僕らがいなくても持続可能な暮らしをつくるーー養鶏委託業でカンボジア農家の選択肢を広げる、MERI-JAPANのスタンス
事業成長と社会貢献を追求するソーシャルビジネスでは、両者のバランスの取り方に起業家のこだわりが表れる。カンボジアの小規模農家に向けた養鶏委託業を展開するMERI-JAPAN Co.Ltd 代表取締役社長 柳下智信氏も、そのバランスを試行錯誤してきた起業家のひとりだ。柳下氏には、学生時代に経営していた会社で「売上ファーストの思考になり、持続可能にできなかった」という経験がある。過去から何を学び、現在はどのような事業作りに挑戦しているのか。「現地の人の暮らしを本当に良くする」ソーシャルビジネスに必要な考え方を聞いた。
【プロフィール】柳下 智信(やぎした とものぶ)
1993年生まれ。北海道出身。2016年ボーダレスジャパンに新卒入社。グループ内企業三社の事業開発を経験。2021年にMERI-JPANを創業。学生時代に発展途上国で感じた「貧しいがゆえに選択肢のない状況」を打破したいと思い、小規模農家向けの養鶏委託事業を展開。「農家の挑戦へのハードルを0へ」、「やりたいをできたに変える」などが好きなフレーズ。特技はヴァイオリン。ラグビーは未経験。
もくじ
地鶏の養鶏委託で、小規模農家に新たな収入源を
ーーまずはMERY-JAPANの事業について教えてください。
経済的に厳しい状況に陥りやすいカンボジアの小規模農家に対して、地鶏の養鶏委託を行っています。養鶏に必要な設備を農家さんに提供し、鶏を育ててもらう。育った鶏を自社で回収し、工場での肉の加工、小売店やレストランへの出荷配送を一挙に担う、「地鶏の生産・流通モデル」を作っているんです。
ーーそもそもカンボジアの小規模農家は、なぜ「経済的に厳しい状況」にあるのでしょう?
カンボジアでは、農作物を作ることにも売ることにも難しさがあります。地方の農村部は日本のような、農作物に必要な水を共有する灌漑(かんがい)設備が整っていないため、天候任せの栽培となりやすく、収穫量が安定しない。
加えて、地域によっては土の質が農作物を育てることに適しておらず、大量生産が難しいという背景もあります。生産量が増えなければ、価格を下げることができないので、近隣諸国から輸入される安い農作物との価格競争に負けてしまうんです。
こうした背景から、小規模農家の多くが貧困に苦しんでいます。生活をするためには、子どもに働いてもらったり、家族の誰かが出稼ぎに出たりする必要がある。当然のように、子どもを学校に通わせることや、新しいビジネスをはじめる余裕はありません。
ーー現状維持をするので精一杯になっている小規模農家の生活に、変化を起こそうとしているんですね。
本業である農業以外の収入を得ることで、将来のための金銭的・時間的余裕を確保してもらうのが、僕らの狙いです。2021年から事業をはじめ、これまでに14の農家へ委託を実施し、平均で「月収45%増」を実現しました。嬉しいことに、仕事を手伝う必要がなくなり、学校に通えるようになった子どもたちもいます。
地鶏の新しい生産・流通モデルでWin-Winを作り出す
ーー理想的な事例が生まれていますね。小規模農家をサポートする手段として養鶏委託業を選択したのはなぜですか?
養鶏は手間がかからず、農業をしながらでも取り組めるからです。また、そもそもカンボジアでは鶏肉の消費量が多いうえに、特に富裕層を中心として地鶏へのニーズが高いという背景もあります。
ーー取り組みやすさと市場のポテンシャルから判断したんですね。
一方で、カンボジアの養鶏産業はまだ発展していない部分があります。養鶏技術が確立していないことや、日本のように地鶏の品種改良が進んでいないことから、安定した生産や品質の担保が難しい。生産者側と小売店側、両者の悩みの種です。
加えて、生産者と小売店の間には、買付け、配送、卸売など複数の事業者が存在しているので、仲介手数料が高く付くという問題もあります。消費者の購入価格は、原価の約2倍。
MERI-JAPANは、そうした課題を解決する「地鶏の生産・流通モデル」を作り、小規模農家には安定した副収入を、小売店には安定した品質と仕入れを、消費者には適正価格の地鶏を提供したいと考えています。
農家に寄り添い、一緒に確立してきた養鶏法
ーー生産者、小売店、消費者にとってwin-winなモデルだと思います。より詳しい取り組みを教えてください。ビジネスの肝になる「地鶏の品質管理」はどのようにしていますか?
各農家さんに、餌やりの仕方や設備の清掃といった、地鶏を育てるための日々のタスクを共有しています。加えて、農家さんへの報酬を、収穫量(成果)ではなく、タスクの達成度(プロセス)で決めているんです。
なぜなら、収穫量を評価基準にしてしまうと、成長剤をあげて体重を増やすこともできてしまうから。毎日、弊社のスタッフが農家さんの家をまわり、タスクの進捗をチェックすることで、真面目に取り組む人がきちんと稼げる仕組みにしています。
ーープロセスを報酬に結びつけて品質管理をするには、農家さんとのコミュニケーションが重要だと思いますが、意識していることはありますか?
カンボジアと日本の環境・文化の違いを理解し、僕らの意見を押し付けないようにしています。農家さんのなかには、今までとは違うやり方に違和感を感じ、言った通りにやらない方もいる。餌の食べ残しが少ないように「少量ずつ数回に分けた餌やり」を提案しても、面倒だと一度にまとめてあげてしまう人もいるんです。
そうした場合も、頭ごなしに否定はしません。一度、自分たちの方法でやってもらい、うまくいかなければ、MERI-JAPANの提案する方法を試してもらう。それでも、うまくいかない部分に関しては、意見をもらって改善していく。そうやって農家さんと一緒に、時間をかけてより良い養鶏の方法を考えています。
評価制度に関しても、1対1で対話をしながら、それぞれの農家さんの状況に合わせて、タスクや評価基準をアップデートし続けているんです。
農家の暮らしを本当に良くするための「分散型生産モデル」
ーー農家さん一人ひとりと向き合うことは、大切ですが時間と労力が必要です。自社で養鶏農場を持ち、現地の人を採用する中央集権モデルのほうが、人材育成もノウハウの確立も、品質管理も効率的だと思ったのですが……。
たしかにそういう考え方はあると思いますが、MERI-JAPANがあえて各農家さんの家に養鶏設備を設け、分散型生産モデルを採用しているのには2つの理由があります。1つは、カンボジアにおける地鶏の定義が「放し飼いされている鶏」であることです。ブロイラー*よりも価値の高い「地鶏」と認定されるためには大規模生産はできません。
*通常より短期間で育つように改良された若鶏の総称。
もう1つの理由は、こちらが特に重要なんですが、分散型生産モデルが「農家さんの暮らしに合う」持続可能なモデルだと考えているからです。僕らは、農家さんが養鶏に専念することを望んでいるのではなく、あくまでも本業とは別の収入を得る手段として取り組んでほしいと思っています。それに、もしMERI-JAPANとの関わりがなくなったとしても、事業を持続できる状態であってほしい。そう考えて、設備もノウハウも各農家さんに提供する、分散型生産モデルを採用しました。
ーー自分たちがいなくても、農家さんが持続的に安定して暮らすための選択した、と。そうした本質的な支援のあり方を考えるようになったきっかけはありますか?
学生時代にインドネシアで起業したときの経験ですね。その起業も貧困問題に対するアプローチでしたが、当時は現地の人の暮らしと向き合えていませんでした。「自分が儲けを追求するなかで、助かる人もいればいいか」と、単純に考えていたのです。
結局その会社は、僕の経験不足もあって事業が行き詰まり、現地企業に引き渡すことに。失業した従業員もいて、取り返しのつかないことをしたと後悔しました。ビジネスをするということは、いい意味でも悪い意味でも、現地の人の生活に大きな影響を与えるのだと実感したんです。それ以来、「現地の人の暮らしを、“本当に”良くするビジネスとはなにか」を考えてきたのが、MERI-JAPANの事業モデルにつながっています。
「現状を変えることができる」と思える人を増やす
ーーこれからも柳下さんは「本当に暮らしを良くする」という考えを大切にしながら、事業成長も追求されると思いますが、そのうえで注力していきたいことはなんでしょう。
まずは生産する地鶏の商品力を高め、販売価格を上げていきたいです。その手段のひとつとして「美味しいだけではない、サステナブルな地鶏」としてブランド化に注力します。
もともと、米ぬかやおからなど、栄養価が高いけれど廃棄されている飼料を使って、環境配慮もしながら健康的な地鶏を育ててきました。それをしっかり発信していくことで、環境意識の高い富裕層の方々にも、選んでいただけるようにしたいです。最近ではブランド地鶏として認知されることも増え、卸先のレストランからは「集客アップにもつながっているよ」と、嬉しい声をいただくようになりました。
また、契約農家の数を500、1000……と増やしていくための資金繰りの方法を考えています。これまでは、養鶏に必要な初期費用をMERI-JAPANが負担してきましたが、農家さんの数が増えるとなるとさすがに厳しい。
そこでマイクロファイナンス業者と提携し、僕らを担保に、農家さんへの貸付を行う仕組みを作ろうとしています。農家さんには、養鶏の売り上げから徐々に返済してもらう想定です。すでに1件の農家さんに試してもらっていますが、この仕組みがうまくいけば、より多くの農家さんに委託できると考えています。
ーー委託先を広げていった先に、カンボジアの小規模農家を取り巻く社会にどのようなインパクトを生みたいと考えていますか?
カンボジアのような途上国と呼ばれる国に生まれ、貧困に苦しむ人たちは、今日を生きるために必死です。それ故に長期的な夢や目標を描きづらく、結果として現状維持の選択肢を選ばざるを得ない状況にあります。
一方、養鶏を通じて成功体験を積んだ農家さんは、自分の小屋を改修してみるなど、自主的に新しい策に取り組むようになります。小さいことに思われるかもしれませんが、「現状維持をするしかない」から「自分の力で、現状を変えることができる」へ、価値観が徐々に変化するのを感じているんです。
新しいチャレンジをしている大人を見て、子ども達も自らの将来を考えたり、チャレンジ精神を持ったりすることができるはず。そうしたポジティブな連鎖を生み出し、生まれてきた環境に関わらず、選択肢をたくさん持つことができ、未来に希望を感じられる社会を実現していきたいと思います。
MERI-JAPAN Co.Ltd https://www.borderless-japan.com/social-business/merry-chicken-farm/
*記事はインタビュー時点での事業内容について記載しています
企画・編集
佐藤史紹
フリーの編集ライター。都会で疲弊したら山にこもる癖があります。人の縁で生きています。趣味はサウナとお笑い芸人の深夜ラジオ。
取材・執筆
河野照美
スラッシュワーカー。養育里親。「楽しく笑顔で社会課題と寄り添う」がモットーです。
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