酵母菌から牛乳を作る。細胞農業で食習慣を変えずに未来の地球を守る
インタビュー

酵母菌から牛乳を作る。細胞農業で食習慣を変えずに未来の地球を守る

2022-08-23
#食 #環境 #テクノロジー #動物倫理

昨今、環境保護や動物愛護の観点から注目を集める代替性タンパク質。その中でも、徐々に注目を集め始めているのが、“細胞”由来のタンパク質だ。スペインのフードテック企業 REAL DEAL MILKは、細胞農業を用いて酵母菌から牛乳を作ることに挑戦している。CEOのゾルタン・トス-チフラは、細胞農業は人々の食習慣を変えずに、より良いものを選択できるようになるターニングポイントだと語る。酵母菌から牛乳を作るプロセスや、細胞農業が社会課題解決にどのように寄与できるのか、詳しく話を聞いた。

【プロフィール】ゾルタン・トス-チフラ

REAL DEAL MILK CEO。ハンガリー出身。幼少期からテクノロジーに慣れ親しみ、会社員としてソフトウェア領域に携わり、独立。創業した会社を2021年に売却したのち、環境問題へアプローチするためREAL DEAL MILKを設立したシリアルアントレプレナー。

 

環境や動物の犠牲を伴わずに、動物由来とまったく同じ牛乳を作る

ー細胞農業を利用した牛乳『Real Deal Milk』の研究開発をされているとのことですが、細胞農業とは何か教えてください。

動物由来の食品や皮革を細胞から作る分野のことです。動物由来のものは、動物の犠牲を伴う上に、家畜を育てる過程で気候変動に大きな影響を与えてきました。

細胞農業は、それらの課題を解消しながら、動物由来とまったく変わらないものを作ることができます。これがプラントベースとの1番の違いです。プラントベースは、動物由来のものに食感や味を寄せていますが、まったく同じものを作ろうとするには限界があります。対して細胞農業では、味も食感も動物由来と何ら変わらないものを作ることができるという特徴があります。

私たちは細胞農業によって、動物由来の牛乳とまったく同じものを作ることに挑戦しています。

 

ー細胞から動物由来とまったく変わらないものを作ることができるんですね。そもそも、酪農はどのような社会課題を引き起こしているのでしょうか?

いろいろな問題があります。1つは、人類が排出する温室効果ガスの3%は乳牛産業からきているという点です。牛の輸送や、牛乳の加工に至るまで、牛乳を作る過程で二酸化炭素が発生します。また、牛は飼料を大量に食べ、その消化過程でメタンガスが放出されます。加えて、1頭の牛が1日に排泄する量は64リットルにもなり、その中にもメタンや亜鉛化窒素が含まれています。

大量の穀物が家畜の牛に使われている問題もあります。例えばスペインでは77%の穀物は人が食べる用ではなく家畜の餌として使われています。そして、穀物を栽培するためには大量の土地が必要であり、そのために森林を破壊する行為も発生します。大事な資源である水も、たった1リットルの牛乳を作る過程で144リットルも必要になります。

 

あとは倫理的な問題もあり、世界には約2億7千万頭の乳牛がいますが、多くの牛は適切な環境で育てられていない*のが現状です。人間と同じく牛もミルクは出産後にしか出ません。そのため、乳牛のほとんどは人工的に受精を続け、妊娠を絶え間なく繰り返します。本来ミルクを飲むはずの子牛も、産まれると同時に親から引き離されます。狭い牛舎や飼育場に常に閉じ込められ、搾乳され続けて一生を終える牛がたくさんいるのです。

*参考:巨大酪農場での飼育の様子 Drone Investigation Exposes Mega Dairy Farms

 

ー酪農によって多くの社会課題が引き起こされているのがわかりました。ゾルタンさんはどんな経緯でこれらの課題を解決しようと思われたのでしょうか?

小さいころからテクノロジーが好きで、長らく会社員としてソフトウェアの仕事に就いていました。そして、5年ほど前に独立して会社を設立したのですが、1年前に売却しました。そのお金で何をしようかと考えたときに、社会にポジティブな影響があることをしたいと思ったんです。

私たちの世代には同じような人も多いと思うのですが、小さいころから気候変動や地球温暖化の話が出ていたので、ずっと環境に対する罪悪感のようなものがありました。しかし罪悪感があるものの、具体的な解決策を誰にも教えられていません。だから、罪悪感への解決とも掛け合わせる形で模索した結果、この細胞農業に辿り着き、これは社会に大きなインパクトを与えられると思いました。

私は研究者ではありませんが、菌の研究に20年以上携わってきた研究者ガブリエルと出会い、REAL DEAL MILKを設立することができました。今では彼を含めた4名の研究者が携わってくれています。

 

酵母菌からタンパク質を生成

ーここからは製造方法について伺っていきます。細胞から牛乳を作り出すプロセスについて教えてください。

細胞の由来は、会社によっては動物から取ってきたり、植物から取ってきたりとさまざまなアプローチがあります。Real Deal Milkの場合は、パンやビールを作るときのように酵母菌を使ってタンパク質を生成しています。

まず、ホエイやカゼインの遺伝子を既存のデータベースから取ってきて、酵母細胞に入れて精密発酵*させます。発酵タンクで培養し、湿度や温度、pHなどを整えたり糖分などの豊富な培地を与えたりすると、酵母細胞は遺伝子を読み取りタンパク質の生成を始めます。

こうしてタンパク質ができたあとは牛乳を作るプロセスに入りますが、牛乳にはタンパク質の他にも重要な栄養素がたくさんあります。脂肪、糖分、ビタミン、ミネラルなど、植物から採取することが可能な栄養素です。

タンパク質とこれらの栄養素を水と混ぜれば、牛乳の完成です。この方法であれば、牛に一切触らずとも、動物由来の牛乳と同じものを作り出せます。

*バクテリアや酵母などの微生物宿主を培養して、特定の生体分子を生産させること。これには、卵や乳製品のタンパク質、コラーゲンやゼラチンなどのその他のタンパク質、脂肪酸などの非タンパク質が含まれる。

 

ーこの方法で作られる牛乳はどんな特徴がありますか?

まだ研究段階ではありますが、動物由来の牛乳とまったく同じものであるということです。味や食感だけでなく、科学的に見ても分子レベルで同じものが作れます。

他の特徴としては、精密発酵は柔軟性があるので、より栄養バランスの取れたものを作ることができます。例えば、より健康的な脂質を使ってコレステロールが低い牛乳を作ることができます。また、牛乳をうまく消化できない方も多いですが、原因となる乳糖を排除して作ることもできます。

 

ー製造方法や特徴を聞くと、とても希望のある研究であることがわかります。ただ、比較的新しい分野なので、価格や生産スピードを安定させるのに時間がかかりそうな印象です。

最初は研究段階ということもあり、消費者が求める価格とのバランスが難しい可能性はあります。しかし、牛乳はすでに確立されているマーケットであり、市場価格の何倍もの値段をつけても誰も買わないということはわかっているので、市場価格と同じ値段で売ることが目標です。

だんだん発酵技術が発展したり、より大きな発酵タンクを使って効率的に生産したりすることで、最終的には牛を1頭飼うよりも、工場で作るほうが安くなる見込みもあります。

また、生産スピードに関しては、生産方法がほぼ同じであるビールをイメージしていただければわかりやすいと思います。Real Deal Milkもビールと同じで、酵母菌と栄養素をタンクの中に入れれば、数日〜1週間程度でタンパク質を生成します。その後、他に必要な栄養素や味のもととなるようなものを加えればすぐにできあがります。

牛は100カロリーの食料を与えても、17カロリー分の牛乳しか生成できず、効率がかなり悪いです。牛による牛乳生産と比べると、Real Deal Milkは効率的な生産システムだと言えるのではないでしょうか。

 

ー現在の研究進捗を教えてください。

現在4種類のカゼインと2種類のホエイという、牛乳に欠かせない主要なタンパク質はできている状態で、カゼインにかかる特許を取得中です。今後のマイルストーンも決まっていて、おそらく2025年には1つ目の製品が完成するのではないかと思います。

 

生産の効率化が肝要

ー業界の現状についてお伺いします。細胞農業による牛乳の研究をしている競合他社はどのくらいいるのでしょうか?

同じような研究をしている企業は10社ほどあります。その中でも1番長く取り組んでいて、唯一商品を出しているのが、Perfect Dayというアメリカの企業です。ただその商品も、完全なる細胞農業ではなく、プラントベースと精密発酵で生成されたタンパク質の両方が入っているものになります。だから、完全に細胞農業だけで作る牛乳は、まだまだこれから成長していく業界です。

 

ーマーケットに届くまでに残っている大きな課題は何でしょうか?

今は研究開発に100%フォーカスしているのですが、目の前の課題は生産の効率化です。いかに少量の栄養液や細胞でタンパク質を作れるようにするかが重要であり、カゼインの特許もこの生産効率に関わってきます。

そして今後見えてくる課題としては、消費者ニーズの確認や、法律面でのハードルです。ヨーロッパは食品に関する法律が厳しいので、しっかり把握をしてアクションに落とし込んでいるところです。

 

ー数ある乳製品の中で、最初にどの業界に入っていくことがビジネスの成功確度を高めるとお考えですか?

ソフトチーズです。なぜかと言うと、チーズは乳製品の中で最も大きなマーケットであり、その中でもモッツァレラなどのソフトチーズは1番シェアが高く、比較的早く作れるからです。

なぜ早く作れるかと言うと、チーズは周りの微生物などによって発酵度合いが左右されるものが多いですが、ソフトチーズなら発酵プロセスにおいてあまり精密さを求められないからです。

そしてもう1つチーズである理由は、植物由来のチーズは本来のものとは味がかけ離れているという点です。アーモンドミルクなど、ミルクに関してはそこまで気にならない人も多いと思いますが、植物由来のチーズは、それまで当たり前に動物由来のものを口にしていた人に食べてもらうのは難しいと思います。

 

人々が食習慣を変えずにより良いものを選べるようにする

ー今後、どういった人々にReal Deal Milkを届けていきたいですか?

やはり最初に買ってくれるのはヴィーガンやベジタリアンなど、食に対する意識が高い方だと思っています。ただ、そういったすでに意識高く行動している方々に届けるだけでは、本当に社会にインパクトを与えたとは言えません。

最終的には、動物由来のものを食べてきた方全員に届けることが目標です。人の食習慣はなかなか簡単には変わりませんし、変わるように無理やり仕向けることも良くないことです。ヨーロッパでもヴィーガン思考は高まりつつありますが、実際の人口で言うと、スペイン・イギリスではどちらもたったの3%に留まるという結果が出ています。

誰もがそれまでの習慣を変えずに、より良いものを選び取れるようにしていくことが大事です。そのために今、技術を駆使して動物由来の牛乳とまったく同じものを作ることに注力しています。

 

ー既存の乳製品全体が細胞農業を含む代替性タンパク質に変わるまでには、どれくらいの期間がかかると考えられていますか?

難しい質問ですが、例えばボストン・コンサルティングが出した調査*ですと、2035年には、味・食感・価格の面で完全に動物由来のタンパク質と同等になれば、世界中で食べられるすべての肉、魚介類、卵、乳製品の 11% が代替性タンパク質になる可能性が高いと推測しています。

人類の歴史を振り返ると、食料を拾い狩りをしていた時代から、自分たちで家畜を持ち農業をする時代に長い年月をかけ変遷してきました。代替性タンパク質も明日すぐに浸透するものではなく、この21世紀のチャレンジであり、今ターニングポイントを迎えつつあるのだと思います。

*ボストン・コンサルティングによる調査 https://www.bcg.com/publications/2021/the-benefits-of-plant-based-meats

(通訳:睦田香織)

REAL DEAL MILK https://www.realdealmilk.com/

 

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    interviewer

    堂前ひいな

    心理学を勉強する大学院生。好きなものは音楽とタイ料理と犬。実は創業時からtalikiにいる。

     

    writer

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

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