事業継続の鍵は“地域貢献”。泉州の産業とともに新しいアイデアで地域と社会に貢献するHONESTIESの挑戦
2022年、企業倒産件数が3年ぶりに増加に転じた。大企業と比べ、資本力や人手が限られる中小企業は依然として事業継続が喫緊の課題となっている*。
そんな厳しい戦いを、地域貢献を軸にしたユニークなアイデアで切り抜けてきたのが、HONESTIES(オネスティーズ)株式会社の代表 西出喜代彦氏だ。西出氏は過去に、倒産の危機にあった家業を地場産業を活用して立て直しを行った経験がある。
現在は、大阪・泉州地域の地場産業である繊維産業の強みを活かし、”世界初”の裏表も前後もないスマート肌着の開発及びブランド化を行っている。ハンディキャップがある人や高齢者の着替えの課題を解決しており、国際的なユニバーサルデザインの賞も受賞している。HONESTIESの魅力を紐解きながら、地域貢献事業にこだわる理由を西出氏に聞いた。
*全国企業倒産集計2022年度報・2023年3月報
【プロフィール】西出 喜代彦(にしで きよひこ)
1979年大阪生まれ。大阪府泉佐野市出身。東京大学大学院修士課程を卒業後、ベンチャー企業で新規事業開発や企画などを行う。退職後、地元に戻り、家業であるワイヤーロープ製造会社の立て直しを試みる中で、地場産業である農業に着目。規格外の野菜をつかったピクルスづくりを行う「いずみピクルス」を創業。泉州地域の産業を活性化させたいという想いからかつて、盛んだった繊維産業に焦点を当て、HONESTIES株式会社を創業。
もくじ
自分自身が感じた困りごとをビジネスのアイデアに
ーーまずは、HONESTIES(オネスティーズ)の事業内容について教えてください。
私たちHONESTIESは泉州の地場産業である繊維産業という強みを活かして、世界初の「裏表前後のないアンダーウェア」を開発・販売しています。
裏表前後をなくすために、フラットな縫い目で縫うことができる「フラットシーマー」というミシンを使用しています。縫い目をフラットにして凸凹をなくし肌にあたらないようにする縫い方で、実はベビー服やスイムスーツに使用されている技術なんです。
一方で、その縫い方を「裏表前後のない洋服をつくる」という考え方で使用したのは私たちが初めてでした。そのようなアイデアが認められ、ユニバーサルデザインとして賞もいただいています。
ーーこのアイデアを思いついたきっかけはなんですか?
私自身が経験した子育てがきっかけでした。子どもって着替えを行うタイミングが1日の中で何回もあるんですよね。それだけでも大変なのに、子どもの服を脱がそうとすると大抵裏返しになります。それをひとつずつ表に直さなくてはならず、かなりのストレスを感じていました。手間とストレスをどうにか解消できないかと考えたときに、「アンダーウェアから裏表前後をなくす」ことを思いつきました。
そして、情報やモノの供給が過多のこの時代において、シンプルで豊かな生活を求める人が増加していることに着目しました。裏表や前後のないアンダーウェアによって忙しい現代人の家事を時短にし、限りある “決断力” を減らさず、心と時間の余裕を生みだす。それによって、「本当に大切なこと」を頑張れる自由な生活を送ってもらえるような商品を作りたいと思いました。
ーーご自身の子育てという原体験から着想を得たのがHONESTIESだったんですね。現在はどのような方がメインユーザーとして利用されているのでしょうか?
現在は主に3つのユーザー層に分かれています。
1つ目は、ハンディキャップのある方。特に視覚障害や発達障害のある方、高齢者については自立支援という観点からも非常にニーズが高く、多くの方に利用していただいています。
2つ目は、介護・福祉・医療の分野で働く人です。例えば、老人ホームなどの施設では、毎日大量の洗濯物が発生します。裏表前後のないアンダーウェアを使用することにより、洗濯物を畳む際の手間が省かれるため、業務を楽にすることができます。
3つ目は、毎日が忙しく時短重視の人です。メインターゲットは子育て中のご家族ですが、それ以外にもミニマリストやビジネスマンなど幅広い世代に利用していただいています。
ーー実際に購入した方からの反応はいかがですか?
私たちの事業に大きな影響を与えたのが、発達障害のある子どもを育てるお母さんからのお手紙です。そのお子さんは障害の特性上、洋服を着る際に裏表前後を間違えて着てしまうことが多かった。母親という立場から叱らざるを得なくなってしまい、親子共に嫌な気持ちになってしまうことが日常茶飯事だったと。「裏表前後がないと“間違う”ことがなくなるので、子どもの成功体験を増やしていくことができ本当に感謝しています」という熱い想いのこもったお手紙でした。
事業に大きな影響を与えた、発達障害のある子どもを育てるお母さんからのお手紙
また、認知症の親御さんの介護をされている方からもお声をいただきました。認知症により、親御さんが自分一人で着替えを行うことができなくなってしまいとても落ち込んでいた際に、HONESTIESを見つけていただきました。裏表前後がないことにより一人で着替えを行えるため、精神状態が安定し以前よりも活動的になったそうです。
最初は子育てが楽になったらいいなという想いからスタートした事業でしたが、これらのメッセージから社会的にも価値の高い事業になっていることを実感しました。裏表前後のないアンダーウェアが社会課題の解決につながっていると気づいたからには、事業を通じて多くの人の役に立ちたいと思っています。
原価率50%の価格設定を貫き、良い品質で安価な商品を届ける
ーーHPには「原価50%以上で商品をお届けする」と書いてありましたが、会社の利益は少なくなってしまうように感じます。そこにはどのような想いがありましたか?
私たちの商品を利用してくださるのは主にハンディキャップのある方や高齢者で、アンダーウェアにお金をかけられる方はそう多くありません。だからまずは良い品質で安価な商品を消費者に届ける必要があると考えました。
そこで、私たちは海外産のスタンダードラインと国産のプレミアムラインという2つの商品を販売しています。
開発当初は泉州の繊維産業活性化にこだわっていたため、国産の生地を使用し、自社利益は度外視で原価率50%での販売を考えていました。しかし、利益度外視といえど、国産生地を使うだけで販売価格が2500円を超える高価なアンダーウェアになってしまったんです。それでは日常的に使っていただくことは難しくなるため、海外産のスタンダードラインも作ることで消費者に安価な商品を提供できるようにしました。
アンダーウェアはシーズンに左右されず、1年を通じて同じ商品を販売することができるという強みがあります。海外で大量に生産しても長期スパンで同じ商品を販売することができるため、在庫を出さずに売り切ることで利益も出せるようになりました。
ーースタンダードラインとプレミアムラインでは生地や性能の違いなどあるのでしょうか?
両方に共通しているのは生地に抗菌・防臭加工を施しているところです。汗や生乾きの嫌なにおいを遮断することで、快適に服を着続けることができます。それ以外はどのようなユーザー体験をしてほしいかを考えながら、商品によって生地や性能を変えています。
プレミアムラインでは国産の中でも良い品質で、肌触りにこだわったオリジナルの生地を製作しています。
一方で、スタンダードラインでは安価ながらも良質な商品を販売するために、どのように肌触りを良くするかを専門家の方と相談しながらオリジナル生地の製作を行っています。
ーーかなり、品質にはこだわってつくっていらっしゃるんですね。そのような商品を消費者に届けるためにはどのような工夫をされていますか?
SNSでのキャンペーンを用いて消費者の方と接点を持っています。ニーズ調査、市場調査に加え、実際に使っていただいたうえでアンケートを取らせていただいたり、SNSで発信できるコンテンツにさせていただいたり、フォロワーになっていただいたりしています。
まだまだ試行錯誤中ではありますが、狙い通り、ニーズの調査、製品改善のための意見収集、SNSでのコンテンツ、フォロワー獲得にはつながっていると思います。”裏表ポリス”としてXの投稿を巡回し、裏表を間違えて着てしまった人を見つけ次第、HONESTIESをプレゼントしたり、間違えた件数を毎日カウントしたりと、ユニークな活動もしています。
地域に貢献することで、継続性のある事業を展開する
ーー先ほど、泉州地域の繊維産業の活性化にこだわっているとおっしゃってましたが、泉州での地域貢献にこだわっている理由はなんですか?
「地域の役に立つ事業は生き残る」という信念があるからです。私の実家は泉州でワイヤーロープの事業を営んでいました。ワイヤーロープは地域にとって役に立つ地場産業だったからこそ生き残ってこられたと思っています。
会社は私が新規事業にチャレンジする形で引き継ぎました。「地域の役に立てる事業は継続性を持って続けられる」という仮説をもとに生まれたのが「いずみピクルス」という泉州野菜のピクルスブランドです。泉州は「野菜所」と呼ばれるように大阪の半分近くの野菜を賄っています。泉州のブランド野菜である水茄子を使って、泉州野菜の新しい魅力を引き出すことはできないかという発想から始めました。
いずみピクルスが順調に売り上げを伸ばしていき、地域の役に立つ事業は生き残るという仮説が確証に変わりました。そこで、同じく地場産業でありながら現在は売り上げが右肩下がりになっている繊維産業を盛り上げたいと思い、HONESTIESを立ち上げました。
ーー地域の役に立つ事業は生き残れるとのことでしたが、HONESTIESを運営する中でもそれは感じますか?
HONESTIESの立ち上げに際して泉州地域の多くの方々にご助力をいただきました。
実はアパレル業界というのは分業制であり、細かい専門性を集結させてひとつの洋服を製作しています。そのため、私たちも多くの企業と連携が必要だったのですが、当時はアパレル業界の知識もつながりもありませんでした。そんなとき、泉州の繊維産業のネットワークを活用することで、さまざまな企業と連携することができました。
また、立ち上げ当初、泉佐野市の起業家支援プロジェクトに採択され、補助金をもらいながら運営をしていました。
まさに、繊維産業という地域の特性を活かした産業で起業したからこそ、多くの人に支えられて事業を続けてこられたのだと感じます。
ーーHONESTIESではどのように地域に貢献できていると考えてますか?
裏表前後のないアンダーウェアは大阪府泉佐野市のふるさと納税の返礼品のひとつになっています。この商品を通じて地域活性化の促進に直接寄与できているのではないかと考えています。
また、最初のサンプルづくりを手伝ってくれたミシン職人のお母さんから始まり、現在では研究・開発も含め、20社以上の企業と連携して製造を行っています。
協力企業が日本全国だけでなく、海外にも広がっていることは泉州の繊維産業という文化を世界に広めることにつながっているのではないかと考えています。
既存の概念をアップデートし、服を着ることを楽にする
ーーHONESTIESが今後目指していきたいことはなんですか?
HONESTIESが提供する裏表前後のないアンダーウェアによって、衣類を作るときの考え方をアップデートし、服を着ることを楽にしていきたいと考えています。
洋服の縫製技術というのは400年から500年前まで遡ります。そして、その技術は「裏側に見せたくないものを隠す」という考え方で体系化されており、HONESTIESはそのような長い歴史を覆すような裏表前後のないデザインに取り組んでいます。
今まで、衣類を作る際にはデザイン性と機能性の2つを軸として考えられてきました。一方で、衣類にはその2軸だけでなく、着替えや洗濯、収納など「衣類を着るための行動」という、もう1つの軸があるのではないかと私たちは仮説を持っています。
まずは服を着ることに困難を抱えている方にアプローチしていき、最終的にはすべての人に着ていただけるようなブランドに育てていきたいです。
ーーアイデアマンとしてさまざまな事業に挑戦している西出さんですが、今後やっていきたいことはありますか?
私は、泉州を世界一面白い場所にしたいという想いを持っています。これは起業家になってからずっと変わっていません。私自身、世の中にない変わったアイデアを日常的に考えることが好きなんです。現在は、衣食住の「衣食」に対してアプローチしていますが、今後は「住」にもチャレンジしていきたいと考えています(笑)。いろんな形で泉州発の面白いアイデアをどんどん事業化していきたいです。
HONESTIES株式会社 https://honesties.jp/
企画・編集
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。
取材・執筆
大木さくら
人生の夏休みを謳歌中。アニメや漫画が好き。福祉や教育の分野に関心を持ち、学びを深めている。