本当にトラブル続きでした——タンザニアの若年妊娠問題に取り組むナプキン工場長に聞く「事業づくり」と「困難の乗り越え方」
起業に困難はつきものだ。どれだけ素晴らしい事業アイデアも、形にするまでにはさまざまな壁に直面する。株式会社ボーダレス・ジャパンの現地法人、Borderless Tanzania Limited代表 菊池モアナ氏も、そうした苦しい状況を幾度となく乗り越えた起業家だ。
菊池氏は、生理用ナプキンの製造・販売と、学校への寄付モデルを組み合わせ、タンザニアの若年妊娠や性教育にまつわる女の子の課題を解決しようとしている。一時は、資金ショート寸前の状況すらも経験した菊池氏は、どのようにそこから立ち上がったのか。ソーシャルインパクトを生む事業のつくり方を紐解きながら、過去の経験から学んだ「困難の乗り越え方」を聞いた。
【プロフィール】菊池モアナ(きくち もあな)
Borderless Tanzania Limited 代表取締役社長
1995年生まれ。神奈川県藤沢市出身の28歳。タンザニアMIXの5歳の男の子を育てる一児の母。日本大学国際関係学部在籍中、トビタテ留学JAPANを活用し、イギリスとタンザニアに渡航。大学3年次に妊娠・出産、その後3年間シングルマザーを経験する。2020年に株式会社ボーダレス・ジャパンに新卒起業家として入社し、再エネ供給事業、技能実習生向け日本語教育事業の立ち上げを経験。2021年にBorderless Tanzania Limitedを設立し、現事業LUNA sanitary productsを立ち上げ。
もくじ
若年妊娠で失った「自己肯定感」を取り戻す居場所
ーーBorderless Tanzania Limitedが解決を目指す「若年妊娠問題」とは、どのような問題なのでしょうか?
タンザニアの若年妊娠問題とは、20歳未満の女の子たちが、望まない妊娠によって精神的・経済的に苦しい状況に陥ってしまう問題のことです。望まない妊娠には、性教育が不足し避妊に関する知識が乏しいことで起きてしまうケースや、男性から迫られ経済的な背景を理由に断れないケースなどがあります。
経済的な背景を理由に断れないとは、例えば、家が貧しいために制服代や教科書を購入できず、親戚や知り合いの男性の家にお手伝いとして出稼ぎに行き、そこで身体を求められるケースがあります。拒否したら学校に通い続けられなくなるのではと考え、断ることができない女の子が多いんです。
また、2021年までの政権下では、学生妊娠を減らすために「学生が妊娠したら強制的に退学、復学も禁止」という厳しい罰を設けていました。年間6000人もの女子学生が強制退学になっていたのです。男性側にも懲役30年の刑罰が課されるので、罰を恐れて父親は逃げてしまい、金銭的な援助が受けられずシングルマザーになってしまう女の子が多くいました。
さらに、学生妊娠をした女の子は、同級生や周囲から冷たい目で見られ、ひどい場合には家族から「恥だ」と見捨てられてしまうこともあります。父親は逃げ、学ぶ機会を奪われ、周りの人間関係から孤立し、もちろん働き口もなくて貧困に苦しむ。それがタンザニアのシングルマザーの現状です。
ーー逃げ場のない状況に陥っている女の子が、そんなに多いとは知りませんでした。そうした課題を解決するために行っている事業について、教えてください。
Borderless Tanzania Limitedは、生理用ナプキンの製造・販売事業を行う会社です。託児所付きの小さな製造工場を建て、シングルマザーの女の子たちを雇用しています。現在はアルバイトの女の子が6名。シングルマザーや大学の学費が払えない子、障害を持っている子たちが所属しています。
作ったナプキンは、一般的な卸販売に加え、「パッドレディ」の仕組みで販売。ヤクルトレディから着想を得たもので、髪の毛を編むサロンやレストランなど女性が集まるコミュニティに出向き、毎月の定期販売をする仕組みです。
また、行政とも連携して販路を広げようとしています。今年(2023年)7月に組まれるプワニ州の予算で私たちのナプキンを各県に購入してもらい、公立学校に届けてもらう取り組みの開始に向けて動いているんです。
ーーなぜ、「生理用ナプキン工場への雇用」という解決策を選ばれたんですか?
生理用ナプキンに着目した理由は、全国で必要とされているものだからです。
現在、タンザニアには品質のいいナプキンを買えずにいる女性がたくさんいます。売られているナプキンは、安価で品質が悪いものか、高品質だけど高価なものしかありません。低品質なものは吸収率が悪かったり、肌に触れる部分がプラスチック生地になっていたりして、かゆみやかぶれを引き起こします。一方、高品質なものは、高くて買えない人が多いんです。
私たちが製造しているナプキンは、既存の商品の2〜3倍吸収し、かつとても薄いので、快適に動けたりオシャレを楽しめたりもします。価格は、現在売られている低品質のナプキンと高品質のナプキンの中間くらい。多くの女性に使っていただける可能性があります。
そうした商品なら、タンザニア全土のニーズ応える形で、製造工場の全国展開ができる。全国に住む女の子たちを、各地で雇用できると考えました。
それほどまでに「雇用」にこだわっているのは、大半のシングルマザーの女の子たちがそれを望んでいることが、事業構想を練る前のヒアリングからわかったからです。そこで一番多かったのは「今すぐ働いて、自分や子どもの生活を立て直したい」という声。まずは安心して働ける職場を用意し、彼女たちの経済基盤を整えることを優先しようと考えました。
また、この課題の本質は「女の子たちの自己肯定感が損なわれていること」だと考えています。学校や家族から追い出され、自分の存在意義を見失っている彼女たちには、同じ境遇の子たちで集まって話をしたり、あの子が頑張っているから自分も頑張ろうと思えたり、そんなモチベーションを得られる居場所が必要なんです。
学校への寄付と出張授業で「生理の貧困」にもアプローチ
ーー自己肯定感を育む居場所づくりが必要。そのために工夫されていることを教えてください。
1枚ナプキンが売れるたびに、学校に1枚寄付する「寄付モデル」を採用しています。女の子たちが、「誰かの役に立っている」感覚を得るための取り組みです。またこれは、タンザニアのもうひとつの大きな問題「生理の貧困」へのアプローチにもなっています。
ーー経済的な理由で生理用品を購入できない状況を「生理の貧困」と言いますが、タンザニアでもそうした問題がある、と。
ナプキンについて市場調査を進めるなかで、それに気づきました。タンザニアには、経済的な問題でナプキンを購入できない子や、家計を管理している父親に「買ってほしい」と言い出せない子、さらには親世代から「ナプキンはケミカルだから危ない」と教え込まれている子たちが多いんです。そうした子たちは、普通の布を使っています。
手頃なナプキンを作ったとしても、こうした子たちに届けることはできません。そこで、学校に寄付して、直接生徒に届けるモデルをつくりました。ナプキンを渡すだけでなく、私たちが学校に出向いて、生理や避妊に関する授業もしています。知識がないことで望まない妊娠をしてしまう女の子たちを根本的に減らすためにも、こうした教育の機会が必要なんです。
“本当の”当事者の声を聞き、ソーシャルコンセプトを磨く
ーー目の前の課題を解決しながら、将来の問題発生も予防する、非常に考えられたビジネスモデルだと思います。事業プランを構想する際、意識したことを教えてください。
ビジネスモデルの前提にある「ソーシャルコンセプト」を考えることが重要だと思っています。ソーシャルコンセプトとは、社会問題の対象が誰で、その人たちは今どんな状況にあり、なにが根本的な原因なのか。その人たちの理想の状態はどのようなもので、そこに向かうためのベストな解決策はなにか、を明確にしたものです。それがないと、どんなにいいビジネスモデルを描いたとしても、問題は解決しません。
ソーシャルコンセプトを考えるうえで重要なのは、「社会問題の実態を正確に把握すること」。そのために徹底的なリサーチが必要ですし、特に「本当の当事者」の声を聞くことを意識しないといけません。
“本当の”といったのは、社会問題の周りには、それらしき当事者もたくさん存在しているからです。もちろんその人たちにも支援の手は必要ですが、事業を構想する段階では、対象をなるべく絞って「こういう状況で苦しんでいる人」を見つけることが大切です。私にとっては、「学生妊娠をして退学させられたシングルマザーの女の子」が、本当の当事者でした。その声をきちんと拾うことで、真に課題を解決する事業プランをつくることができると思います。
ーー対象を見誤らないことが大事だ、と。かなり綿密なリサーチを重ねて事業化に至ったようですが、そもそも菊池さんが若年妊娠の課題を解決しようとした経緯を教えてください。
若年妊娠の問題に取り組むようになったきっかけは、大学3年生でタンザニアをはじめて訪れた際に、アナさん(仮名)という16歳の女の子と出会ったことです。彼女は学生妊娠をしたため、学校を追い出され、パートナーや家族からも見捨てられ、精神的に追い詰められた結果、妊娠7ヶ月のときに自死を図りました。なんとか一命を取り留めた彼女でしたが、身寄りも働く場所もなく苦しい生活を強いられていたんです。
当時の私は、物資的な援助はできるけれど「この子の人生を変えるまでのサポートはできない」と、心残りのまま帰国しました。帰国後、ずっとアナさんのことが気がかりだった私に、意図せぬ大きな人生の変化が訪れます。タンザニア人のパートナーとの間に、赤ちゃんができてしまったんです。パートナーはタンザニア在住なので、学校に通いながら、シングルマザーとして子育てをすることになりました。
ーー菊池さんも1人で赤ちゃんを育てることに。
その経験を通して、タンザニアの若年妊娠の問題がより深刻に感じられました。私は日本にいるから大学を退学させられることもなく、周りの人にも支えられて学業を続けることができるし、国の母子家庭に対する資金サポートなどもある。でも、タンザニアの女の子たちは、そういったサポートをなにも受けられません。
生まれた場所によって、こんなにも環境が違う理不尽を放っておくことはできないと思い、この問題にきちんと向き合うことを決めたんです。Borderless Tanzania Limitedの事業の根底には、タンザニアの女の子たちへの深い共感があります。
「起こることすべてに意味がある」辛い時期を支えた考え方
ーーそんな思いを抱え、タンザニアで事業づくりを始めてから約2年が経過。事業化の過程で、さまざまなトラブルに見舞われたと伺いました。
本当にトラブル続きでした。まず壁となったのはビジネスライセンスがなかなか降りなかったことです。というのも、タンザニアには生理用品の製造工場が2つほど、しかも外資企業の大規模なものしかないため、小規模な製造工場向けのライセンスカテゴリーが存在しなかったんです。
どれだけ説明しても、日本人ということだけで「大企業が来る」として大企業向けの莫大なライセンス料を要求されました。日本人の私では話が進まなかったので、タンザニア人のパートナーに交渉をしてもらうことで、なんとか事業開始のライセンスは取りましたが、想像以上に時間をロスしてしまいました。
また、他国から輸入したナプキン製造機の到着も、予定より9ヶ月遅れたんです。ナプキンを作れず収益がないうえに、工場のリノベーション代や人件費がかかります。ほんの数ヶ月前までその状態で、資金ショートが目前に迫っていました。
ーーどのように立て直したんでしょう。
今年(2023年2月ごろ)、クラウドファンディングで550万円を調達し、なんとか事業を継続することができたんです。ただそれも、はじめからうまくいったわけではありません。期間を2ヶ月に設定したのですが、残り10日の段階でまだ150万円しか集まっていなかったんです。「事業を続けるのは難しいかもしれない」と本気で思いました。
ーーそこから10日間で、どのように残りの400万円を集めたんですか?
大勢に向けた発信やオンラインイベントで寄付を募るのをやめて、一人ひとり、知っている方に直接メッセージを送ることにしたんです。「こういうことを実現したくて、いま本当に困っている」と、誠心誠意伝えました。
すると、さまざまな反応が返ってくるように。快く寄付をしてくれる方もいましたし、寄付できない方もシェアをしてくれたおかげで、その先の友達が寄付をしてくれることもありました。やっぱり、ちゃんと言葉で伝えることが大事だったんです。
ーー菊池さんが困難な状況に直面しても、諦めずに立ち上がれるのはなぜでしょう。
クラウドファンディングで皆さんからもらった応援コメントと、事業を手伝ってくれてるシングルマザーの女の子たちの活躍や前向きな変化に、パワーをもらっています。それに、困難があっても「人生で起こることすべてに意味がある」と捉えるように意識しているんです。
その考えを持つようになったきっかけは、人生で初めての挫折経験、中学生のときに受けたいじめでした。当時はとても苦しかったのですが、自分がそうした状況に陥ったことで、同じような苦しみを抱えている人に、寄り添えるようになったんです。
それから、困難な体験であっても「すべてに意味がある」と思えるようになりました。誰にでも当てはまることかはわかりませんが、少なくとも私はこの考え方に救われ、いまもなんとか前に進み続けています。
事業を全土に拡大し「すべての命が祝福される社会」をつくりたい
ーー諦めずに進み続けたことで事業の継続が決まりましたが、現状はいかがでしょうか?
6人の女の子にアルバイトとして支えてもらいながら、必死になって販路の開拓に動いています。直近で目指しているのは、まずはアナさんが経済的に自立して自己肯定感を取り戻し、自分らしい人生を歩んでいけるようになることです。そうすれば、彼女がロールモデルとなり、今後雇っていく女の子たちにも先を示すことができるはず。アナさんと二人三脚でやり方を模索しています。
ーーもう少し先の未来はどう描いていますか?
近い将来に実現したいのは、各州に工場を持つことです。タンザニアにある31の州に工場をひとつずつ、それから州の中の各県にひとつずつ、と拡大を目指しています。若年妊娠はタンザニア全土の課題なので、各地に雇用を創出して、1人でも多くの女の子の居場所をつくりたいです。
いまのタンザニアでは、若年妊娠した女の子には「恥晒し」のレッテルが貼られます。「妊娠した子たちには価値がない」といった考え方や、子どもがいるから仕事に就きづらいといった状況が蔓延しているんです。
私は、その社会の流れを変えたい。
全国各地に女の子たちの居場所をつくることで、若年妊娠しても「まだまだ輝けるチャンスはある」ことを証明したいと思います。そして、女の子自身も、生まれてきた子どもたちも「すべての命が祝福される社会」を実現したいです。
Borderless Tanzania Limited:https://www.borderless-japan.com/social-business/luna-sanitarypads/
企画・取材・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
執筆
泉田ひらく
短歌を詠み、東大で哲学を学ぶエシカルライター。雑草ウォッチと銭湯巡りにハマっています。