家と仕事に困っている方を、空き家とマッチング。誰もが生きやすい社会を目指す

日本には、家がないことによって貧困のループから抜け出せない状態にある人が多くいる。また、空き家という資産余りの問題も深刻だ。そこで、空き家の改修に家と仕事がない人を巻きこむことで、貧困と空き家の課題の両方にアプローチしているのが、合同会社Renovate Japanである。代表の甲斐隆之に、日本における貧困についてや具体的なサポート方法、今後の事業展開について聞いた。

【プロフィール】甲斐 隆之(かい たかゆき)撮影:長縄玲央
合同会社Renovate Japan代表。小1で父を亡くし、遺族年金など社会のセーフティーネットに支えられて育つ。母の仕事の都合により小4~中1をカナダで過ごし、当時から二国の異なる言語・文化の狭間で生きづらさを感じることが良くあった。一橋大学経済学部を卒業後、カナダのトロント大学にて経済学の修士号を取得。その後、日本に帰国し、一橋大学大学院に通った後、新卒で日経大手シンクタンクへ入社。公共政策の後方支援に従事。2020年10月に起業。並行してアジア開発銀行で研究を行なっている。

貧困の罠を引き起こすホームレス問題

—現在の事業概要を教えてください。

Renovate Japanでは、空き家と、家と仕事に困っている方をマッチングする事業を運営しています。まず、空き家の一部を改修し、改修済みの空間に家と仕事に困っている方を受け入れます。入居した方は、残りの改修をアルバイトとして手伝うことで、住む場所を確保しながらお金を稼ぐことができます。その改修中の期間に、その方が次のステップに踏み出すための相談に乗ったり支援をしたりしています。改修が完了した空き家はシェアハウスとして運営するというビジネスモデルになります。

 

—なぜ貧困の問題と空き家問題を組み合わせて解決するビジネスモデルに至ったのでしょうか?

貧困の罠というロジックがあって、貧困が貧困を引き起こすというループ現象のことを意味します。例えば、貧困で担保にするものがなければ金融機関でお金を借りることはできません。でも、お金を借りられなければお金を稼ぐための道具を買ったり、自分の健康や生活に投資したりできず、結局働くことができないので貧困のままです。つまり、貧困だとお金を増やす投資的な活動に参入できず、貧困であり続けるというループが生じるのです。貧困の罠は金融、保険などさまざまな経路で起こりますが、日本では特に家の問題が大きいと考えています。もし何らかの原因で家と仕事を同時に失ってしまうと、お金がないから家を確保できない、住所がないから仕事につけない、仕事につけないからお金がない、お金がないから家を確保できないという悪循環に陥ってしまうわけです。

日本における貧困を考えると、食べるものがないほど貧困で餓死してしまうということは、途上国に比べると少ないです。ただ、家がなかったり、家を失わないようにギリギリのところでなんとか耐えていたりする人はとても多いんです。貧困=ホームレス状態だと捉えている人も多いですよね。これらのことから、日本の貧困問題に取り組む上で、家を提供することは重要だと考えました。

そこから今度は、リソースとして空き家に注目しました。日本では、空き家の問題も深刻で、空き家の数は年々増え続けています。この背景には、核家族化や高齢化で、おじいちゃん・おばあちゃん世代が施設に引っ越したり亡くなったりしたときに、その家が空き家になるということが頻繁に起きるようになったということがあります。そこから、その物件が相続問題で揉めて放置されて空き家になるというケースはよくありますね。また、日本の建築基準が移ろいやすかったり、人々が豊かになったりしたことで、新築主義が広がりました。その結果、所有者が明確でもその物件が不動産投資として魅力的ではないので、コストをかけてリフォームするのは腰が重く、放置されているというケースも非常に多いです。

このように、貧困の問題から空き家問題に辿り着き、両方に取り組むビジネスモデルを思いついたので、事業を始めました。

 

簡易なリノベーションを一緒に進める

—リノベーションをする空き家はどのように見つけているのですか?

これまで4軒のリノベーションをしました。1軒目は空き家バンクを利用して見つけました。2軒目以降は、メディアに載ったおかげで口コミが増え、口コミで空き家を見つけることができています。

 

—具体的にはどのようなリノベーションをされているのでしょうか?

表層リフォームと呼ばれる簡易なリフォームを行なっています。表層リフォームは、家の骨組みを変えるリフォームと違って、基本的には資格がいりません。空き家の多くは表層リフォームだけで十分シェアハウス化できるんです。具体的には、壁紙が剥がれていたり汚れていたら、剥がして新しい壁紙を貼る、和室の砂壁を固め直す材料を塗って、その上にペンキや漆喰など新たな塗料を塗る、汚れている木のフローリングの上にクッションフロアを敷くなどの作業をよくやっています。メンバー内には資格を持っている専門家はいないのですが、表層リフォームはDIYという感じで誰でも簡単にできる作業です。もし、構造を少し変える必要がある場合があれば、ボランティアの建築士さんにアドバイスを伺いにいくこともあります。

 

—空き家1軒あたり何人くらいでリノベーションを進めるのですか?

私たちは支援対象者の方をリノベーターと呼んでいて、1軒にだいたい1〜2人のリノベーターを受け入れています。週3〜4回くらいの頻度で、2人以上のスタッフとリノベーターで一緒に改修を進めます。

リノベーションには大体4ヶ月くらいかかります。リノベーションとしてはかなりゆっくりなペースだと思いますね。これは、改修期間が支援期間に一致しているので、リノベーターが次のステップに進むための時間を十分に確保するためです。

働く時間はかなり自由なので、リノベーターによって異なっています。スタッフがシフトに入る時間を提示して、その中で自由に働いてもらっています。改修期間中は、光熱費として1泊500円、つまり月1万5000円をもらっていますが、リノベーターは時給1200円で雇っているので、週3時間働けば光熱費を支払うことが可能です。だから、週3時間だけシフトに入るという方もいれば、一方でこれを完全に収入源にされる方もいましたね。

撮影:長縄玲央

 

1人1人の状況に寄り添ったサポート

—これまでリノベーターにはどのような方がいましたか?

これまで5人のリノベーターを支援してきました。その多くは20代前後の方です。家に困る状況って、もう頼れる人がいない状況とほぼ等しいんですよね。つまり、親や親族との関係が悪いか、もしくはもういないかのどちらかです。関係が悪いというケースがかなり多くて、特に若年層だと、虐待が絡んでいる場合もあります。家から逃げてきてしまって家には戻れない。でも、家なしでこれから自分で生活を立てていくことができるのかと悩んでいる。そんな方が一時的にRenovate Japanに来ることが多いですね。

 

—どのように卒業までサポートされるのでしょうか?

これまでの5人全員が全く異なるバックグラウンドだったので、1人1人ケースワークのようにサポートしてきました。基本的には本人の状況に寄り添って、今何ができて、どういう解決策を望んでいるのかも含めて整理しながら相談に乗り、本人の希望の先に整えていきます。例えば、1人目のリノベーターは大学生で、大学に通い続けたいけど、通い続けると生活保護の対象にならないから、バイトと奨学金でうまくやっていくしかないという状況でした。そこで、バイト探しをお手伝いしたり親御さんとの和解の場を設けたりして、最終的には親御さんと和解し実家に戻っていきました。3人目の方は、家と仕事を一気に失ってしまい、かつ実家はDVチックなので帰れないという状況でした。リノベーターとして働きながら新しい仕事を見つけ、改修後の物件にしばらく賃貸として住んだ後に、職場に近いところへ引っ越していく形で卒業されました。他には、固定の仕事に就くのが難しいという方に対して、興味を持ち続けられそうなバイトを複数見つけて、バイトを複数個掛け持ちしながら徐々に生活を立てていくという形でサポートしています。

これまでリノベーターの方から、「救われた」「自分もいつか困っている人の支援をしたい」「自分の居場所を自分で作っている実感がある」「みんな温かい」などの声をいただいたのが印象に残っています。

 

—リノベーターの対象となる方にはどのようにリーチされているのですか?

基本は、対象となる方にアウトリーチしている支援団体と連携して紹介してもらっています。現在は特に、若年層向けの支援をしている団体と密に連携しています。自分たちから直接アウトリーチするのは難しいのと同時に、支援団体を通じてアウトリーチした方が、その後も支援団体と連携しやすいというメリットもあります。例えば、警察の支援措置*を出すなど福祉的な支援が必要な場合に、紹介いただいた支援団体にお願いすることが多いです。また、支援団体の方が「最近どうですか?」と定期的に声をかけてくださることもあります。今後はより支援団体とのネットワークを拡充していきたいと思っています。

*支援措置:DV等の加害者が、被害者の住所を探索することを防止し、被害者の保護を図る措置。

撮影:堂本ひまり

 

「住むだけで社会貢献できる」シェアハウス

—空き家を改修後、シェアハウスの入居者はどのように募集されているのですか?

SNSでの広報がメインですが、1軒目はほぼ口コミで埋まりました。2軒目は不動産会社に仲介してもらったところ、不動産の募集でほぼ埋まりました。3軒目はまだ募集段階ではなく、4軒目は現在改修中です。1〜3軒目は自分たちでシェアハウスをやっていますが、4軒目は別の事業者にシェアハウスの運営をお任せする予定です。

 

—シェアハウスに住む方はどのような想いでRenovate Japanのシェアハウスを選ばれるのでしょうか?

まず、「住むだけで社会貢献できる」ということに魅力を感じて選んでくれる方がいます。シェアハウスの家賃収入がリノベーターの人件費や空き家の改修費に投じられていくので、シェアハウスに住むことが間接的に社会貢献につながります。あとは、作る過程からコンセプトが付いたシェアハウスに住むのは面白そうと思ってくれる方や、単純にシェアハウスが好きという方もいます。実際に1軒目は入居者6人全員が、過去にも他のシェアハウスに住んだことがあるシェアハウス好きです。シェアハウスメンバーからは、「楽しい」「悩みをすぐに相談できる相手がいる環境で良い」「色々な価値観と触れられて、自分を見直す機会になる」などと言ってもらっています。

 

—シェアハウスを運営する上で意識していることはありますか?

インクルーシブな運営を心がけています。不動産業界には差別の問題が根強く残っていて、例えば外国籍の方や性的マイノリティの方、高齢者や生活保護受給者などは部屋を借りるのが難しいこともあります。この課題に対して、私たちの物件では差別をしないという発信をしています。発信することでこの問題に気づく人が増えたり、不動産運営している人がこれからはこういう風に運営する必要があると気づけたりしたらいいなと思っています。

 

 

社会現象として全国へ

—貧困や生きづらさの課題に取り組むにあたって、ビジネスを選ばれたのはなぜですか?

ビジネスを選んだというより、たまたまこのビジネスモデルを思いついたんですよね。元々は大学院で研究をしたり、公共コンサルタントとして働いたりしていて、今後は研究者として政策提言をしていきたいと考えていました。しかし同時に、社会課題解決における政策の遅さも感じていました。

Renovate Japanの着想を得たとき、たまたまペットを連れているホームレスらしき方を見かけたんです。それで、ペット可のシェルターって一般的にはないよなと思って。でも、ペット可にするとなるとその人だけに広いスペースを与えるのは公共の画一性にひっかかってしまうから難しい。じゃあ今あるシェルターの部屋を全て広くして質を上げるとなると今度は膨大な予算や時間が必要になりできません。そこで、1軒ずつシェルターの質を上げていくということも民間ならできるんじゃないかと思ったんです。ただ、民間では財源がないので、比較的安価で確保できそうなリソースを考えて空き家にたどり着きました。空き家は未改修だと人が住めるような状況ではないですが、改修済みだと今度は市場価値が付いてしまいます。市場価値が付いた状態で無償で引き渡してしまったら、私たちが改修に投資した分のリターンが得られず、ビジネスとして成り立ちません。そこで、改修中の物件を使うというアイデアに至ったんです。このビジネスモデルだったらうまくいけば大きな社会的インパクトも残せるし、自分の自己実現としても充実するだろうなと思って試してみたくなって、起業しました。

以前は、政策提言の仕事を一通り終えたら、いつかは起業などで自分のアイデアを形にしたいと思っていました。でもその前にちゃんと国際機関の政策提言の場に行きたいと思っていたので、順番が逆になってしまいましたね(笑)。私はアイデアが湧きやすくて0から1を作るのが向いていると思っているので、これからもアイデアを思いついたらどんどん試していきたいです。

 

—今後の事業展開を教えてください。

今後は、この事業が社会現象化していくことを目指しています。私たちのビジネスモデルは、始める人や中心に立つ人にはそこまで高い専門性が求められないんですよね。だから、やる気さえあれば誰でも同じ事業を始められるのではないかと思うんです。そこで、子ども食堂のように、地域の人が何か福祉的な活動をしたいと思ったときに、空き家を活用してできる取り組みの1つの候補になればいいなと思っています。全国各地でいろんな人が取り組み、私たちもその1拠点として動いて、ノウハウをお互いに共有しながら展開していくのが理想です。実際に、今この動きの1つとして、山梨で別事業体での立ち上げを支援しています。これは、私たちのビジネスモデルをよりDV被害を受けた女性に特化した形で運営しようという取り組みです。

私たちが事業規模を拡大する方向も考えられますが、それよりも町のプロジェクトのような感じで運営する方が楽しいかなと思っているんです。改修中の空き家に住み込むということ以外に特に決まったことはないので、他の人たちが自分の解釈や特色を持ち込み、自分のやりたい方向に変形させてやってくれたらいいなと思っていて。DV被害を受けた女性向けのビジネスモデルも、私1人ではできなかった方向性なので、全国にいろんな形でこの事業が広がっていけばいいなと思い描いています。

 

—最後に、事業を通して作りたい社会を教えてください。

私たちは、「誰もが生きやすい社会」をビジョンに掲げています。生きづらさというのは、自己責任や自分で選んだ結果ではなく、そもそも選べる選択肢がどうだったのか、その人が生まれつき持っている機能はどうだったのかなどがとても大きく影響します。もっと俯瞰的、社会構造的に生きづらさを捉え、どこにどのような仕組みやサポートがあれば生きづらさを社会として解消できるのかを問いかけていきたいと思っています。その過程で、誰かが損をして誰かを持ち上げるのではなく、うまく仕組みとして誰も損をせずに誰かが得をできる余地があるなら、その余地を見つけていきたいです。リノベーターだけでなく、働いている私たち、空き家のオーナーさん、投資する人、関係ない人も全員が生きやすくなるといいなと思っています。

 

Renovate Japan  https://renovatejapan.com/

 

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interviewer

張沙英

餃子と抹茶大好き人間。気づけばけっこうな音量で歌ってる。3人の甥っ子をこよなく愛する叔母ばか。

 

writer

堂前ひいな

心理学を勉強する大学院生。好きなものは音楽とタイ料理と犬。実は創業時からtalikiにいる。

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