陸上養殖でアニサキスフリーなサバを。FISH BIOTECHが「サバ」に絞ったニッチ戦略を展開するワケ

煮付けや塩焼き、竜田揚げなど様々なメニューに使われ日本の食卓を彩る「サバ」。このサバの年間漁獲量が急激に減少している。国立研究開発法人水産研究・教育機構の調査によると、1978年の120.7万トンをピークに以降減少を続け、2021年は18.8万トンとなった*。

減り続ける天然サバの代わりに養殖サバを育てる取り組みが全国で行われているなか、「陸上養殖」の研究開発を行い、種苗、餌、システムを総合的に提供する企業がある。サバの専門商社「鯖やグループ」に属する、株式会社FISH BIOTECH(代表:右田孝宣)だ。

なぜ、FISH BIOTECHはサバ養殖の技術開発を始めたのか。陸上養殖とはどのような可能性を秘めた手法なのか。専務取締役 CMOの田中俊子氏に、養殖事業の取り組みと事業戦略について聞いた。

*出典:サバぺディア

<プロフィール>

田中 俊子(たなか としこ)

フィッシュ・バイオテック株式会社 専務取締役 CMO 

大阪芸術大学大学院で金属工芸を学び、調理器具などの厨房関連機材の設計デザイン会社に就職。器具のデモンストレーションとして料理を作ったことがきっかけとなり、フリーランスとして料理教室やメニュー開発を手がけるように。鯖やグループが手がけるサバ料理専門店「SABAR」の店舗メニュー開発に携わったのち、2021年にFISH BIOTECH参画。CMOとしてSABARと養殖事業のマーケティングを管掌する。

 

アニサキスのいないサバを育てて提供するFISH BIOTEC

ーーまず、FISH BIOTECHが養殖の技術開発を始めた理由を教えてください。

「鯖やグループ」に属するサバ料理専門店「SABAR」で、安全で美味しい生サバを提供したいと考えたことが始まりです。サバにはアニサキスという寄生虫が付くため、市場に流通しているサバは一度冷凍して、アニサキスを凍結死させます。

解凍して食べるサバも十分に美味しいのですが、釣ったばかりの生サバはもっと美味しい。日本各地の漁港で漁師さんに好きな魚を聞くと、必ずベスト3に生サバが入るほどです。

▲出典:FISH BIOTECH

 

そこで生サバについて調べていると、JR西日本が『お嬢サバ』というブランドサバを陸上養殖で育てていることを知りました。陸上養殖とは、陸上の施設にて人工海水や地下海水を用いた養殖を行うことでアニサキスを付きにくくする養殖手法です。そのアイデアを参考にして、自社でも技術開発ができないかと考えました。

 

ーーアニサキスフリーな生サバを提供しようとされたんですね。

もう一つ、養殖を始めたのには「天然サバの漁獲量が減少している」背景もあります。1978年をピークにサバの漁獲量は減少を続け、現在は当時の10分の1ほどしか取れません。それに伴い、サバの価格は急激に上がっています。このままでは、サバ料理が日本の食卓から消えてしまうかもしれない。

アニサキスの問題と漁獲量減少の問題は、私たちの事業リスクそのものでもあります。SABARを多店舗展開する上で、一度でもアニサキス中毒を出してはいけませんし、天然サバがいなくなれば事業は立ち行かなくなる。養殖サバは、お客様に安全で美味しい生サバを提供でき、事業の継続性も高められる手段なんです。

 

人と自然とサバに優しい“陸上養殖”という選択肢

ーーサバ養殖に着目してから、どのように事業を進められたんですか?

まずは既存の養殖業者さんに協力いただいて、養殖のブランドサバを作ることから始めました。福井県小浜市の漁師さんらと一緒に、酒粕を混ぜた飼料で育てる「よっぱらいサバ」を作ったりしました。

その後、自社でもサバ養殖を始めることに。和歌山県の企業が運営していた、稚魚を生産する「種苗生産場」を買いました。

 

ーー稚魚の生産に着目したのはなぜですか?

天然サバの数を減らさず、サバの総量を増やすためです。一般的な養殖は海から持ってきた稚魚を育てます。しかし、これは自然に育つはずだった天然サバを減らし、養殖サバを増やしているだけとも捉えられる。種苗生産場の環境下でサバを孵化させることで、自然環境下よりも発芽率を高められ、結果として天然・養殖サバの総量を増やすことにつながると考えたんです。

FISH BIOTECH 代表の右田氏。サバの稚魚に離乳食を与えている ▲出典:FISH BIOTECH

 

現在、FISH BIOTECHは稚魚を他の養殖業者さんなどに販売し、育成をお願いしています。育ったサバを買い取らせていただいて、お店で出したり、卸したりしているんです。

 

ーー養殖のなかでも「陸上養殖」の研究開発に着手されたのはなぜでしょうか?

アニサキスを完全にゼロにする取り組みとして始めました。海上養殖でも人工飼料を使うことでアニサキスを減らせますが、海で育てる以上、完全にゼロにはできません。そこで、JR西日本と同じく陸上養殖を実現したいと考えました。

▲出典:FISH BIOTECH

 

陸上養殖は他にもさまざまな面で優れています。特に、海水の温度変化や気候変化の影響を受けづらいことは大きなメリットです。台風で養殖場が荒れることや、水温の上がり下がりによってかかるサバへの負担を減らせます。

また、養殖業に従事する方の高齢化や後継者不足の問題もあります。海洋養殖は海中の生簀で育てているとはいえ、重たい餌を海まで運んだり、船を操作したり、サバを収穫したりするのは負担が大きい。陸上養殖であれば、近所に住む高齢者の方でも餌やりや出荷が可能になります。

陸上養殖は、人と自然とサバに優しい養殖手法なんです。

 

「サバ」に絞るニッチ戦略が事業伸長の要

ーーここまでの話を聞くと、他の魚にも応用できると感じましたが、「鯖やグループ」やFISH BIOTECHが「サバ」にこだわる理由を教えてください。

そもそも「鯖やグループ」が、「鯖や」というサバ寿司専門業者から始まったという背景もありますが、一番大きい理由は、サバに絞るニッチ戦略が事業伸長を実現してきたからです。

「鯖や」の新規事業として派生した「SABAR」の立ち上げ時、サバ料理専門店へのニーズのリサーチも兼ねてクラウドファンディングを実施しました。当時は飲食店がクラウドファンディングをする例はほとんどなかったのですが、驚くべきことに1780万円もの資金が集まったんです。

SABARの第一号店となる大阪福島店 ▲出典:Makuake

 

支援者のアンケート回答を見ると「サバ以外のメニューも提供する海鮮料理店だったら出資しなかった」という人が多くいました。サバ1本に絞ったため、メッセージがわかりやすく、かつ「バカな挑戦を応援してあげよう」と思っていただけたんです。

創業時からメディア戦略には力を入れていて、SABAR第1号店はテレビ局の近くに出店。「サバ専門」と「クラウドファンディング成功」の2つの切り口で取材を受けられるようになり、露出が増えたことでビジネスチャンスを掴めました。

 

ーー絞ることで専門性や話題性を高めたわけですね。しかし、メニューがサバだけとなると、広いお客様のニーズに応えづらい部分もありそうです。SABARの運営上はどのようなメリットがあるのでしょうか?

まず、食品ロスが非常に少なくなります。捌いたサバは次の日までもつので、当日はお刺身などの生食で、次の日は焼き物や揚げ物などで提供できます。

また、従業員はサバの調理さえできれば、他に細かい調理技術が必要でないこともメリットです。他の魚まで出すようになると、色々な知識や技術、道具が必要になります。サバだけに絞ったからこそ、店舗自体の運営効率も高め、店舗展開も容易になったんです。

その分、サバが取れなくなったり、お店でアニサキス中毒が出たりして、事業が立ち行かなくなるリスクは常にあります。それを解決するのが先ほど話した養殖事業です。サバの生産から提供まで一貫して手がけることで、ニッチ戦略を取りながら事業リスクを下げることができています。

 

陸上養殖の成功モデル確立に注力。選択と集中で掴む未来

ーーよく練られたビジネスモデルです。事業に取り組まれている中での課題はありますか?

やはり陸上養殖の難しさですかね。なにより、イニシャルコスト(初期費用)の高さが壁となります。地下海水の組み上げや水温調整ための設備費、電気代がかなり大きいのです。

また、サバのフンや残地餌で汚れた水を排水するための濾過にも、お金がかかります。特に、排水できる場所がない内陸部での養殖となると、濾過した水を循環させる「閉鎖循環型陸上養殖」が必要です。容量が20トンの水槽で養殖するなら、20トン以上の水が入る濾過設備が必要になります。

 

ーーコストを抑えた陸上養殖は可能なのでしょうか?

その可能性を、海のない埼玉県の日帰り温泉「おふろcafé 白寿の湯」に併設された「埼玉養魚場」で飼育している「温泉サバ」で検証できないかと考えています。

▲出典:FISH BIOTECH

 

温泉施設の廃熱を活用して、養殖場の水槽の水温調整などができないかと考えているんです。こうした可能性を試して、コストを抑えた最適な陸上養殖の手法を探っていきたいと思います。

 

ーー他にも、FISH BIOTECHの直近の目標があれば教えてください。

本社のある大阪で、陸上養殖の成功例を作りたいと思っています。これまで「鯖やグループ」は、卸し、飲食店、養殖と事業を多角化することでリスク分散をしてきました。しかし、さらに取り組みを加速させるためには、選択と集中が必要です。

まずは陸上養殖の技術を確立し、生産者を増やし、事業としての成功モデルを一つ作る。モデルができたら展開していきたいと思っています。

 

ーー大阪での陸上養殖を実現するために、何に取り組んでいきますか?

陸上養殖には、地下水の組み上げや排水処理などが必要なため、自治体との連携を強めていきたいと思います。また、私たちの技術やシステムを用いて、養殖自体の運営をお任せできる事業者様を募集していきます。

養殖業は早期に利益が出たり、利益率がすごく高かったりするわけではありません。しかし水産資源や水産業の未来を考えると、意義のある取り組みだと思っています。想いに共感し、養殖に取り組んでくださる事業者様と出会えたら嬉しいです。

また、FISH BIOTECHで働きたいという方も絶賛募集しています。営業を強化していきたいです。水産業の経験がある方やサバが好きな方は、ぜひお声かけいただければと思います。

 

フィッシュ・バイオテック株式会社 https://fiotec.jp/

 

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    執筆・編集

    佐藤史紹

    フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。

     

    企画・取材

    堀井隆史

    京都の大学生。海と窓際と壷湯がすき。初めてわさびを口にした人を尊敬している。

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