「自立」のための福祉機器で、障害者と健常者の垣根のない社会をつくる

AIを活用した視覚障害者のための歩行アシスト機器「seeker(シーカー)」の製品化を進める株式会社マリスcreative design(以下、マリス)。社会性が高いものの“稼ぎづらい”ともいわれる「自立」のための福祉機器。どのように産業を発展させ、障害者と健常者の垣根がない社会を実現するのか。代表取締役の和田康宏氏に聞いた。

【プロフィール】和田 康宏(わだ やすひろ)
株式会社マリス creative design 代表取締役
「障害者を技術で自立させる」「日本に技術を復活させる」という思いから(株)マリス creative designを設立。以降、歩行アシストAIカメラ「seeker」の開発、遠隔操作の車やIot機器、業務用機器などあらゆる製品の量産化に携わる。現在もテックベンチャーサポートと共にCTO育成も行う。前職は、日立、ソニーにて、製品開発、量産化を担当。マイコン回りからモーター制御まで幅広く担当し、新プロジェクト立ち上げも多数経験。ソニーでは、ロボット犬開発のシステム設計から足回りを全て担当し、システムを0から構築した。

 

3歳のときに母が障害者に。「介護機器」ではなく「自立のための機器」開発を志す

ーーまずは和田さんが福祉機器に携わるようになった経緯を教えてください。

福祉機器に携わるようになったのは家族の存在が大きいです。私が3歳のときに母が脊髄損傷となり、一緒に生活している中で外出時の不便さが気になるようになりました。その経験から、障害者が自立して生活できるようにしたいという思いがありました。

そして、ものづくりに興味を持ち九州工業大学大学院に進学すると、運命的な出会いがありました。当時、福祉機器を専門的に研究する「人間機能代行システム研究室」が立ち上がり、1期生として入室することになったんです。これが福祉機器に携わる第一歩になりました。

 

ーーお母様との生活を通して感じたことはありましたか?

昔も今も変わらず実感するのは、当事者側は「『助けてほしい』と思っているわけではない」ということです。母と外出するときも健常者からの視線を感じることが多々ありました。なかにはどう接したらいいのかわからないのか、手を差し伸べるわけでもなくじっと見ている方もいましたが、当事者側としてはあまり良い気分がしませんよね。もちろんそのような方々も善意の気持ちがあったと思いますが、総じて健常者との間にはどことなく隔たりを感じてきました。

やがて必要性を感じるようになったのは「自立」の概念です。2000年に介護保険法が施行されて以降、高齢者に対して「介護」の概念が広がり、「自立」の概念が薄まっていると考えています。高齢者社会の現代で、同様の考え方が障害者に対しても広まってきているように感じます。しかし、私は「自立」が大切だと思っています。

福祉機器はヨーロッパ、特にドイツが先進国ですが、「自立」に対する意識が強く感じられます。例えば自動車を挙げても、日本では障害者が乗れる車は後部座席に乗車するタイプが一般的ですが、海外では障害者の人が自ら運転できる車が登場しています。乗り降りに関しても、もちろん周りが手伝うこともできます。しかし自分でやることで主体性を育み、社会参加の促進につながるのではないか。こうした考えから「介護機器」ではなく「自立のための機器」開発を志すようになりました。

 

ーー卒業後は大手メーカーへ就職されました。研究を続けるのではなく企業でキャリアを積もうと思った理由は何だったのでしょうか?

恩師からは「残って研究を続けてはどうか」と言葉をかけていただきましたが、私は論文を発表するよりも「世の中に新しいプロダクトを出したい」という強い思いがあったんです。また当時、福祉機器に関する研究はしていても、製品化の知識や技術がないため、思い描いたものを形にできないのではないかというもどかしさがありました。

福祉機器のメーカーに就職する選択肢もあったかもしれませんが、まずは最先端の技術を最低10年は学んで開発に役立てたいと、メーカーに就職しエンジニアの道に進みました。

 

AIの力で視覚障害者の外出時の不安を取り除く

ーーその後2018年にマリスを設立されました。現在の事業内容を教えてください。

展開する事業は二つあり、一つは障害者や高齢者が自立して歩けるための福祉機器の開発です。第一弾として開発している「seeker」は視覚障害者のための歩行アシスト機器で、2021年3月から製品化に向けた実証実験を進めています。「seeker」は、メガネ型の装置にカメラとセンサーを取り付け、AIを活用して駅のプラットフォームや横断歩道、信号の危険を検知して使用者に振動で知らせます。加えて、上半身の障害物を検知する機能も実装予定です。

もう一つはプロダクト開発を行う会社に向けた製品化サポートです。特に中小企業やベンチャー企業は、優れたアイデアや技術を持っていても製品化・量産化のノウハウがないことが失敗の要因になっています。そこでメーカー時代の知見をもとに、量産に生かせる試作や開発プロセスを提案しています。

 

 

ーー「seeker」についてお聞きします。目の不自由な人のための機器にフォーカスした理由を教えてください。

1つは、学生時代に視覚障害者向けの福祉機器をテーマに研究をしていたためです。ベンチャーの特性上、限られたリソースや資金で実現できるものを選択する必要がありました。学生時代の経験を活かして、比較的短期間での開発が実現できると思ったんです。2つ目は、その研究当時から20年近く経っても視覚障害者の生活は変わっていないこと。そこに取り組むべき価値があると思いました。

 

ーー開発を進める上でのこだわりはありますか?

開発では、これまでと同様、当事者に話を聞くことを大切にしてきました。視覚障害者の方に日常生活で困っていること、不安なことを聞くと10人中10人が「駅のホームが怖い」と回答しました。現在、ホームドアの設置が進んでいますが、全部の駅をカバーするのは財政的にも難しく、転落事故は後を絶ちません。障害者の生活がインフラに左右されないようなプロダクトを開発しています。

また、デザイン思考も大切にしています。デザイン思考のプロセスは、ニーズや課題を見つける、その課題を解決する方法を一番簡単なプロトタイプで試す、結果を分析する、改善してまた試す。それを素早く繰り返すんですよ。プロダクト系のプロジェクトにはとても重要なプロセスだと思います。

 

ーー実証実験はどのように進めているのでしょうか?

北九州市の協力を得て進めています。やはり地域や地元企業の協力を得るには自治体を巻き込むことが重要だと思います。北九州市はスタートアップ支援に力を入れているため、市役所の担当者が積極的に相談に乗ってくれたり、企業との交渉にあたってくれたりしました。その結果、北九州モノレールと筑豊電鉄で実証実験を実施することができました。私たちのような少人数のベンチャーにとっては心強いパートナーです。

現在、実証実験から得られたデータをもとに軌道修正しながら精度を高めています。今後鉄道に限らず、バスやタクシーなど交通事業者との実験もしていきたいと考えています。

そのほか、九州工業大学、NTTコミュニケーションズ株式会社とも共同開発の形で実証実験を進めている段階です。特にNTTコミュニケーションズは法人として発信力があり、SNSで私たちの取り組みを拡散してくれたり、一緒に取材を受けてくれたりと、広報の面でもサポートしてくださっています。事業を加速していくうえでも、思いに共感していただける仲間を増やし、参画していただくメリットは大きいと感じます。


実証実験の様子

 

自立のための福祉機器をひとつの産業に成長させたい

ーー以前、別のインタビューで「自立のための福祉機器業界をひとつの産業にしたい」と話されていました。「自立」のための福祉機器業界について現状を教えてください。

「自立」のための福祉機器は、日本ではまだまだ「介護」業界とひとくくりにされて、業界自体まだまだ小規模です。

福祉機器は、「介護や介助を必要とする高齢者・障害者の日常生活やリハビリ・機能訓練をサポートする」ための機器です。

車椅子や特殊寝台(電動ベッド)など、高齢者向けの介護用品や福祉機器は介護保険の「福祉用具貸与サービス制度」*の対象となり、要介護度に応じてレンタルすることが可能です。介護保険の適用​​により当事者負担が少なくなるので、対象の13品目である「介護」のための高齢者向け福祉機器は、ある意味で“稼げる”ビジネスとして、業界へ参入する企業が増えている側面があります。参入企業が増えること自体は競争が進み、当事者の選択肢が増えるので良いことです。

一方で、潜在的な「自立」のための福祉機器市場はまだまだブルーオーシャンだと思っています。「自立」のための福祉機器は、例えば白杖や義足、点字のタイプライター、自助具などがそれに当たります。もちろん「seeker」もそうです。そもそも、日本は障害者や高齢者における「自立」の概念がまだまだ浸透していません。当事者の方々が自分らしく生活するためにも、「自立機器」をひとつの産業として活性化させていきたい。そして私たちがその先行企業になりたいと考えています。

*福祉用具貸与について https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/publish/group21.html

 

ーー「自立」のための福祉機器業界において、企業が抱える課題はありますか?

開発にあたり、障害のある当事者へのヒアリングが後回しになり、それが原因で失敗する事例が多いと感じます。私は大学院から福祉機器の研究をしていますが、研究室では障害者の団体や当事者に話を聞きに行くことを大切にしています。しかし、そういった場所に行くと「あなたのような方はよく来るけど、意見を言った後に二度目はこないんだよね」という話を耳にしました。

企業の開発担当や大学の研究者が訪ねても、ある程度開発が進んだ試作品や、健常者向けの製品を転用したプロダクトを持参するケースが多いそうです。そして、不自由な箇所や使いづらい部分を指摘すると、二度目の来訪がないこともある。その理由は一概には言えませんが、ほぼ完成した形でヒアリングをするため、指摘された点を改善するための予算やスケジュールが合わず製品化が頓挫してしまうのではないでしょうか。

創業後の現在も同様の指摘をいただくことがあるので、業界の慣習はあまり変わっていないように思います。

 

ーー対象者のヒアリングは重要なプロセスだと思いますが、慣習が変わらない理由は何だと思いますか?

多分背負いすぎてしまっているんじゃないかなと思います。通常はマーケティング手法を使い、ターゲット層も機能も迷わず絞り込んでいきますよね。しかし障害者が対象となると、「全員助けなければいけない」と無理に背負いすぎてしまう。そこは通常のプロセスと同じようにきちんとマーケティング手法に則るべきだと思います。

あと、「障害者の方にどうやって話を聞きに行けばいいか」と相談されることがけっこうあって。どうしてそこで悩んでしまうのかわからないですが、きっと無意識的に壁を作ってしまっているのではないかと思います。障害者の方からしても、杓子定規に聞きに来られるより、対人間として気負わずに来てもらうほうが受け入れやすいと思うんです。みんな気軽に来てほしいと思っています。

 

将来は「家電量販店」でも当たり前に購入できる福祉機器になりたい

ーー今後、プロダクトを通して産業をどのように発展させていきたいとお考えですか?

まずは「seeker」の製品化・量産化を実現し、視覚障害者の生活を変えていきたいと考えています。私たちのプロダクトは障害者に限らず、歩行にハンディキャップのある方や高齢者にとっても役立つ機器になりうると考えています。ユーザーの裾野を広げることで価格をより手に入りやすいものにし、販売先も広げていきたいです。

私たちが目指す販路は福祉機器の専門店のみに限りません。将来は家電量販店でも「seeker」をはじめとする福祉機器が当たり前に買えるような存在になり、自立機器を産業へと発展させていきたいと考えています。

 

ーー最後に、どんな社会を実現したいですか?

障害者や高齢者が安心して外に出かけられる社会にしたいです。冒頭でも申し上げたように、健常者が障害者との接し方にとまどってしまうのは、障害のある方と接する機会が少ないからだと思うんです。障害者や高齢者が外に出かける機会を増やすことで、健常者と障害者が接する機会は増えるのではないでしょうか。そうすれば健常者の認識が変わり、健常者と障害者の区別がない社会をつくることができると思います。

その社会を実現するために、私たちは障害者や高齢者が安心して外に出かけられる「自立」のための福祉機器を生み出していきたいです。

 

株式会社マリス https://maris-inc.co.jp/

 

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    企画・編集
    張沙英
    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    取材・執筆

    星久美子

    フリーランスのライター。最近は食の領域と場づくりに関心があります。

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