「地方創生の民主化」が成功のカギ? “沿線まるごとホテル”の仕掛け人、さとゆめ・嶋田氏が語るローカルビジネスの打開策
少子高齢化が進み、過疎地域は国土の6割にも及ぶ日本。「地方創生」や「ローカルビジネス」の熱は高まりつつも、課題の深刻化に追いつかない現状もある。こうした状況を打開する方法として、株式会社さとゆめの代表 嶋田俊平氏は「地方創生の民主化」を掲げる。
さとゆめは、戦略策定から実行まで、地域に寄り添った「伴走型コンサルティング」を提供する企業。2012年の創業以来、多くの地域に携わり、地方創生の第一線で活躍してきた。そんなさとゆめが考える、地方創生の今後に迫った。
【プロフィール】嶋田 俊平(しまだ しゅんぺい)
株式会社さとゆめ 代表取締役
1978年生まれ。大学を卒業後、環境系シンクタンク勤務を経て、2013年にさとゆめを創業。「ふるさとの夢をかたちに」をミッションに、地域ビジネスの事業化を支援。“700 人の村がひとつのホテルに” をコンセプトとする「NIPPONIA 小菅 源流の村」(山梨県小菅村)、地域と企業の協働による保養地づくり「癒しの森事業」(長野県信濃町)、町単独のアンテナショップ&地域商社事業「かほくらし」(山形県河北町)等、人を起点に様々な事業創出に取り組む。
もくじ
注目プロジェクト「沿線まるごとホテル」の誕生経緯
ーー2023年9月、さとゆめが携わる「沿線まるごとホテル」が「第7回ジャパン・ツーリズム・アワード」で「国土交通大臣賞」を受賞されました。どんなプロジェクトか教えてください。
「沿線まるごとホテル」は、電車の沿線、地域全体をホテルに見立てて開発するプロジェクトです。具体的には、JR東日本の駅舎や鉄道施設はホテルのフロント、その近くの集落の古民家(空き家)が客室、集落の中にある道はホテルの廊下、さらに集落の住人はホテルのキャストとして、訪れた人が沿線を丸ごと楽しめるようにします。
*画像はすべてさとゆめ提供
今はJR青梅線沿線で実証実験を重ね、地域全体を楽しむツアープログラムなどを企画中です。すでに鳩ノ巣駅付近の改修を始めていて、来年3月に開業予定。2040年までには青梅線だけではなく、JR東日本管轄エリアで30路線にまで広げることを目指しています。
ーーJR東日本と協働してプロジェクトを進められているんですね。どんなきっかけで始まったのでしょうか?
さとゆめが10年以上にわたり長く支援してきた「山梨県小菅村」での取り組みを知ったJR東日本の社員さんが、声をかけてくださったのがきっかけです。地域に伴走して支援する、私たちのスタイルを高く評価してくださいました。
鉄道事業を展開するJR東日本は地方とのつながりが強く、これまでも青梅線のように過疎化が進む地域を活性化すべく、マルシェやイベントを開催してきました。しかし、継続的な事業作りに課題を感じていたそうです。そこで、さとゆめとの共同出資会社を設立し、持続可能な事業を作ろうと考え「沿線まるごとホテル」が生まれました。
ーー協業のきっかけとなった小菅村での取り組みについて教えてください。
小菅村とのご縁は、2013年に始まりました。国交省が主催するセミナーでさとゆめを紹介したところ、小菅村役場の職員さんが声をかけてくださったんです。当時のさとゆめは「伴走型」という言葉を使いながらも、長期的な支援の実績はありません。それでも、「コンセプトに非常に共感した」と相談を持ちかけてくれました。
相談の内容は、「半年後にオープンが決まっている道の駅の中身を考えて欲しい」というもの。コンセプトの策定から内部のレストランのメニュー構成など、細かい部分まで一緒に考えました。そのプロジェクトで成果を出し、翌年から小菅村の地方創生総合戦略作りに携わることに。これは5年間の計画で、さとゆめ初の長期伴走するプロジェクトにあたります。
全体の戦略やビジョン作りはもちろん、具体的な町の施設作りや商品開発、イベントの企画・運営、メディアの制作など、実行部分までご一緒しました。結果的に、小菅村は5年間のうちに、年間の観光客数が8万人から18万人に増えました。
ーー小菅村のプロジェクトの中で「沿線まるごとホテル」のヒントになったのはどの取り組みですか?
小菅村でプロデュースした、「700人の村がひとつのホテルに」をコンセプトに、地域全体を一つの宿に見立てる分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」は、まさに「沿線まるごとホテル」につながる取り組みです。
順調に観光客数を増やしていた小菅村ですが、多くが日帰り・通過型であったため、もっと地域にお金が還元される形を模索していました。村全体を宿泊施設にできれば、地域にもお金がしっかり落ち、新たな雇用も生み出せると考えたんです。
そうして生まれた「NIPPONIA 小菅 源流の村」は、2019年8月のオープン以降、多くのお客様に来ていただいています。地域活性化のモデルケースとしてさまざまなメディアでも取り上げられたこの取り組みを、さらに広範囲となる沿線全体に広げようとしているのが「沿線まるごとホテル」です。
“3つのフェーズ”で関わり方を変える「伴走型」の支援
ーーここまで「伴走」という言葉が複数回登場していますが、さとゆめのプロジェクトにおける伴走とはどういったことを指しますか?
NPO、コンサル、事業家のそれぞれの視点を持ち、フェーズごとに地域への関わり方を変えていくようにしています。
第一フェーズでは、NPO的な視点を大切にしています。どんな事業でも、立ち上げから軌道に乗せるまでに時間がかかり、最初からお金が入ってくるわけではありません。だからこそ、NPO的な視点で、事業化や収益化のことを考えすぎず、地域の人々の純粋な想いに耳を傾けたり、引き出したりするようにしています。
第二フェーズでは、地域の人々の想いをもとに、コンサル的な視点で調査をしたり実証実験をしたり、開業準備を進めたりします。そして、第三フェーズとなる事業フェーズでは、実際に事業を運営し、雇用を生み続けられるように拡大を目指します。
NPOフェーズだけだとどうしても資金繰りに苦労し、コンサルフェーズだと長期的な支援がしづらい。いきなり事業フェーズに入ると、利益を追求しすぎて地域性が損なわれやすい。どれか一つだけではなくて、全部の良いとこ取りをして伴走するようにしているんです。
3つのフェーズを経ることで、地域の方々の信頼を得て、深い関係性を作ることができます。地域の方々をうまく巻き込めば、「NIPPONIA 小菅 源流の村」や「沿線まるごとホテル」のように、地域ぐるみでお客様をおもてなしする事業も可能になる。最初のふわっとした夢や想いの部分から寄り添うことが、さとゆめのこだわりなんです。
ーー地域の方々の想いがまず大切なんですね。
そうですね、人々の持つ想いは、地域の魅力を作る差別化のポイントにもなります。「地域の魅力」や「地域資源」とよく言いますが、正直なところ、いい意味でそんなに地域ごとの違いはありません。どの地域も、人はあたたかく、食材は美味しく、自然は豊かです。
だからこそ、「住んでいる人々が、どれだけこだわりを持って地域を作っているのか」というストーリーやコンセプトが大切。地域を守るためになりふり構わず働く地域の人々の姿が、共感を呼び、競争力にもなるんです。
ーー想いを聞き出せるくらい地域のプレイヤーと関係を深めるため、工夫されていることはありますか?
さとゆめでは「3人、30人、300人」の順番で関わる人を増やしていくイメージを持っています。まず、地域を動かすキーパーソン3人と関係を作る。その3人が信頼してくれると、地域の各所で重要な役割を担う30人を紹介してもらえます。
今度はその30人としっかり利害調整をしながら、事業の構想を話し合う。そして、その事業のコアなファンやサポーターとして、次の300人とつながっていく。じわじわと事業の関係人口を増やしていくことで、強い関係性やビジネスができていきます。
「計画」ではなく、想いを持った「人」を起点に事業を作る
ーー2021年には「Local Business Incubator 〜人を起点として、地域に事業を生み出す会社〜」という新しいコーポレート・アイデンティティ(CI)を策定されましたね。「人を起点とする」とはどういうことでしょうか?
これまでは、事業計画を先に作り、開業が近づいてきたら人を探すという方法をとっていました。でも、今では先に想いを持った人を集め、その人たちと一緒に計画・運営を進めることにしています。さとゆめでは、このことを「人起点の事業作り」と表現しています。
ーーなぜ、計画よりも先に、人を集めるのでしょうか?
今はどこの地域も「人がいない」という課題が深刻なんです。10年前くらいまでは「田舎には仕事がない」とみんな言っていました。でも今は、仕事はあるけれど、それを実行できる人がいません。地域でホテルを立ち上げてもマネージャーやシェフが見つからないといった課題は、さとゆめも直面しています。
地方創生の本質的な課題は、この20年で移り変わっているんです。2000年代はまだ地方に元気がありました。施策を実行する余力もあったため、外部のコンサルやシンクタンクが作るアイデアが求められていました。
しかし、2010年前後になると、そうしたアイデアを実行しきれない自治体が破産したりするケースが増えます。本格的に税収アップや人口維持に取り組む自治体が増え、「実行まで伴走してほしい」というニーズが高まりました。さとゆめが創業したのもこの時期です。
2020年前後になると、状況はさらに深刻化します。そもそも人が足りないので、もはや伴走するだけでは課題を解決できなくなりました。地方の「サポーター」ではなくて、主体的に事業作りを担う「事業パートナー」が必要になったんです。
そうした背景もあり、さとゆめは「伴走型」の強みを残しつつ「人起点の事業作り」を行うための、人材発掘や人材育成、コミュニティ醸成にも力を入れています。
ーー想いを持った「人」は、どのように見つけているのでしょうか?
まず、さとゆめの社員採用がそれにあたります。毎年、全国から地方創生への熱い想いを持った人が応募してくれます。
それから、2年前(2021年)から始めた100DIVEというプログラムも、人材発掘の仕組みです。全国の自治体から困り事やテーマを募集し、関心のある若者を集め、3ヶ月で新規事業を立案してもらいます。集まったメンバーを3つのチームに分け、プログラム終了時には優秀チーム1つを選抜。さとゆめが伴走して事業化します。
事業化の段階では、採択されたチームが主体となり事業運営を進めていきます。プロボノとして関わる人もいれば、独立して法人設立をするチームもある。資金は自ら調達して進めていくことが多く、集め方に関してはさとゆめがサポートします。
これまでに14地域で実施し、20チーム以上が活動中です。兵庫県宍粟市では株式会社宍粟印が立ち上がり、酒樽型サウナの受注生産を実施。地域メディアからの注目を集めています。また、滋賀県長浜市では、森林資源を守りながら体験活動を提供するMORITOWAが、市の公認事業として運営をしています。
ーー地方創生に取り組む人が増えて欲しいですね。嶋田さんは地方と関わる仕事の面白さはどこにあると思いますか?
都市のビジネスとは違った、難しさ、やりがい、出会いがあることですかね。都市型ビジネスの多くは上司や部下、取引先など、一定の利害関係のなかで働くケースが多いと思いますが、地方のビジネスは違います。
直接の利害関係がない人や、金銭的なメリットでは動かない人もいるため、「地域を良くしたい」という意志や想い、あるいは人間的な魅力や頑張っている姿勢で人を巻き込まなければいけません。
ただ、その分、たとえば集落の真ん中にあった空き家がホテルになり、お客さんが来るようになる。寂しかった村が賑やかになると、集落の人たちは泣くほど喜んでくれたりするんです。
「純粋な想い」でつながっているからこそ、大変さも喜びもみんなで分かち合うことができる。都市のビジネスでは関わることのないような人たちと、仲間としてつながれる。それが地方でビジネスをする大きな魅力だと思います。
事業計画・資金・人材の「民主化」で地方創生を加速する
ーー利害関係を超えた人と人のつながりや、だからこそ得られる喜びが素敵ですね。今後、地方創生を加速させていくためには何が必要だと考えますか?
これからは「地方創生の民主化」がキーワードになります。これまで自治体が地方創生の取り組みをする際には、国の公共事業関係費を活用することが多くありました。しかし、国の予算にはもう限界が来ています。当初予算は7年ほど横ばいですし、この先増えるとも考えづらいです。
そんな状況だからこそ、民間と組んで地方創生を進めていく必要があります。想いを持った個人や民間企業と一緒に事業計画を立ち上げ、金融機関・VCなどから資金調達をする。事業に必要な計画や資金、人材の民主化が地方創生を加速させるカギです。
ーーさとゆめの今後の取り組みや展望を教えてください。
地方創生の民主化のためにも、まずは先ほど話した100DIVEの取り組みを始め、人材育成のプログラムを充実させていきたいと思います。また、さとゆめの事業を成長させ「地方創生は儲かる」という先行事例を作ることで、ローカルビジネス領域に資金が入りやすい状況を作っていきたいです。
あと、いずれは海外進出もしたいと思っています。日本は少子高齢化や過疎化、空き家問題の課題先進国です。こういった課題は、今後、海外でも起きるはず。早く課題が起きている分、日本のソリューションや知見は海外の参考になります。
すでに、小菅村の例を中心に海外からの取材も増えています。日本の地方創生の知見が海外に輸出されていくときには、さとゆめも貢献できたら嬉しいです。
株式会社さとゆめ https://satoyume.com/
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
白鳥菜都
ライター・エディター。好きな食べ物はえび、みかん、辛いもの。