現役医師が減塩食を美味しくする「味覚調整デバイス」の研究開発に挑戦。高血圧症患者を救い、美味しく健康な未来を目指すUBeing
高血圧の予防・治療支援に取り組むNPO「日本高血圧学会」の2019年度調査によると、高血圧の日本人は約4300万人にものぼる。高血圧症は動脈硬化や心疾患の要因にもなる重大な病で、発症や進行の予防には塩分量を抑えた「減塩食」が有効とされている。しかし「味が薄くて美味しくないから続かない」という声が多く、継続できない患者も多いという。現在までに食事の工夫や栄養指導などさまざまな対策が行われてきてるが、根本的な課題解決には至っていない。
この課題を解決するため、舌で感じる「塩味」を強化するデバイスの開発に取り組むのが、現役医師であり起業家の株式会社UBeing 代表取締役 福島大喜氏だ。未開拓な領域に挑む福島氏に、創業の経緯と味覚調整デバイスの可能性、今後の展望を聞いた。
【プロフィール】福島大喜(ふくしまたいき)
現役医師として、診察、研究も行う。脳卒中患者への臨床業務から感じた課題と「減塩食は美味しくないから続かない」という患者や医療従事者の声から、食体験を維持したまま減塩が可能な方法を探し始めた。減塩食の塩味を増強させる技術と出会い、2022年03月に株式会社UBeingを創業、味覚調整デバイスの開発に挑戦している。
もくじ
「防げたはずの死」に直面して知った減塩食にまつわる課題
ーーUBeingが開発中のデバイスは、どのような仕組みを用いて塩味を強くするのでしょうか?
デバイスから口内に電流を流すことで、食べ物の電離*作用による仕組みと、味を感じる神経を直接刺激する仕組みの二つが考えられています。しかし解明されていない点も多く、今後より詳細に研究しなければなりません。
デバイスの形は、日常生活で自然と使えるものにしたいと考えています。プロトタイプがいくつかでき、これから病院との共同研究・実証実験を行うために手続きを進めている段階です。
*電離:塩が水に溶ける際、分子の一部がプラスとマイナスの電荷をもったイオンにわかれること。
ーー開発に取り組み始めたきっかけはなんだったのでしょう。
脳神経内科医師として働くなかで、高血圧症の対策をきちんとしていないがために、脳梗塞・脳出血で亡くなってしまった若い患者さんの事例を見たことです。高血圧は中高年の病気と思われがちですが、若年患者もいます。気付かぬうちに重大な疾患につながり、最悪は死に至るケースもある。
それから減塩食について調べはじめ、「美味しくなくて続けられない」という患者さんが多いことがわかりました。医師や看護師、栄養士の皆さんにもお話を伺い、医療従事者の中でもニーズがあることもわかりました。減塩食自体を美味しくしようという取り組みはこれまでもさまざまありますが、他のアプローチも必要だと考えたんです。
そんなときに見つけたのが、弊社の技術顧問である青山らが書いた「電気刺激で味覚を調整する」という論文です。スプーンやお箸などのカトラリーから口内に電流を流し、味覚を調整する技術は前からありましたが、青山の研究の新しさは「皮膚に装着したデバイスから電流を流して味を調整する」という点でした。
ーーカトラリーを用いて電流を流すのと、皮膚に電流を流すのはどう違うのでしょうか?
カトラリーの場合は口に含んでいる間しか味が変化しないとされています。また、カトラリーが触れている部分に電流が集中してしまうことで、電気特有の苦味が強く出る場合があります。
一方、皮膚に直接電流を流すデバイスなら、装着している間はずっと効果がありますし、電流が1箇所に集中することもありません。この技術であれば、社会実装できるのではと感じ、青山に話を聞きにいったんです。
それから連絡を取りあう関係になり、わからない部分を相談させていただきながら、独自に開発を行っていく中で、今のデバイスにつながる要素技術を発見しました。出会ってから1年弱の時間を過ごし、お互い人柄も信頼できると感じたため、UBeingを創業し技術顧問をお願いしました。
誰もやっていないなら、ファーストペンギンになろう
ーー医師としても働くなかで、起業をするというのは大きな決断だと思います。迷いはありましたか?
半年くらいは葛藤していました。ベンチャーキャピタルの方やインキュベーターの方など、さまざまな分野の人に話を聞き、デバイスを誰にどう売るかのマーケティングについてアドバイスをいただいたり、事業化の懸念点を指摘いただいたりするなかで、徐々に考えを固めていったんです。
ーーどのような懸念があったのでしょう。
製造設計から量産化、在庫管理のプロセスなど「ハードウェア事業の難しさ」が懸念となっていました。また、知財が絡むことなので、どう情報を管理してどこまで開示しながら仲間を集めたらいいのかなど、知財面、組織面における懸念もありました。この点については、今でも四苦八苦しながら取り組んでいます。
その他にも家族のこと、お金のこと、医師としての立場など多くの要素で葛藤がありました。
ーー最終的に創業を決意できた理由を教えてください。
まず大きかったのは、家族や友人がチャレンジを応援してくれたことです。
また、「やらなかった後悔はしたくない」という気持ちも理由の一つ。減塩の課題を解決する可能性を持つ技術があり、かつ取り組んでいる事例が国内外にもほとんどない状況下だからこそ、自分が取り組むべきだと思いました。当時、お世話になっていたスタートアップ支援コミュニティの方にも「難しい分野だけど、誰かが最初にやらないといけない。ファーストペンギンは万が一失敗してもかっこいいですよ」と背中を押していただいたんです。
もちろん、現在活動している愛知県、東海地域という環境が、起業を応援してくれる場所だったことも大きな要因です。行政機関やインキュベーション施設の皆さんには、今でも助けていただいています。
引用元:https://www.link-j.org/interview/post-5701.html
目の前の患者を救うだけでなく、予防医療としての活用も広めたい
ーー葛藤を乗り越えUBeingを創業されて、約1年が経ちましたね。未経験からの起業を経験したからこそ、これから起業に挑戦される方に伝えたいことはありますか?
偉そうには言えませんが、あるとすれば「創業前支援の機会をもっと活用すればよかった」ことですかね。国や企業が運営しているアクセラレータープログラムや、アイデアコンテストを活用し、ビジネスモデルのブラッシュアップ、資金の獲得、仲間探しなど、起業前だからこそ取り組める部分もあると感じました。
ーー起業前の準備が大切ということですね。では最後に、UBeingの展望について教えてください。
直近は病院との共同研究で効果実証を進め、2024年にはデバイスが販売できることを目指しています。
また、中長期的には、このデバイスを日常生活の必需品にしたいと考えているんです。「美味しくない減塩食を食べるためのデバイス」として高血圧患者だけが使うだけではなく、「食事を美味しくし、高血圧予防にも効果があるデバイス」として、多くの方が予防医療に活用する未来を作っていきたいと思います。
加えて、現在は塩味の強化に取り組んでいますが、他の味に転用できる方法も模索中です。甘みやうま味など、さまざまな味の調整ができるようになれば、糖分やカロリー過多による不健康、味覚障害、高齢者の食欲不信など、より広範な社会課題の解決もできるかもしれません。
こうした社会課題は、我々だけでは決して解決できない課題だと思います。デバイス完成後に使用してくださるかもしれないユーザーの皆さん、食品の開発を一緒にしてくださる企業の皆さん、導入や実証研究に興味のある医療介護施設や飲食店の皆さんなど、さまざまな方と一緒に取り組んでいけたら嬉しいです。
美味しく健康な未来を作っていくために、ビジョンや課題感に共感いただける方からのご連絡をお待ちしています。
株式会社UBeing:https://ubeing.co.jp/
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
執筆
泉田ひらく
短歌を詠み、東大で哲学を学ぶエシカルライター。雑草ウォッチと銭湯巡りにハマっています。