SOSのネットワークを構築し、最速の海難救助を可能に

漁師の海難事故は、SOSを伝える手段がなく、救助の初動が遅れた結果亡くなってしまうケースが多い。最悪の場合、遺体が見つからないことも。よびもりの代表・千葉佳祐は、自身も漁師である祖父を海難事故で亡くすなど、幼少期からこの課題が身近にあり、海難救助ネットワークシステム『yobimori(よびもり)』を開発した。長年この課題が解決されてこなかった理由や、実際に救助できた事例、今後の事業展開について詳しく聞いた。

【プロフィール】千葉 佳祐(ちば けいすけ) 写真左から5人目

1995年生まれ。北海道紋別市出身。山形大学理学部卒業。九州大学院理学部在学中、国内外問わず、積極的にビジネスコンテストに出場し多数の優勝・受賞を経験。2019年に株式会社nanoFreaksを設立(現在は株式会社よびもりに変更)。地元・北海道で漁師をしていた祖父を海難事故で亡くしており、漁師の海難事故における課題を解決すべく、海難救助ネットワークシステム『yobimori(よびもり)』を開発。

海に落ちても気づけない、見つからない

ー現在の事業について教えてください。

海難救助ネットワークシステム『yobimori(よびもり)』の開発・販売をしています。海難事故が発生したときに、海に出ている人たちで助け合い、最速の救助を実現できるのがポイントです。今まで漁師さんの事故は、周りの人が気づきづらく、捜索が遅れて亡くなってしまうことが多かったのですが、yobimoriを使うことで救助の初動を早めることができます。

主に漁師さんをメインに提供していたのですが、4月に発生した知床遊覧船の事故もあり、やはり海に出る人全員が持つ必要があると思ったので、最近は漁師さん以外にも提供し始めています。

 

ー起業の経緯を教えてください。

大学4年生で卒業後の進路を考えたとき、どこかの会社に属して働いているイメージができなかったんです。自分のやりたいことをやって、自分の力で生きていきたいという想いだけがありました。でも何をやりたいかはわからなかったので、環境を変えるために福岡の大学院に進学しました。

それまでは、北海道出身で大学も東北だったこともあり、起業やスタートアップとは縁が遠かったのですが、福岡に来てからそれらの情報がたくさん入ってくるようになりました。自分で生きていく1つの手段として起業を視野に入れるようになって、積極的に情報を取ったりコンテストにたくさん出たりしているうちに、起業の面白みがわかってきました。若いうちにチャレンジする意味があると思ったので、起業することに決めました。

そして起業するなら、自分がやりきれて、その結果人に喜んでもらえる事業が良いと思いました。地元は漁業が盛んなのですが、漁師さんが海で亡くなってしまう事故が小さいころから当たり前に身近にありました。僕のおじいちゃんも知床で漁師をやっていたのですが、僕が生まれるよりも前に海難事故に遭って、今も遺体が見つかっていないんですよ。おばあちゃんとお母さんが苦労してきた話もよく聞いていましたし、「もしかしたら生きているかもしれない」という会話もよく耳にしていました。

家族だけじゃなく、先輩や後輩で漁師になった人の中にも同じようなケースがあって、漁師さんが海の事故でいなくなってしまうという状況がずっと身近にありました。だから、漁師さんの海難事故の課題を解決する事業なら家族も確実に喜んでくれるし、人の役に立てるのが想像できたのでこの事業に決めました。

 

ー漁師さんの海難事故には具体的にどのような課題があるのでしょうか?

これまでは漁師さんが海で事故に遭っても、仲間や家族がなかなか気づけないという課題がありました。過去の事例では最大12時間気づけなかったケースもあります。「これだけ帰ってこないのはおかしい」という違和感をきっかけに捜索に動き始めるのが普通なんです。

加えて、いつどこで事故に遭ったのかもわからないので、「なんとなくこの辺で漁してたよな」といった勘で探すしかないんですよ。でも海は常に流れていますし、本当に今どこにいるかもわからないまま探していることがほとんどです。その結果何日も見つけられずに、遺体も上がってこないケースが多々あります。

また、1人で漁に出る場合も多いです。海に落ちなくても、病気で倒れるとか怪我をして動けなくなる、船の火災などトラブルに巻き込まれるといったことも十分起きうるので、1人で漁に出るときは海に落ちる以外の危険もたくさんあります。船で何かトラブルがあっても、他の船からはわかりづらいので、1人1人がSOSを伝える手段を持っておくことが必要です。

このように漁師の海難事故にはさまざまな課題がありますが、海で亡くなることは仕方ない、むしろ本望だと思っている漁師さんも多く、積極的に課題解決に取り組まれてきたわけではありませんでした。しかし今は時代も変わり、ライフジャケット着用が義務化されたり、業界の中にも安全を意識したりする人が増えてきました。

また、漁師本人は仕方ないと思っていてもご家族は常に心配しています。だから、海に出るときは必ずyobimoriを携帯するように声をかけてもらうなど、ご家族も巻き込んでyobimoriの定着に取り組んでいます。

 

ミニマムのコア機能で、最速の救助を叶える

ーyobimoriのSOSが発信される仕組みについて教えてください。

SOSを発信するデバイスと、SOSを受け取るアプリで成り立っています。漁師さんが身につけるデバイスは、真ん中にボタンがついているだけの簡単な作りになっていて、緊急時に水上で3秒くらい長押しするとSOSが発信されます。そして、SOSを受け取った近くの人が救助に向かったり、家族に知らせたりすることができる仕組みになっています。

 

SOSを受け取る人はカスタマイズできるようになっているのですが、漁師さんの場合は組合メンバーでグループを作って、お互いに受け取れるようになっています。今後は、グループ(組合)を横断して、最適な位置にいる人に一報が飛ぶようにアップデートしていきたいです

ちなみに、なぜ海上自衛隊ではなく漁師さんが救助するのかと言うと、救助において最速・最強なのが漁師さんだからです。駆けつける速さや捜索能力、現場対応において、海を知り尽くしている漁師さんに勝る人はいないため、近くにいる漁師さんが救助に向かえるような仕組みにしています。

 

ーどのような着想からこの形に至ったのでしょうか?

yobimoriを開発しようと決めてから、いろいろな形を模索しました。海に落ちて電波が途切れたのをトリガーにSOSを発信するだとか、身体につけたデバイスを引き離すことでSOSが発信されて、デイバスは浮きみたいにずっと浮いているなどの案をたくさん考えました。

でもそのすべては、あれば便利な機能だけど、実現しようと思うとお金も時間もすごくかかります。だから一旦冷静になって、ミニマムで本当に必要なコア機能を出すにはどうしたら良いかを考え直して、今のシンプルな形になりました。

開発過程で、漁師さんにも協力していただきながら、本当にこの形で良いのか検証をたくさん重ねていきました。もちろんこれからもアップデートしていきますが、リソースが限られている中で本当に必要なコア機能を実装しました。

 

ーデバイスを水上に出してからボタンを押すとのことですが、水中で使えないのはなぜでしょうか?

水中は通信機器の電波を通さないんです。水中で使うことは不可能ではないのですが、一気に通信が遅くなってしまうんです。僕たちのプロダクトは、とにかく最初のSOSが発信できてしまえば、事故が発生した事実と位置を周知できるため、救助に向かうことができます。

だから、最初に押すときだけでも水上に出してもらえれば、救助確率がぐんと上がります。もし余裕があれば、その後も胸の上に置いておくなどして水上に出しておくことができると、よりリアルタイムで位置の把握ができるようになります。

通信の関係で水中で使うことはできませんが、デバイス自体は防水になっているので、基本的に海水の影響ですぐに壊れることはないです。ただ家電製品と同じなので、どの機械もそうですが初期不良や、使っているうちに不具合が出てくることはあると思います。

だから、僕たちがときどき電気通信を飛ばして、通信が途切れたり不具合が出たりしていないか事前に確認しています。そこでメンテナンスが必要だと判断したものは、交換や修理の提案ができるようにしていて、ユーザーの方はある程度受け身でも安心できるようにしています。

 

ー開発過程ではどのように検証されたのですか?

開発や実験に協力してくれていた漁師さんと一緒に、何度も救助実験を行ないました。僕が実際に福岡の海に入りSOSを発信して、漁師さんがアプリを使いながら救助に来れるかという実験です。通信やアプリの仕様などの改善はもちろんですが、実際にyobimoriを使ったときの動きとして漁師さん自身の訓練にもなっていましたね。

救助実験の様子(救助を待つ千葉さん)

 

ー利用料金が、ID1つあたり980円/月と比較的利用しやすい金額ですが、どのような基準で決められましたか?

漁業界は会社ではなく協同組合で成り立っています。漁師さん全員が出資をしているので、トップダウンで何かが決まることは少ないんですよ。だから、たとえ少数でも反対する人がいると導入ハードルが高くなります。そういった事情を考慮して、みんなが納得しやすいような料金設定にしています。

 

yobimoriで初めての救助

ー漁業界は海難事故に対する意識が長年変わらなかったとのことですが、アプローチの際に意識して伝えていることはありますか?

人が事故に遭っても誰も気づかない、最悪の場合遺体が帰ってこないという状況は、他の業界ではなかなかあり得ないですよね。家族や周りの人も大変だし、遺体が上がらないと保険が降りない可能性もあるので、そういった課題感やリスクを丁寧に伝えてあげることが大事だと思っています。

 

ーこれまで実際に救助された事例はありますか?

先日初めて救助事例が出ました。荷物を積んだり乗り降りしたりする港で、70代の方が足を滑らせて落ちてしまったという事故でした。1回海に落ちてしまうと、そこから船によじ登るのは相当な力が必要です。若くて力のある方がすごく頑張ってやっと登れるという感じなので、70代の方ではほぼ不可能です。そんなときにyobimoriを使ってくださったようで、たまたま周辺にいた漁師さんが救助してくださいました。

漁港だとしても、誰にも気づかれずに体力が尽きて亡くなってしまうパターンは少なくないので、この事例ではyobimoriを使ってくれて本当に良かったです。

 

ー実際にyobimoriを利用している漁師さんやご家族から、印象的な声はありましたか?

使ってくれている人たちは、yobimoriを持つことがだいぶ習慣化してきているようです。船に乗るときに、家に忘れたことに気づいて取りに帰る方もいて、当たり前になり始めているのが嬉しいです。ご家族は、何かあったときに助けが呼べるようになったのが安心に繋がっていると言っていただけています。

 

海難救助のインフラになる

ーこれからの事業展開について教えてください。

短期的には、yobimoriを海難救助のインフラにしていきたいです。漁師さんだけでなく、海に出る人は全員当たり前に持っていて、何かあれば救助しあうという状況を作りたいです。

また、救助以外にもすごく大事だと思っているのが、保険です。遺体が上がってこないと、「死亡した」という証明ができないので、保険金が最大7年受け取れない可能性があるんです。大黒柱を失って保険金も受け取れない遺族は苦しい生活を送ることになります。だから、万が一のときにご家族の生活を守っていけるサービスを提供したいです。加えて、残されたご家族が安心して生活できるように、死亡後のサポートなども対応していこうと思っています。漁師さんが海で亡くならないように救助インフラを構築しつつ、ご家族にかかる負担も一緒に減らせるようなサービスにしていきます。

長期的には、ユーザーが増えてデータが溜まってきたら自治体の防災に提供するなど、yobimori以外の新規事業も取り組んでいきたいです。

yobimori https://yobimori.com/

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    interviewer

    梅田郁美

    和を以って貴しと爲し忤ふこと無きを宗と爲す。
    猫になりたい。

     

    writer

    張沙英

    餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

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