防災スタートアップKOKUA。ビジネスのハードルが大きい防災領域で需要を生み出す工夫とは?
災害大国でありながら、人々の防災意識が低いままの日本。いつ起こるかわからないという災害の特性と、自分に合う防災がわからず実施のハードルが高いことが大きな要因となっている。株式会社KOKUAは、防災のハードルを下げ日本に浸透させるための取り組みを行なっている。代表の泉優作に、ビジネスでは難しい防災領域で需要を生み出す事業アイデアや、誰も取り残さないサービス開発の工夫などについて聞いた。
【プロフィール】泉 勇作(いずみ ゆうさく)
幼少期に神戸市にて阪神淡路大震災で被災をする。その時の記憶は断片的だが、周りの話などから強く災害を意識して人生を過ごす。 自分も何か役に立ちたいと考え、学生時代は災害ボランティアを中心に活動。新卒で約3,000名の人材ベンチャーに入社し、入社2ヶ月目で過去の新卒月間売上ギネスを達成し表彰される。 その後、転職した会社で、広告の新規事業、ライブ配信サービスの法人向け企画、動画制作事業などを手がける。2019年に一般社団法人防災ガールのアクセラレータープログラムに参画し、2020年、防災サービスの開発、販売を行うため独立。チームでは事業責任者として、全体進捗管理、方針策定、意思決定を行う。
もくじ
「防災×ギフト」でコストをバリューに転換
ーーKOKUAは社会に防災を浸透させるための取り組みをされていますが、自然災害が多い日本でも防災意識がまだまだ低いのはなぜだと思われますか?
ものすごく複合的な要因がありますが、クリティカルなのは、災害は「いつ起こるかわからない」という特性があることです。いつか起こるだろうという意識はあってもそれがいつなのかわからなくて、後回しになってしまう。かつ、いつ起こるかわからないものに会社や家庭の予算を割くというのは非常に難しく、それがなかなか防災意識が高まらない要因だと思います。
私は幼少期に阪神淡路大震災で被災をしており、家が半壊して少し離れた祖父母の家に疎開した経験があります。当時の記憶はほとんどありませんが、兄弟から「二段ベットが大きく揺れて本当に怖かったし、立ち上がることも全くできず揺れている間は身動きが取れなかった」と聞き、地震の恐ろしさを感じました。
小学校で埼玉に引っ越した際、新しくできた友人との災害に対する温度感の違いを感じ、被災体験ほどの大きな原体験がないとなかなか防災の意識が高まらないという大きな気づきを得ました。
ーー震災復興など災害が起きたあとの取り組みは多いと思いますが、防災領域においてビジネスで取り組まれている例はあまりない印象です。やはり後回しにされてしまうことが防災領域でのビジネスを難しくする要因なのでしょうか?
防災をビジネスにしようと思ったとき、いろんな選択肢を考えられると思いますが、それぞれ障壁があるんですよね。例えば無形サービスだと防災研修やセミナーが考えられますが、今の日本においてそこに予算を割く企業や地域の自治会は少ないと思うので、持続的なビジネスにするのは難しいです。他には安否確認などのWebシステムも考えられますが、この領域は大手企業が何社か参入していて、ただでさえ企業予算をなかなか割いてもらえない中で大手企業と戦えるようなシステム開発をするのはコストが見合いません。
では有形サービスは何かと言うと、防災グッズです。防災グッズは命を守れるような機能を持たせるため、技術開発の研究費が必要になってきます。また、普段から使うものでもないので、消費者は機能性が高くてより安いものを求める傾向があり、ブランディングで戦うのもけっこう難しいなと思います。
そして、これも防災ならではだと思うのですが、リピートされないという点も大きな障壁です。例えばアパレルや化粧品といった消費財であれば、気に入れば定期的に購入したり、同じブランドの新作を買ったりしますよね。でも防災グッズだと新しいアイテムが出たからと言って買い換える人はいないですし、備蓄食も災害が起こらない限り3〜5年は消費されないんですよね。
これらの問題が障壁となるため、防災領域でビジネスに取り組む例があまり出てこないんだと思います。
ーーその障壁を乗り越えて、「LIFEGIFT」の防災×ギフトというアイデアに至った経緯を教えてください。
いつ起こるかわからない、かつ防災グッズは普段から使えるものはなかなか多くないので、災害が起こらない限り防災グッズは無駄なコストになってしまいます。コストと捉えられてしまうところを、何か他の価値とかけ合わせることでバリューに転換できるのではないかと考えました。そこで生まれたのが、「LIFEGIFT」という防災グッズのギフトカタログです。
LIFEGIFTは、大事な人に対して「あなたの無事や幸せを祈っています」という温かい気持ちを表現できる商品なんです。防災グッズは大事だから準備しましょうと強要するのではなくて、人から人へ贈られる命を守るギフトというバリューに変換されるのがLIFEGIFTです。
防災は必要だという意識はあるけど、なかなか実施まで至らない人が多いと思うんですよね。そのような方々にとって、ギフトでもらうことで必要な防災グッズについて考えるきっかけになるのではないかと思います。
誰も取り残さないパーソナル防災サービス
ーーLIFEGIFTのほかに「pasobo」というサービスも開発されています。概要について教えてください。
pasoboはパーソナル防災サービスです。世帯ごと、個人ごとに必要な防災は大きく異なります。例えば、赤ちゃんがいる3人世帯とご高齢の方の2人世帯で防災バッグの中身が一緒で良いわけがないですし、住んでる地域の災害リスクによっても用意するものは変わってきます。加えて、一般の人が防災のために知っておかなければいけない知識は専門的なことも多いですし、どこから何の情報を入手して何から取りかかればいいのかが非常にわかりづらく、かなり実施のハードルが高いです。
pasoboは、住んでる場所や家族の状況などを入力すると、世帯ごとの災害リスクや必要な防災グッズを可視化します。防災したいけど実施ハードルが高くて挫折してしまったような方々に、自分に必要な防災を理解してもらった上で行動に移せるようなサービスを作りたくて開発しました。現在(2023年1月時点)はベータ版を試験運用中*です。
*3月1日より公式版をリリース
ーーLIFEGIFTを提供していく中でpasoboのようなサービスのニーズに気づき、開発に至ったということでしょうか?
まずはきっかけが必要だということでLIFEGIFTの開発から始めたのですが、ローンチしたときから「LIFEGIFTは防災のきっかけを与えることはできるが、十分な対策にはならない」という課題感がありました。LIFEGIFTで1つ防災グッズを選んだとしても、家の防災としては完璧にはならないですよね。掲載されている防災グッズはどこで買えるかお問い合わせいただくことも多いのですが、LIFEGIFTに掲載しているものはどれも1万円以上するので、揃えるとなると出費が大きくなります。
じゃあ他のところで買おうと思っても、調べてたらたくさん出てくるし、どこの何の防災グッズが自分にとって1番良いのかわからない。かつ、気軽に買って試してみるというものでもない。何を揃えれば良いのか、自分に合っているものは何なのかわからなくて立ち止まってしまう人が多かったので、pasoboの開発に至りました。
pasoboでは、LIFEGIFTに掲載しているものも含め100種類以上の防災グッズの中から、機能性やコストパフォーマンスなどを考慮してその方にあったものをレコメンドするようになっています。
ーー開発過程で大事にしたことはありますか?
3つあって、1つは手軽に入力できるUXです。選択式にして極力文字を入力させないとか、住所は地図上でピンを打って回答できるようにするといった工夫をしています。2つ目は、老若男女が使いやすいように、防災のデザインにありがちな堅いものではなくポップなデザインや読みやすさを重視したフォントなど、見やすいデザインを意識しました。
3つ目は、診断結果のパーソナライズパターンにおいて誰も取り残さないよう網羅的な設計にすることをとても大事にしました。私たちはよく災害救援活動も行なっているのですが、そこでの体験や被災された方へのヒアリングの中で、防災として重要なことに気づくことがけっこうあって。例えば、虫が苦手な方にとって夏の避難所ってけっこうストレスなので、そういう方には虫除けスプレーは必須だよねとか。あとは自分で咀嚼するのが難しいご高齢の方は、カロリー数だけを重視した備蓄食は食べられないから、流動食で長期保存できるものをレコメンドしたほうが良いよねとか。
ヒアリングでは、事実だけを聞き出せるような聞き方を意識しました。ヒアリングはつい無意識にでも誘導するような聞き方をしてしまいがちですが、解釈ではなく事実を聞き出すように徹底していましたね。このように、さまざまなシーンにおいて実際にどのようなことが起こるのかを逆算して、誰も取り残さないように設計することを心がけました。
pasoboの診断画面
神様になったつもりで事業アイデアを考える
ーーLIFEGIFTとpasobo、防災という難しい領域でも、それぞれ課題の背景やターゲットに対して的確なソリューションを提供されていて、シナジーも感じられます。サービス開発ではいつもどのような試行錯誤をされているのでしょうか?
1番最初は、何でもつくれるし何でも実現できる神様になったつもりでリーンキャンバス*を40枚くらい書くんですね。アイデアを全部出しきったあとに、絶対条件である自分たちのリソースを当てはめて絞っていくと、今の自分たちで実現できる面白いアイデアが数案残ります。
そのあとは、現場やターゲットの一次情報を取りに行って、またさらにアイデアを絞っていきます。サービス構想はそうやってできていくのですが、その構想をどうやってブランディングやUIに落とし込んでいくかというアウトプットの部分は非常に難しいなと感じています。
*スタートアップのビジネスモデルを可視化するためのフレームワーク
ーーローンチから多くのメディアに取り上げられていますが、取り上げられるための工夫などもあったのでしょうか?
記者の方やメディアは、プレスリリースなどのほかにクラウドファンディングで新しいサービスやトピックを探すことが多いと思うので、LIFEGIFTもpasoboもクラウドファンディングを実施しました。
そして、防災はメディアに注目されるタイミングが年に3回あります。阪神淡路大震災が起きた1月17日、東日本大震災が起きた3月11日、防災の日と呼ばれる9月1日です。この3つの日は、Webの流入数や検索数も圧倒的に多いんですね。メディアはこのタイミングに合わせて2ヶ月前にはネタを探すだろうということで、LIFEGIFTのクラファンは9月1日に終わるように7月から開始したり、pasoboは現在ベータ版を提供中ですが、期間を1月17日から3月11日までにしていたり。
クラファン以外にも、3つの日から逆算して2ヶ月くらい前から企画を打ってプレスリリースを出したり、SNSで発信を強化したりもします。もちろんご縁の要素もありますが、そういった広報戦略は意識しています。
自然と共生するための防災
ーー今後の事業展開について教えてください。
今後1年は、LIFEGIFTもpasoboも法人展開に力を入れていきたいと思っています。法人にも、周年祝いの従業員への贈り物や、特別なお客様にお渡しする品物、取引先へのお祝いといった側面でカタログギフトのニーズがあります。会社としては意味のあるものを贈ることができて、もらった方は防災グッズを手に入れることができる。お互いに価値のある贈り物だということで、現在導入していただく法人数も伸びてきており、今後もより広げていきたいと思っています。
pasoboでは、法人備蓄の買い替えに合わせて、法人向けにカスタマイズしたパーソナライズサービスを提供していきたいと思っています。あとは、福利厚生の一環として防災ポイント制度の設計を進めています。pasoboのポイントを会社で購入して、それを従業員に付与する。従業員はそのポイントを使って防災グッズの購入ができるという制度です。会社としては福利厚生の充実にもつながるし、従業員も福利厚生で防災力が上がることになります。pasoboはお客様の声をもとに改善を重ねつつ、toB市場にどう馴染ませていくかが直近の挑戦になると思います。
ーーありがとうございます。最後に、泉さんが考える「社会における防災の理想状態」をお聞かせください。
これは一般社団法人防災ガールで活動されていた田中美咲さんから影響を受けた考え方なのですが、災害は人がいる場所で起こるから災害と呼びます。例えば誰もいない太平洋の海上でものすごい台風が起きても、人はそれを災害とは呼ばないわけです。そして、災害が多いということは裏を返せば自然が豊かであるとも言えるため、私は防災を「自然と共生していくための手段」と捉えています。
それらを踏まえて社会がどうなることが理想かと言うと、防災が教育の一環になれば良いなと思います。この地球に生きている限り、時には自然が人間に不幸をもたらすことがあること、自然と上手く付き合っていく必要があることを、みんなが当たり前のように認識していることが大事なんじゃないかなと思います。近年は環境保護の考えがスタンダードになりつつありますが、同じような観点で、自然とどう上手く付き合っていくかが社会で当たり前の考え方になることが理想です。
株式会社KOKUA https://kokua-social.jp/
interviewer
堂前ひいな
心理学を勉強する大学院生。好きなものは音楽とタイ料理と犬。実は創業時からtalikiにいる。
writer
張沙英
餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。
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