AIの力と臨床的知見で見過ごされた児童虐待を“ゼロ”に。AiCANが目指す子どもにとって安全な社会とは

「2027年までに見過ごされた子どもの虐待をゼロにする」を目標に、児童福祉領域の知見とAI技術で児童相談所などの業務改善を支援する株式会社AiCAN(アイキャン、以下AiCAN)。代表取締役CEOの髙岡昂太氏に、子どもたちにとって安全な社会を実現するために解決すべき課題と今後の展望を聞いた。

【プロフィール】髙岡昂太(たかおか こうた)
教育学博士、臨床心理士、公認心理師、司法面接士。
児童相談所や医療機関、司法機関において、15年間、虐待や性暴力などに対する臨床に携わる。
2011年千葉大学子どものこころの発達研究センター特任助教、学術振興会特別研究員PD、海外特別研究員(ブリティッシュコロンビア大学)を経て、2017年より産業技術総合研究所人工知能研究センター所属、主任研究員。2020年3月に株式会社AiCANを設立し、2022年4月から同社CEOに就任。

 

児童福祉の現場経験、研究開発を経て起業

ーーはじめに御社の事業について教えてください。

児童福祉の臨床的知見とAIなどのテクノロジーを掛け合わせて、自治体のDXや子ども虐待対応の最前線に立つ職員さんの意思決定を支援するサービスを展開しています。

現在日本では、年間約50万件の通告が児童相談所へ寄せられ、約500人の子どもが虐待が原因で死亡していると推定されています。虐待を受けた子どもは自己肯定感を上げられなかったり、学業やメンタルヘルスに影響を及ぼしたりするなど、社会的コストは1.6兆円にのぼるともいわれています。私たちは「すべての子どもたちが安全な世界に変える」をビジョンに掲げ、児童福祉の課題解決に取り組んでいます。

 

ーー髙岡さんが児童福祉に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

さまざまな少年による事件の背景に幼少期の虐待があったという一説を目にし、児童虐待に関心を持つようになったんです。臨床心理学を学ぶため大学院の博士課程に進み、在籍中には児童相談所のケースワーカーや医療機関の精神科インターンなどを経験しました。

その後、臨床心理士として子どもの虐待やDV、性暴力などの分野に15年関わる中で、現場では属人的な判断が根強かったり、標準的な対応が根付いていなかったりともどかしさを感じていました。そのため同時に国内外の研究所に勤務し、担当者が変わっても専門性を引き継げる“虐待対応の仕組み化”の実現に向けて、ICTやAIに関する研究開発に従事しました。そこから2020年にスピンアウトしてAiCANを創業しました。

 

ーー現在取り組まれている課題にはどのようなものがありますか。

私たちが取り組むべき課題は二つあります。一つは、現場対応の効率化です。虐待事件がニュースで伝えられると、人々の関心が高まり通告する人が増える傾向にあります。また、2015年には児童虐待防止法が改正され、子どもの目の前で夫婦間のDV(ドメスティック・バイオレンス)が行われることも間接的な児童虐待と見なされるようになりました。その結果、通告件数が年々増え、児童相談所の対応件数は20年間で17.6倍に急増した一方で、職員の人数は3.7倍しか伸びていません。そのため一人ひとりの子どもに会う時間が十分に取れておらず、仕組み化が急務となっているのです。

もう一つは児童虐待に対して高い専門性をもった人材育成と判断の質の向上です。児童虐待は現場に介入しての調査が難しい場合があります。なぜなら、親御さんが虐待しているけど嘘をついていたり、他の人に言わないよう子どもを脅している場合があるからです。また、虐待で死亡している多くが、まだ話すことができない0〜1歳の子達なのです。

そのような案件に関しては、ベテラン職員の方々の属人的な対応が頼りになっています。そのため異動や退職になった場合は若手に適切に引き継がれず、人材の教育不足・経験不足につながっています

 

ーーこれまで現場が課題に着手できなかった理由とは何でしょうか?

いくつかの理由がありますが、大きく2つに分類できます。

まず、現場は経験を積むことによって知見を身につける方法が踏襲されており、新人でも対応できるよう組織として業務を標準化するような、仕組み化によって知見を補完する概念がなかったこと。次に、自治体では機微な個人情報を扱うため、外部のシステム導入によって情報漏洩が起こりうるんじゃないかというセキュリティへの不安から、DXや効率化の議論が生じていなかったことがあげられます。

 

ICT×データの利活用を伴走型支援で最適化する

ーー御社が提供するAiCANサービスは、現場の課題をどのように解決しているのでしょうか?

AiCANサービスでは、ICT(情報通信技術)とデータの利活用を取り入れることで子ども虐待対応の「スピード」と「判断の質」を向上させています。

タブレット端末上のWebアプリから子どもと加害者の情報や経過記録を入力すると、蓄積したデータをAIが分析して類似ケースや虐待の再発確率を表示します。職員の経験や感覚に左右されず、客観的データに基づいて虐待の対応を検討することができるのが利点です。

また以前では職員個人の観点で現場調査がされていましたが、ガイド機能によって調査項目の抜け漏れをなくしました。また、タブレットで撮影した写真をアプリ上で管理している案件に直接紐づけることも可能です。それ以前は調査後にデジタルカメラを事務所に持ち帰り、データをPCに保存した上で共有するといった流れでしたので、より迅速な対応にも寄与しています。

 

ーーAI 解析には膨大な量のデータが必要だと思います。どのようにしてデータ収集を進められたのでしょうか?

自治体への導入や実証実験を通してデータの蓄積を進めています。現在サービスを本格導入いただいている三重県では、2012年に2件の虐待死亡事例が起きました。「属人的になりやすい判断を、ポリシーとして共通化し、客観的なデータを参照する」という声が行政と現場の双方からあがり、2013年に児童保護の必要性を客観的に判断するリスクアセスメントシートを作成しました。データ収集は2014年から着手し、現在は三重県のみで約1万5000〜1万6000件のデータが集まっています。

地域によって特色や習慣、文化の違いがあるため、とにかく自治体ごとにデータを集めることが重要だと考えています。地域性を含めたデータを収集しないと適切な データ利活用ができないからです。

ではデータが集まるまでどうするかと言うと、最初は研究データとして集めた8,000件から明らかになった知見をこちらから提供します。このデータは、産総研で実施した国の調査研究事業において、「全国の児童相談所と自治体の担当者が実際の事例で使い、9割以上が『重篤である』と判断した項目」「初期段階でも観測容易な項目」の2軸で集めました。重篤な事案の度合いやリスクアセスメントでチェックすべき事柄について参照してもらい、並行して自治体ごとに独自データを蓄積することで、データ利活用を最適化できる仕組みにしています。

 

ーー御社は伴走支援にも力を入れているとお聞きしました。具体的にどのような施策がありますか?

やはり児童相談所によっても課題や規模感が違うため、まずはヒアリングを通して優先すべき課題やKPIを明確にします。また、ICTやデータ利活用に初めて触れる職員の方も多いため、効果的に業務に取り入れるために研修や常駐サポートを実施しています。

意思決定においては管理職の判断が法律上重要であるため、特に意思決定者に向けて手厚く導入のサポートをしたり、データの傾向をもとに業務フローの改善提案などを行なったりしています。チーム全員でツールを活用することにこそ DX の価値があるからです。

 

ーー導入した現場からはどのような声がありますか?

「導入後すぐに日常的に使っている」「データを参照して判断の根拠を共有できるようになった」「これまですべて電話対応だったが、チーム内ではグループチャットを活用している」など、情報共有がスピーディになったという声が多く聞かれます。

 

技術ドリブンとイシュードリブンを組み合わせ、最適な改善策を見出す

ーー髙岡さんは研究者のバックグラウンドを活かした事業運営をされています。ご自身が研究内容を社会実装することにおいて大切にしていることはありますか?

私たちのチームメンバーは全員臨床や研究開発の経験があり、常に現場目線を意識して開発を進めてきました。社会実装においても現場と対話し続けながら、課題解決に向けて継続的にコミットしていくことを重要視しています。

 

ーーテクノロジーの力で解決できる社会課題はたくさんあると思いますが、技術ドリブンで社会課題解決に取り組むことのメリット、デメリットにはどのようなものがありますか? 

メリットは、臨床知見と技術を活かして課題に適したソリューションを自由に組み合わせられることです。最先端の技術や既存の仕組みを適用するよりも、現場の課題解決のために最適な手法を使う工夫ができるのが私たちの強みです。

とはいえ、テクノロジーだけで課題が解決するわけではありません。組織の業務フローに組み込むことこそが重要です。そのため、私たちは技術ドリブンとイシュードリブンを組み合わせながら事業を推進してきました。

デメリットとしては、福祉領域では、「これまでの経験知+データを参照した業務」という協働ではなく、「これまでの経験知VSデータを参照した業務」という対立構造になってしまうことがありえます。この点は、人間もデータも100%完璧ではないからこそ、なるべく多くの観点でお互いが補完し合うことができると考えていますので、時間をかけて丁寧に進めていく必要があると考えています。

 

ーー髙岡さんが臨床心理士から経営者にシフトした過程で大変だったことは?

事業のスケールです。研究活動がゼロからイチを生み出す仕事だとすると、経営はイチを百や億、兆に拡大する仕事だと感じます。そこで、データサイエンティストやエンジニア、プロダクトマネージャーや営業など、経験豊富な人材に参画してもらい、児童福祉のドメイン知識とデータサイエンス技術を併せ持つプロ集団として事業を広げています。

 

さまざまなプレイヤーと連携し、社会全体で子どもを守れる世界に

ーー今後の事業展開について教えていただけますか?

児童虐待は私たちだけで解決できる課題ではありません。さまざまなプレイヤーと組みシナジーを生み出していくことが重要だと考えています。まずは市区町村への実装を広げ、児童相談所だけでなく自治体や医療機関、学校や保育園などの隣接領域にもサービスを提供し、多くの子どもたちを守ることにつなげていきたいと考えています。

児童虐待の背景には、親の社会的孤立や暴力、貧困などのさまざまな社会的・心理的要因がからみあっています。今後はサービス導入と効果検証の実績をもとに、DV被害者防止や犯罪抑止など他分野や、海外への展開も検討しているところです。優秀な仲間に加わってもらい、サービスを加速させていきたいと考えています。

 

ーー虐待児童をゼロにするために、社会はどう変わっていくべきでしょうか。

現段階では虐待の介入にフォーカスしながら、中長期的には「予防」に移っていくべきだと考えます。そのためにも、もし周りに困っている人がいたら声をかけあえるような社会になっていくことが重要です。同時に、学校でも「もし自分が虐待を受けたらどうしたらいいか」といった権利擁護の教育や性教育をしっかりとしていくことも大切だと思います。

仕組みづくりや児童福祉へのリテラシー向上、教育分野においてテクノロジーが役立てる余地はまだまだあるのではないでしょうか。ソーシャルビジネスを展開する企業として、これからも子どもが安全になる枠組みを提供し、社会的なインパクトを生み出したいと思います。

 

株式会社AiCAN https://www.aican-inc.com/

    1. この記事の情報に満足しましたか?
    とても満足満足ふつう不満とても不満



    interviewer

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

     

    writer
    星久美子
    フリーランスのライター。最近は食の領域と場づくりに関心があります。

     

    talikiからのお便り
    『taliki magazine』に登録しませんか?
    taliki magazineのメーリングリストにご登録いただくと、社会起業家へのビジネスインタビュー記事・イベント情報 ・各事業部の動向・社会課題Tipsなど、ソーシャルビジネスにまつわる最新情報を定期的に配信させていただきます。ぜひご登録ください!