を100%保有しています。G-Placeから受け取った配当金のうち、財団の事業運営に最低限必要な資金をのぞいた全額を、社会課題解決に取り組む企業や組織に寄付しています。

一般的な財団との違いは、「企業や個人が財団を保有するのではなく、財団が企業を保有する」ことです。法人の設立時期は財団のほうが後になりますが、事業で得た富を社会に還元するというコンセプトは先に存在し、私たちの中では「富の社会還元のために財団が事業会社を保有している」と捉えています。

この体制であれば、株を保有する財団は個人ではなく法人であるので、事業会社の株価上昇による利益が「個人の富」として集積されることはありません。また、事業で生まれた利益も個人に貯まらず、寄付を通して社会に還元されていく。この循環が、格差を緩和していくことにつながります。

 

この経営形態は、「株主(オーナー)の社会的責任」の実現を追求できる仕組みです。企業の社会的責任は問われて久しいですが、本来、より問われるべきは、大きな影響力を持つ「オーナーの社会的責任」のはず。

資本主義が持つ課題である「極端な格差の是正」「社会に対して責任ある資金循環の創出」「企業活動が働く人と社会に貢献するものであること」などに対する株主の社会的責任を果たすために、オーナーを財団法人とし、その活動方針を定款で定める。

この経営形態であれば、仮に代表理事が変わったとしても、富が社会に還元される仕組みは継続されます。格差問題と継承問題の両方を同時に解消できるのです。

 

ーーオーナーが法人だからこそ、社会的責任が追求しやすい仕組みになっているのですね。どのような団体や企業に対して寄付をしていますか?

寄付先を選ぶ指針は「より良い未来・よりよい社会を作り出す活動」としています。特に、子どもたちの未来を見据えた活動への支援に注力しています。

具体的には「無限の創造力や好奇心を育んでほしい」という想いで運営する「こども本の森 中之島」、「意欲と創造性をすべての10代へ」というミッションを掲げて活動する「NPOカタリバ」など、設立から約3年で4団体に寄付を実行しました。

 

社会課題に取り組む活動は、必ずしも短期的な成果がすぐに出るものばかりではありません。しかし、今後もその時々に財団として重要と捉える活動について支援をするために、継続的な寄付ができる体制を維持していきたいと考えています。

 

事業会社の利益が、自然と社会貢献につながる仕組み

ーー財団と事業会社の関係性はどのようになっているのでしょうか?

先に述べたオーナーの社会的責任のうち「企業活動が働く人と社会に貢献するものであること」の追求が事業会社への関わりに関する部分ですが、これについては当財団の定款に記載があります。「保有事業会社の具体的事業内容には口を出さないが、保有事業会社には良い事業と良い運営を行うことを課す」と明記しているのです。

具体的には「社会にとって有益な事業を創造する」「働く人の“尊厳の尊重”と“可能性の発掘”を常に実行する」ことをG-Placeに課しています。

G-Place

 

その方針を踏まえ、事業会社は自由に、利益追求や社員の経済的・精神的やりがいの最大化に集中します。利益が高まれば高まるほど、自然と寄付額も増えていく仕組みですから、難しいことを考えずとも、社員の頑張りが社会貢献につながる。企業オーナーの富を増やすことよりも、納得感のあるお金の流れが実現できます。

 

ーー「有益な事業」とはどのようなものを示していますか?

有益な事業の定義は、時代と社会の変化によって常に変わるものなので、あえて細かく言語化していません。たとえば、高度経済成長期の日本では、環境汚染につながる工業生産が国を支える「有益な事業」とみなされていました。

しかし、ご存知の通り、現代の日本において環境汚染は無益どころか有害です。このことから学び、「未来の地球に生きる人たちを傷つけていないか」という視点も持って、なにが有益かを考え、更新し続けていきます。

 

株主の全会一致で設立。同じ志を持つ人たちに広げたい

ーー前例のない財団の設立のために既存の株主に理解を得るなど、苦労があったのではないでしょうか?

意外に思われるかもしれませんが、社外の方も含む株主16名全員が財団設立に賛同してくれました。私がG-Placeの社長に就任した当初から財団の構想を話していたことや、もとから近い想いを持った株主に集まってもらっていたことが、全会一致という結果につながったのだと思います。

一方、金融機関など外部の方からの理解を得るのは苦労しました。「財団が親会社、その下に事業会社という仕組みは聞いたことがない」と言われたり、私個人にメリットがある見当違いの提案を出されたりしました。その結果、実際に設立するまでに2年を要したんです。

 

ーー私利私欲のためではないことが、金融機関には理解されづらかったんですね。山中さんのその想いはどこから来るものでしょうか?

幼少期に読んだ童話『牛をつないだ椿の木』が原点になっています。物語は主人公が苦労して井戸を掘り、主人公が亡くなった後も、その井戸のおかげで旅人が喉を潤して助かるといった内容です。

この童話の「井戸」にあたる、後世のためになるようなものを自分も作りたいと考えてきました。その想いが、G-Placeという会社を作り、新しい形の財団設立につながったんです。

 

ーー最後に、辻・山中財団がこれから取り組んでいくことを教えてください。

財団が持続できるように、運営の仕組み化に取り組んでいきたいと思います。しかし、その一方ですべてを仕組み化せずに、人間らしさや温かみを残して「生きている財団」であることも大切にしたいと思います。

たとえば、客観的で明確な基準を持って、自動的に寄付先を選ぶようなことをするつもりはありません。それなら「AIが運営すればいい」となってしまいますから。完璧であることよりも、そこにいる人間の想いが入る余地のある形を目指しながら、仕組みとしての質を高めていきたいと思います。

「事業会社のオーナーが財団」という事例は、日本ではまだ非常に珍しいものだと認識してしています。事業継承に悩んでいる方はもちろん、現在の資本主義に対し課題を感じている方などにも、ぜひ辻・山中財団の取り組みを知っていただきたいです。同じ想いを持つ仲間を増やし、「必要な場所に必要なお金が循環する社会」の実現を目指したいと思います。

 

一般社団法人辻・山中財団:https://www.tsuji-yamanaka-zaidan.jp/

株式会社G-Place:https://g-place.co.jp/

 

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    取材・執筆

    河野照美

    スラッシュワーカー。養育里親。「楽しく笑顔で社会課題と寄り添う」がモットーです。

     

    企画・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

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